漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第7話「記憶と共に生きる」

 

 

 

 

 

 

 キリトッ

 

「ケイタ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 キリト

 

「テツオ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 キリト!!

 

「ダッカー・・・・・・」

 

 

 

 

 

 キリトォ

 

「ササマル・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ、キリト・・・・・・・・・・・・

 

「サチ!!」

 

 

 

 

 

 目が覚める。

 

 伸ばした手は、何も捕まえる事無く、ただ空しく虚空をかき分けていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 目を開けたキリトはしばし、虚空に上げたままの手を眺める。

 

 やがて、

 

 ゆっくりと手を降ろすと、汗に濡れた前髪を、鬱陶しげにかき上げる。

 

「・・・・・・・・・・・・何つー夢だよ。まったく」

 

 まさか、今ごろになってこんな夢を見る事になるとは思っても見なかった。

 

 原因も、何となく判っている。

 

 この間の任務で「首切りザンク」と戦った際、帝具スペクテッドの能力で幻視を見せられたせいだろう。

 

 あの時、ザンクはスペクテッドの幻視で、キリトに最愛の人物の姿を見せて来た。

 

「・・・・・・まさか、それがサチとはな」

 

 サチはかつての仲間。

 

 ナイトレイドに入る前に、共に戦っていた仲間の1人であり、キリトが一時期、剣の稽古も付けていた少女で、言わば弟子にあたる。

 

 スペクテッドの能力が、自分の中で眠っていた記憶を呼び起こしてしまったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・クソッ」

 

 もう、サチ達がいなくなってから何年も経っていると言うのに、過去の出来事は未だにキリトの心をむしばみ続けている。

 

 自分は一体、いつになれば、この呪縛から逃れる事ができるのだろうか?

 

 自らを苛み続ける記憶を前にして、キリトはそう思わずにはいられないでいる。

 

 ふと、ベッドの傍らに立てかけるようにしておいてある、エリュシデータが目に入った。

 

 手に取ってみると、ズシリとした重さが伝わってくる。慣れない人間が不用意に持てば、一発で筋を違えてしまいそうな重さだ。

 

 我ながら、よく振り回せる物だと思う。もっとも、手に入れた当初は、キリト自身ですら能力のアシスト無しでは振り回す事はできなかったのだが。

 

「サチ・・・・・・みんな・・・・・・俺はまだ、戦い続けるよ・・・・・・みんなが俺に持たせてくれた、この帝具で・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くと同時に、

 

 キリトも気付かないまま、その瞳からは一筋の滴が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 顔を打つ飛沫は冷たく、それだけでも殴られているような感覚に捕らわれる。

 

 思った程の速さでは無いとは言え、流水に逆らって歩く事は、それだけでも難儀である。

 

 まして、重い鎧を着込んでいるとなれば尚更だった。一瞬でも気を抜くと、その場で転んで流されてしまいそうである。

 

 それでも、必死になって足を踏ん張り続ける。

 

 と、

 

「はーい、良いですよー 2人とも上がってくださーい」

 

 少し間の抜けたような声が響いてきた。

 

 ホッとすると同時に、残った力を足に込めて立ち上がると、岸に向かった。

 

「プハッ」

「よいっしょ!!」

 

 掛け声と共に、タツミとシノンは川から上がって来た。

 

 2人とも、帝国軍正式採用の鎧を着込んでいる。

 

 防御力と動きやすさを両立させた鎧は、決して重装備とは言えない。

 

 しかし、それでも、これを着て水の中を泳ぐのは容易な事ではない。体力的に自身のあるタツミはまだ立っていられるが、シノンの方は地面に座り込んで起き上がる事ができないでいた。

 

 そんな2人を、岩に座っていたシェーレが笑顔で出迎える。

 

「鎧泳ぎ、お疲れ様でした」

「結構、きついわね、これ・・・・・・・・・・・・」

 

 息も絶え絶えと言った調子で、シノンは呟きを漏らした。

 

 何しろ鎧だけにでも相当な重さだと言うのに、そこに水の流れも加わるのだから、体に掛かる負担は半端な物ではなかった。

 

「暗殺者養成カリキュラムに記された鍛練法です。私はアジトでの役割とかはありませんので、お二人を集中して鍛えられます」

「そう言えば、シェーレって何か仕事しているところ見た事無いけど・・・・・・・・・・・・」

 

 シェーレの場合、いつも席について怪しげな本を読んでいる事が多い。

 

