漆黒の剣閃   作:ファルクラム

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第8話「告げられる予兆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一家の運命は、唐突に終わりを告げようとしていた。

 

 母親は、まだ幼い息子を必死に抱き締めて、恐怖に耐えている。

 

「あー、ボス、やっぱ駄目みたいだわ。シケてるとは思っていたけど、まさかここまで使えないとはな」

「もっとよく、探せ。何か、ある筈だろ」

「だから、ねーって。そんなに言うんだったら、そっちと代われよな」

 

 男達は軽口をたたき合いながら、今も家の中を物色している。

 

 深夜、突如として押し入ってきた三人組の男達。

 

 抵抗しようとした夫は、紅い目をした男の剣によって即座に殺され、今は物言わぬ躯となって床に転がっている。

 

 隙をついて逃げようと思っても、夫を殺した刃が、今も容赦なく突きつけられている為、それも叶わない。

 

 家の中を物色している小柄な男は、ズタ袋のような物を頭にすっぽりと被っていて、その顔を窺い知る事はできない。

 

 だが、ある意味で真に恐ろしいのは、その2人ではない。

 

 もう1人、フードを被った男が、部屋の隅に佇んでいるのが見える。

 

 先程から一言もしゃべらず、残り2人のやり取りを聞いている男。

 

 一見すると、ただその場に突っ立っているだけのようにもみえるが、それだけに、不気味さは他の2人よりも上のように思える。

 

 彼等が強盗である事は間違いない。

 

 だが、なぜ我が家に?

 

 言っては何だが、うちには大した蓄えなど無い。この不況のせいで貯蓄は殆ど無く、日々の暮らしを支えるのが精いっぱいの状況である。

 

 なのになぜ?

 

 考えても、答が出る事は無かった。

 

 やがて、

 

「よし、お前等、もういい」

 

 先程まで一言もしゃべらなかったフードの男が、そこで口を開いた。

 

 低いが、よく通る耳障りの良い声をしている。まるで、心の奥底まで見透かされるような、そんな錯覚に陥る。

 

「元々、そんなに期待してたわけじゃねえからな。だが、宝探しゲームとしちゃ、そこそこだっただろ」

「見つかる宝が無いんじゃ、楽しみも半減だけどねー」

 

 言いながら、小柄なズタ袋男が戻ってきた。

 

 その手にはギラリと光るナイフが握られており、更なる恐怖感をあおってくる。

 

 不満を述べる小男に対し、フードの男は、僅かに見える口元に笑みを浮かべる。

 

「そう言うな。だからこそ、メインディッシュは残しといてやったんだろうが」

「さっすがボス。判ってるぜ」

 

 喝采を上げる小男。

 

 それを見ながら、紅い目をした男もまた、口元に笑みを浮かべる。

 

「では、俺は、母親の方を、もらう」

「じゃあ、俺はガキな。あ、どうせだから、ガキの方を先にやっちゃおうぜ。その方が、ママは喜ぶだろうしな。何しろ、自分のガキが腸ぶちまける所見られるんだぜ。一生に一度しか見られないんだからよ」

 

 男達の狂気に満ちた会話の意味を理解し、母親はより一層、息子を抱く腕に力を込める。

 

「やめて、この子だけは・・・・・・この子だけは、どうかッ」

 

 母親として、子供だけは守ろうと、必死に懇願する。

 

 しかし、

 

 その切なる願いが聞き届けられる事は、ついに無かった。

 

 

 

 

 

 足元に転がり、赤い液体を流し続ける「物」を爪先で蹴り飛ばすと、ズタ袋の小男は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「あー やっぱ最高だぜ、この瞬間はよ」

 

 血に濡れたナイフを弄びながら、まるでゲームをクリアした瞬間のような歓喜を上げる。

 

 今まさに、人を殺した瞬間とはとても思えない、溌剌とした声である。

 

 否、彼等にとって、殺しとはゲームに他ならないのだろう。

 

