弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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これで弓塚さつきの奮闘記は完結いたします。
一年以上の時間がかかりましたが何とかここまでたどり着きました。

型月でTS、原作キャラ憑依、
と地雷要素しかなかったにも関わらずここまで書けたのは、
間違いなく皆様方の数々の応援のおかげであります。

無論批判と突っ込みはありましたが、当然です。
憑依の類は世界観が命の型月では各種設定が一瞬で崩壊しかねません。
ですが批判もまた「どうすれば皆が納得できるSSが出来るようになるか?」
そう考えさせるきっかけとなり、大変勉強になりました。

残念なことにこのSSでは万人が納得できるSSとはなりませんでしたけど、
批判してくださった皆様方もまた、今日までありがとうございました。

では、皆様。
また次の作品でお会いしましょう。


第21話「可能性未来」(完結)

また寒い季節がやってきた。

ここ十年の間に老朽化が進んだため放棄された廃ビル群の間に流れる風はとても冷たい。

この周囲にはせいぜい4、5階建て程度の細かなビルと朽ち果てたバラック仕込みの廃工場しかなく、

かろうじて近場にあるコンビニが文明の光と利便性を提供しているだけである。

近々再開発が進むらしいがここを根城にする自分にとってはいささか困る。

何せもはや人の身を逸脱し、あまつさえ外見が不老となればそんなに長く人の目がある場所ではいられない。

少し前まで友人の好意と外見にまだ誤魔化しが効いたため、人の世に紛れていたが吸血鬼化して十何年と過ぎると流石に怪しくなった。

周囲の人間が老いたり成長する中で、自分の女子高校生の外見と変わらぬ姿は目立つ。

何せあのシエル先輩も三十代に突入しそうで、必死に若作りをしているくらいなのだから。

前世ならそんな光景など想像したことがない。

なぜなら彼女らの物語はボクら観客側からすれば未完で終わってしまったようなものだから。

もっとも、こうしてリアルで彼女らと出会い共に人生を過ごすなど前世では妄想の類でしかなかった。

「約10年の月日か、」

多くの人と出会った、楽しいこともあれば悲しいこともあった。

想定外の事、予想通りの事、本当に色々あった。

多くの人は月日が過ぎるごとに、

あの10代の面白可笑しな騒がしい騒ぎは収まり、彼女彼らは思い思いの道へ進んだ。

某喫茶店での出会いや、マジカルなステッキが引き起こした平行世界絡みの騒動など、

歳を取るにつれて少なくなって来ている――――まるで夏休みや、幼年時代に終わりを迎えつつあるように。

そんな中、ボクは変化しただろうか?

外見的な意味だけでなく周囲が『大人』になるのに対して自分だけが取り残されているような――――。

「――――っ…へっくし!」

鼻がつまりくしゃみをする。

ずるずると音を立てて鼻水が出る。

まったく、頑丈であるのはいいが吸血鬼化したこの身でも寒いものは寒い。

手早く上着からティッシュを取り出して鼻をかむ。

ティッシュから漏れ出す息は白く、手は寒さで赤く冷たい。

今すぐ今の我が家に帰りたいが、一応こんな辺鄙な場所でも人気はある上に、

ここ数年で急激に進んだ監視カメラの眼とその後の権力とコネを使った神秘の秘匿の労力を考えると吸血鬼パワーで一気に飛ぶわけにはいかない。

おまけに今時の裏世界の住民は携帯電子機器による、動画撮影にも警戒しなければならず、その点についてかの時計塔でも注意喚起しているくらいだ。

ゆえに、ただ黙って地道に歩くしかない。

黙々と雪こそ降ってはいないが冷えた空気が流れる、冷たく硬いアスファルトの道を踏みしめ歩く。

 

ふと、空を見上げる。

太陽は既に地平線へ沈んだため、空は濃紺からさらに黒に変わりつつある。

この寒い季節といい、あの日ボクの運命が変わった日とよく似ていた。

だからボクはふと、ロアと最後の会話を思い出した。

 

 

※  ※  ※

 

 

「ん……?」

目が覚める。

頭は未だぼんやりと動かないが、

視界情報から察するに知らない天井ではなく、どうやら夜空らしい。

しかし、鼻を刺激する花の香りが、ここが公園でないことを証明している。

上体を起き上がらせ、改めて周囲を見渡すと一面に白い花が咲いていた。

なだらかな丘に延々と月日に照らされた白い花が咲き誇り、夜風に揺られその香りと美しい姿を魅せていた。

ここは、どこか?

