弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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なんとか今週中に更新できました!!


第12話「現在と過去」

「う……」

 

昨晩ようやく弓塚と再会でき、

アルクェイドと共に三咲町を騒がす吸血鬼に対する共闘関係を結ぶことができた。

あの後、しばらく捜索した後に現地で解散となり、弓塚はアルクェイドの家に泊まることとなった。

アルクェイドは中学のころから俺の事を知っている弓塚に興味津々で、変なことが知られなければいいのだが…。

 

だが、それよりも問題なのは、

現在居間に座っておられるこの館の主への対策だ。

 

「あら、おはようございます。兄さん。」

 

居間には我が妹であらされる秋葉がいた。

紅茶を手に佇む姿は理想のお嬢様といった風体であり、

何も知らない男が見れば一目ぼれしても可笑しくない、

実に爽やかな笑顔で朝の挨拶を述べたが、眼は全然笑っていなかった。

口元は上品な笑みを浮かべているが、どこか攻撃的なもので、こちらの背筋が凍りそうだ。

 

…………昨日アルクェイドが来たのをなんて説明すればいいんだ。

 

く、くそどうすればいいのだ!?

ただでさえ門限は五時とか色々厳しい秋葉にアルクェイドのことを何ていえばいいのだ!!

 

恋人…いや、そういう間柄ではないから違う。

友達…学校に金髪の女性なんてそもそもいないから、その辺が絶対突っこまれるぞ!

セっ…馬鹿か俺は一体何を考えているんだ、朱鷲恵さんじゃあるまいし!

 

「……兄さん?」

 

マズイ、秋葉が怪しんでいる。

というより苛立っている、米神と口元がヒクついていることからして。

 

く、万事休す、か。

……いや、考えるんだ遠野志貴。

もしかすると秋葉が苛立っているのはアルクェイドのことではなく、単に朝の挨拶が帰って来ないだけだと。

 

そうだ、それに違いないきっとそうだ!!

普通に、いつのもように朝の挨拶を交わせばいいのだ。

だがしかし、今日は返答が遅れたから何時もより親愛を込め、かつフレンドリーに挨拶をするのだ!

 

「や、やあ。あきはたん、おっはー」

 

 

――――ピキ。

 

 

後に琥珀がこう証言する。

 

「いやーあの時の秋葉様の顔は見ものでしたよー。

 憤怒と驚愕が混ざりあった表情なんて私初めて見ました。

 でもいくら私が志貴さんが選択肢を誤って、オロオロする姿に愉悦を感じるとはいえ、

 あの時の部屋の空気は巻き込まれた身として本当に胃が痛くなるほど最悪でした。

 あ、もちろん自分はプロですからそんなことおくびにも出してないですけどねー。」

 

そして従者は、志貴さんは私のように秋葉様を操縦できていませんからねーと楽しげに締めくくった。

 

「…………琥珀。このカップ、罅が生えていてよ」

「あらあら、いけませんね。いい加減新しいのを購入いたしますか」

 

いや、それは違うよ琥珀さん。

それはどう見ても秋葉がたった今壊したから。

 

「………………」

 

俺は即座に逃げ出したい気持ちになったが、

秋葉の眼から放たれる見えない殺人光線がそれを阻止する。

 

胃が痛い、というか失念していた。

秋葉がこうした冗談が通じない性格であったことを、

そして秋葉の怒りは凄まじく心なしか周囲が蜃気楼かのようにユラユラと背景が歪んでいた。

 

「えっと、じゃあ。そういうコ、『――――逃げないでくださいね、兄さん。』…………ハイ」

 

何とか誤魔化そうとしたが目前の鬼妹は逃走を許すつもりはないみたいだ。

 

「兄さん、昨日の方については後にたっぷりと、

 ええ、それこそたぁぁっぷり、と追及致しますが『弓塚さつき』という名前に聞き覚えはありますか?」

 

「へ?秋葉……どうして弓塚を?」

 

アルクェイドについてではなく突然現れた意外な人物の名前が出て正直驚いた。

秋葉と弓塚との間に俺の知りえない接点でもあったのだろうか?

しかし、弓塚とは通っている学校からして全然違うしどういうことだろう?

