弓塚さつきの奮闘記   作:第三帝国

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社会人は忙しい・・・


ACT.8「夜明け」

意識がゆるりと覚醒する。

眼はまだ開いていないが、肌寒いながらも穏やかな空気の流れ、瞼越しに入る光。

あの戦いの夜を終えて朝がやってきたのが鈍感な俺でもわかった。

 

「……っん」

 

瞳を開けば部屋はすっかり明るく、見知った天井がよく見える。

しかもタタリとの戦闘を展開していながらも気分と体調は良好と来た、珍しい。

例え普段の日常でも翡翠に起こされる形で起きる程、起床が苦手な俺のポンコツ肉体にも関わらずにだ。

 

「さて、と」

 

脇のテーブルにおいてある眼鏡を取り、顔を上げる。

翡翠には悪いが今日は調子がいいから先にこのまま起きてしまおう。

あの後についてアルクェイドや先輩、さつきに聞きたいことが山ほどあるから。

そう思って顔を上げると同時に己の身を持ち上げるが腹に違和感を感じた。

 

違和感の元凶をを調べるべく視線を下げて、見つけた。

俺の腹に顔を乗せて寝る紫色の髪を持つ少女がいた――――シオンだ、って。

 

「え?」

 

予想外の人物に間抜けな声が俺の口から漏れた。

 

「いや、な、なんでさ」

 

シオンとはタタリと戦う直前までは非友好的関係。

いや、正確に暴露してしまえば殺しあっていた仲である。

 

その当事者がどうして俺の部屋にいるのか。

そもそも何故俺の腹を枕に寝ているのか突っ込み所満載で、頭がこんがらがりそうだ。

 

「ん…」

 

等と混乱している最中シオンが目覚めた。

 

「おはようございます、遠野志貴」

「お、おはよう」

 

重たげに瞼を上げたシオンと朝の挨拶を交わす。

しかし、シオンは朝が弱いようでまだぼんやりとしている。

お互い語るべき会話がなくしばらく視線が合ったまま沈黙が続く。

 

「あ、あのーシオンさん?」

「…………」

 

勇気を振り絞って声を掛けるが反応が芳しくない。

シオンから漏れる音は吐息だけで、未だ感じられるシオンの体温と合わさって息子が…じゃなくて!!

 

「シオン、いつまで俺の腹を枕にするつもりなんだ?」

「枕、枕?そういえば今日の枕はいつもより暖かくて寝心地が……な、ななななな!?」

 

シオンは俺の言っていることがようやく理解できたようだ。

飛び上がるようにベットと俺から離れた。

 

「く、遠野志貴!!

 よくも乙女の寝顔を盗み見しましたね!!

 そこになおりなさい!!いえ、成敗します!」

 

「な、なんでさ!!」

 

そう言ってシオンは俄かに戦闘態勢を整えた。

誤解もいいところだ、俺は何もしていないのに。

だいたい、シオンが俺の腹を枕に寝ていたのが全面的に悪い!

 

「貴方の言うとおりです。

 油断していた私が悪いということを。

 ――――ですからこれは八つ当たりですが何か?」

 

「最悪だな!」

 

理不尽だ!

些細なことで突然機嫌を損ねる秋葉以上だ。

 

「とはいえ、今の貴方は怪我人。

 怪我人をアトラスの私が成敗した所で名誉は保てません。

 よって、今回だけは乙女の寝顔を覗き見したことは許します」

 

「あ、あははは…」

 

しかし彼女なりの矜持ゆえに乙女の寝顔を見たことは許されたようだ。

だけど、これ以上ない得意顔で言う姿に態度はどことなく秋葉を連想させた。

 

ん、そういえば肝心なことを聞いていなかった。

 

「なあ、シオン。シオンは何故俺の傍にいたんだ?」

 

シオンは俺の時間感覚ではついさっきまで戦った相手だ。

途中からタタリという共通の敵こそ見出したが、それだけだ。

 

お互いに組むといった話はまったくしていない。

そもそもする暇もなかった。

 

それでも俺とシオンの関係を言うならば、

ついさっき知り合った裏家業の人間でしかない。

 

「それは……」

 

俺の問いかけにシオンは言葉を濁す。

そして言いたくないのかそっぽ向き黙る。

 

俺は何も言わずにシオンを見つめる。

しばらく彼女を見つめ続けているとシオンが先に根を上げた。

そして、意を決したように顔を上げて言葉を綴り始めた。

 

「貴方の寝顔を見ていると不安だったので、そのつい見ていました…」

「俺の寝顔を?」

 

シオンの回答は意外なものだった。

アルクェイドも前に同じ事を言っていた。

まるで死人のようで見ているほうが不安だと。

 

「こんなことを聞くのは失礼だと承知していますが貴方は怖くないのですか、死を」

 

シオンが俺に問う。

そんなの答えは初めから決まっている。

 

「怖いさ、眼鏡を外せば周囲は全て死で溢れている。

 ほんの些細なことでその全てが崩壊してしまうことを俺だけが理解できて、する事が出来る」

 

今でも覚えている、四季に殺され、秋葉に生かされ病院で眼を覚ました時の光景を。

壁に床、そこら全てがこの手で殺せてしまう空間であった。

 

周りの人間にそれを理解してくれる者はいなかった。

孤独と不安に犯されわけも分からず外に出て、先生に出会い、この眼鏡をもらった。

 

先生はこの力のありようの理解者で使い方を教えてくれた。

もしも、あの時に先生に出会わなかったら今の俺はいなかっただろう。

 

「けど、それでもこの世界に生きる人間として俺はいる。

 その時その時を楽しめばいいかなって俺は思っているよ」

 

人より脆弱な肉体で人より短い命しかいない俺。

だが、それでも先生のお陰で前を向いて生きていくことはできる。

 

先生は今どうしているのだろうか?

