扉か吹き飛び、轟音が響く。
店内の客達は何事かとどよめき、店の入り口に注目する。
そして、発煙筒が店の中に投げ込まれ、店内は一瞬で煙にまみれる。
クラッシックな雰囲気を保っていた喫茶アーネンエルベが一瞬で台無しになった。
それだけでない、折角この雰囲気と共に味わっていた、某主夫自らが調理した数々の美食も台無しになる。
とはいえ、襲撃者にとって幸い。
というべきはこの場に腹ペコ騎士王がいなかったことだ。
もし彼女がこの場にいれば、即座に自身のアホ毛を掴みオルタ化した後に襲撃者を殲滅しただろう。
しかし、それでも休日を台無しにされて店内の客のフラストレーションは上昇。
一体全体こんなことをした馬鹿はどんな奴だ!と殺意と敵意を込めて店の入り口に視線を注ぐ。
淫乱ピンクなキャスターこと、キャス狐もまたご主人様とのイチャラブを妨害され怒りが頂点に達していた。
「ふ、ふふふ。ご主人様とのデートを妨害するなんて……よっぽど死にたいようですね~」
キャス狐の被害は発煙筒の煙だけではない。
投げ込まれた発煙筒の一発がテーブルに直撃してしまう。
一部では都市伝説と言われているが、
全国の童貞があこがれる恋人の食べ差し合いっこする「あーん」の最中にだ。
結果、至近距離から煙を直撃したため全身煙塗れになるだけでなく、美食もスウィート空間もぶち壊れた。
自らの尾っぽが引き起こした騒動の後処理に追われ、
権力や富に関心はなくセラフの片隅の四畳半アパートで死線を潜り抜けたマスター、
いや、自身の夫となる人物と共に静かな日々を過ごしていたが世界的権力側からしかけてくるちょっかいを払い。
さらには、同じく死線を潜り抜けた仲間が持込んだ厄介ごとの処理等などを片付けてようやく一息ついた矢先にまたやって来た厄介事。
結果、キャス狐は全身から魔力を滾らせ、周囲に殺意を撒き散らし怒りを狂っていた。
しかし口は型月世界におって最もスウィートで媚媚なキャラ立ちをしているが、
某割烹着と同様に腹は黒く頭脳は驚くほど理性的かつ計算的であった。
(さてさて、呪い殺すか肉体的に不能にするか迷いますが
……英霊に吸血鬼、人造人間に神殺しの類が屯っているここに襲撃を仕掛けるとかどこの馬鹿ですか!?)
キャス狐が内心で突っ込んだように、ここは異能者のバーゲンセール状態。
かつて戦った英霊の存在だけでなく無心にカレーを食らう吸血鬼、店員だが何か訳ありの銀髪シスター。
他にも色々いるが、ここで一つ一つ取り上げていくとキリがない程実に多様性に富んでいる。
そして、どいつもこいつも戦闘力は無駄に高く、こんな場所に喧嘩を売る輩は正直言って馬鹿であるとしか表現しようがない。
だからだろうか、店内の人間は皆喧嘩を売ってきた者が何者か強い関心を抱いた。
ある者は警戒し入り口を睨む。
ある者は好奇心を膨らませる。
またある者はまたカオスな連中がやってきたと達観する。
やがて煙が晴れる。
徐々に写るその姿は人ではなく――――。
「にゃはっはっはー!アーネンエルベは我々が占領したのだにゃー!」
……何だが良く分からないナマモノがそこにいた!
「………………」
静寂な空気、否。
どう反応すればいいか分からず微妙な空気が店内を支配する。
「ぬふふふーアタシの勇姿を見て声もでないみただにゃー」
客の沈黙を自身に威圧されている、
と勘違いしたナマモノが胸を張りこれ以上ないドヤ顔で周囲を見渡す。
「いや、ここは我輩のハンサムな姿に見惚れているからだろうニャ」
ナマモノの後ろにいた別のナマモノがこれまた渋いボイスと共に呟く。
幾つかの客はその声に見覚え、というより某マーボー神父そのままで驚愕する。
キャス狐も某購買部の店員そのままの声であったため、マスター共々驚きのあまり転げそうになった。
(ちょ、おまっ……!!な、なんですかー!!)
考えてほしい。
身長190センチ近くのガチムチ神父の渋い渋いボイス。
それがキャス狐が知るジョージボイスであるが、それが猫だか良く分からないナマモノが口にするのだ。
そのシュールさに、ギャップ萌えに見出すどころか、ギャップのあまり精神が保てない。
そして、辛うじてキャス狐の精神が保たれたのは聖杯戦争で幾つもの修羅場をくくり抜けたおかげである。
「にゃ、にぁんだとー!
アタシの金髪ヒロイン要素を差し置いて人気を得るなんてありないニャー!!」
灰色のナマモノに対して金髪赤眼のナマモノが喰らい突く。
Fateのセイバー、月姫のアルクェイド等と型月は金髪ヒロインがその人気を誇っている。
ナマモノ、もといネコアルクもまた金髪を有したキャラであり、ネコカオスに対抗心を燃やしていた。
だがこのナマモノのこの発言に、店内にいた人間は人種や種族が違えども一瞬で心を一つにした。
(((オマエにヒロイン要素なんてあってたまるかー!!)))