 

「そりゃあ、あいつとは中学からの友人だから当然知ってるけど、どういう風の吹きまわしなんだ秋葉。」

「……いえ、最近行方不明になった方の中に兄さんと同じ学校の方がいると聞いて確認しただけです。」

 

秋葉は視線を下に向け悲しげに答える。

そういえば、学校での目撃情報の呼びかけだけでなく、

ニュースや街頭のポスターでも目撃情報の呼びかけがあったな。

俺と同じ学校の生徒だから秋葉が関心を持ったのだろうか?

 

「ところで、兄さんは吸血鬼の存在を信じますか?」

 

「へ、吸血鬼?……あ、ああ吸血鬼か、

 俺はいても可笑しくないんじゃないかなと思うけど、どうしたんだ?」

 

「戯言だと思って聞いてください。

 もしも、です。仮にその彼女が吸血鬼とか魔物になったら兄さんはどうしますか?」

 

やけに具体的な例が出てきて一瞬驚いた。

というよりも、今まさに俺が抱えている問題そのものであった。

 

でも、俺に迷いはない。

俺は弓塚とアルクェイドを助けると決めたのだから。

 

「助ける、いや。絶対力になってあげたい」

「…………吸血鬼、でもですか?」

「ああ」

 

俺の迷いがない回答を聞いた秋葉は

諦め、呆れ、怒りといった感情が混ざり合った表情を浮かべた。

秋葉はたとえ話であると言ったが、手は震え、スカートをぎゅっと握りしめており、

俺は秋葉もまたシエル先輩のように何らかの事情を知っているのではないかと疑い、秋葉に問いつめようと一瞬考えたが、

 

それよりも、

秋葉の悲しそうな顔が先にすべきことをすべきだと思った。

小さい頃こんな時俺がよく秋葉にやったように彼女の頭を撫でた。

 

「ちょっと…!!?兄さん、何をするのですか!!私はもう子供では『秋葉だって例外じゃないぞ』え……?」

 

普段隙のないお嬢様である秋葉は呆然とする。

 

「秋葉は大事な家族だろ、当然じゃないか」

 

とたん、秋葉は顔を紅潮させ何を言えばいいのか分らず口をパクパク開く。

もしかするとそれは俺がこの屋敷に戻ってから始めて見る秋葉の素顔かもしれない。

 

「っ――――……!!」

 

続けてわしわしと頭を撫でてあげると、

秋葉は恥ずかしいのか、それともくすぐったいのか俯いて身じろぎをする。

 

しかし、こうしていると本当に懐かしい。

今でこそ完璧なお嬢様といった風格を身につけている秋葉と違い昔は本当に泣き虫だった。

こうして泣きそうな時は頭を撫でてやったし、秋葉とは一緒に遊べる時間が少なかったから【三人】で沢山遊んだな。

 

――――ん、今何か違和感が?

 

「あーお熱いのは結構ですけど、お二人とも私のこと忘れてませんか?」

 

過去の思い出に違和感を感じた時、琥珀さんが横から呆れ気味に呟いた。

 

「え、あ……きゃ!?」

「げほぉ!?」

 

琥珀の声を聞いてわが身を思い出した秋葉が思いっきり立ちあがる。

が、位置的に秋葉の正面にいた俺に派手に頭突きをする形となり悶絶する羽目に陥った。

 

「っ―――!!――!?」

「…っす、すみません!!に、兄さん、兄さんしっかりしてください!」

 

秋葉が慌てて傍に寄るが、

胸の傷を直撃されたので正直、かなり痛いし意識が遠のく。

たぶん今日学校は遅刻するなと思いつつ俺は弓塚とアルクェイドのことを思いつつ意識が途切れた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

あの日、アルクェイドさんと、

志貴との共闘関係が結ばれた後、

ボクはアルクェイドさんの家に泊めてもらったのだが、

 

彼女は昔の志貴に興味深々といった感じで、

その日の晩は志貴のあんなことやこんなことついて語り合った。

ボクが面白おかしく話すたびに彼女は驚き、笑い、呆れたりと豊かな表情を見せた。

 

彼女と語らい合いつくづく思ったのだが、やはり彼女には笑顔が似合っていた。

【原作】でロアはそんな彼女を堕落した存在と切り捨てたが、それは彼女の一面しか見ていないだけだ。

というか、まんまストーカーか信者の類の発想だ……まぁ、ロアが吸血鬼になった動機からして強ち間違っていないのが困る。

 