そんな疑問が一瞬浮かんだが、

夜空を照らすありえないほど大きな月と【原作】からすぐに答えが出た。

「そうだ、ここはかつて純粋であった私が姫に見惚れた場所。

 そして今この光景は、私の記憶を元に再現されたものに過ぎない」

振り返るとロアが立っていた。

だが、その姿は先ほどまでのと随分違う。

まるでカトリックの神父のごとく隙のない服装を着こなしている。

いや、首に掛けてある帯からキリスト教の司教や司祭が礼拝に使用するストラであるから本物の神父なのだろう。

そして、彼は眼鏡をかけ瞳には狂気はなく高い理性と知性を宿しており、

ボクは目の前の人物が「アカシャの蛇」の蛇と呼ばれる前のミハイル・ロア・バルダムヨォンであることを悟った。

「こうして、正面から話すのは初めてだな弓塚さつき。

 始めまして私の名はミハイル・ロア・バルダムヨォン、かつて永遠を求めた愚か者。

 適うことなら吸血鬼になる前に君に会いたかったと今はつくづく思うよ。」

「そりゃ、どうも……」

なんだかえらく丁寧な口調と態度のせいかこっちの調子が狂う。

しかし、こうしてお互いが出会ったということはここは、

「心象世界」

「そうだ、ここは心の世界。

 恐らく元々無理やり君の魂を乗っ取ろうとした影響だろう。だから、私たちはこうして話せる」

「だから、失敗して志貴に殺された」

「ああ、だから君たちに妨害され私は死んだ」

……あれ【君たちに妨害され】?

たしかに何が何だが詳しくは覚えていないが、

イメージ的には、我武者羅にこの男と肉体の主導権をめぐって争い、

何とか主導権を握るとすべてを志貴に託した所まで覚えているが、何か重要なことを忘れている気がする。

「……そうか、覚えていないのだな。

 いや、君がいう所の【原作】知識と同じく認識でないのか」

何か釈然としない。

だが、それよりもどうして【原作】知識という単語がこの男から出ている―――!?