 今回に事にしてもそうだ。別に金品の強奪を目的にして押し入った訳ではない。

 

 目的はあくまで、住人の殺害。他は全部、おまけに過ぎない。

 

 自分達は狩人であり、他は皆、自分達に駆られる獲物に過ぎない。だからこそ、他者の命であろうと、簡単に奪う事ができる。

 

「で、次は、どうする、ボス?」

「そうだな、ここらへんも遊びつくしちまったしな。さて、どうしたもんか」

 

 剣を収めた赤目の男が、くぐもった声でフード男に尋ねる。

 

 対して、ボスと呼ばれたフード男も、顎に手をやって考え始めた。

 

 と、そこに、ズタ袋の男が手を挙げた。

 

「はいは~い、俺、提案ッ だったらさ、あれ、帝都にでも行ってみようぜ」

「おっと、いきなりな大胆な発言来たな」

 

 威勢の良い事を言うズタ袋の男に、フード男は笑みを浮かべながら応じる。

 

「ボスも知ってるっしょ? ほら、例のナイトレイド。あの偽善者共がデカい顔してのさばってるはムカつくっしょ」

 

 帝都を騒がす殺し屋集団ナイトレイドの活動は、このような辺境の地まで聞こえてきている。

 

 帝都の富裕層を狙った殺し屋集団。世直しを行う正義の味方。

 

 だがハッキリ言って、真の殺人者を自認する彼等にとって、ナイトレイドのような存在は、単なる自己満足の偽善者集団にしか映らなかった。

 

「そう言えば、ザンクをやったのも、そいつらなんだろ? お前等、顔は見なかったのかよ?」

「いやー、それが顔まではちょっと。流石に距離がありすぎたし。それに奴さん、妙に黒い服着てて、見づらかったんだよ」

 

 そう言って、ズタ袋男は肩を竦める。

 

 対して、フード男は顎に手を置いて考え込む。

 

 確かに、ここら辺での狩りには限界があると思い始めている。

 

 このまま活動を続ければ、いずれは当局に嗅ぎつけられ、討伐隊を組まれる可能性もある。

 

 別に地方守備隊の兵など恐れるには値しないが、自分達の組織は決して規模が大きいとは言えない。それを考えれば、これ以上一つ箇所で活動を続けるのは危険だった。

 

「帝都か、行ってみるのも悪くないかもな」

「よっしゃ、決まりだぜ」

 

 ガッツポーズを取るズタ袋の男。

 

 さきほどから無言のままでいる赤目の男も、特に異存は無いように沈黙している。

 

 2人の反応を見ながら、フードの男は口元に笑みを浮かべる。

 

「ナイトレイド・・・・・・こいつは楽しい事になりそうだ」

 

 そこには、新たなる狩り(ゲーム)の始まりを告げる、不気味な響きが伴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿の謁見の間は、緊張に包まれていた。

 

 負報が届く事は珍しくない昨今だが、今回の報告は群を抜いていると言えるだろう。

 

「申し上げます」

 

 跪いた兵士は、首を垂れながら、携えて来た情報を伝える。

 

「ナカキド将軍、ヘミ将軍、ユージーン将軍が離反ッ 反乱軍に合流した模様です!!」

 

 その報告に、居並ぶ文官たちは動揺を隠せない。

 

 何しろ、今名前が挙がった3人の将軍は、皆、帝国軍の中でも特に中軸と目される者達であった。

 

「戦上手のナカキド将軍に、帝国屈指の猛将と謳われるユージーン将軍が・・・・・・」

「反乱軍は、恐るべき勢力に育っているぞ」

「早く手を打たねば帝国が・・・・・・・・・・・・」

 

 自分達の存在を根底から覆しかねない存在が迫り、焦りを隠せないでいる。

 

 誰もが皆、いつか反乱軍が、帝との城門を破って押し寄せて来るのではないかと不安に思っているのだ。

 

