名も無き一般人のフェイト   作:ハッシーツヴァイ

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成人日和

 

1/13朝

 

コペンハーゲンで勤めはじめてから今日でもう10日が経った。

 

 

 

 

 

早起きもすっかり板についてきた早朝。

毎日ノートに書き綴ってきたfateの知識もほぼ埋まっていた。

 

バイトもまだだし寺の手作いにでもいこうか。

しかし朝食の配膳までにも時間があるな。

 

どうしようかと思いながら散策していると、道場の方から野太い声が響いてきた。

覗いてみると零観さんと葛木先生が組み手試合をしていた。

 

葛木先生とは同じ居候の身で幾度か顔を合わせたことがあるが、いつもYシャツにセーターとズボン姿だった。そしてきっちり学校に出勤する時刻になるとスーツに替えるようだ。

 

だから胴着姿でしかも眼鏡も外していた先生を見るのは新鮮だった。

 

汗を流している零観さんと葛木先生。

オリンピック級の試合を生で観戦するぐらい迫力があった。

ちょうどいい。葛木先生にも少し接触しよう。

二人の組み手が一段落してからお邪魔する。

 

「ハッハッハ。先生はこうしてたまにソレガシの相手をしてくれとるんです」

 

「僕もお噂はかねがね……」

 

組み手を終え、着替えて眼鏡をかけ直し、腕時計も付け直した先生。

道場を出て、零観さんと別れてから。道すがら、葛木先生と少し話をさせてもらった。

 

「葛木先生も大変ですねえ。今日もこの後、学校で教鞭を振るわれるんですよね?休みはもう明けたようですし」

 

「いや、授業はない。教員ゆえ学校に所用はあるが」

 

「………?」

 

冷静に否定された。

眼鏡をクイッとして、

 

「今日は祝日だ」

 

「あ」

 

そうか、成人の日か。

 

 

「でも朝、こんなに早くから励んでらっしゃるなんて意外でした。いつもこんな感じなのですか?」

 

先生は首を振りまた否定。

 

「ここのところ、妙にザワついてな………」

 

彼にしては迷いがありそうに、Yシャツでキッチリ固められたえり首の後ろをさっている。

 

この人は聖杯戦争の予兆を無意識に感じているのかもしれない。

 

ならば。

 

いまのうちに。

 

伝えようか迷っていたが………。

 

 

 

「あの………“もしどこかで黒いローブを纏って倒れてる人がいたら、柳洞寺へ保護しに連れ帰っておいてくれませんか?”」

 

 

 

「黒い、ローブとな?」

 

「……僕の、知ってる方なんです」

 

「あいわかった」

 

彼はとくに疑問を投げつけることもなく、従順な機械のよう頷いた。

 

「……宜しく御願いしますね」

 

僕は打算で彼を利用してしまうかもしれないと自覚しながら、深く頭を下げたのだった。

 

 

ゝゝゝゝゝ

 

 

「そいじゃ、後はヨロシクオネガイよん!」

 

軽トラックのハンドルを回して、音子(ネコ)さんは店を発った。

走りゆく軽トラの荷台が積まれた後ろ姿を見ながら衛宮くんは、

 

「……アーネンエルベ、でしたっけ」

 

「うん。我がコペンハーゲンの姉妹店ね。そこに出張配達。士郎くんは一度くらい連れて行った事あるハズだけど………ハズ、だよね………?」

 

「俺も初めて聞いたわけではないと思うんですけど。あれ?……よく思い出せないや。オカシイな」

 

店長も衛宮くんも自信なさげだ。

やっぱりあの店はこの世界にもあったのか……?