「ああ、それは簡単だ。

 私が乗っ取る際、寄生された人間の記憶は一通り引き継がれる。

 君が言うロアは言うなれば私は四季でありロアでもあったのだ、だから弓塚さつきの記憶は一通り見せてもらった。

 ……まったく、永遠を求めてここまで来たが君のような例は正直驚いたよ、姫の言うとおり案外世界は広いもののようだ」

なんてことだ。

よりにもよってこの男に知られるとは。

「そんなに構えなくていい、

 どの道私はあの殺人貴に殺された消える身。

 ゆえに、今更君を殺したり我が物にしたりする気はない。

 それよりも 老婆心ながら今後の君について言いたいことがある」

思わず襲おうとしたボクを手で制止するようにサインすると、ロアは紳士的に話を進めた。

「改めて言おう、君の吸血鬼としての才能は特異だ。

 私に血を吸われ、グールやリビングデットを通り越していきなり吸血鬼へと変化。

 ある意味君の才能が開花したと言える、もはやこの現象は進化と表現してもいいものだ」

「まったく、嬉しくないね。

 シエル先輩には殺されかけるし」

「ああ、そうだな。

 才能の開花は必ずしも人を幸福にしない。

 見方を変えればむしろそれ以外の生き方を束縛しかねない」

ボクの愚痴に同意するロア。

先ほどまで殺しあったはずの相手だが、

可笑しなことにボクらは随分と親しく話せている。

「そして、例えいずれ出会うアトラス院のエルトナムの娘が、

 どれほど労力を割いてもせいぜい太陽の下を歩ける程度で、君は吸血鬼のままその人生を過ごすだろう」

………ああ、やっぱり。

薄々とだけど覚悟はしていた。

やはりシオンの知識を以ってしても人間に戻るのは無理か。

「君は良くも悪くも吸血鬼として才能がありすぎる。

 姫や殺人貴の元にいる限り今後更なる苦難に見舞われることは間違いない

 ただでさえ、姫は裏の世界では目立つ存在だ。そこにあのバロールの眼を持つ人間、

 空想具現化が使える君が加われば、魔は魔を引き付けるように裏世界の闘争に巻き込まれるのは確実だ」

そっか、ロアから見てもそうなのか。

アルクェイドさんや志貴の傍にいると巻き込まれることは確かなんだ。

元よりあの2人は平穏とは程遠い存在、むしろ原因の渦中になるか飛び込んでしまう性格だ。

だから、彼らの傍にいれば必然的に修羅の道へ自動的に歩んでしまう。

少し前まではそんな修羅の道を避けることばかり考えていたけど、今は違う。

吸血鬼になってしまった以上、

どんなに平穏な日常を過ごすことを努力しても、

遅かれ早かれ巻き込まれ、ビクビクと過ごす日々が来るだろう。

ならば答えは一つ。

「別に構わない、むしろあの2人と一緒に過ごす方がボクにとって重要だから」

「……そうか、君は逃げるという選択はしないのだな」

当たり前だ。

どうせビクビク過ごすならあの2人と一緒にいたほうがいい。

「ならば、これは餞別だ。受け取れ」

 

刹那、頭に膨大な知識が流れ込んできた。

錬金術、数紋秘、魔術、幾何学、神秘に関するあらゆる知識が続々と頭に刷り込まれる。

軽く頭痛がするが、これは……。

 

「シエル先輩と同じ」

「然り、あの娘も蘇った後は不死耐性だけでなく私の知識を継承した」

 

【原作】の設定を思い出す。

シエル先輩の経歴はかつてロアに乗っ取られ殺戮を演じるが、まだ殺人機械であったアルクェイドにより滅ぼされる。

だがシエル先輩の霊的ポテンシャルは世界が生かそうとする程に優れていたので後に蘇生を果たしてしまった。

 

同時に世界にとって矛盾した存在つまりシエル先輩に憑依したロアこそ死んだが、

ロアは次の宿主に転生し、シエル先輩はシエルでありながらロアでもある存在となった為、死ねない肉体になったのである。

天才魔術師だったロアの知識が丸ごとあるので魔術協会の最上位の魔術師、王冠(グランド)に匹敵する魔術知識を持つ。

しかし、ロアだった頃を思い出してしまうために魔術を使用は控えているが、任務遂行のためなら使う事も躊躇しない。

 

そんな設定であった、

そして今度はボクはその知識を継承することになる。

 

「今後世界が君の言うところの【鋼の大地】か、

 あるいは【Fate/Extra】に進むにしろこの知識は君のためになるだろう」

 

「……サービスと話が良すぎて逆に怖いな」

 

ボクが知るロアとはネタキャラで、

もっと粗暴な印象が強いせいで先ほどから主導権を握れず調子が狂いっぱなしだ。

 

「どの道私は消え、あの娘は魔術を使いたがらない。

 ならばまだ私の魔術を継承し継続して研究してくれる可能性がある君に、

 私の一生を求めて追求した神秘の奥義、その全てを君に継承させるだけだ」

 

「随分と期待してくれているようで、どうも」

 

少しばかりロアに対する見方が変わった。

やはり過去のロアはボクが知るロアとは随分と違うものらしい。

思うにロアは下手に知識があった上に、永遠という名に固守しすぎた。

 