 その時、

 

「うろたえるでない!!」

 

 玉座の上から立ち上がった皇帝が、颯爽と腕を振るい、ざわつく文官たちを黙らせる。

 

 その言葉に、誰もが言葉を停めて振り仰ぐ。

 

 至高の存在を前にして、皆が固唾を飲んだ。

 

「反乱軍は所詮、南端にある勢力。いつでも対応できるッ 反乱分子は集めるだけ集めて掃除した方が良い!!」

 

 言ってから皇帝は、傍らのオネスト大臣を振り返る。

 

「で、良いのであろう、大臣?」

「ヌフフ、さすが陛下、落ち着いたものでございます」

 

 皇帝の言葉に肉を食いながら応じる大臣。

 

 実際のところ、帝都の守りにはブドー大将軍の近衛軍がある。いかに反乱軍が強大化しようとも、ブドーを破れる筈が無かった。

 

「遠くの反乱軍より、今は近くの賊です。ナイトレイドとか言うコソ泥集団のおかげで、首切り魔は殺されて帝具は奪われる。帝都警備隊長は殺害される。ついには、私の縁者のイヲカルまで殺される始末。やられたい放題で、体重が増えてしまいます」

 

 苛立ちまぎれに肉を飲み込む大臣。

 

 特に最近、ナイトレイドの活動は活発化しつつある。一連の犯行も全て、ナイトレイドの仕業である事は間違いなかった。

 

「穏健である私も、流石に腹に据えかねます。故に、北を制圧したエスデス将軍を、帝都に呼び戻します」

 

 大臣のその言葉に、先程とは違うざわめきが走った。

 

 エスデスの北方征伐軍から、勝利の報告が届けられたのはつい数日前の事である。であるのに、もうエスデスを呼び戻すと言うのか。

 

「て、帝都にはブドー将軍がおりましょう!!」

「大将軍が賊狩りなど、彼のプライドが許さないでしょう」

 

 文官の発言を、オネストは首を振って否定する。

 

 ブドーは根っからの近衛軍人であり、皇帝を守る事こそを至上としている。

 

 それを考えれば、賊狩りなどに出る事は決してありえないだろう。

 

 加えて、ブドーはオネストにとって、いささか煙たい存在でもある。

 

 軍人でありながら自身に匹敵する権力を持ち、何より皇帝からの信頼も厚い。加えて、帝国軍の中核である為、むやみに排除する事も出来ない。

 

 正にオネストにとって、ブドーは目の上の瘤と言って良い。

 

 そんなブドーに頭を下げるのは、どうしても避けたいところであった。

 

 だがエスデスなら、利害と言う点でオネストと共謀できる。

 

 オネストが戦場を与え、エスデスが敵を狩り尽くす。

 

 その関係が保たれている以上、エスデスはオネストの最大の協力者であると言って良かった。

 

「エスデス将軍が戻ってくるまでの間、無能な警備隊に発破を掛けなさい。1人でも多くの賊を狩り出し始末するのです」

 

 まるで妄執に取りつかれたようなオネストの言葉が、宮殿の内部を圧して響き渡った。

 

 

 

 

 

 扉を開けてカフェに入ると、とても落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

 ほどよく漂ってくるコーヒーの香りに、ゆったりと流れるクラシックレコード。

 

 時代が10年くらい、タイムスリップしたような錯覚に陥る。

 

 だが、

 

 その雰囲気は、バーカウンターに立っている男を見ると、一瞬で吹き飛ばされる事だろう。

 

 よく焼けた褐色の肌に、禿頭の頭。ギョロリとした双眸は、破壊力抜群間違いなしだった。

 

 それは、入り口に入ったまま絶句しているシノンの反応を見れば、一目瞭然だろう。

 

 だが、

 

「ようエギル。相変わらずぼったくってるか?」

「うるせえぞ、キリト。客じゃないなら帰れよ」

 