僕も深く突っ込んではいけない気がした。

 

だが喉からは自然と、

 

「……きみと……(はい……)いっしょがいちばん………(いぇい)………すきよってもっとぎゅーーとね………」

 

「って何、歌ってるんだよ」

 

「ああ、いや、なんでもないんだ。アハハッ……」

 

衛宮くんに怪訝な顔をされたので、テキトーにぼやかした。

 

イカンな。つい口をついて出てしまったよ。あの楽しげな作品の世界観は好きだったんだ。

 

ちなみに衛宮くんとは仲良くなり、もう敬語ではなくなっていた。それなりに信頼関係は築けている。彼は僕に気安く、僕も彼には親しみを持っていられた。

 

店長がパンっと手を打つ。

 

「さて、音子は夜まで帰ってこないから。今日はこのみんなで店を切り盛りしてかなきゃならない。頼んだよ」

 

「「はい」」

 

僕と衛宮くんは、張り切ってカウンターとホールにいった。

お客さんが少ない時間帯になると、コーヒーを豆から挽いて精製することにも挑戦させてもらっていた。

専用のコーヒーメーカーの機械を使ってやるのだ。

もちろんまだ新入りなので、スタッフルームにあった予備の物を使い、衛宮くんの監修の元でだが。

 

「キミヲーー……アタラシイバショヘトーー……ヒッパッテッチャウ、ルランラーー」

 

「だから何の曲だよ!」

 

「え〜っと、『カーニバルファンタズム』の『すーぱーあふぇくしょん』?」

 

「なんだよそれ………」

 

クククッ……本当になんだよそれって顔された。

 

さて、黒エプロンを締めてコーヒーの香りも楽しむ。僕もウェイターの所作が板についてきた方だとは思う。

 

「ほら衛宮くんも歌いなよ」

 

「なんでさ!」

 

「wowwo、wowwo、wowwoいぇい、いぇい♪…………って熱っ!」

 

コーヒーメーカーのフィルターから跳ねた熱湯の滴が手に飛んだ。

衛宮くんがジト目で、

 

「ほら〜いつまでも変なウタ歌って、片手間にしてたからだぞ」

 

「うう〜……不甲斐ない」

 

 

水で冷やしながら手の甲をさする。

 

「…………」

 

いつもどうり、普通の手だ。

 

「どうしたんだ?」

 

「ヤ、なんでも………」

 

「もうそろそろお客さんも増えてくる時間帯だ。このぐらいにしておこう」

 

「ご指導、有難うごさいました。衛宮センセ」

 

 

僕はすぐに気分を切り替えた。

 

コーヒーメーカー機をスタッフルームに片付けにいく。

だが、背伸びして棚に片付けた時プルルルルルルルルルルッッ。

 

「うおっ!」

 

突如として机の電話が鳴った。

 

出るべき………だよな?僕が。

 

「お電話有難う御座います。居酒屋コペンハーゲンです」

 

<<あ〜もしもし。こちら、アーネンエルベの者よ〜?>>

 

「………ッ!」

 

妙に軽い調子の猫なで声が受話器から。

 

この相手、まさか。

ネコアルク=ディスティニー(cv.田中敦子)!?

 

あばばばばばばばっ……………

 

アニメ、カーニバルファンタズムでも出てきたゾ!

知らない人はウィキペディアで検索だ!

 

 

<<やっぱり音子は遅くなりそうだから、ウフフッ。今夜はこっちで泊めてあげることにするわぁ〜>>

 

 

「え、え!?夜には帰ってくるみたいなことおっしゃってましたけど、もうそちらに泊まられるんですか?」

 

<<そうよ>>

 

「…………」

 

<<いわゆる朝帰りね>>

 

 

電話の相手が相手なだけに僕は動揺していて、冗談にも乗る余裕がない。

向こうもそれを察したのか、

 

<<……そっち、夜はイマ危険でしょう?>>

 

「え?」

 

 

 

<<ヨ・ル・は・キ・ケ・ン・で・し・ょ>>

 

 

 

「あなたは………」

 

聖杯戦争のことも当然のように知り得ているのか?

 

この猫かぶりな女性は自分が誰なのか、あえて明確にはしない。

 

<<音子が自慢していたわよ?即戦力の新人が入ったと。今日で10日目になるそうねぇ〜?>>

 

「はい……」

 

<<アーネンエルベで興したのは10年に一度の宴よ。型月10周年記念ってやつね。でも、そちらで興ったのもまた10年振りの戦い………>>

 

 

「ハハッ……偶然の数字ですね」

 

<<まさしく偶数ね>>

 

正体不明な大人の女性声は要件はもう伝えたからか、

 

 

<<頑張りなさい>>

 

 

ガチャン。

それがウソだったかのように唐突に電話は切れた。|

 

 

ゝゝゝゝゝ

 

 