転生を繰り返してゆけば、

遠野四季に寄生したロアのように転生先の人格に大いに影響される。

ロアという人格は変容し、寄生先の人格との境界が曖昧になる。

それではロアという人格は消耗し、何れなくなってしまう。

 

もしかするとロアは理性では承知していたが、

アルクェイドに見惚れて以来、それすら承知で転生を繰り返したのだろう。

 

「――――あ」

 

ふと、ロアが口を開け惚けた声を漏らす。

眼を見開き、硬直しているロアに不審に思ったボクは彼の視線の先を振り返った。

 

視線の先にはアルクェイドさんがいた。

しかし、ボクが知るアーパー吸血鬼な彼女ではなく、

真祖の姫にして真祖の最悪の処刑人であるアルクェイド・ブリュンスタッドであった。

表情こそ無表情であったが、

天上から照らす月の光で混じりけのない金髪が黄金色にぼんやりと輝く。

人の形をしていながらその造形が出来過ぎているせいで却って、この世ならざる者の空気を出している。

その彼女が粛々と歩き、長いドレスが風に揺られる姿にボクはその美しさに一瞬息が止まった。

「ああ、そうか」

ロアがポツリと呟く。

そして、驚いたことにあのロアの瞳に涙が溜まっていた。

「本当は根源探究のためではない、

 私はこうしてただ姫を見ていていたかっただけなのだ。

 にも関わらず――――私は何のために永遠を目指したかも忘れてしまった」

今のロアは死徒27祖でも三咲町を騒がせた吸血鬼でもなく、

涙を零し、ただただ自らの過ちと後悔を嘆くミハイル・ロア・バルダムヨォンであった。

永遠の時を過ごし、目的と手段を見失った事に死んだ今ようやく知った哀れな男がそこにいた。

「………………」

そして、ボクはロアを笑うことも哀れむこともできなかった。

吸血鬼になった今、永遠の時を過ごした末の末路が目の前にいる以上他人事ではないからだ。

いつか、この世界の両親、志貴やシエル先輩の事を忘れてしまった時。

果たしてボクはどうなっているのだろうか、ボクの未来の可能性について考えさせる。

そう、いつかボクも皆との出会いを忘れ、

ただ殺戮を楽しむ吸血鬼に堕ちる日が来るのかもしれない。

そんな嫌な未来の可能性に逃避するため、何気なく天上を見上げボクは気づく。

「空が……っ!」

故障し砂嵐状態のテレビ画面のようにボロボロと空が欠けてゆく。

空だけではない、地面の花や草、見える全ての空間が消滅しつつあった。

「時間が来たようだ」

ロアに振り返れば体全体が半透明で向こうの風景が見えるほど、

存在がすっかり薄くなってしまい、とうとう別れの時間が来た事実を悟った。

「お別れだ、弓塚さつき。

 私が言っても君は喜ばないだろうが、君と姫の人生に幸福あれ」

「ロア……!」

その時は何て言えばいいのか思いつかなかった。

ただロアの名を口にして手を伸ばしたがそこで意識が消え、

ボクは志貴やアルクェイドさん、シエル先輩が待っている現実世界へ帰還した。

 

 

※  ※  ※

 

 

そんな風に回想しつつ黙々と歩き続け我が家にたどり着いた。

古びたマンションの階段を上がり、ドアに手をかけるが誰もいない部屋から人の気配を感じた。

だが気配から毎度屋敷から抜け出す不法侵入者であることはわかっていたのでそのままドアを開ける。

「遅い、待ちくたびれた」

待っている間に読んでいた漫画から眼を離し、少女が顔を上げる。

そのさい、少女の金糸のような、長く美しい髪が少しの間だけ宙を舞う。

見た目は10~13といった所だろうか。

女という言葉はまだ似合わずやっと少女になった幼い肉体と顔をしている。

しかし、黄金の瞳には見た目には似合わない高い知性と理性を宿しており、それが当たり前であると思わせた。

今時見かけない古典的な白いブラウス、

首元を黒いリボンでピッチリと締め、露出度が低い黒のロングスカート。

靴はブーツとそんな隙のない姿と少女の完璧な造形と合わさってまるで西洋人形のような出で立ちである。

そのせいか古ぼけた事務所を改装した部屋と全然合っておらず少女は異彩を放っていた。

おまけに、不法侵入した挙句真っ先に言い放った言葉が待っていたと言わんばかりの物であった。

「そりゃどうも。で、それより見たところまた無断で屋敷から抜け出したのか?