 シノンをこの場に連れてきたキリトは、実にフレンドリーに店主に話しかけた。

 

 唖然とするシノン。

 

 見れば店主とキリトは、親子ほど、とまではいかないにしろ相応に年齢が離れている世に見える。それをこうもあっさりと溶け込んでしまうとは。

 

 否、それ以前に、あんな鬼のような外見の男とフレンドリーに話すキリトは、そうとう奇異に見えるのだが。

 

「・・・・・・・・・・・・よく考えたら、今更よね」

 

 嘆息するシノン。

 

 考えてみればキリトは、ナジェンダやブラートと言った明らかに年上の相手でもフレンドリーな態度で接している。それを考えれば、ある意味で普通の光景であるとも言える。

 

 もっとも、それはシノンの感覚が鈍り始めている可能性も無きにしも非ずなのだが。

 

「何してるんだよシノン。早く来いよ」

「あ、う、うん」

 

 呼びかけられて我に返ると、キリトの隣のバー・カウンターへと座った。

 

「紹介するよシノン。こいつはエギル。俺達の協力者の1人だよ。副業で、ここの店主もやってる」

「逆だ逆。店の方がメインで、お前等のお守りが『ついで』に決まってんだろうが」

 

 キリトの紹介に不満を述べつつ、エギルはシノンに向き直った。

 

「エギルと言います、どうぞよろしく」

「あ、シノンです。こちらこそ・・・・・・」

 

 思いもかけず丁寧な挨拶に恐縮しつつ、シノンは自身も挨拶を返す。

 

 どうやらエギルは見た目の凶悪さと反して、落ち着いた性格であるらしかった。

 

 それにしても、驚くべきはナイトレイドの人脈の広さである。アルゴだけでなく、このような協力者までいるとは。

 

 さまざまな層の人間から多角的な情報を集める為には、帝都にいる多くの人間と繋がりを持つ事は好ましかった。

 

「仕事か?」

 

 こちらの事情を心得ているらしいエギルは、グラスを拭きながらそのように尋ねてくる。

 

「ああ、まあな」

 

 それに対し、キリトは出された茶に口を付けながら、短く頷きを返す。

 

 今回の仕事は、下町の娘たちを言葉巧みに連れて来ては、阿片を飲ませて薬漬けにして娼館で働かせているヤクザ達。そして、それを裏で支援しているチブルと言う役人。

 

 更に、このチブルと言う役人は、別のヤクザともつながりを持ち、同じ手口で利益の拡大を図ろうとしてるらしい。

 

 それらすべての抹殺が、今回の仕事だった。

 

 だが、それをエギルに語る気は無いし、エギル自身、その事を尋ねてはこない。

 

 互いに踏み込まないし、必要以上に踏み込ませない。

 

 それが、自分達にとっての暗黙のルールだった。

 

 その時、店の扉が開き、レオーネが入ってくるのが見えた。

 

「いやー、まいったまいった。まさか借金取りにばったり出会っちゃうとはねー あ、エギル、あたしにお酒ねー」

 

 そう言うとレオーネは、シノンの隣に腰掛けて早速注文をする。

 

「あのなレオーネ、借金なら俺の店にもあるだろうが。そっちもとっとと返せよ」

「良いじゃんか、アタシとエギルの仲だろ?」

「どんな仲だよ」

 

 呆れ気味に言いながらも、エギルは律儀に、レオーネの前に黒エールのジョッキを置く。

 

 それを受け取ると、レオーネは一気に半分近く飲み干す。

 

「プハー 生き返ったァ」

 

 大きく息を吐くレオーネに対し、シノンはジンジャーエールを取りながら呆れ気味に見つめる。

 

「ちょっとレオーネ、仕事前なのに、そんなに飲んで大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫」

 

 言うや否や、レオーネはシノンの首に腕を回して抱き寄せる。

 

