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「ゴボボボボッ………!?」
気がついたら、水らしきものの中にいた。
水、水、水、水、水、ミズ……圧倒的、水の感触。
わけがわらなかった。
溺れまいと、必死で手足をバタバタした。
頭上に淡い光。それはこの状況では天上から降り注ぐ希望の光だった。
そこに辿り着くまでのほんの数秒足らずが永遠にも感じられ、
「ブッ…………ハアアアアアアア〜〜〜〜ッッッ…………」
水上に出れた。何も考える余裕がない。
「ア゛〜〜……ゲホッゴホッ……ゲホッゴホッ…………」
絶え絶えに呼吸を整える。未だ胸から下は水に浸かりながら、落ちないように岸にしがみつき肩で息をする。
「おいおい大丈夫か!?」
「んぁ〜?どうしたどうしたあ〜〜!」
数人の人たちが心配そうに寄って来る。
着物をきた……スキンヘッド。お坊さんか??
「誰ぞ、落ちたんか!?」
「なんと!参拝客の方か?」
「オイ、暗いから足元ぉ気をつけやあ!」
そんなことを言い、数人がかりで僕を水から引き上げてくれた。
(暗……い?……あぁ、夜なの……か。あっちで………オレンジ色のは……タキギか?……クソッ……ボヤけて……わからない)
もはや朦朧としていて明暗の感覚も定かではなかった。
ここはどうやら野外のようで、向こうで人が賑わっている気配もする。
ゴォ〜〜ン〜〜………
(なんだ?今度は………鐘の音……?)
耳にも水が入っていてよく聞こえない。
「○成くん!スマンなあ、頼むわ!」
「承知。お客人、こちらへ……」
「えぁ………は、い………」
名前を言われて来てくれた彼。
かろうじて返事だけは出来た。
周りにいるような坊主ではないが眼鏡をかけた真面目そうな男子だ。
わけがわからないまま、彼についていく。
(ああ、ここやっぱ寺なのか………)
広く大きいところのようで、医務室のような部屋もあり、そこへ案内された。
大きなバスタオルをもらう。
「ありがとう゛……ズビッ……ございまず……」
「いえいえ」
なんとか礼を言いつつ、顔や体を拭いていると、眼鏡男子も濡れている頭を拭くのを手伝ってくれた。
散髪屋に行った時のようにワシャワシャと髪を布で撫でつけられる感覚。
「どこか痛いとろはないですか?お体に傷はないようですが」
「は、はい……大丈夫です」
体に傷はなかったようだが、唇は震えていた。
「このままでは、お風邪をめされるな。適当なものを持ってきます。ここに座ってゆっくりしていてください」
タオルで包まれてソファに座らされてから、ストーブも灯して近くに置いてもらった。
暖かさを感じ、今まで凍えていたことをあらためて実感する。
彼はすぐに服を持ってきてくれた。
「この様な古着で申し訳ないが、どうぞ」
和服だが簡易パジャマのような簡素なもの。お坊さんも普段、着てるようなやつだ。何ていったかな。
「これだけでは、寒いでしょう」
上着としてコタツ布団のようなものを羽織らせてくれた。あの正月によく使うアレだ。
「では、体力が回復されるまで、ごゆっくり。あぁ、横になりたいのでしたら、そこの仮眠ベッドもどうぞ遠慮なくお使いください」
そういうと、ここまで世話してくれた眼鏡男子は去っていった。
自分一人になり、ボ〜ッとストーブのオレンジ色の熱を見つめながら暖をとっていた。
大きい寺のようだから、こんな医務室みたいなものも完備していたのだろうか。
しばらくすると今度はガタイのいい男性が来た。
「ハッハッハッ〜〜!お加減はどうかな?」
「お、お陰様で………」
声も元気で明朗快活だ。
「体も冷えとるでしょう〜。どうぞコレを!良かったら食べられよ。あったまりますぞぅ?」
優しいそうな人だが貫禄がある。
渡されたのは、割り箸とお椀。入っているのは
「白い、お味噌汁……?」
「お雑煮ですわい」
「ああ………ありがとうごさいます」
あぁ、そうだ。
そうだった。
今夜はちょうど大晦日。
年越ししていた頃なのだった。
さきほどのゴォ〜ンと鳴った音。あれはたぶん除夜の鐘だったんだな。
納得してお雑煮をいただくことにする。
啜ると、熱々だったが白味噌が舌に広がる。美味しい。
「いやあ〜あの池で溺れそうになられたと聞きましが、大事なくて良かった!」
「はぃ……」
どうなったのかもわからなかったが、そうか。自分は池に落ちたのか。
でも、なぜ……?