 他の者は、何かしら交替で作業をしている場合が多いのだが。

 

 その事が、シノンには少し疑問に思えたのだ。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねられたシェーレは、悲しそうに俯きながら、訥々と語り始めた。

 

 自身の身に降りかかった、凄惨な悲劇を。

 

 

 

 

 

「料理は、焦がしてアカメをクールに怒らせました」

 

「掃除は、逆に散らかってしまいブラートさんを困らせてしまいました」

 

「買い出しは、塩と砂糖を間違えてレオーネに笑われました」

 

「後片付けは、アジトを爆破してしまいそうになり、キリトを黒焦げにしてしまいました」

 

「洗濯は、うっかりマイン本人も洗ってしまいました」

 

 

 

 

 

 聞いたタツミとシノンは、空いた口がふさがらなかった。

 

 なかなか圧倒的な武勇伝である。ここまでできる人間は、そうはいないだろう。

 

「何と言うか、ドンマイ・・・・・・・・・・・・」

 

 聞いた自分が脱力した感じで、タツミが声を掛ける。

 

 シノンもまた、どう声を掛けて良いのか判らず呆然と立ち尽くしていた。

 

 これが天然の恐ろしさと言うべきか、わざとやっているのでない所がまた、想像を絶している。

 

 だが、

 

 普段はこれ程までに頼りないシェーレだが、ひとたび暗殺者としての顔を見せれば、他の者が震え上がる程の冷徹さを見せ付ける。

 

 一切の表情を変えず、鋏型の帝具エクスタスを用い、情け容赦すら見せずに標的の命を刈り取る姿は、正に生粋の殺し屋のそれである。

 

 そもそも、シェーレはナイトレイドに入る前からフリーの殺し屋をしていたのだ。そう言う意味では、殺し屋としてのキャリアはかなり長い事を意味している。

 

 とても、そうは見えないのは事実だが。

 

 とても、そうは見えないのは事実だが。

 

 大事だと思たので二回言いました。

 

 シノンはふと、頭に浮かんだことを聞いてみた。

 

「そう言えばシェーレ」

「はい?」

 

 呼ばれて、ふと顔を上げるシェーレ。

 

 と、その拍子に、彼女の顔からメガネが零れ落ちた。

 

「あ、め、メガネ、メガネ・・・・・・・・・・・・」

 

 一瞬、空気が華やいだ気がした。

 

 普段の野暮ったい眼鏡顔からは想像もできない程の可憐な素顔が顕になり、タツミは勿論、同性のシノンですら、一瞬ドキリとしてしまった程である。

 

 それ程までに、素顔のシェーレは美しく、スタイルの良い肢体と相まって、大人らしい魅力にあふれていた。

 

 眼鏡をかけ直したシェーレは、顔を上げてシノンに向き直った。

 

「それでシノン、何が聞きたいのですか?」

「あ、うん・・・・・・・・・・・・」

 

 少し躊躇った後、シノンは口を開いた。

 

「キリトって、どうしてナイトレイドに入ったのかなって思ってさ」

 

 それは、ずっとシノンが疑問に思っていた事である。

 

 他のメンバーについては、だいたい理由がわかっている。

 

 ナジェンダ、ブラートは帝国に絶望して、アカメはナジェンダの説得により、レオーネとシェーレはスカウトされたから、と理由は人それぞれだ。

 

 マインの場合、これは本人から聞いた事だが、彼女は異民族とのハーフで、その事を理由に昔から迫害を受けて来たそうだ。

 

 シノン自身、帝国の真実を知って立ち上がったと言う意味では、アカメに近い物があった。

 

 それぞれが、それぞれに戦う理由を持っている。

 

 しかし、そんな中でキリトだけが、いまいち戦う理由がはっきりしなかった。

 

「それは・・・・・・・・・・・・すみません、判りません」

 

 悲しそうな顔で、首を横に振るシェーレ。

 

 対して、シノンは納得したように頷きを返した。

 

「成程。そう言う事は、口が堅そうだもんね、あいつ」

「いえ・・・・・・・・・・・・」

 

 シノンの言葉に、シェーレは悲しそうな顔で否定した。

 

「聞いたような気もしましたが、忘れてしまいました」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 揃って絶句するタツミとシノン。

 

 どうやらシェーレの天然ボケ振りは、シノン達の予想の斜め上を通り過ぎているらしかった。

 

 

 

 

 

 数日後

 

 ナジェンダの招集でアジトの会議室に集められたナイトレイド一同。

 