とまあ、こんな感じで次の夜に改めてアルクェイドと共に志貴と合流し、

元凶の吸血鬼の力を削ぐために死者を狩りに夜の街に出かけて現在に至るのだが。

 

「死者、あんまりいませんね」

「ええ、さっちんが事前に倒してくれたからかもね」

 

夜1時過ぎの公園は何時もと違い実に静かだ。

普段この時間でも公園でたむろう人々も、

ただでさえこの街で起こっている大量殺人事件の報道のせいで、ここはボク達3人を除けば無人だ。

 

「不機嫌そうだな、アルクェイド」

「当然でしょ、せっかく志貴やさっちんが手伝ってくれているのに」

 

志貴の問いにアルクェイドさんは不満げに唇を噛むが

ちょっとだけ頬が緩んでいる所、3人でいる状況を楽しんでいるみたいだ。

まあ、その実自分も街を練り歩いていた時から少し楽しかったので同意だ。

 

「だったらもう一度見て回っても構わないけ「「だめよ(だ)」……なんでさ」

 

志貴の好意は嬉しいが思わずアルクェイドと2人して声を揃えてしまった。

吸血鬼になってから改めて志貴の【直死の魔眼】が予想以上に危険な代物だと理解できた。

 

さっきも死者相手に志貴が魔眼を使用したさい、

ボクは彼のどこまでも透き通った蒼い瞳に見惚れてしまうと同時に、本能が恐怖を覚え鳥肌が立った。

 

あれはまさに『死』が具現化された存在にして、不死者にとって最悪の天敵。

【原作】の後の話を描いたと思われる短編小説では、吸血鬼から死神扱いを受けていたが納得した。

 

だけど、ボクはそんな志貴から眼が離せなかった。

七夜の技を以て死者を狩る姿は、自分には大きなギャツプを感じると共に、その姿が美しいと感じた。

そして、それほどの異能を持ちながら遠野志貴が遠野志貴であることに変わりがないことに彼の強さを思い知り――――。

 

……いや、まてまて。

なんでまたもや、まるで恋する乙女のような発想をしているんだ自分は。

 

「いい、志貴のその魔眼は本来見えない物を無理やり見ているのよ、

 だから使いすぎると脳の処理が追い付かず廃人になっちゃうから今日はこれでお終いよ」

 

自分が悶々と悩んでいた時、

解説役なアルクェイドが端的に眼の危険性を志貴に説明した。

心なしか志貴は青ざめて――――ん?

 

「あ、れ――――?」

 

アルクェイドの説明が続く前に突然志貴が胸を押さえ、手を服の中に入れる。

これは――――かつて【遠野四季】によってできた傷が開いているのか?

だとすれば、この近くにロアが近くにいるのか!!

 

「ん?さっちんどうしたの、志貴もそうだけど」

 

アルクェイドさんが不思議そうに尋ねるけど無視して辺りを見渡す。

電柱の上、公園の林の中、ビルの屋上、何処を見ても人影すら見えない。

そして志貴の方に振り向いた時、

 

 

血のカオリが漂ってきた。

 

 

「志貴、それ―――――」

「ああ…変だな、痛くもないし傷も開いていないのに胸から血がにじんでいる」

 

喉が痒い、喉が酷く渇いて痛い。

彼の顔と血を直接見ていると、どうしようもなく血が欲しくなる。

 

犬歯が伸び、ハァハァと息が荒くなる。

欲しい、遠野志貴の血がどうしようもなく欲しくてたまらない。

 

「アルクェイド、弓塚――――?」

 

志貴はボク達の違和感に気がついたみたいだ。

ボク達?ああ、横に視線をずらせばアルクェイドさんは敵意すら含んだ瞳で志貴を睨んでいる。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

沈黙が重苦しい、

遠野志貴との距離は手を伸ばせば掴める範囲にいる。

このまま彼の喉笛に噛みついて飲む血はさぞ美味であろう。

 

邪魔者は、いない。

アルクェイドさんならむしろこちら側に協力してくれるに違いない。

だって、彼女も遠野志貴が欲しくて堪らないのだから。

ボクも輸血パックは飽き飽きしていた所だ。

 

どこから血を飲むべきか?

