「おっと。随分と話し込んでたな」
ハル兄さんが、窓の外を見ながらそう言った。
どうやら本当に随分と話し込んでいたらしく、外は夕陽に照らされ黄昏色に染まっていた。
僕は壁にかけておいた洋灯に火を点けた。
灯芯を包み込んで揺ら揺らと小さく燃える火が、まるで僕の不安定な野心を表しているかのようだった。だがその小さな火は、今にも消えそうな僕のモノとは違い、消えまいと必死に燃えている。
僕はありったけの勇気を奮って不安を掻き消し、決意した。
ハル兄さんに振り向き、その決意を言葉にする。
「……僕、実は今もハンターになりたいんだ。遊びじゃなくて、本当に」
しかしハル兄さんの目を見た瞬間、顔を伏せてしまった。裏切ってしまったような罪悪感を感じ、ハル兄さんの顔を直視することができなかった。
しかしハル兄さんは、微塵も怒気を含まない、かといって冷淡というわけでもない、優しい声色で答えてくれた。
「どうして、ハンターになりたいと思ったんだ?」
どうして、と聞かれると、困る。明確な目的など無いからだ。僕はただ、好奇心の
「モンスターが怖くないのか?」
黙り込んで顔を伏せたままの僕に、さらに質問をしてきた。
僕はそれに頷き、恐る恐る顔を上げて答えた。
「……怖くない、と言ったら嘘になるけれど、それよりも好奇心のほうが強いんだ」
ハル兄さんは何も言わず、代わりに僕の目を見つめていた。顎に右手を添えている所を見ると、どうやら考え事をしているようだ。父さんも同じ仕草をするため、すぐにわかった。
僕は山の向こうに沈みかけた夕陽を見た。その眩しさにすぐに目を細め、固唾を飲んで時が経つのを待った。
「……親父にはもう話したのか?」
ハル兄さんが、今度は真剣な声色で聞いてきた。
「今朝、話した。けれど一度も頷いてはくれなかったよ。むしろ、ダメだの一点張りで……」
「まぁ、あの頑固親父なら一度反対すれば折れてくれないだろうな。それで、何て言い返したんだ?」
「僕はもう成人なんだから、自分で決める、って」
突然、ハル兄さんは声をあげて笑い出した。
僕は馬鹿にされたような気分になり、眉を寄せてハル兄さんを睨んだ。
「おいおい、それじゃあ親父が許してくれるわけないだろ。そんなの俺でも許さないぞ? その分だと、親父のほうが正しいこと言ってるぞ」
「うっ……だ、だけど、なりたいと思ったんだから仕方ないじゃないか」
「そこだ」
ハル兄さんは人差し指をピンと立てた。
「どうしてなりたいのか、を説明しないと、多分親父は許してくれない。ていうか俺も許さない」
「そんな、でもただの好奇心なんだよ。特別な理由なんてない」
「それはハンターに対する好奇心か?それともモンスターか?」
僕が一番に興味を持ったのは、幼い頃に読んだモンスターの書だ。その後も2年ほど前から、月に1度来るようになった行商人にハンターの話を聞かせてもらっていたけれど、それもモンスターの書を読んでいなければ会話どころか挨拶すらしなかったと思う。
「思い入れが強いのはモンスター、かな。でもハンターにも興味はあるよ」
「それなら別に書士隊でもいいだろ。モンスターのことも深く学べるし、ハンターとも仕事できる。わざわざ危険を冒す必要は無い」
書士隊とはギルド管轄の組織で、主に専属のハンターにモンスターの生態の調査や未知の地形等を探索してもらい、それを書き留めるのが仕事だ。僕が幼い頃に読んでいたモンスターの書も、その書士隊が発行しているものだ。
「だけど書士隊は、実際にモンスターを見る機会は滅多に無いって聞くよ。僕は自分の目で確かめたいんだよ」
「どうして、自分の目で確かめたいんだ?」
「僕はこの狭苦しい村にいるだけじゃ見られない景色を、見てみたいんだよ。一生ここに住んで、毎日変わらない景色を見て過ごすなんて、絶対に嫌だ」
僕は、自身の迷いを掻き消すように熱弁をふるった。
「もちろん僕はターニャ村が好きだ。農家のフーゲンさんも、隣のシモネちゃんも、村に住む人みんな優しくて、大好きだよ。……だけど僕は時々不安になるんだ。このままだと、何も知らずに老いていくんじゃないかって。太陽が沈む山を越えたら、そこに何があるのか僕には想像もつかない。星が落ちた場所が、どうなっているのかもわからない。ありとあらゆるものが未知なんだよ。だから僕はそれらを知るためにハンターになりたい。色んな所を旅しながら、目で確かめて一つ一つ知っていきたいんだよ」
言い終わり、ハル兄さんを見ると、意外なことを知った、といった様子で目を丸くしていた。
そしてすぐに笑みを浮かべた。
「良い理由を持ってるじゃないか。この村についてだが、俺もそう思っていた。ここは田舎すぎる。他の村や街と行商も
僕は呆気にとられた。
いや、感銘を受けた、と言った方が正しいだろうか。
普段のハル兄さんを知る者ならば、熱があるのでは、と心配すると思う。
お調子者はどこへやら、目の前にいるのは立派な大人だった。
「ぼ、僕はそこまで考えてなかったよ」
「とにかくお前だけでもこの村以外に興味を持ってるなら、俺は嬉しい」
「でも意外だよ。ハル兄さんがそこまで村の事を
僕は率直な感想を述べた。
「意外ってどういう意味だ。それに俺は元より村長を継ぐつもりだ。まぁだからドナート、お前はハンターになっても良いぞ」
「え、本当!?」
「あぁ、嘘はつかない。俺は、危険だから止めていただけだ。ドナートの言ってることも、馬鹿にしちゃいけない正当な理由だと思う。あーただ、親父が許すかどうかは別だけどな」
それでも僕は全然有り難かった。
ハル兄さんに背中を押して貰えたことは、僕の何よりの勇気になるのだから。
「ありがとう、ハル兄さん。でも本当に、父さんを説得しなければどうにもならないんだよね……」
「俺が許可したところで、親父には関係ないしな。このままだとお前、フーゲンさんの所で畑仕事することになるぞ」
そんなの初耳だ。村で一番厳かなフーゲンさんと一緒に働くことになれば、体が、いや、命がいくつあっても足りないだろう。
つまり僕は、父さんを何が何でも説得しなければならなくなったようだ。
「どうしようハル兄さん、父さんをどうやって説得しよう」
「さっき俺に話したことをそのまま言えば良いと思うぞ。俺ならそうする」
「……ダメだったら?」
「美味しい野菜を作るしか無いだろうな」
諦めてるじゃないか。
「いいかドナート、まだダメだと決まったわけじゃない。ダメだったらその時また考えたらいいんだ」
「……うん、そうだね。僕、父さんと話してくるよ」
「お前1人じゃ不安だ、俺もついて行く。この時間なら部屋にいるだろ」
「本当にありがとうハル兄さん」
「気にするな。かわいい弟の為だ、出来る限りのことはする」
父さんといい、ハル兄さんといい、よく恥ずかしいことを平気な顔して言えるものだ……。
ただ、当たって砕けろ、ではないが、現状父さんを説得すること以外に方法が無いことは確かだ。
僕は服を正した。
そしてハル兄さんと、父さんの部屋へ向かった。