 あれほど勝手に屋敷から抜け出し、翡翠さんを困らせるなとボクは言ったはずだけど、お嬢様?」

「む、確かに用事から無断で抜けたのは事実だが、

 別に重要なものではないし、何よりも暗示で誤魔化しているから問題ない」

「なおさら悪いわ!!」

口調と気品こそ教育の賜物か素晴らしいお嬢様で在らされるが、

このアーパーと自由人気質は間違いなく両親の、それも両方から受け継いでいる。

「しかたがないだろ、

 屋敷では琥珀の部屋に行かなければテレビもゲームもない。

 漫画もさつきの所に行かなければ読めないし、何よりも小遣いが少ない…………」

先程までの尊大な態度とは打って変わって、

遠くを見るように眼を細め呟き、落ち込む姿に妙に哀愁を誘う。

小遣いは日500円(昼食代扱い)

アルバイトは当然禁止で門限は夕方まで、

夜10時を過ぎれば屋敷内を動き回るのすら禁止。

おまけに居間にテレビはなく在るのは新聞だけでテレビやゲームなどの娯楽品も禁止。

遇に待遇改善デモを琥珀さんと一緒に行っているようだが、勝ったためしがないとか何とか。

――――嗚呼、親子二代で鬼妹に絞られるとは。

「あーオホン、話を戻そうアルク。

 ボクの所に来たのはただ漫画やゲームをしに来ただけではないんじゃないか?」

この娘がここに来たということは、

ボクにとって親戚の子供が遊びに来ただけでなく仕事の依頼が来たという事である。

吸血鬼になって以来、遠野の屋敷に世話になり、メルブラなど神秘絡みの事件を解決してゆく内に、

今では怪異や神秘絡みの事案を遠野家が依頼する形で調査、解決する三咲町を守る正義の味方といった所だ。

某喫茶店やカレイドステッキには梃子摺ったが、大抵は自分が強力な吸血鬼なため穏便に済んでいる。

ただ昔、秋葉さんに頼まれたとはいえ、若さと勢いで志貴を追って欧州までブイブイ行ったせいでたまに厄介な事案もあるけど……。

「ああ、これだ」

彼女がファイルを差し出し、すぐに受け取り概要に眼を通す。

簡単な仕事を期待していたがどうやら今日はそうでないらしく実に面倒なものと来た。

だから読み終えた後、ボクは思わず口にした。

「魔術師か、」

 

 

やっかいだな。

しかも知り合いであるしこの人は――――。

 

 

 

※  ※  ※

 

 

 

ボクは支度を済ませると直ぐに行動に移った。

間もなく日付が変わろうとしている時間にも関わらず人は多い。

世間は世界規模の不況に悩まされているが、繁華街を歩く人々に笑顔が絶えない。

 

「あれだ!次はあれを!」

「……買い食いに来たわけじゃなないんだぞ」

 

で、この金髪お嬢様はあっちこっちで買い食いし、口に突っ込んだ食べ物で頬を膨らませていた。

一度彼女を屋敷に戻そうと思ったが本人が駄々を捏ねて結局ついて来たがご覧の有様だ。

おまけに彼女の見た目的に金髪美少女なせいかかなり目立っており、周囲からの好奇と関心の視線が痛い。

 