やはりここはオーソドックスに喉からいくべきか?

いや、彼の首を横一文字に切り裂き噴き出す血を堪能するのも悪くない。

 

あるいは、彼と殺し愛のも悪くない――――違う!!

 

「ち、違う――――」

 

口は内心とは正反対の台詞が飛び出る。

それでも体は理性に反して彼に跳びかかろうとしたくうずうずする。

 

だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。

 

「おい、弓塚、アルクェイド。しっかりしろ!!」

 

視線が不自然に彷徨い、息が荒く苦しげなボクを心配して声を掛けてくれた。

自分の生命の危機なのに他人を労わる所は彼らしいけど手を、かけないで欲しい。

 

志貴に触れるとますます血が欲しくなる。

それ以上志貴が近づいたらボクは君を殺してしまう。

 

だから、やめて――――。

 

「わたし――――そんなコト、思ってない」

 

アルクェイドさんの一言でドス黒い本能が消えた。

 

「ッ!!……ハァ、ハァ、ハァ!!」

 

そうだ、自分はそんな事を思っていない。

ボクが目指すべき場所はご都合のいいハッピーエンドであって、

そんな事をしてしまえば、何もかもが滅茶苦茶になってしまう。

 

危なかった、理性が壊れる寸前だった。

長距離マラソンでもしたかのごとく息が苦しい。

 

「……どうしたんだよ、ヘンだぞおまえたち。2人とも体が回復してないのか」

「ッ…………!?」

「………………」

 

アルクェイドさんと2人そろって気まずげに彼から視線をそらす。

今はなんとか吸血衝動を抑えているがこれ以上ここにいられない。

 

「……志貴、今日はこれで解散しよう」

「そうね、わたしもちょっと無理しすぎたみたい。だから、帰るね」

 

お互い揃って彼の顔すら見ずに答える。

見てしまうとまた狂いそうになってしまうのは明白が故にだ。

 

「――――そうか」

 

志貴はどこか納得がいかない音声で言葉を返した。

 

「…じゃあね、志貴。また明日」

 

別れを告げ、彼の顔を見ずに真っ先に公園を去る。

アルクェイドさんも思う所があるのかボクとは別の方向に志貴から逃げるよう立ち去った。

 

「はぁ、はぁ、はぁはぁはぁ」

 

どれだけ走ったのかよく分らない。

だけど、人間の頃よりも随分走ったにもかかわらず呼吸が乱れるのではなく、

紅い液体の欲しさのあまりに胸の心臓が破裂しそうであった。

 

「吸血衝動は好意から発生するもの、か」

 

――――吸血衝動は好意から発生するもので結局それしか分らなかった。

 

タタリを追って三咲町に来たシオン・エルトナム・アトラシアはそう自虐した。

 

「好意、好意かぁ」

 

けど、ボクにはその言葉が実感できずにただ戸惑っていた。

 

 

 

※ ※※

 

 

 

家の外周あたりの坂までたどり着いた。

時刻は午前2時あたり、さすがに眠気が盛んに襲ってくる。

 

「2人ともあんなので大丈夫なのかな」

 

けど、先ほどの2人の様子が気にかかる。

痛みに耐えるというよりも、欲望や願望に対して耐えている感じだったのが妙に印象に残っている。

何が原因か聞こうとしたが二人とも逃げるように直ぐに立ち去ってしまった。

 

もしかすると吸血鬼に関わる問題かもしれない。

明日の晩にでも何が起こったのか聞こう。

 

「ん?」

 

カラ カラ カラ

 

そこまで考えた時、

金属性の物体が乾いた音を立てながら坂から転がり落ちて来た。

 

「コーヒー?」

 

足元に来たので拾い上げて見たらそれはコーヒー缶だった

中身は詰まったままだったので、俺はてっきり坂の上の方で誰か落としていまい――――。

 

 

ド、クン――――。

 

 

心臓が鼓動することで警告が鳴らされた。

冷や汗が吹き出し嫌な予感がヒシヒシと感じる。

視界の先に誰かがいることが分かるが、照明の明かりが見えない位置にいるのか姿がよく見えない。

 

「オ マエ が 殺し タ」

 

