1/1朝
起きぬけ。
気怠い体を布団とともに起こす。
余っていた部屋を一室貸し与えてもらっていた。
ベッドでなく、畳に敷かれた布団で寝たのは久しぶりだった。
「…………」
昨夜だけで柳洞寺という言葉を何度認識したことだろう。ゲシュタルト崩壊をおこしそうだ。
「もはや一種の自己暗示、呪いだな………」
ついつい自嘲してしまう。
昨夜、フェイトの世界に迷いこんだなんていう現実が受け止められなくて、しつこいぐらいに詰問してしまったのだ。
「あの、神戸市ってご存知です?全国的にも結構有名な方だとは思うんですが………」
「はて、神戸とな?あいにくと知りませんな〜。そちらから来られたのですかな?」
「…………」
全国的にも………有名な……ハズ……なんだけど。
彼から目をそらすように
「……いえ、違います。自分の家の方は……もうちょっと遠いとこにあります」
「この時期だ。こちらへは帰省に?」
「……ええ、そんなところです」
まだだ。
まだ可能性は捨てられない。
「“阪神淡路大震災”はご存知ですか?1990年代の初頭に起こった………」
「震災?その頃起こったのはこの冬木の“大火事”のことでは?」
「大火事………」
「もう10年も前になりますかなあ〜。当時はソレガシもまだ学生でしたが亡くなられた方は多く………寺も大変で………悲しい出来事でした」
きっと前回の聖杯戦争の件だ。
決まりだな。
ここはフェイトの舞台、冬木。
しかもおそらく西暦2002〜2005年頃のいつかだ。いや、年明けたから2006年?
ダメだ、わからない………
あれ、なんかめまいがするな。足元がフラフラと………体に……力が入らない………
どうしよう、どうしよう………どうしよう、どうしよう………………………………………どう、しようか………
「おや、大丈夫ですかな?」
「は……い……」
「……今夜はもう遅い。正月で交通機関もどうなっとるか不安だ」
彼はこちらをうかがうように、
「良かったら、こちらで泊まられるか……?」
「…………」
「お客人?」
「あ、はい。お世話になります」
自分は死んだ目で愛想笑いをしながら答えた。
それが昨夜のことだった。
一夜明けたが、あまり寝られるべくもなく。
「これから住む場所やお金はどうしよう………それに……」
聖杯戦争……
長いことボ〜ッとしていると、
「お早う御座います。起きていらっしゃるか?」
フスマの向こうから声をかけられた。
「ああ、どうぞどうぞっ!」
フスマを開いて入ってきたのは眼鏡男子だった。
池に溺れた後、最初に世話してくれた子。
「朝食はお食べになられますか?」
「いただかせてもらいます。ありがとう………」
昨日と同じように案内してもらう。
僧のお弟子さんも多いのでみんなで食堂で食べるらしい。
ここの人達は優しいな………泊めてくれて、メシまで………
それにこの眼鏡男子、ひょっとして……
「オウ、来たか一成!お客人もご無事そうでなにより」
「兄者、お早う」
やはりか。
この二人が柳洞寺の跡取り息子の兄弟。
ガタイ大きな兄、柳洞零観さん。
メガネの弟、一成くんだ。
僕は恐る恐る、
「一成くんはまだ学生さんなのかい?大人顔負けにしっかり者のようだけれど」
「ハハッ、いやいやいや。まだまだ未熟者ですよ。今年で高校二年になります」
やや嬉しいそうに、恥ずかしいそうに、照れるような一成くん。
そしてたった今、僕の知識上で最後の希望が崩れた―――
とどのつまり、現在の時系列は聖杯戦争開始の約一月前ということだ。
また絶望にフラッといきかけて、
「おっと!」
零観さんが大きな体で支えてくれる。
彼にも振り返り、
「あのう、お兄さんの方もここのお寺のまとめ役みたいな方なんですよね?」
「ソレガシとて、まだまだ未熟者ではありますがな。フハハッ!」
「……折り入ってお話があります。食事の後、少しよろしいですか?」
零観さんはキョトンとしたが了承してくれた。
そして、パンパンと手をたたき、門弟たちの注目を集める。
「では合掌っ!!」
「「「いただきます!」」」
みんな楽しげにハシをつついている。
正月なのでオセチ料理だったのだ。
お寺だから質素な精進料理が出てくるかと思ったが、ちゃんと食べる時は食べるようだ。
僕もこうゆうのも実家にいた頃食べたきりだなあ〜。都会の一人暮らしでは買うの高いし作るの大変だしで………
うん……久々に良いもの食べさせてもらった。
「それで、お話と言うのは?」
食後、零観さんになにげなく聞かれた。
ちゃんと覚えて待ってくれていたようだ。
彼は腰に手を当てるポーズで縁側に立ち、つまようじで真っ白い健康そうな歯をつついて、一服している。
自分は意を決して、
「しばらく、ここに居候させてほしいんです……!」
「ほうっ……!?」
零観さんはやや驚いた風にマユを片方上げる。
だが悪い印象じゃない。
「自分はわけあって家に帰れず、お金も職もありません」
「それはまた………難儀な………」
「このお寺に置いていただけるなら、出来ることは何でもします!雑用でもお手伝いでも!」
意気込み、相手にしっかり意思が伝わるようにと腹に力を入れた。
零観さんは確かめるように、
「仏門に……入りたいわけではないんですな?」
「はい。特定の宗派には属してません。……ああ!もちろん仏教が嫌いというわけでは決してありませんよ!?」
「ハハハハッ、分かっとりますよぅ」
苦笑してから零観さんはフムッとトンチを考える一休さんのように黙考した。
「…………」
かたずを飲んで見守る僕の脳裏には、木魚の音が木霊してきそうだ。
あのポンポンポンってお坊さんが叩くやつね。
ポン………ポン………ポン………チーンと鳴った気がした瞬間、
「良いでしょう!こんなところでかまわんなら、好きなだけ居てくだされぃっ!!」
「…………っっ!!」
良かったあ〜〜やっぱりイイ人だ〜〜………
嬉しくてしょうがなく、深く深く頭を下げた。
自分はここでfateという現実になってしまった物語にまずはどう向き合うのか考えたかったのだ。
まだ猶予は、少し、あるはず………
「でわっ、さっそく境内の掃除からお願いしましょうかな!」
「え?」
ある……はず……
ゝゝゝゝゝ
上着は貸してくれたが、クルブシにはキタ。お山の上に建っているということもあって、真冬の境内にふく風は冷たい。
あ〜あ〜、昨夜の酒盛りのせいでゴミが散らかってるよ。ったく、誰だよこのトラ煎餅とかいう袋捨てたままにしてるの!