 その目の前には、一つの帝具が置かれていた。

 

 目玉型の装飾品のような形をしたその帝具は、キリトがザンクから奪った《五視万能スペクテッド》である。

 

 革命軍本部に送る前に、誰かに適合しないか試そうと言うのだ。

 

「タツミ、お前が試してみろ」

「え、俺が? 良いの?」

 

 まさか声を掛けられるとは思っていなかったタツミは、驚いて顔を上げる。

 

 帝具は1人に付き1つ、と言うのが基本である。

 

 半端じゃない負荷がかかる為、使用者は肉体的、精神的にかなりの消耗がある。その為、2つ以上の帝具を装備する事はできないのだ。

 

 このメンバーの中で自分専用の帝具を持っていないのは、タツミとナジェンダだけ。ナジェンダは、自分には合わないと思った為、タツミに試すよう促したのだ。

 

 意気込んだタツミは、早速スペクテッドを手に取ってみる。

 

 正直、見た目はあまり気に言っているとは言い難い。

 

 タツミ的には、ブラートのインクルシオのようなのが良いと思っていたのだが、このスペクテッドもまた、キリトを苦しめる程の力を持っている。この際、贅沢を言う気は無かった。

 

「それは文献にも載っていなかった帝具だからな。意外と謎が多いんだが・・・・・・」

 

 ナジェンダの説明を聞きながら、スペクテッドを額に装着するタツミ。

 

 そこへ、アカメが身を乗り出してきた。

 

「心を覗ける能力があるそうじゃないか。私を視てみろ」

「判った」

 

 促され、タツミはアカメに集中する。

 

 アカメが何を想い、そして何を考えているのか。

 

 やがて、

 

「夜は・・・・・・・・・・・・」

 

 おもむろに、タツミが口を開いた。

 

「肉が食いたいと思っている!!」

「完璧だな」

「いや、まだ能力発動していないだろ」

「て言うか、それくらい俺にも判るし」

 

 帝具漫才を始めたタツミとアカメに、レオーネとキリトがツッコミを入れる。

 

 と、そこで顔をしかめたマインが口を挟んだ。

 

「心を覗かれるなんていやよ。五視あるなら、もっと別の能力を試しなさいよ」

「へいへい・・・・・・・・・・・・」

 

 やれやれと言った調子に、返事をするタツミ。

 

 同年代なせいかマインは何かとタツミに突っかかる事が多い。その為、タツミもまた、やや辟易している感があった。

 

 仕方なく、タツミは目を閉じ、再び意識を集中する。

 

 確認されているスペクテッドの能力は「遠視」「洞視」「未来視」「幻視」の4つ。

 

 未確認の5つ目を手探りで探すように、タツミは慎重に意識を集中する。

 

 やがて、ゆっくりと目を開いた。

 

 次の瞬間、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、

 

 今まさに、

 

 タツミの目の前にはパラダイスが広がっているからだ。

 

 目の前にいるのは、アカメ、マイン、シノン、シェーレの女子4人。

 

 その全員が、タツミの目には可憐な下着姿に映っているのだ。

 

「な、な、なァ!?」

 

 顔を赤くしながら、驚くタツミ。

 

 これこそが、スペクテッドの残る1つの能力「透視」である。相手の装備を透かして見る事が出来、本来なら隠し武器の有無を確認するのが用途であるが、それを応用(悪用?)すると、このような嬉しい特典が付いてくる訳だ。

 

 一方の、当然ながら意味が分からない女性陣は、訝りながらタツミに視線を集中させる。

 

「どうしたの、タツミ君?」

「あ、ああ、いや・・・・・・・・・・・・」

 

 シノンの問いかけに対し、意味の無い言葉をしどろもどろに返す。

 

 ちなみに、シノンは青と白の可愛らしいストライプが入ったパンツとブラ、アカメは無駄を省く彼女の性格をあらわしたような簡素な白の上下、マインはオシャレ好きな彼女の性格を象徴するように、ピンクのパンツに、上が白のキャミソール。シェーレは大人っぽい紫の上下と、それぞれの個性が如実に表れている。

 

「どうしたんだ、タツミの奴?」

「さあ?」

 

 キリトとラバックは、揃って首をかしげる。

 

 今まさに、彼等を差し置いて新人君が天国を味わっているなどとは、手練の殺し屋である彼等にも想像が及ばなかった。

 

 だが、次の瞬間、

 

「あ、あれ?」

 

