弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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今更ながら明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いします。

さて、今年初のSSを投稿しますが、次回でいよいよ最終話となるでしょう。
一年以上にわたって牛歩のごとく遅い更新速度でしたがようやく終わりを迎えられそうです。
これもすべて皆様方の数々の応援の賜物です、ありがとうございます。


第20話「終幕」

「すばらしい!すばらしいな!この肉体は!!」

 

弓塚が笑っていた、いや違う。

ただ己に酔いしれる吸血鬼がそこにいた。

俺は事の成り行きを理解できずただ呆然と眺めていた。

 

「馬鹿な!ロアは予め転生する個体を選んで転生するもの!

 しかもこれほど短時間で転生するなどこれまでの事例にはなかったはずです――――ロア!一体彼女に何をした!!」

 

先輩が敵意とともにロアに詰問する。

 

「ああ、そのことか代行者。

 簡単だ、この小娘の血を吸った直後からこの小娘はダンピールやグールの段階を飛ばして吸血鬼化していた。

 さすがに私も驚いてね、興味深い事例でもあるから保険として転生の術を施し、万が一に備えていたのだよ」

 

「生き汚い外道が……!」

 

可笑しそうにくつくつと笑う弓塚。

いや、吸血鬼ロアは激高する先輩に向かって言い放った。

 

「外道?可笑しな話だな。

 親を殺し、友人を殺し、故郷を滅ぼしたお前が。

 それにお前はあの時楽しんだではないか――――エレイシア」

 

「その名を言うなぁぁぁ貴様っああああ!!」

 

直後、先輩が地を蹴り弓塚のもとへ跳ぶ。

明らかに弓塚を助けるつもりはなく激高した感情のまま弓塚を手にかけようとするものであった。

情けないことに俺は先輩が跳躍した時に、ようやく動き先輩を止めようとしたが当然間に合うわけがない。

一瞬で間合いを詰めた先輩はそのまま腕を振るい、弓塚の頭部を破壊する動きを見せた。

 

しかし、それより早く弓塚の方が動き逆にカウンターを浴びせた。

顎を打ち抜かれ、先輩は一瞬動きを止める。その隙を逃さず弓塚は再度拳を握って先輩を殴打。

 

吸血鬼の馬鹿力でそのまま殴られたせいで骨が砕ける嫌な音が鳴り響く。

先輩は地面に数度バウンドして、しばらく転がり動かなくなってしまった。

 

そこに弓塚が先輩に近寄ると首元をつかみ片手で持ち上げる。

意識はあるのか先輩は微かに呻き声を出していた。

 

「エレイシア、君の才能も素敵であったがこの身体はさらに素敵だ。

 もしも君がこの小娘同様に吸血鬼となっていればどれほどよかったものか、そう今でも考えるよ。

 だが、君は今や聖堂教会の代行者。その貴重な才能が生かされないならばここで死んでもらおう」

 

突剣のように片手を形作り先輩の胸元に照準を定める。

不死性体質の先輩に態々殺人予告をするということは………まずい、

外見は弓塚だが中身は今やロアだから直死の魔眼で先輩を殺すつもりだ。

 

くそ、走れ!走れ!遠野志貴!

 

「さようなら、エレイシア」

 

――――間に合わない!?

 

「一応シエルも死んでもらっちゃ寝覚めが悪いから、止めてもらえないかしら。ねえ――――ロア?」

 

刹那、アルクェイドの声と共に弓塚が吹き飛んだ。

 

今度は自分が跳ぶことになった弓塚であったが、

先輩と違い致命打に至らなかったせいか空中で体勢を立て直して着地。

反動を殺しきれず土ぼこりを立てて地面を滑った。

 

「……やはり解せぬ」

 

ぽつり、と弓塚もといロアが呟く。

 

「姫よ、貴女なら前のごとくこの小娘ごと殺せたはず。

 しかも貴女はあの代行者を殺すなと言った、本当に貴女はどうなってしまったのか?」

 

神妙な顔でロアがアルクェイドに問いかける。

あの傲慢な態度はなく縋るような思いで、どこか感情が揺らいでいるように俺には見えた。

 

「そうね、貴方の言うとおり私は一度壊れた。

 貴方が知るアルクェイドは一度志貴に殺され、もう二度と戻らないわ」

 

そして一拍。

 

「始めは怨んだわ、

 これが貴方を殺す最後の機会だっていうのにそれを見知らぬ誰かに殺されたから。

 けど、今は違う。私は志貴やさっちんを通じて初めて知った――――世界がこんなにも広くて楽しいものなんだって」

 

続けてアルクェイドは真っすぐロアの眼を見返して言い切った。

 