「ふ、生憎私はヒロイン枠ではなく、悪役枠だ。
後この渋い声が商売でね、私は様々なメディアに引っ張られている人気者なわけだ。
最近は『ウルフェンシュタイン:ザ ニューオーダー』には主人公として出演している。
あ、画面の向こうのみんな、ニコニコ動画でもプレイ動画があるから是非見てくれたまえ」
「いやいやいや、それは中の人だにゃー!」
ウルフェンシュタイン:ザ ニューオーダー。
かつてFPSの基礎を築いた伝説とも言えるゲームは6月を以ってPS4でリニューアル。
リアルな描写、派手なアクション、細かい世界観設定と素晴らしいもので、ぜひ遊んでほしい。
「あの~それで、何しに来たのでしょうか?」
行き成りやってきて身内で馬鹿騒ぎをするナマモノズに、
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンがおずおずと尋ねた。
「む、き、貴様は金髪ヒロインの永遠のライバル、
あらゆる二次元で強い人気を誇る銀髪ロリコンヒロインだとぉー!!」
自称ヒロインのナマモノがイリヤに戦慄する。
それもそのはず、数多の二次元において銀髪ヒロインとは特別な存在だ。
なぜなら金髪こそ現実にも存在しうるが、三次元において銀髪とは希少で幻に等しい。
強いて言うなれば、銀髪とは二次元にしか生息しない生き物と言える。
ゆえに、多くの二次元で描かれている銀髪のヒロイン達は不思議で幻想的な存在として描かれるパターンが多い。
キャラとしての個性の強さ、それが強い人気へと繋がる。
さらにロリの要素が加わったヒロインは、金髪ヒロインを押しのける最強のヒロインと評するのは過言ではない!
「ちょ、人を指差して。な、何を言っているのよー!?」
だが、常識人なプリズマ☆イリヤのイリヤはネコアルクの物言いに赤面する。
これがFateのイリヤならばネタに食いつきドヤ顔で自身のキャラ立ちを自慢していただろう
……ただし保護者(バーサーカー)がすっ飛んで来てミンチミートにされる確率が非常に高いに違いない。
「あら、私の事を忘れていないかしら、化け猫。
褐色、ロリ、なおかつ銀髪でお兄ちゃん大好き!な、この私を?」
しかし、Fateのイリヤに近い性格。
頭脳は大人、見た目はロリ、確信犯的小悪魔ロリの、
クロエ・フォン・アインツベルンがこれ以上ないドヤ顔でナマモノ達を見下す。
「なん、だと……褐色に、銀髪……しかもロリ子悪魔キャラニャンて!!?」
「く、それだけでないないにゃ、お兄ちゃん大好きなキャラは――――我々には出来ないっ……!!」
お兄ちゃん大好きな妹、これは兄妹関係を前提とした設定がなければ成立しえない。
ネコアルクとネコカオスは某アイドルの薄い胸板のごとく立ちはだかる壁に戦慄を覚えた。
「ふ、ふふーん、それだけじゃないのよねー。
私は今年の夏にはいよいよアニメでデビューする予定だから、これから人気が出る予定よ。
あら、カニファン以来動く姿を見せたことがない貴方達には関係のない話しだったわねー、あはははは!」
2014年7月9日より「プリズマ☆イリヤ2wei!」が放映されることを知るクロエは得意顔である。
翻って2012年の「カーニバル・ファンタズム」以来化け猫たちは動いた姿を見せたことはなかった。
「こ、これがヒロインの余裕ニャのか…………」
あまりに圧倒的なヒロインの実力にネコアルクは戦意を喪失する。
彼女(なのかどうかは分からないが)から見てクロエは某アイドルがいくら頑張っても胸が大きくならないように、
適うことがない夢の象徴、または永遠に超えられない障害のごとく立ちふさがる、膝に矢を受けた衛兵のように思えた。
このまま、ネコアルクは自身がヒロインに相応しくない事を認め、
回れ右で撤退するはずだったが、調子に乗ったクロエの一言で事態は急変する。
「この夏でお兄ちゃんのハートを掴むだけじゃなく、
TYPE-MOONのメインヒロインの座をセイバーから奪って見せるんだから!」
「でも、Fateに限定するならエクストラの赤セイバーにキャス狐が強敵」
盛り上がったクロエに美遊が冷静な指摘を入れる。
普段のクロエならばこの場ではその言葉を絶対に言ってはならないことを承知していたが、
夏に自分の出番が出ることに改めて思いを馳せ、興奮したせいで冷静さを失いつつあり言ってしまった。
「え、某ドラゴン音痴ヒロインはともかく、
あんな無駄な脂肪を持つ金髪ヒロインと淫乱ピンクの年増ヒロインなんて眼中にないし」
刹那、魔力の渦が店内をかき乱す。
物理的波動となったそれは皿やコップがひっくり返す。
殺意がそこらじゅうに吹き溢れ、空気が凍りついた。
「今、何ていいました…………?」
キャス狐であった。
普段なら嫌味を飛ばす程度であったが、
唯でさえデートを邪魔されてイラついていた所に年増世呼ばりされて完全にキレたのである。
クロエは地雷を踏み抜いたことを知るが、時は既に遅し。
彼女はただキャス狐の鬱憤を晴らすだけのサンドバックに過ぎない事実を思い知った。
それにまた、厄介ごとにー!?