 ガクンと膝が崩れたかと思うと、タツミはそのまま床に座り込んでしまった。

 

 訳が分からないまま、どうにか起き上がろうとするタツミ。

 

 しかし、腰に力が入らない。

 

「な、何だ、これ?」

 

 呟きを漏らす内にも、徐々に意識が遠のきそうになるタツミ。

 

 その様子に、一同は慌てて駆け寄る。

 

「まずい、拒絶反応だ!!」

「急いで外そう」

 

 ラバックが倒れそうになるタツミを支え、その間にアカメはタツミの額からスペクテッドを取り外した。

 

 ややあって、落ち着きを取り戻したタツミは、深呼吸をしながら顔を上げた。

 

「いったい、何だったんだ、今の?」

「相性だ。お前にスペクテッドは合わなかったんだ」

 

 ナジェンダは嘆息交じりに言った。

 

 スペクテッドがタツミと相性合致して戦力化できれば大きな戦力になると思ったのだが、残念ながらそうそう思惑通りにはいかないらしかった。

 

「帝具は第一印象で決まるって言うからね。どうせダサい外見、とか思ったんじゃないの?」

「う・・・・・・・・・・・・」

 

 呆れ気味なマインの指摘に、どうやら図星だったらしいタツミは黙り込んだ。

 

 もっともそんなマイン自身、先程までタツミに自分の下着姿をガン見されていたとはつゆとも思ってはいないのだが。

 

 まさに「知らぬが仏」である。どっちにとっても。

 

 ともかく、タツミが使えない以上、スペクテッドは革命軍本部に送って解析を依頼するしかない。恐らく、向こうで適合者を探して役立ててくれることだろう。

 

「俺達は殺し屋だけど、同時に帝具を集める事も任務の内だ。タツミも知っての通り、帝具は一つあるだけでも、状況次第で戦況を覆す事ができるからな。多いに越したことが無いのさ」

「なるほど。たくさん集めれば、それだけ革命軍が有利になるって事か」

 

 キリトの説明に頷きを返すと、ナジェンダが辞典のような分厚い本をタツミに差し出してきた。

 

「一部の帝具については、これに書き記されている。読んでおけば何かの参考になるだろう」

「なるほど・・・・・・て言うか、これで一部なのか」

 

 差し出された文献を見ながら、驚きの声を上げるタツミ。

 

 中にはアカメの村雨や、マインのパンプキン、レオーネのライオネルなども書かれている。

 

 そこでふと、シノンは気になった事を尋ねてみた。

 

「そう言えば、一番強い帝具って何なんですか?」

 

 それは、話を聞いた人間なら誰でも気になる所だろう。

 

 これだけの超兵器群である。その中で最強の物を手に入れた人間が、すなわち帝国最強となれることは間違いない。

 

「用途や相性にもよるが、私は『氷を操る帝具』だと思っている」

 

 そう言うと、ナジェンダは自身の眼帯に包まれた右目を握り締める。

 

 この話題を口にするたびに、古傷が疼くのだ。

 

 そんなナジェンダを見ながら、キリトも眉をしかめる。

 

 氷を操る帝具。すなわち、《魔神顕現デモンズエキス》の使い手であるエスデス将軍の存在は、正に別格である。

 

 キリト自身は対峙した事は無いが、数々の伝説が齎す強さは想像を絶しており、もし戦う事になった場合、キリトですら、勝てるかどうか自信が無かった。

 

「幸い、使い手は今、北の異民族討伐の為に出撃している。いくら奴でも、戻って来るのに1年はかかるだろう」

 

 そう言って、苦い物を噛みしめるナジェンダ。

 

 まさかこの時、エスデス率いる北方征伐軍が、わずか半日にも満たない戦闘で北の異民族軍を壊滅に追いやり、《北の勇者》ヌマ・セイカを捕虜にしている事など、誰も知る由も無かった。

 

「フッフッフッフッフッフッ 強敵上等じゃねえか。俺は俄然、やる気が湧いてきた。帝具もどんどん集めようぜ」

「どうしたタツミ?」

「変な物でも食べた?」

 

 混ぜっ返すキリトとマインを無視して、タツミは上機嫌に拳を握って見せる。

 

「まだ未知の帝具があるんだろ? そこで俺はピンと来たね。これだけの性能揃いだ。もしかすると・・・・・・もしかすると、だけど・・・・・・」

 

 万感の期待を胸に秘めて、タツミは言った。

 

「死んだ人間を生き返らせる帝具もあるかもしれないッ そうだろ!?」

 