ガタイのいい人は冗談めかして脅すように、
「お気をつけなされよ?あの池には龍神様が棲んどると言われとりますからな。あんまり不注意だと、パクッと飲み込まれてしまうかもしれませんぞ」
「はあ、龍神ですか……?……でも本当にご迷惑をおかけしました……」
「ま、正月ですからな!ハメを外すのは仕方ないことです」
豪快にガハハッと笑って、
「でわっ、また来ます!何かあれば遠慮なく坊主どもに声をかけられよォ」
彼は大股でノッシノッシと去っていった。
もしかして、こちらをおもんばかって、あえて明るく振る舞ってくれたのだろうか。
彼を見送り、静けさが戻った医務室。
お雑煮をズズズッとゆっくり啜りながらまたボ〜ッとする。
あぁ〜何でこうなったんだっけ。
自分はたしか一人、家で酒を飲みながら趣味のアニメを見ていたはずだ。
年末の仕事収めをなんとか無事に終えて、休日を向かえていた。
疲れを癒やすように夜中までゆったりとしながら、今期アニメなんかをボ〜ッと鑑賞していたんだ。
とくにfateは画質も綺麗なのでよけい魅入ってしまうのだ。なんかOPやED部分を永遠ループして眺めてた気がする。
それで………どうした?
ここはどうやらお寺のようだけど。
なぜ見知らぬ寺の池で溺れたんだ自分は?
ダメだ。アルコールも入っていたのであやふやだ。
もっともこんな目にあったので酔いはとうに抜けているが……
失礼にならない程度に、室内を物色する。
ふと目に映った文字があった。
『柳洞寺(リュウドウジ)』
「…………」
呆気にとられるも、フッと笑いが漏れる。
「なんじゃそりゃ……フェイトじゃあるまいしな………」
とかいいながら、ひょんなところで自分が知っているアニメのキーワードを発見して嬉しくなった。
「………ひかりをかざして……とまどいをけした……あげたかったのは…………………………………………………………みらいで………」
OPの鼻歌なんかもかすれた喉でぼんやり口ずさんでしまう。
だが見渡してもフェイト関連のイラストとかアイテムなんかはなかった。他に面白ろそうなものはない。
頭も疲労していたし、寒かったので、またストーブに戻り、残っていたお雑煮を最後までいただくことにした。
ズズズッと吸い、んあ〜〜っと熱い息を吐く。
どれだけたったろうか。
さっきから響いていた除夜の鐘が聞こえなくなっていた。もう終わり、年が明けたということなのか?
実感がもてないな。
あれから毛布も拝借してストーブの傍にいたので顔が火照っていた。体も休まり、あったまった頃合いだ。
まずは、ここを出て状況を確認しなければ。
置いてあった下駄を勝手に履かせてもらい、フラフラと外に出た。
境内に向かうとさっき見た夜を照らすオレンジ色に揺らめく陽炎が。
年明けだけあって、お寺の催しものだろうか?