なお、代金はボク持ちである。

既に千円札さんが数枚財布から消えている。

別にそのくらい奢れるだけの収入は得ているからかまわない。

ただ、彼女がはしゃぐ姿を見ていると、どうしても今は眠っている彼女を思い出す。

 

「―――――」

 

彼女だけでない、

多くの人間と出会い過ごした短くも濃厚な青春の日々。

そして、二度と戻ってこないあの日々が思い起こされる。

 

「はぁ……」

 

いけない、どうも歳を取ると過去の事ばかり考えてしまう。

肉体こそボクは成長し老化しないが、精神は確実に老化してゆく。

そして永い年月の果てに精神が老化して磨耗した果てには――――やめよう、考えるのは。

 

ただ今の仕事に集中しよう。

 

「本業に戻るぞ。こっちだ、アルク」

 

今度はシュークリームをほお張っていた彼女を引っ張り、路地裏へ入る。

繁華街の喧騒と眩しいばかりの光はなく、そこは本当に静かであった。

天にそびえるビルの両側の僅かな隙間とたまに出現する広い空間を次々と超えてゆく。

 

上を見上げても星空は見えず、碌な明かりもなく、地面と流れる冷たい風は体の芯まで届く。

進めど進めどビルしか見えずさながらドイツの黒い森、シュヴァルツヴァルトのようだ。

 

しばらく入り組んだ路地を歩き、やがてその先に目的の人物がいた。

向こうからすると自分たちは後ろからやって来た上に寒い時期で上着を羽織っているため、

男女の区別は光の角度によって赤髪にも見えなくもない長い髪だけでしか判断できない。

そして、妙に頑丈そうな皮のケースを脇に置いている。

 

「こんばんわ、いい夜ね。

 でもわたしの後ろにいるとビームと一緒に蹴り飛ばすわよ」

 

「ゴルゴですか貴女は、

 いや強ち間違ってはいないけど。

 はい、こちらこそこんばんわ、お久しぶりです――――蒼崎青子さん」

 

そう、今回の対象は魔術師であることに違いないが正確には魔法使い。

志貴にとって生きるための人生の切欠を作った恩人そして世界で数人しかいない魔法使いの1人、

 

蒼崎青子が今回の対象であった。

 

「で、管理者である遠野家に未通達で貴女はどうしてここに来たのか教えて貰えますか?」

 

冬木が遠坂家の管理下にあるならば三咲町は遠野家の管理下にある。

通常裏の住民が三咲町に訪問、あるいは活動するさいには遠野家に許可を得なければいけない。

そしてボクは無許可で入り込むモグリの連中を〆て追い出すことが主たる仕事となっている。

 

「あ、いやー忘れてた……てへペろ」

 

あ、今少し殺意が沸いた。

 

「冗談よ冗談。

 にしても貴女随分と仕事熱心なのね、

 わざわざ直接顔を見せるなんて、でも安心しなさい、

 わたしはただ高校のころの知り合いに会うだけだから」

 

高校のころの知り合いねぇ……久遠寺さんと静希さんのことだろう。

久遠寺さんなんて出会った瞬間、志貴やアルクェイドさんを巻き込んで殺し愛に突入したし、

静希さんは静希さんで無駄のない動きでボクの心臓を潰し、生死を彷徨う羽目になったのは……色々思い出したくない記憶だ。

 

今でも久遠寺さんは「実験材料となって」と迫るし、

静希さんは戦闘訓練でこっちが吸血鬼なせいか、人畜無害な顔をしてるのにまったく手加減ないし……。

 

「こら、そこ!なに遠くを見ているのよ。

 それよりわたしは久々にあの2人に会うのだけど、あの2人に何か変わった所があった?」

 

「ええ、まあ相変わらずというべきか、

 久遠寺さんは琥珀さんとタッグを組んで怪しげな薬を作るし、

 静希さんはあっちへフラフラこっちへフラフラしていますよ、ただ――――」

 

ボクと違ってあの2人もまた歳をとった。

今でこそまだ若いがその次の10年後はどうなっているか考えたくない。

彼らもまたいつかは寿命に勝てずに亡くなる定めなのだろう。

 

「……まあ、人間だから仕方ないわよね

 それが自然の摂理、わたし達のような人間こそ異常なのだから」

 

眼を細めどこか達観するように魔法使いは呟いた。

その態度にボクはふと気づく、彼女の姿が始めて会った時からさほど変わっていない事実に。

 

「青子さん、もしかして貴女も――――」

 

「知りたい?フフン?