 意気込んで言い募るタツミ。

 

 だが、

 

 それに対する古参メンバーの反応は、殊更に冷ややかな物だった。

 

「そうすれば、いずれはサヨやイエヤスだって・・・・・・」

「ねえよ」

 

 そんなタツミの熱気を打ち砕くように、ブラートが低い声で遮った。

 

「帝具であろうと、死んだ人間は生き返らねえ。命は、一度きりだ」

「いや、でも兄貴、判んねえだろ、そんなの!! 探してみないと!!」

「タツミ」

 

 今度は、キリトがタツミの言葉を遮った。

 

「始皇帝が、何で帝具なんて物を作ったと思う?」

「たぶん、不老不死が無理だって事が判ったからだろう」

 

 キリトの言葉を引き継いで、アカメが結論を述べる。

 

 そう、不老不死や蘇りの能力を持つ帝具があるなら、始皇帝は真っ先に自分が使用していた筈である。

 

 しかし、それが無いからこそ、多くの帝具を産み出して国の防衛力を強化したのだ。

 

「諦めろ。でないと、その心の隙、敵に利用される。お前が、死んでしまうぞ」

 

 冷たく、しかし、どこか諭すような口調で告げるアカメ。

 

 少年の淡い希望は、脆くも崩れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥か北の地において、一つの「終わり」が訪れようとしていた。

 

 その姿を見た者は、たとえ知り合いであったとしても、俄かには信じる事ができないであろう。

 

 椅子に座ったエスデス。

 

 その手には、一本の鎖が握られている。

 

 そして、鎖は彼女の前にひざまずいた人間の首に繋がれていた。

 

 全裸で顔を紅潮させ、荒い息を吐き出しながら一心不乱にエスデスの靴を舐め続ける男。

 

 それがかつて《北の勇者》の異名で呼ばれた異民族達の英雄、ヌマ・セイカ王子であると、誰が想像できるであろうか?

 

 まるで男娼の如き姿からは、かつての颯爽とした出で立ちは想像すらできない。

 

 既に、彼の全ては壊れていた。

 

 軍団が壊滅し、彼自身も敗れて捕虜になった後、エスデスは徹底した屈辱をヌマ・セイカに与えた。

 

 他にも捕虜になった兵士や民の前まで引きずって行くと、屈辱的な命令を次々と下した。

 

 従わなかった場合は、ヌマ・セイカが見ている前で、捕虜を1人ずつ順番に氷漬けにして殺して見せた。

 

 それに飽きると、今度は一斉処刑の様子を見せ付けてやった。

 

 勿論、ヌマ・セイカはその間、抵抗する事も、エスデスを止める事もできなかった。

 

 ただ、慟哭と共に血の涙を流しただけである。

 

 そうして、半分くらいの捕虜を「処理」した頃、ようやくヌマ・セイカは折れた。

 

 エスデスに対し絶対服従を誓い、彼女の命令に対し従順な態度を取るようになった。

 

 どんな屈辱的な命令にも従い、情けない姿を自身の民に晒し続けた。

 

 そして、

 

 それを待っていたように、

 

 エスデスは残った捕虜全員を処刑した。

 

 大きな穴を掘り、そこに全ての捕虜を突き落とすと、そのまま生き埋めにしてしまったのだ。

 

 その瞬間、

 

 ヌマ・セイカは壊れた。

 

 壊れるしかなかった。

 

 戦いに敗れ、多くの仲間を失い、自身が守るべき民達を処刑され、最後はプライドまで捨てて残った希望を守ろうとしたと言うのに、

 

 その全てが容赦なく踏み躙られたのだから。

 

 それが、今の姿だった。

 

「・・・・・・・・・・・・これが《北の勇者》とはな」

 

 蔑んだ目でヌマ・セイカを見据えるエスデス。

 

 だが、当のヌマ・セイカは、そんなエスデスの侮辱の視線ですら快感に感じるのか、顔を紅潮させて「ご主人様」の次の命令を待っている。

 

「つまらん、死ね、犬」

 

 言い放つと同時に繰り出した蹴りが、ヌマ・セイカの頭を一撃で蹴り砕く。

 

 脳漿が飛び散り、鮮血が地面にぶちまけられる。

 

 それが《北の勇者》と呼ばれ、帝国に脅威を与え続けたヌマ・セイカの、それが最後だった。

 

「・・・・・・・・・・・・エスデス、悪趣味過ぎ」

 