「シエルにも言ったけどもう一度言うわ、

 どうして真祖の兵器である私がこうなってしまった原因や理由なんて知らないわ、

 こんな気持ちわたし初めてだから、でも私の心は皆幸せなハッピーエンドを望んでいる。

 そして、それ以上さつきに手を出すという事は私と敵対し、その永遠の輪廻が終わる事を覚悟しなさいロア」

 

アルクェイドが断言する。

紅い眼が金色に輝きロアを睨む、妥協の余地は一切なかった。

アルクェイドの話を黙って聞いていたロアは顔を下げ、しばし沈黙に浸る。

が、よくよく観察すると口元はかすかに動いており、何かを呟いていた。

 

「…………違う」

 

否定の言葉。

 

「違う、違う違う違う違う違う違う

 違う違う違う違う違う違う違う違う

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!」

 

「なっ!?」

 

髪を掴み頭を抱え、否定の言葉を壊れたレコーダのごとく大音量で垂れ流す。

足は小鹿のごとく震え、全身から汗が吹き出て、口からはありったけの負の感情がぶちまけれられる。

今までにないロアの反応に俺は戸惑いを隠せずに、ただ驚く他なかった。

 

「こんなのではない、こんなのではない!

 我が姫はこんなのではない、私が永遠を求めたのはこんなのではない!!!」

 

現実の否定。

より正確に言えばアルクェイドの今の現状をロアは認めてなかった。

 

ロアとアルクェイドの細かい因縁は俺はよく知らない。

だがこの様子から察するにロアはどう見てもタチが悪い代物、

――――自分の幻想こそ現実と思い込みアルクェイドを巻き込んだことだ。

 

「――――ああ、そうか。簡単ではないか。

 やはり劣化した姫など醜態以外他ならない、ならば私と共に消えるのがせめての慈悲というもの」

 

不穏な台詞と同時に光がロアを中心に迸る。

そして、何かを察したアルクェイドと、この後の展開が予想できた俺が飛び出すよりも早く、

アルクェイドと俺は瞬時に魔術で拘束されてしまった、そしてアルクェイドが俺の考えを代弁した。

 

「ロアっ……!?正気なの!永遠を求めた貴方が心中なんて!」

 

そう、ロアは言った。

私と共に消えるのがせめての慈悲、と。

奴はアルクェイドを巻き添えにして死ぬつもりだ。

 

「どの道ついさっき志貴に殺されたばかりだ、今更死など私は恐れない。

 それにもう、いい。私が求めてやまなかった姫は既に死んでいる、ならばこれ以上生きる意味もない」

 

ふざけるな!!

散々人を巻き込んでおいて今更自殺するのか。

気に入らない、その態度が気に入らないし何よりも直死の魔眼を持ちながら、死を大安売りする姿勢が何よりも腹立たしい。

病院から抜け出して、先生に諭されたあの日から、俺はただ生きるだけでも尊いことを知ったのに奴は無視している。

 

くそ、動けない。

俺はここで死ぬつもりなんてないのに動けない!

 

さらに地面に幾重もの魔法陣が描かれ、俄かに熱気が冬の公園を満たす。

だが、こっちは少しも暖かくない、むしろこの後の展開が背筋に寒気が絶え間なく走る。

抵抗しても間もなく訪れる死の予感に俺は悪あがきを試みるが時間は無慈悲に過ぎてゆく。

 

「安心しろ、貴様らだけを殺すつもりはない。

 この公園ごと吹き飛ばすつもりゆえに、寂しい思いはさせない」

 

心に絶望という名の釘が打ち込まれ、皹が生える。

秋葉にシエル先輩の顔が思い浮かんでは消えを繰り返し、俺は何も考えれなくなる。

 

「さようなら」

 

そして、光が視界を満たした。

 

「………………っ?」

 

眩しさに眼が眩み何も見えない。

一瞬、実は死後の世界に来てしまったなどと思いもしたが、

こうして意識し知覚し、感じているのは変わらぬ公園の空気の香りである。

 

「馬鹿な……そんな、コトは、

 まさかこの小娘は――――を潜り抜けて、あまつさえ……馬鹿な、他にもいるだと」

 

視界が元に戻った時は先ほどの変わらぬ光景があった。

そこにはただ唖然とするロアが佇み、独り言をつぶやいていた。

ロアにとって何か予想外の事態があったのだろう、しかし俺にとっては好都合だ。

特に魔術の拘束が解けたのは、好機だ。

 

「ロアァ!!」

 

駆ける。

距離を詰めると腕を伸ばし、

すばやく直死の魔眼が見せるロアの生命を象徴する『点』にナイフを突き出した。

 

「ちぃ!?」

 

が、寸前でロアは背をのけぞり避ける。

当然俺はすべての元凶であるロアをここで終わらせるべく一歩前に出る。

 

ロアはなぎ払うように腕を振るう。

大雑把な動きだが吸血鬼の力で振るっているため空気が震う。

最小限の動きで避けたはずだが、頬が剃刀で切られたかのように薄っすらと横一条のかすり傷ができる。

 

大した力だ。

だけど、腕を振るった後は胸元がガラ空きである。

次の動作を行うには俺が胸元にナイフを突きつけるよりも一拍ほど足りない。

 

そう、今のロアは無防備。

ここでロアを殺し、全てを終わらせることができる!