「キャッ!?」

「真面目だな~シノンは。アタシらの仕事は素面じゃやってらんないぞー」

「いや、その発言はまじめに働いている人に失礼だろ」

 

 レオーネの酔っ払い的発言にツッコミを入れるキリト。

 

 そこでふと、思い出したように話題を変えた。

 

「そう言えばレオーネ、タツミはどうしたんだよ? 一緒だった筈だろ」

 

 今回の任務において、ナイトレイドは3チーム6人を、ペアで作戦投入している。その内、レオーネはタツミと組む事になっている筈なのだが。

 

 そのタツミの姿がどこにもなかった。

 

「あー、借金取りに追われているうちにはぐれちゃったみたいだな」

「おいおい」

 

 呆れ気味に、キリトはツッコミを入れる。

 

 タツミもとんだ災難である。

 

 スラム出身のレオーネは、その気風の良さと面倒見の良い性格で住民から慕われている一方、方々に借金があったり、飲み代をツケにしたりしているので、そこそこ恨まれていたりもする。

 

「でも・・・・・・」

 

 レオーネに抱きつかれながら、シノンはふと思った事を口にした。

 

「タツミ君、ここまで辿りつけるのかな?」

「大丈夫だろ。この店、ボロいけど目立つ所にあるから」

「ボロいは余計だ」

 

 レオーネの言葉に、店主が不機嫌そうに返す。

 

 しかし、

 

「でも、タツミ君って田舎から出て来たばっかりよね。それじゃあ、あんまり帝都の道とか詳しくないんじゃないかな?」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 カフェ内部に訪れる、一瞬の沈黙。

 

「しまったァ そうだったァァァァァァ!!」

 

 事態の重大さに気づき、レオーネが頭を抱える。

 

 この広い帝都で、タツミを迷子にしてしまった。

 

 これはゆゆしき事態である。夜には仕事もある。既にシェーレ・マイン組は行動を開始している。こちらも仕事が開始されるまでにタツミと合流しないといけないと言うのに。

 

「ど、どうすんだよ、レオーネ?」

「いや、どうするって・・・・・・ど、どうしよっか?」

 

 途方に暮れる、キリトとレオーネ。

 

 その時だった。

 

 勢いよく扉が開き、軽装の鎧を着込んだ女性がカフェの中へ入って来た。

 

「失礼します。帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタスです!!」

 

 長いポニーテールを靡かせながら、勢いよく名乗る女性。

 

 しかし、その名乗りを聞いた瞬間、全員が思わず動きを強張らせる。

 

 帝都警備隊と言えば、ナイトレイドにとっては警戒すべき相手である。以前、タツミが初任務で隊長のオーガを倒した事でかなり弱体化しているが、それでも下手に相手をするべきではない。

 

 気付かれないようにそっと、傍らに立てかけたエリュシデータに手を伸ばそうとするキリト。

 

 だが、セリューと名乗った女性は、交戦的な態度を示す事無く、笑顔を見せている。

 

「実は、この方が道に迷ったとの事でした、ご案内したところです」

 

 そう言うとセリューは、背後に立つ人物を指し示す。

 

 するとそこには、

 

「タツミ!?」

 

 少し照れくさそうに頭を掻きながら、タツミが立っていた。

 

「タツミィ!!」

 

 弾かれたようにレオーネはタツミに突撃すると、抱き締めて、その豊かな胸に顔をうずめさせる。

 

「心配したんだぞ、こら~」

「うぷッ いや、姐さ・・・・・・・」

 

 殆ど呼吸が止まる勢いで抱き締められるタツミ。

 

 そんな2人の様子を、セリューは微笑ましそうに傍らで眺めている。

 

「合流できて本当に良かったです。では、私はこれです」

「あ、ほ、本当にありがとうございました」

 

 慌ててレオーネの胸から顔を放したタツミが、セリューに礼を言う。

 

 だが、

 

 キリトは見逃さなかった。

 