人もたくさん賑わっている。
半分お坊さんで、半分私服の客。深夜というのに参拝客も多いなあ。
炊き出しも行われていた。中身はさっきいただいたお雑煮のようだな。
さまよっていると、一人の女性と目があった。
彼女はシュタタタッと勢いよく駆け寄ってきた。
「あっけましておめっとさあああん!ほら、貴方も、ほら!」
「え、え!?」
この薄暗い中、何かを渡してきた。
なんだこの人は?白いジャケットに“虎柄”のインナーシャツを着ている、ずいぶん元気いっぱいそうな女性だ。
「なんっ……ですかこれっ……??」
「もうっ……見てわかるでしょう〜?『杯(さかづき)』だよ杯!」
「サカズキ……ですか」
さっきのお雑煮のお椀と同じような日本の朱塗りのさかづきだった。
時代劇や雛祭りでもみられるおなじみのあれだ。
事態が飲み込めぬまま受け取ると、断る間もなく何か液体をつがれる。
「ほらっ、かけつけいっぱい!」
そくされたので、グイッと飲み干す。
やはりお酒だった。
カ〜ッ熱くなって、萎れていたハズの気分も高揚する。
「いい飲みっぷりだねお兄さん〜!そら、もういっぱい(ハート)」
「ど、どうも!」
二杯目も一息に飲み干す。
「あっちにツマミもあるからねっ!それじゃ、よいお年を〜〜……」
女性はそう朗らかに笑い、次なるしゃくの相手を求めて人々を物色していったのだった。
いきなり酒を勧められるとはビックリしたけど、とても明るいお姉さんだったので悪い気はしなかった。
ちなみに美人だと思う。誰が何と言おうと。うん。
雑多な人の賑わう宴は、まるで日本むかし話みたいだった。
実際、練り歩くといろんな人々がいる。
社務所でも三人娘の巫女さんたちが御守りや絵馬を売っていた。
一人は元気な褐色娘。
一人はストレートロングヘアの眼鏡娘。
一人は気立ての良さそうな親切娘だ。
客の中には楽しそうに大量の護身グッズを買う、白いジャケットに虎柄のインナーシャツを着た女性が……
「…って、さっきのお姉さんかい!」
思わずほくそ笑んだ。
それからさてどうしようかと、フラフラとさ迷う。
最奥の本殿の方へと行くと、お坊さんが何人か固まっていた。
その中にさっき医務室でお雑煮を持ってきてくれたガタイの良いお兄さんもいる。
彼にどうも、と声をかける。
さっきから気になっていた事も問いたいしな。
「あのぉ………ここは一体どちらのお寺なのでしょうか……?」
「ん?柳洞寺ですぞ」
「あぁ、やはりそんなお名前なんですね」
でも実在のお寺としては聞いたことがないな………
「ドコの柳洞寺サンですか?」
「何処の?」
「いやあハハッ……恥ずかしながら大分酔ってたこともありましてね。前後の記憶があやふやなんですよ。………ここのご住所はどこらへんにあたりますかねぇ〜?」
「ハハハハハッ!しっかりなされお客人!冬木の柳洞寺に決まっとるではないですか!」
「…………………え?」
そして自分は思わずもう一回えっ、と聞いた。
彼は相変わらず笑いながら、
「だから冬木ですぞ。兵庫県北部、稲穂原郡、冬木市の柳洞寺!」
理解できず、目をパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ……………
あれっ?
フェイトの冬木って架空の街で、神戸がモデルとかじゃなかったっけ?
………あるぇ〜??
自分でもとても情けない顔で、
「冬木の……柳洞寺ぃ?」
「うむ、柳洞寺ぃ!」
そう、本殿の瓦に乗ってる表札?をゆびさされる。
うん、確かに柳洞寺と刻まれている。
「………………」
わからんけどわかった。
あの文字は理解できた。
ここは冬木の柳洞寺。フェイトの舞台そのもの。
いや、そのものかはわからないが。
フィックションだと、ここで巻き込まれ系主人公が『ええええ〜〜〜!?』とか『ウソだろぉ〜〜〜!?』とか絶叫したりするんだろうな。
「………………………………………………………………………………」
自分は声も出せなかった。
持っていた杯がポロリと滑り落ちた。
第一話
年明けの杯