「ぐっ――――!」
シオンの叫びと同時に魔力を放出。
身体に突き刺さっているであろうエーテライトを無理やり取り除く。
そして、後ろに跳躍する。
が、間に合わず両腕がエーテライトで切断された。
飛び散る腕、そして血が志貴の部屋を汚してしまう。
「しっ!」
申し訳ないと考えるよりも先にシオンの第ニ撃が迫る。
腕がないから鋭い蹴りを体を捻ることで避けるけど―――駄目だ!
「がっ!?」
次の一撃をまともに受けてしまったっ…!!
その細い体から出せたとは思えない程重い正拳突きだ。
骨が軋む、いや肋骨が折れた。
肺から強制的に空気が排出され意識が飛ぶ、痛いっ!!
「さつき!」
一連の出来事が終わった直後、志貴が立ち上がる。
けど、多分ボクを助けることは、
「遠野志貴、貴方はそこで止まっていなさい」
「な、何を言っているんだシオン!大体―――な、動け、ない!?」
やはり無理だ。
魔術回路もない志貴ではエーテライトで簡単に体を操られてしまう。
で、こっちは吸血鬼が苦手な朝な上にとっくにダメージを受けていると来た。
状況は極めて悪い。
「弓塚さつき。貴方はここで亡くなるべきだ。
貴方という存在がタタリを強化させ、手に負えない存在にしてしまう。
逆に貴方が亡くなればタタリへの勝算は最低3パーセント向上するのですから」
さっきまでラブでコメっていた人間とは思えない程淡々とした声で彼女は言葉を綴った。
いや、しかしそれにしても・・・。
「・・・何が可笑しいのですか弓塚さつき?」
ああ、いけない。
面白すぎて思わず顔が笑顔を浮かべている。
両腕がなくなっているのに我ながら実に陽気なものだ。
「いや、あははは、
想像通りの人間だなって」
「――——―――——不愉快ですね、
私の考えを見抜いているとでも?
『キャラクター』相手だから何でも知っているつもりですか?」
シオンはご機嫌斜めのようだ。
すんごい表情で今睨まれている。
うん、ここは正直に話した方が良さそうだ。
元々頭が良い彼女相手に小手先の誤魔化しなんて通用しないだろうし。
「まあ、それもある。
けど知ってはいたけど、
勝算が3パーセント上がっても『タタリに絶対勝てない』
と内心理解しているはずなのにそんな言葉を口にする人間だったから、ね」
「・・・黙りなさい」
シオン・エルトナム・アトラシア。
という人間は理論を重んじる魔術師である一方で、
タタリに執着する感情的な人間であり、その内心は矛盾を含んでいる。
例え吸血鬼化しても魔術の研究は不可能ではない、
むしろ寿命が短い人間以上に研究時間を確保できる、
と喜ぶのが『普通の魔術師』である・・・衛宮切嗣の父親がそうだったように。
「どこまでボクの頭を覗いたか分からないけど、
そもそもこんな事をしても意味がないことぐらい理解しているはずだよ。
ボクを殺せばアルクェイドさんとシエル先輩から狙われることくらい知っているはずだよね」
「・・・・・・・・・」
この場でボクを殺害すれば2人は間違いなくシオンを脅威と看做す。
場合によってはより倒しやすい敵としてタタリより先にシオンの排除を試みるだろう。
志貴の記憶や思考を読み取っているならば、
方や真祖の姫、もう片方は埋葬機関の殺し屋と、
通常ならば手を組むなどありえないと思われる2人が実のところ仲が良く、
彼女らの知り合いに手を出せばただでは済まないことが想像できるはずだ。
ではなぜこうなったのか?
「戸惑い?それとも困惑?
あるいは混乱して何が何だが分からない状態なのかな?
まあ、でもこの行為はどちらかと言えば八つ当たりと言えるか」
「黙りなさい!」
シオンのエーテライトによる一閃。
しかし先ほどとは違い大振りな動作ゆえに簡単に避けることができた。
「冷静じゃないね、
やっぱり八つ当たりだね」
「その口を閉じなさい!
貴女に何が分かると言うのですか!?