 爽やかな笑顔を浮かべるセリュー。

 

 その足元にいる、犬(?)のような生物を。

 

 垂れ下がった両耳や、クリッとした目鼻など、全体的な印象は犬に見えない事も無いのだが・・・・・・

 

「市民の安全を守る事が、我々、帝都警備隊の使命ですから。悪を見付けたら、どうぞご一報ください。我々、正義の味方が必ずやっつけてご覧に入れます」

 

 セリューはそう言ってビシッと敬礼すると、手にしたリードを引っ張る。

 

「行くよコロちゃん。警備に戻りますよ!!」

「キュゥゥゥゥゥゥ」

 

 コロと呼ばれた生物は鳴き声で主に答え、そのまま引きずられていく。

 

 その様子を確認してから、シノンはゴクリと息をのむ。

 

「キリト、さっきの人が連れてたのって・・・・・・」

「ああ、シノンも気付いたか」

 

 キリトもフッと息を吐きながら、シノンの頷きを返す。

 

 先程のコロと呼ばれていた生物。一見するとペットのような謎生物のようにも思える。

 

 だが、その正体は文献にも載っている、帝具《魔獣変化ヘカトンケイル》だ。

 

 帝具の中でも特異な部類に入る生物型と呼ばれる物で、意志を持って主と共に戦い、体内のどこかにあるコアを破壊しない限り、たとえ致命傷級の傷であっても短時間で回復してしまうのが特徴である。

 

 文献には残念ながら、それ以上くわしい事は書いていなかったのだが、まさか帝国軍側に使用者が現れる事になるとは。

 

「とにかく、あの人は警戒した方が良いだろう。帝都警備隊だと、これからぶつかる可能性もあるからな」

「判った」

 

 キリトの言葉に、シノンは頷きを返す。

 

 ヘカトンケイルがどんな能力があるか判らない以上、確かに警戒しておく必要がある。

 

 もっとも、主であるセリューは、どこか少女めいた明朗快活さが感じられる。たとえ敵対する事になっても、殺し合いにまではならないように思える。

 

 とは言え、敵方にヘカトンケイルの使い手がいたのは重大な事実である。

 

 これは、今後の作戦行動においても、重要視すべき内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が下りる頃、

 

 世間の暗闇とは対照的に、色町には煌々とした灯りが灯り始める。

 

 夜の仕事を生業とする者達にとっては、これからが稼ぎ時となる。

 

 男達は光の中を歩きながら一夜の恋人を物色し、女たちは、そんな男達の気を引こうと、煌びやかな衣装に着飾る。

 

 そんな華やかな色町の中にあって、

 

 どす黒い空気を漂わせる一角があった。

 

 その屋敷を牛耳るヤクザは、役人のチブルとつながりがあり、賄賂を贈る見返りとして、麻薬の販売ルートを見逃してもらっているのだ。

 

 役人は賄賂を貰って私腹を肥やし、ヤクザはその役人に見逃してもらって儲けを得る。

 

 正に、外道の繋がり。その割を喰らうのは、何の罪も無い一般市民と言う訳だ。

 

「いやーチブル様のおかげで、こっちは左団扇って訳よ」

 

 上座に座ったボスは、その太い腹を揺らしながら大いに笑う。

 

 それに追従しながら、子分たちも笑みを浮かべている。

 

 彼等の前にあるテーブルには、これでもかと言うほど豪勢な料理と、大量の酒が並べられている。

 

 スラム街に住む住人達には、決して味わう事ができないごちそうだ。

 

「ボス、この調子でガンガン稼ぎましょうぜ」

「おうよ。チブル様の権力と、俺等の財力さえあれば、この街を支配する事だって夢じゃないぜ」

 

 そう言って、巨大な腹を揺らすボス。

 

 しかし次の瞬間、

 

 天井から舞い降りてきた漆黒の影が、テーブルの上の料理を踏み荒らす形で着地した。

 