 でも教えない、乙女は秘密があるのよ」

 

ボクの疑問に対しこれ以上ないドヤ顔で、

この魔法使いは自らを乙女と言い切ったシリアスが台無しな上に――――乙女はないわー。

 

そう思った瞬間、顔の真横にビームが走った。

 

 

衝撃で髪の毛が何本か飛び、頬に一条の傷跡が薄っすらできてしまう。

その後、後ろに響いた破壊音でやっと何が起こったのか理解した。

 

「今、何て思ったかしら?」

 

にっこり、と向日葵のような笑顔を浮かべる魔法使い。

あ、アハハハー、いやー冗談ですよ、さっきのは冗談ですよ。

今日も蒼崎青子様は若くて凛々しく実に美しい、いや本当ですよー。

 

「今回は許してあげる、けど次はないけどね。

 ――――まあ、次といっても次は何年後になるかはわからないけど」

 

そうだ、この風来坊な魔法使いと出会えたのは奇跡のようなものだ。

前回出会ったのは欧州での騒動前後、それも10年以上前の過去である。

次に魔法使いと出会ったそのとき、彼女を知る人間は果たして生きているのだろうか?

 

「じゃあ、わたしはこれで。

 と、言いたいところだけどそこのお嬢さんの名前をまだ聞いていないわ」

 

アルクの事を聞かれ、ボクは首を横に向ける。

彼女は一歩前に出て魔法使いと向き合うと綺麗にお辞儀をして言った。

 

「はじめまして、私は姫月アルク、

 父がよく貴女の事を話していました――――先生」

 

先生、その単語にどこか懐かしそうに顔を緩め、

驚き、同時に全てを悟った表情で魔法使いは彼女を見つめた。

 

「そっか、やっぱりそうなんだ。奇跡って以外とあるものなのね」

 

何時も見せるおちゃらけた笑顔ではなく、

慈悲深く、その奇跡を心底祝う笑顔を魔法使いは浮かべる。

 

「じゃあね、次はいつになるか分からないけど貴女の人生に幸あらんことを」

「こちらこそ、貴女とまた会える日々をお待ちしています」

 

お互い軽く別れの会釈をすると、

図ったかのように体の向きを変えてそれぞれの道を歩んだ。

 

実にあっけない別れだ。

けど、それもまた悪くない。

別れもあれば出会いもあるし再会もある。

まだまだ、ボク達が演じる物語は終わっていないのだから。

 

「さて、次はたい焼きを頼む」

「金髪だからって、食いしん坊キャラでも目指しているのか?」

 

彼女と再び手を繋ぎ繁華街へと向かう。

お互い吸血鬼の類だが伝わる確かな体温の温かみ。

 

ボクはこの世界で転生者という異邦人であった。

そのせいで定められた未来を変え、この世界に影響を与え続けた。

けど、今はこの世界に住む一住民として暮らし【原作】にない未知の未来を歩んでいる。

 

【月姫】から10年以上過ぎた。

ボクはどこから来たのだろうか?どこに向かうだろうか?

その答えは出ないが、確かに言える事実は未来の可能性は無限だ。

 

「?」

 

ボクに見つめられ、キョトンとするアルク。

こうして彼女といる未来は少なくても【原作】なかった未来だ。

だから行き着く先は見えないけど未来はきっと可能性に満ちている。

 

そう、ボクは思うんだ。

 

 

おわり

 

 

 

 




姫月アルクを「花のみやこ!」で思わせぶりなシーンがあったので採用しました。

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