 

そして、ナイフを胸元に突き刺そうとし

――――魔眼がロアの生命を象徴する『点』と弓塚のそれとほぼ重なっているのを捉えた。

 

「くそっ!!」

 

このまま刺すと弓塚ごと殺してしまう。その点に気づいた俺は悪態を口にする。

さらに直後にやってきたロアの攻撃から避けるため距離をとった。

 

「………………」

「………………」

 

しばしの睨み合い。

お互いジリジリと円陣を描くように、ゆったりと動く。

ロアは両手を上着のポケットに入れていかにも隙がありそうな姿であるが眼光は鋭く、油断も隙間もない。

何時もなら魔術攻撃なら魔術ごと切り裂き、相手を殺すことができるが相手のその姿形は弓塚である。

 

下手にやると弓塚ごと殺してしまうのは、先程のように明白で非常に腹立たしい。

それでも、またロアの元に飛び込めるように構えをとりいっそこちらから動くべきかと考えた時点でロアが口を開いた。

 

「……さっきのは私も驚いたよ。

 この小娘が規格外であることは承知していたが、まさか『』を通り抜けた異世界人だとはな。

 挙句に――――の存在の支援を受けて似たような例がこの国にはいるらしい。そして貴様は姫と共に今後の世界を左右する存在であるようだ

 は、はは、永いこと生きた私さえもこのような事案は初めてだ…………姫の言うとおり、世界とは広いものであるかもしれない。」

 

「……?」

 

よくわからないことを言っている。

弓塚が異世界人だとか聞いているだけなら電波でしかないが、

この男が態々虚構を述べることはないので、何か重要な事実を言っているのだろう。

ただ俺にわかったのは、最後の部分だけは自らを自虐していたのは確かである。

 

「昔なら、純粋であった昔の私なら、その謎と原因について探求していただろう。

 だが、今の私にはどうでもいいことだ――――ハ、ハハ!!志貴!果たして私と小娘を見分けることができるのか?

 仮にできたとしても、いかに人を殺すことを極めた貴様でも肉体ごと殺さず、私の魂だけを殺すのは困難なはずだ!!」

 

「……っ!」

 

図星だ。

俺は物の『死』すら見分ける事ができるが、

一つの肉体に二つの生命を抱えている弓塚を肉体を壊さず、

かつロアの生命だけを選んで殺すとなると、標的の『点』が元から小さいこともさることながら、

お互いが半ば重なっていると来た、隙がなければとても狙って突くのは先ほどのように奇襲を除けば難しい。

 

「ああ、あるいは。堕落した姫を道連れにすることはできないが――――この小娘ごと死ぬのも悪くない」

「……ってめぇ!!」

 

ロアは自ら胸もとの『点』にピタリと、

よく磨がれた突剣のように爪を伸ばした手を当てる。

奴はアルクェイドと俺を巻き込んで死ぬことができないならば弓塚を巻き添えにしようと考えていた。

 

弓塚の元に飛び込もうにも、これでは動けない。

万事休す、そんな単語が頭に思い浮かんだが、奇妙なことにロアはそこで動きを止めた。

 

「ば、馬鹿な……また、貴様が、いや――――小娘ェ!!」

 

まさか、弓塚なのか?

 

「……シ、キ……、ハヤ、ク……」

 

弓塚はぎこちない動きで自ら突きつけていた手を離す。

明らかに肉体の主導権を弓塚が取り戻していた。

 

しかし、余裕がないようで彼女は俺にやるべきことを催促していた。

俺はロアと巻き添えに弓塚を殺してしまう事に躊躇し、ナイフを手にしたまま立ち尽くす。

 

だが、魔眼は驚くべき事実を伝えてくれた。

ロアと弓塚の生命を象徴する『点』が徐々に離れ狙いやすくなりつつあった。

たぶん、肉体の主導権が弓塚側に傾いたせいだろう、そしてこの機会を逃すわけにはいかない!

 

「シン……ジテ、イ……ル、から」

 

ああ、任せろ。

なぜならこの眼は神様だって殺して見せる――――!!

 

今度こそすべてを終わらせるべく駆ける。

弓塚は動かず、じっとしている。

 

俺は弓塚の期待に答えるようにナイフをロアの生命を象徴する『点』を軽く突く。

しかし魂が消滅した確かな感触を手は感じ、今度こそ俺たちの運命を狂わせた人物をこの世から抹殺した。

 

実にあっけなく、全てが終わった瞬間だった。

 

 


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