 蹴散らされる料理が宙に舞い、弾かれた皿が耳障りな音を立てて砕け散る。

 

 動揺が走る中、

 

 降り立ったキリトは、不敵な笑みと共に静かに言い放った。

 

「悪いが、夢なら寝てから見てくれないか? もっとも、アンタ等がこれから見る夢は悪夢だけどな」

 

 言い放った瞬間、

 

 電光の如く背中に回した手が、エリュシデータを抜刀する。

 

 一閃する漆黒の刃。

 

 その剣閃が、子分たちを斬り捨てる。

 

 舞い散る鮮血に、残った男達は怯んだ様に後じさる。

 

 その隙を、キリトは逃さない。

 

 素早く距離を詰めると同時に、剣を水平に振り抜く。

 

 それだけで、複数の人間が斬られて、床に躯を転がした。

 

「野郎ッ!!」

 

 いち早く体勢を立て直そうとした子分の1人が、キリトに向けて銃を向けようとする。

 

 だが、

 

 それよりも早く、開いていた窓から飛来した光の矢が、その子分の頭部を射抜いて絶命させた。

 

 その様に、会心の笑みを浮かべるキリト。

 

「ナイスだ、シノン!!」

 

 

 

 

 

 キリトが突入すると同時に、シノンも行動を起こしていた。

 

 手にしたシェキナーの弦を引き絞ると、自身の目に宿したスコープアイによって、次々と標的を捉えていく。

 

 放たれる光矢。

 

 一瞬で飛来した矢は、狙い違わず、標的を射抜いて行く。

 

「よし、次」

 

 照準、射出までの流れが、これまでよりもスムーズに行われる。

 

 射出された光矢は、今にも味方の援護に入ろうとしている組員の額を正確に撃ち抜く。

 

 ここ数日、マインの付きっ切りの特訓の成果もあり、シノンの実力は確実な上昇を見せている。

 

 既に殺し屋として充分な実力を見せていた。

 

 

 

 

 

 エリュシデータの能力を発動するキリト。

 

 繰り出される左からの水平斬り。

 

 更に、振り切った右から翻る水平斬り。

 

 背中に更に大振りな一撃を繰り出すと、反動を利用して突進しながらの水平斬りが炸裂する。

 

 剣の軌跡が正確な正方形(スクエア)

 

 キリトを取り囲んでいた組員たちが、一斉に吹き飛ぶ。

 

 高速水平四連撃ホリゾンタルスクエア。

 

 キリトが繰り出した剣によって、組員たちは全滅してしまった。

 

「ひ、ひィィィィィィ」

 

 椅子から転げ落ちたボスが、キリトから逃げようと尻餅をつきながら後じさる。

 

 対してキリトは、ゆっくりと歩いてボスを追い詰める。

 

「た、頼む、助けてくれッ」

 

 壁際に追い詰められ、ボスは懇願する。

 

「金ならいくらでも出す。だから・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、

 

「断る」

 

 非情に告げられるキリトの言葉。

 

 次の瞬間、繰り出された剣がボスの巨大な腹に、エリュシデータの切っ先が突き刺さった。

 

「がッ・・・・・・ハッ・・・・・・・・・・・・」

 

 短く息を吐き出すボス。

 

 そのまま、ガックリと首を垂れて絶命した。

 

 剣を数回振り回し、背中の鞘に納めるキリト。

 

 同時に、小さな足音が、背後から近付いてきた。

 

「終わったわね」

「ああ」

 

 狙撃任務でキリトを支援したシノンは、任務が完了したと判断して、狙撃ポイントから戻って来たのだ。

 

「よし、他の奴等と合流しようぜ」

 

 そう言ってシノンの肩を叩くと、屋敷を後にしようとするキリト。

 

 彼方で、

 

 笛の音が鳴り響いたのは、その時だった。

 

 

 

 

 

第8話「告げられる予兆」      終わり

 

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