怨念を込めて地獄の底から出されたような声が聞こえた。

ゾクリと背筋が凍りついた刹那、連続してパリンと軽い音を立てて周囲の街灯の電球が全て割れた。

 

「な――――!!くっ!?」

 

――――きいん。

 

そして同時に刃物が振るわれる気配。

反射的に迎撃し、月が雲に隠れて墨で塗りつぶされた闇の中に火花が散る。

メガネが弾かれたが、かろうじて反応出来たのは自分でも驚きたくなる。

 

「おまえ……」

 

は何ものだ、

と言う前に月が雲の隙間から地上を照らし襲撃者の正体を映し出した。

 

ボロボロの着流しを着た赤眼白髪の男。

あまり食べてないのか胸元から見るにかなり痩せている。

が、兎と同じ色の眼だけはギラギラと敵意を滾らせており、その姿と相まってまるで怪談に出てくる怪異のようだった。

 

普通の人間ならこんな輩と知り合いなはずがないが、

なのに、俺は会ったことがない筈なのに何処かで会った気がする既視感を覚えた。

 

「ぐ……!!」

 

あたま、アタマ、頭が痛い。

眼が眼球からこぼれて脳髄が頭がい骨から飛び出すような痛みを脳は訴える。

が、当然のことながら相手は待ってくれずむしろ嬉々として襲ってきた。

 

ギィン、

 

しかし俺は考えるよりも先にナイフを捌き、防ぐ。

月は再び雲に隠れ暗闇が周囲を支配するが眼が見せてくれる【線】が敵の居場所を教えてくれる。

 

ギィン、ギィン、ギィン

 

二度、三度ナイフが触れ合い火花が散る。

ドコの誰だが知らないがナイフ捌きなら負ける気はない。

 

【線】を狙っているみたいだが生憎とこちらの方が先輩――――――。

 

 

…………【線】を狙っている?

 

 

「嘘だろ、視えて……いるのか」

 

口から出た言葉に男はニヤリ、と笑う。

「結構早く気づいたな」と言わんばかりに。

 

真っ暗な道路の中央でお互い対峙し会い完全に膠着状態に陥った。

 

此方からは、動けない。

なぜなら相手もまた【線】が見えるということは、その気になれば一撃でこちらがやれてしまう。

 

俺はまさか自分以外にこの異能を持つ人物がいたことに動揺すると同時に、

身体が恐怖を感じてしまい、ナイフを持つ手をガクガクと震えさせ、主導権が向こうに移った瞬間であった。

 

―――――ク。

 

男は笑い身体を前に傾けて突進する寸前に異変が起きた。

 

「ガァアアァァぁぁアア―――――!?」

 

絶叫が夜の街を響かせる。

襲撃者は突然蒸気に包まれ、苦しそうに獣のようにもがく。

 

一体全体何がどうしてこうなったかもわからず唖然とするが、

体中の水分が取られ肉が焦げるような匂いが鼻を刺激し、気分が悪くなる。

 

「ァ……ハ…オマエ、マデ…ジャマ、お。」

 

誰かの名前を言った気がしたがよく聞こえない。

 

「ぎ、ギァあああぁァアァァッァァァ!!」

 

それが引き金か、さらに火力が強まり襲撃者は苦悶にのたうち回る。

目がやられて見えないのかフラフラした足取りで、坂道のガードレールに凭れかかるが、

一連の出来事で体力が消耗したのと、目が見えなかった事が重なりバランスを崩してしまい。

 

「ァアアアアアアァァアアアア!!」

 

男は絶叫と共にガードレールの外側に、下へと落下した。

 

 

―――――月が出てきた。

 

 

さっきまでの殺し合いが嘘のように静かだ。

でも誰かが坂の上、家の方向に立っているのが僅かに見える。

 

女性特有の細いシルエットがうっすらと見えるが、

腰まで届きそうな長い、赤い髪が強く自己主張している。

さらには、今時珍しく足首まで届きそうなロングスカート、

それが俺の家族の一人とだぶつかせている、これじゃあまるで。

 

「秋…葉?」

 

信じられない人物の名前が脳からはじき出された。

 

「――――――」

 

俺の戸惑いとは裏腹に、

その人物はしばらくこちらを観察していたが、やがてスッと消え去った。

 

 

 

 


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