弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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今更ながらあけおめ。
そして弓塚さつきの奮闘記にも関わらずまたもや出番がない最新話をお届けします。
(次は絶対出ます)


ACT.4「休息」

 

ここはどこだろう?

上下左右の感触が掴めない不思議な意識の中に俺はいた。

重力もないようで体の重みも感じられず、浮遊感にただ身を任せる。

 

一体いつからここにいたのだろう。

記憶もひどく曖昧で、思考することができない。

おまけに、視界情報もなく、自分がどうなっているかがまったく分からない。

 

しかし、何も分からないことに不安に駆られることはない。

なぜならこうしてじっとしている間、不思議と体は暖かく、気持ちが良い。

 

気力が湧かない、体が動かない。

けどこのまま別にずっと居ていいような気がする。

 

そう、それこそ永遠に――――。 

 

唐突に紫色の少女の姿が瞳に浮かんだ。

灰色の脳漿が彼女、シオンとの出会いの記憶を再現する。

吸血鬼との対決、そして俺は致命傷を受けて倒れた記憶が蘇る。

 

思い出した。

俺はこんな所でボンヤリとしてはいけなかった事に。

起きて、あの後の話を聞かなくてはいけない。

 

体が重い。

瞼を開くだけでも重みを感じる。

けど、それでも開けねばならない。

 

吸血鬼、シオン。

そして謎の第三者の介入。

その全てを俺は知る必要があるのだから。

 

「く、は――――」

 

徐々に瞼が開く。

光りが鼓膜を刺激し、眩しさを感じる。

まだ吐く息は荒く、呼吸はか細いものであるが、

沈み込んでいた意識は覚醒し、視界情報が認識できるようになる。

 

「ここは、」

 

体に掛かる布団。

首だけを回して周囲を見るとどうやら俺の部屋らしい。

多分、シエル先輩とさつきがここまで運んでくれたのだろう。

 

が、部屋には俺以外誰も居ない。

ここから、先は俺が行動に出る必要があるようだ。

 

しばらく、浅い呼吸を繰り返し、

やがて上半身を起き上がらせるのに成功した。

 

「ぐっ……!?」

 

痛みが胸元から走る。

視線を自分の胸に移せば包帯がキッチリと巻かれている。

しかも、包帯には何らかの文字が書かれておりどうやら唯の包帯ではないようだ。

 

こんなことが出来る人間は俺が知る限り2人しかいない。

1人はロアから知識を授かることで魔術師を始めたさつき。

そして、同じくロアから魔術の知識を学び、例え仮の姿でも俺にとっては先輩の、

 

「もう、こんばんわ。

 と言うべき時間帯ですけど、

 おはようございます、遠野君」

 

「先輩……?」

 

横から声。

首を回せばその先輩ことシエル先輩が佇んでた。

 

「まったく、男の子は無理をするものとは知っていますけど、それでも限度というのものがありますよ」

「え、その……」

 

はぁ、とため息を吐く先輩。

先輩が言う無理に覚えがありすぎる俺には反論できない。

油断していたとか、そうした言い訳をする資格がないことは十分に承知している。

 

「これで懲りたら私としては万々歳ですが、

 まあ、遠野君のことですからあまり期待していません、はい、眼鏡です」

 

「耳が痛いです、先輩。

 あ、どうも………先輩?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「あの、俺と先輩との間に何かが繋がっているようですけど、これは?」

 

シエル先輩が俺の眼鏡を差し出す。

受け取ろうと手を伸ばすが、先輩と俺を繋ぐような糸が確かに見えた。

 

「魔術的なパスを視界情報として認識できるなんて、

 相変わらず出鱈目な眼をしてますね、遠野君は……。

 はい、そうです。私と遠野君との間に魔術的なパスを結んでいます」

 

魔術的なパス、

シエル先輩は秋葉と同じく俺に命を分け与えてくれた事実を意味した。

 

「ありがとうございます、先輩。

 そしてごめん先輩、俺のせいでここまでさせてしまって」

 

頭が上がらない。

この命は秋葉、先生だけでなくシエル先輩からも頂いたことになる。

先輩は何の利益も得られないにも関わらず、こうして俺を助けてくれた。

 

「感謝の言葉は私だけでなく、

 翡翠さんにも言ってくださいね遠野君。

 私だけでなく彼女も遠野君の命を繋ぎとめるのに協力しましたから」

 

「翡翠も、か」

 

翡翠まで俺を助けてくれたのか。

いつも俺の周囲の世話をしてくれていたけど、

これでいよいよ本格的に頭が上がらないようになってしまったな…。

 

「分かった先輩、

 後で翡翠にもありがとうって言ってくるから」

 

「感謝の言葉もいいですけど、

 そこに具体的な行動を追加するとより良いですよ」

 

「具体的な行動?」

 

翡翠にも後で感謝の言葉を伝えるといった矢先、

シエル先輩は言葉だけなく、行動に出た方がよいと言ってきた。

具体的な行動……ダメだ、思いつかない、俺には解けない謎かけだ。

 

「その様子だと分からないようですね、

 まったく、そうした方面には相変わらず鈍いままですね、遠野君」

 

「面目ない」

 

やれやれ、と手首と首を振るジェスチャーをする先輩に俺は頭を掻く以外反応できなかった。

 

「いいですか、遠野君。

 手短に言うと感謝の意を込めて翡翠さんと何か付き合いなさい。

 というか、デートしなさい、男女で仲良く外に遊びに行って行きなさい」

 

「なるほど、デートか。そっかデート……って!デート!翡翠と俺が!!?」

 

な、なんでさ!?