と巻き込まれたイリヤは嘆き悲しむ。
だが、思わぬ人物から救いの手が差し伸べられた。
「え、でも事実じゃないかな?
よく16歳で熟女、18歳でババアなんて言われているし。
それに、神であった時期を合わせればぶっちぎりでキング・オブ・年増だと思うよ僕は」
「あ゛!!?死にたい奴はどこですか!!?」
あまりの言い草にキャス狐は声の主の元に顔を向ける。
店内の客もまた、この騒動を娯楽として捉えてつつあったため注目する。
客達は止める気配はまったくなく、唯一キャス狐のマスターが怒れる九尾の狐を宥めているが効果はない。
「成る程、こうして見ると美女であることに間違いない。
けど、腹に一物を抱えているし――――僕の好みではないね」
キャス狐が顔を合わせた先にいた人物は、赤眼金髪の少年であった。
妙に整った美貌を有する少年は尊大とも言える口調でキャス狐を品定めする。
一瞬、キャス狐はようやく10に届く少年に年増呼ばりされてさらに怒りのゲージを上げたが、違和感に気づく。
成る程、見た目は顔が整った少年だ。
しかしその体からあふれ出る魔力はそこらの魔を超えている。
そして、神代の時代を生きたキャス狐はその懐かしい雰囲気に見覚えがあった。
(な、何ですか!この少年はまるで過去の私か、それ以上の――――)
かつて、神代の時代というものがあった。
人は未だ脆弱な存在で恐れ、崇拝、信仰した神々の時代だ。
だが、時代が進むと共に人々は神々を幻想として捉えるようになり、神の権威は失墜。
今日では神の存在は殆どなくなったと言ってもいいが、
少年は現在では幻となった神が生きている事を証明していた。
「僕の正体に気づいたみたいだけど、
今の僕は頭に来ているから許すつもりはまったくない。
―――さっきの魔力の波動で、由紀香の服が汚れたからそのお返しをしなくちゃ」
視線を少し横にずらすと同じテーブルに座っている少女が、
クリームパスタで汚れた服を涙目になりつつ汚れを落としていた。
少年の口調から察するに、キャス狐が出した魔力の波動で料理がひっくり返り、服が汚れたのだろう。
おまけに耳を澄まして聞いてみると「折角買った服が……」、
「どうしよう、今月厳しいし……」等と呟いており、完全に悪いのはキャス狐であった。
(やっちまったー!……流石にこれはこちらの非ですね。)
理性を回復させたキャス狐が流石に不味いを気づく。
ゆえに、謝罪の言葉を口にしようとするが先に少年が行動を起こした。
「あ、いい訳とか謝罪とか聞くつもりはないから黙ってボコられてね」
直後、宝具がキャス狐に飛来。
次の瞬間には煙と轟音を立ててキャス狐の姿を見失った。
だが、キャス狐は健在であった。
吹き出た煙を払い、私服姿からサーヴァントとしての姿に変わった、
彼女の周囲には同じく宝具の鏡が周囲を回っており、少年が発射した宝具をそれで迎撃したのだろう。
「……いいでしょう、そっちがその気ならこちらも覚悟を決めます!」
売られた喧嘩を買ったキャス狐は惚気た思考を改め、サーヴァント・キャスターとして立つ。
そして、傍には彼女の伴侶が聖杯戦争のマスターとして立っていた。
「へえ、狐狩りは初めてじゃないけど、
どこまでやれるか僕に見せてほしいなっ……!!」
キャス狐の言葉に少年、
子ギルことギルガメッシュはその言葉に答えるべく、さらに宝具を展開させる。
「あらゆる鋭鋒からご主人様を守り、あらゆる魔手からご主人様を護る、絶対無敵の鋼。
そう誓い、生涯を共に過ごすと約束した私達の仲を甘く見ないでくださいましっ……!!」
対するキャス狐もやる気満々。
これ以上語るものはなく後は戦うだけであった。
「さあ、始めようか」
「ええ、そうしましょう!」
次の瞬間喫茶店内に宝具が飛び、魔力が入り乱れる戦争が勃発した。
喫茶店は大量破壊兵器である宝具、さらにはキャス狐が繰り出す大魔術でたちまち破壊されてゆく。
客も流石に喧嘩を肴に、とは行かずに逃げ出し一部は乱闘をはじめ出し、落ち着いた喫茶店の空気はぶち壊された。
「……あ、あのー皆さん、喧嘩は良くないと思うのニャけど?」
ネコアルクが変わりすぎた状況に呼びかけるが、誰も聞いていない。
ある意味この騒動の種をばら撒いたネコアルク達を放置して店内は乱闘騒ぎへ突入した。