己が抱いていた矛盾に無理やり気づかされた苦悩を!
そして身体を蝕む吸血鬼としての衝動、飢えと渇きを彷徨う苦しみに!」
絶叫。
それは彼女が数年に渡って蓄積された感情の発露でもあった。
負の感情が盛大に爆発したせいか吸血鬼の力を制御しきれず、
紫色の瞳も今はボクと同じく吸血鬼の血のような紅色の瞳へと変化している。
「まあ、たしかに分からないね。
事前に【知っていた】としても何せ他人様のことだから」
嘘ではない。
現にシオンがこうして激高するなど予想できなかった。
事前に彼女の事を知っていたとしても所詮紙の上だけの知識にすぎなかった。
それを今痛感している。
「だけど、その苦しさは理解できる。
ボクだって経験したから、吸血鬼の衝動には」
今だって覚えている。
人の生き血を啜りたいという止められない欲望。
人を人として見ず、血袋として認識する欠落した論理感。
吸血鬼という二次元の世界の住民に成れた喜びよりも自身に恐怖を覚えた。
「だからお互いに【これから】理解し、分かり合えるはず。
このタタリの騒動がシオンの想定よりも悪化していたとしても、
協力しあえばタタリを抹殺できなくても退けることぐらいできるよ、きっと」
「戯言を・・・」
「うん、まあ。
戯言なのは知った上での発言だよ、勿論。
だけど、このままだと勝ち目何て最初から皆無だと思うけど?」
「・・・・・・・・・」
沈黙するシオン。
何かと理由を付けていたけど、
結局のところ感情的な行為でしかなにのは薄々理解していたみたいだ。
得意の計算でもしているのだろうか、
視線はボクや志貴ではなく何もない場所を向いている。
「・・・私が事前に知っていた遠野志貴の戦闘能力。
そして貴女と貴女の知識を持ってしてもタタリへの勝率はさほど変わりません」
そして静かにシオンが口を開いた。
「しかし、分岐する可能性。
という要素が非常に変化に富んでいました。
特に真祖の姫の手によって「朱い月」を再現させることが鍵であり、
これ以外にタタリを完全に打倒する手立てはなく、姫と協力関係を結ぶことが肝心。
そのためには目の前にいる異邦人、弓塚さつきを通じて姫と協力関係を結ぶことが必要――——そう結論がでました」
「うわ、アルクェイドさんと協力するためだけにボクが必要なだけか、傷つくな。
こっちでも仲良く路地裏同盟を結成して、夜のプールに忍び込んだり、ピラミッドで遊びたかったのに」
「生憎、貴女となれ合うつもりはありません。
それに、その可能性を歩んだ私と弓塚さつきが友好関係を結べた理由は、
例え吸血鬼となっても弓塚さつきが魔術をまったく知らない一般人であったからでしょう。
ロアの知識を継承し、半分魔術の世界の住民である貴女には魔術師として接していただきます」
こちらの冗談に対して、
冷ややかな目でセメント対応されてしまった。
魔術師として対応、か。
まあ、それは仕方がないと言えば仕方がない。
【原作】で弓塚さつきとシオンが和気藹々とやれたのも、
強力極まりない吸血鬼にも拘わらず、一般人感覚が抜けていなかったからだ。
だけど・・・。
「つまり【魔術師として】協力し合えるわけかな?」
「その通り、魔術師としてタタリ打倒の契約を交わすことを提案します」
友達感覚で協力こそできなくとも、
魔術師として協力し合うことは可能だ。
行き成り腕を切り落とされ、
殺されかけたことには思うところがある。
だけど、タタリ打倒にはシオンの協力も必要だ。
だから回答は――――。
刹那、窓を打ち破って黒鍵が部屋に飛び込んできた。
投擲された剣とは思えぬ威力を保ったそれは部屋を派手に破壊する。
「っつぁ・・・!?」
一振りがシオンに命中し、吹き飛ぶ。
ドアを打ち破り、廊下へとたたき出される。
黒鍵なんて代物を操る人間は1人しかいない。
「御無事ですか遠野君!弓塚さん!!」
シエル先輩だ。