 その一部始終を見ていたトキハが、嘆息交じりに言い捨てる。

 

 かつて「ヌマ・セイカだった物」から流れ出る血を、冷ややかに見つめるトキハ。

 

 そう言う時は自身、客将としてエスデス軍に加わり、ヌマ・セイカの側近2人を含む、多くの兵士を手に掛けている。

 

 つまり、この状況を作り出したと言う意味では時は自身も一枚噛んでおり、彼がエスデスを非難する資格は無いのだが。

 

 それに対し、エスデスは冷笑を持って応じる。

 

「お前は、私を軽蔑するか トキハ?」

「・・・・・・別に」

 

 尋ねるエスデスに対し、トキハは素っ気ない口調で応じる。

 

「もっとむごいシーンを見た事はあるし。それよりはマシかな」

「それはそれは、今度ぜひ、聞かせてもらいたいものだな」

 

 そう言って肩を竦めるエスデスに対し、トキハは再び無言になる。

 

 実際、トキハはこの結果は必然だと思っている。

 

 戦いは無情だ。

 

 特に敗者は、全てを奪われて当然である。

 

 ヌマ・セイカは弱いから全てを奪われた。

 

 エスデスは強いから、全てが肯定される。

 

 ただ、それだけの話である。

 

 今回の戦いも、もしエスデスが敗れていたら、立場も逆になっていた事だろう。

 

 威厳も尊厳も剥ぎ取られ、最後はごみのようにうち捨てられる。それが戦場の常である。エスデスは、それを忠実に実行したに過ぎなかった。

 

「どこかに、私を満足させてくれる敵はいないものか・・・・・・」

「無理だと思う」

 

 ボソッとツッコミを入れるトキハを無視して、不敵な笑みを浮かべるエスデス。

 

 その姿は、まさに帝国最強として揺るがない自身と威容を誇っていた。

 

 

 

 

 

「でも、タツミ君の気持ちもわかるよ」

 

 アジトでの会談を終え部屋へと帰る道すがら、シノンはそんな言葉を漏らした。

 

「誰だって、大切な人を無くしたりしたら『もしかすると』って思ってしまうものじゃない」

 

 語りかけるシノン。

 

 だが、彼女の前を歩くキリトは、それには答えずに足を動かし続けている。

 

 その態度に、シノンはムッと顔をしかめる。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「ん? ああ、ごめん、何か言った?」

 

 そこで、ようやくと言った感じに振り返るキリト。何やら、考え事をしていたと言う感じである。

 

「どうしたの? ぼうっとして。今日のアンタ、ちょっと変よ。いつもの事だけど」

「失礼な」

 

 シノンの物言いに口を尖らせつつ、キリトは再び前を向く。

 

「ただ、昔の事を思い出していたんだよ」

「昔?」

「ああ、ずっと昔の事を、さ」

 

 そう言うと、キリトは再びシノンに背を向けて歩き出す。

 

 もしかすると、その昔の事と言うのは、キリトがナイトレイドになる原因なのかもしれない。

 

「そう言えば、さっきの口ぶりからスト、シノンも誰か大切な人が死んだのか?」

 

 どうやら、聞いていないようでいて、しっかりと話しは効いていたらしい。

 

 キリトの問いかけに、一瞬キョトンとするシノン。

 

 ややあって、少し顔を伏せながら口を開いた。

 

「私ね・・・・・・実は、小さい頃の記憶が無いの」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の告白に、キリトも何と言って良いか判らず言葉を詰まらせる。

 

 シノンの記憶喪失の理由が何なのかは判らないが、それが同情に値する事だけは確かである。

 

「私、両親が小さい頃に死んじゃったから、そのせいで両親の記憶が無いんだ。だから・・・・・・」

 

 振り返って、シノンはキリトに微笑を見せる。

 

「もし、人を生き返らせる帝具があるなら、それでお父さんとお母さんを生き返らせて、会ってみたいって思っただけよ」

 

 そのシノンの言葉に、キリトはスッと目を細めて見つめる。

 

 この娘は、自分が思っているよりも強い少女だ。

 

 だが、その強さはどこか、脆い土台によって支えられているような気がする。

 

 僅かでも崩れれば、シノンと言う人間は際限なく崩れてしまう。

 

「シノン・・・・・・・・・・・・」

 

 支えてやりたいと、思った。

 

 サチのようにはならない為に、

 

 共に戦う仲間として、

 

 これからも、ずっと・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

第7話「記憶と共に生きる」      終わり

 

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