意味がわからないぞ、まったく!

 

「好意を抱いている男性からデートの誘いを掛けられると女の子は嬉しいものです?」

「好意を持っているって、翡翠と俺の間には主人と使用人の間に結ばれた信頼とか信用といった好感情という意味ですか?」

 

朝起こしに来てくれるメイド。

なんて、有彦と一緒に遊んだエロゲの世界かよ!

と、内心で突っ込んでちょっぴりドギマギしたけど今はそんな邪心はない。

 

今は朝に強いとは言えない身体と、

そうしても見過ごしがちな日常のサポート全般において、

翡翠は俺にとって欠かすことが出来ない信頼できる人間である。

 

「……無茶にも限度があると言いましたけど、鈍感なのにも限度がありますよ?

 だいたい、翡翠さんは勇気を振り絞って遠野君に初めてを捧げ……あ、今何を想像しましたか?

 ほほう、別にエッチな意味ではなくキスですよ、キス。それでも初めてを捧げたのですからデートに誘いなさい、いいですね?」

 

初めてという単語で思わずアルクェイドと過ごした夜を思い出し顔が赤くなった。

そんな姿の俺を見て先輩が笑みを浮かべつつさらなる爆弾を投下した。

 

「まあ、ですが。実は私も男の人にキスしたことは遠野君が最初なんですよ……」

「え゛………」

 

先輩と俺がキスをしたという事実に俺は硬直してしまった。

何せあまりの衝撃で走馬灯のごとく先輩とすごした過去の記憶が再現されるが一度のそのような記憶はない。

 

それに、はにかむ先輩は殺人集団の代行者のシエルではなく、

学校の留学生にして俺の先輩である、シエルであった。

月夜を背後に嬉しそうに微笑む先輩の姿に俺は思わず見惚れてしまった。

 

だけど、なんだ、その。

 

「あ、でも遠野君はこれが初めてじゃないのですよね。

 今回の翡翠さん、ロアの時に秋葉さん、付き合っているアルクェイド……ふふ、モテモテですね」

 

「うぐ、えっと、えっと……」

 

そうだ、俺は既に複数の女性と既にキスをしてしまっている。

今回で遠野の屋敷に関係する人間で俺とキスをしていないのは、さつきと琥珀さんだけとなった。

……4人の女性とキスを交わしてしまった俺は色んな意味で駄目人間かもしれない。

 

「でもそんな浮気体質な遠野君でも私は好きですよ。

 それにもし、アルクェイドに飽きたら、私と付き合ってもいいですよ?」

 

「な――――」

 

―――今何ておっしゃいましたか?

先輩と俺が付き合うなんて、そんな事を言いませんでしたか!

 

これは是非とも……あ、待ていくら何でも二股は駄目だ。

激怒したアルクェイドの怖さは十分承知しているし、何よりも彼女が悲しむ姿を俺は見たくない。

 

だから答えは決まっている。

 

「先輩の好意はありがたいけど、俺はアルクェイド一筋だから」

 

「そうですか、残念です」

 

今まで笑みを絶やさなかった先輩がこの時だけは少しばかり悲しそうな表情を浮かべた。

 

「おっと久々にこうして話し会えたものですからつい長くなってしまいました。

 私はそろそろ言峰神父と合流して吸血鬼の捜索に向かいますから、しっかり休んでくださいね、遠野君」

 

「え、ああ。もちろんだよ、先輩」

 

「はい、いい返事です。ご褒美に私からプレゼントを差し上げましょう」

 

そう言うと先輩は俺に近寄り、

頭の側面に手を寄せて、先輩の顔が徐々に―――。

 

「あ――――」

 

額に湿っぽく、暖かい感触。

どうやら、俺は先輩にキスをされたらしい。

それは分かったのだが、アルクェイド一筋と公言した矢先の出来事なだけに、

シエル先輩の行為に反応できず、情けないことに俺は動揺し、硬直してしまった。

 

「では、私は言峰神父と共に吸血鬼を調べに行ってきますから、遠野君はしばらく安静していてください」

 

硬直している俺を他所に先輩は傍から離れ、部屋の窓を開ける。

 

「お休みなさい、遠野君」

 

そして窓から飛び降り夜の三咲町へ消えていった。

 

「先輩のキス、良かったな……」

 

姿が見えなくなった先輩への開口一番がこれであった。

意識をせずに呟いた言葉がこれとは、我ながら体は正直というべきか……。

 

思わずキスをされた額に手を当てる。

まだ少しだけ、先輩のキスした時に残った湿っぽい感触が残っていた。

……アルクェイドとはもっとすごい事をしているって言うのに、何を恥ずかしがっているんだろう。

 

というか、先輩との一連の会話を聞かれたら色々と不味い。

付き合っているアルクェイドだけでなく、特に秋葉あたりは――――。

 

「へえーーーそんなにシエルのキスが良かったんだ、へえーーー」

「ふふふ、兄さん、今日と言う今日こそたっっっぷり、お話しが必要みたいですね」

 

空気が凍りついた。

いや、凍っているのは空気ではなく俺だ。

声の方角は部屋のドア、そしてこの声の主は見知った人間だ。

振り向きたくない、どんな事になっているか深く考えなくても分かる。

 

だが、ここで無視を決め込んだら余計に事態が悪化する。

ゆえに逃げ場なく、ゆっくりと首をドアの方へ回転させた。

 

「志貴~」

「兄さん~」

 

そこには俺の想像通り、

黄金と紅の怒りのオーラを纏った2人の鬼がそこにいた。

 

どうやら俺はここまでのようだ……。

 

 


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