魔術師であるシオンなら知っているかもしれない。

 

「魔法使いの居場所なんて知りません、遠野志貴」

 

なんて考えたらシオンが先読みするように回答してきた。

 

「へえ、そうなのか」

「そうなのです」

 

そうなのか。

シオンもシエル先輩みたいに物知りだ。

と、シオンとの会話もいいけどそろそろ起きないと……て?

 

「何をぼんやりとしているのですか?」

「いや、だって…」

 

俺が起きようと思い身を構えたところ、

なぜかシオンが手を差し伸べてきた。

 

「貴方の体調が良くないので起こすのを手伝うだけですが、何か?」

 

何をおかしなことを?

と言わんばかりにシオンは述べた。

普段翡翠に起こしてもらう際にはそこまでしてもらっていないが、

今回はタタリとの戦いで体力が消耗しているのは事実なのでシオンの好意に甘えよう。

 

「ああ、ありがとう、シオン」

 

こちらも手を伸ばしシオンの手を握り起きあがろうとして―――。

 

「む、意外と重いのですね志貴」

「そりゃあ俺は男だからな」

 

そんなシオンの呟き。

何ともないような言葉だが事件は次の瞬間に発生した。

 

「うわぁ!?」

「きゃ!」

 

俺の体重を見誤ったシオン。

そしてシオンの手を引っ張っていた俺が力加減を誤算したことでバランスが崩壊。

結果、ベットに2人揃って倒れた。

 

「いつつつ…」

 

倒れ掛かったシオンの体重が合わさって体が軋む。

けどそれは悪いことではない、シオンの重みと少女特有の甘い香りで気持ちが―――じゃなくて!

 

「し、志貴」

 

というよりち、近い!

シオンと俺を隔てる距離は僅か数センチ。

互いの熱い吐息が掛かり、心臓の鼓動が聞こえる。

今この場にいるのは俺とシオンだけ、部屋は妙な静けさで満ちている。

 

「ま、魔術師は等価交換が絶対の原則。

 助けられた礼を私の肉体と要求するならば、そ、その、優しくお願いします………」

 

し、シオンさーん!!

貴女は一体ナニを言い出すのですかー!!?

俺はそんなことを少しだけ望んで…あ、じゃなくてちっとも望んでないし!

 

「志貴……」

 

再度己の名を呼ばれる。

その声の音色は震えており、

普段は理性が支配する瞳が動揺という感情で揺らいでいる。

まだシオンを知って短いが、彼女が見せるギャップと肉体の接触で思わず喉にたまった唾を飲み込み。

 

「シオン、俺は―――」

 

俺の言葉に何故か瞳を硬く閉じて、

何かを待ち受ける体勢を整えたシオンに俺は―――。

 

「ふぅん…ボクはタタリと戦ったというのに、

 志貴は早々にフラグを立てているなんていい身分だね」

 

こんな姿を見られたら遠野家の住民からは村八分。

特に秋葉とアルクェイドに半殺し確定な俺はシオンに離れるように言おうとしたが何もかも遅かった。

 

「それとももう致してしまったから、

 ゆうべはおたのしみでしたね、というシーンかな?」

 

開いたドアには日光対策のせいで季節はずれの雨合羽を羽織った少女、さつきがいた。

 

「ち、ちがう!誤解ださつき!!」

「へぇ、何がどう誤解なのかその口から詳しく話してくれると嬉しいな」

 

さつきは何かと騒がしい遠野家女性陣の中で、

秋葉にアルクェイド、シエル先輩、琥珀さん、翡翠の皆とも仲良くできる穏健派であるが、

逆に言えば彼女の口から過激派女性陣全ての耳に今の出来事が満遍なく広がることを意味する。

ここは何が何でも誤解を解かねば俺は明日の朝を迎えることができなくなってしまう……!!

 

「さつき、よく聞いてくれ……これは訓練!そうタタリとの接近戦を想定した訓練だ!」

「夜の訓練という意味でいいかな」

 

あ、より誤解が深まった。

 

「そんなに訓練をしたいのだったら、

 この事を秋葉さんとアルクェイドさんに伝えて、鬼ごっこをしてみるといいよね」

 

「文字通り鬼じゃないか!」

 

吸血鬼に鬼の末裔である混血を交えた鬼ごっこなんて死ぬよな俺!

というか、シオン。さつきが誤解している原因はシオンだから何か言って…え?

 

「そんな馬鹿な…」

 

青ざめた表情を浮かべたシオンがそこにいた。

 

「貴女は、いえ【貴方】は、そんな―――」

「な!対策は採ったはずなのに【読まれた】!?」

 

同じく俺を置いて何かに驚愕するさつき。

一体どういうことだ?

 

「―――っっっ!!!

 ようやく合点しました、何故タタリが予想外の時期、場所に出現したかが!

 ……全ては、全ては世界の異物であり特異点である貴方が原因なのですね!!!」

 

「うわ!?」

 

ベットから跳ね起きるシオン。

俺はというとベットから跳ね飛ばされ床に落下する。

落下する最中はまた面倒なことになったな、なんて俺は暢気に考えていた。

 

けど、逆さになる視界でさつきの両腕が吹き飛び、

血吹雪が舞ったことでそんな陽気な考えは吹き飛んだ。

 

 

 


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