いやいや、文句なんて言ってられないな。他の坊主のお弟子さんたちも何人か一緒になって掃除してるんだ。
ちなみに僕が溺れたあの池は裏手に位置していた。
なんとなく気になって池を眺める。
まさにここが冬木で最も霊的価値が高い地点。
聖杯戦争における今回の聖杯降臨場所………になる予定。
やはり自分がここから出てきたことには何か関係があるのだろうか。
おそらく時間にして一月一日午前零時零分ジャスト。自分はここからこの世界に産み出されたのだ。
そして約二が月半後にはここが泥であふれて………
その時自分は何をしているのだろうか。
身の安全のため、冬木の土地なんてとっくに離れているのか、それとも………
いかん、いかん!
それを考えるために今だけこの寺に置いてもらうことにしたんだ。
「お、ちょうど良かった!コレぇ、建てとくけぇ。手伝うてくれますか?」
振り返ると、昨夜助けてくれたらしき坊主の一人が看板を担いで釘をくわえていた。
それを見て僕は苦笑した。
『落水注意!』
ゝゝゝゝゝ
1/3朝
三が日の最終日。まだ正月気分は引きずっているが、一般的には休日が終わって明日からまた街がいつもどうりに動きだす。
「おはようごさいます!洗濯物、洗わせてもらいます!」
寺の手伝いもまだまだ不慣れなことが多いものの、なんとかやっていた。
脱衣場で、大量の僧服を小分けにしていくつかの洗濯機に入れる。
寺といってもさすがに現代では洗濯板つかって手洗い………なんてことはなく、文明の利器にはちゃんと頼っているのだ。
ま、普通に考えたらそりゃそうか。古きを尊び、新しきを取り入れる。
そうゆうことだ。
洗濯機の始動ボタンをポチッと押したところで、零観さんがあわてて駆け込んできた。
「ああ、もう回し始めてしまったか!」
「何か忘れものですか?」
「ほれっ、味噌汁を派手に零してしまったのだ。零観だけに」
脇腹のあたりがごっそり湿っていた。
僕は下手なシャレに苦笑しながら、
「一旦とめますよ」
「手間をかけて悪いですな〜」
「いえいえ」
停止ボタンを押して、零観さんが脱いだ上着を放り込んだ。
彼の上半身は鍛え上げられた男性のそれだった。
「武道もなされてるんでしたか。良いカラダしてますね」
「そちらは何かご経験などは?」
「小、中と少し運動をやっていたぐらいで、大きくなってからとんと………」
「それはもったいない」
「あぁ、でもこの寺でお手伝いさせてもらうようになって少しは痩せたんじゃないでしょうかね。生活だって規則正しくなったですし」
おすし。
仕事柄、夜更かしや昼夜逆転は多かったけど、ここにきてからはいたって健全。早寝早起きにくわえ、食生活からして生活態度が一新できた。
だから、不安はあっても塞ぎ込むほどの陰鬱な気持ちにはならずに済んでいたのだ。
「ハハハッ、たしかによく働いてくれている。祖父もそれは誉めてくれていましたぞ」
零観さんと一成くんの祖父。この寺の実質的な当主。
自分はほぼ関わりはないのだが、彼が黙認してくれたからこの寺にいられるのだ。
「ですが、てまえさんがいくら居候の身とはいえ無償労働では勿体無いないのでは?」
「え?」
零観さんは珍しく笑みを消して真剣な顔だ。
「無一文なのでしょう?先立つものが何もないと流石にお辛いでしょう。てまえが坊主でない以上、お寺のお金を給料としてお渡しするわけにもいかないですからなあ〜」
「ええ、ですが……冬木にも来たばかりなんで仕事といってもアテはまだ…………」
「そのアテがあると言ったら?」
俯いていた顔を上げると、零観さんはイタズラ小僧のようにニヤリと笑っていた。
ゝゝゝゝゝ
同日、昼過ぎ。
自分は一件のお店を訪れていた。
居酒屋『コペンハーゲン』。確かワインなども多く取り扱う洋風の飲み屋みたいなとこだったはずだ。
アニメでもチラッとみた。現物を前にして皮肉げに眺める。
「………また絶妙に絡んでくるところだな、フェイトに」
なんとも言えない気分だ。
一息吐いて、チャリチャリンと鈴が鳴るドアを開けて店内に入った。
中では猫目のお姉さんが舌なめずりするような感じで待っていた。
採用されたのは十分後だった。
お姉さんは言った。
「よっしゃ!」
「よ、よっしゃ……」
自分も一応………喜んだ。
第二話
柳洞寺