バイトが終わり、店内から外をうかがうとザーザーと雨が降っていた。

視界も悪く射干玉(ヌバタマ)のような闇に包まれた夜だ。

 

出来れば日暮れ前には帰りたかったが、音子さんがいない分をカバーしなきゃいけなかったのだ。

 

 

衛宮くんは着ていた店のエプロンをほどいて、ロッカーのハンガーにかけながら、

 

「あちゃー。俺、傘持ってきてないぞ」

 

「僕もだ」

 

「店に置いてあるの借りるか」

 

「だねぇ」

 

僕らはチャチなビニール傘を借りて、店長にお別れをして帰路についた。

 

「返すのは………また今度でいいよな」

 

「ん。僕と衛宮くん、明日も入ってたしね」

 

 

夜道で二人の傘がぶつからないように気をつけて歩く。

透明なビニール越しに雨弾が絶え間なく攻めてくる。

 

「衛宮くん」

 

「なんだよ?」

 

「寄り道は止しなよ?」

 

「わかってるさ」

 

今日も僕たちは別れた。

昨日と同じように。

そしてきっと明日も………

 

 

 

 

いつものように、出来るだけ人や車も通る道を使って柳洞寺まで戻る。

 

まあ、どんなに迂回しても寺に通じる最後の道だけはひっそりしてるんだけどね。ほら、山寺なんだし。

 

「それがここの道っと………」

 

まあここまで来れば、山門のあの長い石段まで目と鼻の先。むしろお釈迦様の手の上なんで心配無用なんだが。

 

雨音だけが不気味に響く暗い夜道に踏み出す。

 

「セイヴァ(救世主)の神霊の加護がありますように。セイヴァの神霊の加護がありますように。セイヴァの神霊の加護が………」

 

ブツブツとお経のように唱えながら恐さを紛らして足早に行く。

夜、トイレにいけない子どもみたいな心境だ。

いい年して格好悪いが恐いモンは恐い。

 

「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ。あ、ナンミョウホウレンゲキョウ?ナムアミダブツって健やかに死んじゃう方じゃん確か!まだ死にたくねえよ!ナンミョウホウレンゲキョウ、ナンミョウホウレンゲキョウ、セイヴァの神霊、ピースピース………」

 

自分でも何を言ってるかわからないまま、傘を前傾にしてズンズン歩く。

変なテンションだが構うものか。

どんな恐ろしいことにもとらわれないように歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き歩き1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、1、2、イッチニッ、イッチニッ、イッチニッ、イッチニッ、イッチニッ、イッチニッ、イッチニッ、イッ

 

 

「イッ………ぶふっ!!」

 

クソ、何かにつまづいた!転んだ!

濡れた!

 

こんなところで終わるわけにはいかない!僕は柳洞寺へ帰るという義務を果たさなければいけないのに!

こんな人を転ばせるような道でっ!!

 

 

 

傘を持ちなおして振り替えると、布包みみたいなのが落ちていた。

 

ずいぶん、大きいぞ……?

つまんで調べると人がうずくまっていたように見えた。

 

 

「わはああぁあっ!!!」

 

 

マジで驚きの声が出た。

物理的に。

 

「え…ちょっ……え…!?」

 

これ以上なくビビりながら本物の人間かどうか確かめる。

まさかもう聖杯戦争による一般人被害者が!?

ウソであってくれ!本当ならタチ悪すぎるぞ!

 

えっとこのサラサラしたの髪か?

クソ、暗くてよく見えん!

傘も邪魔!

………こっちの尖ってるのは耳??

 

 

え、…………

 

 

え?

 

 

メディ………?

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ〜………」

 

僕はもう一度ちゃんと確認することにした。

近くの街灯までズルズルと引きずっていく。

 

よし、これでよく見える。え〜っと…………

 

金色の模様がついた黒いフード。これは外套のようだ。まるで古めかしいローブだね、はいはい。

それに包まれた細い体は女性のもの。うん、女性ジョセーじょせーでしょー?

足元から覗いている靴も女性モノだな。クッツ、クッツ。

 

「………………………………………………………」

 

 

よろよろと後ずさり、キャスターのサーヴァント・メディアであることを確認する。

 

どうしよう。そうか、もうそんな時期だったか。どうしよう。こっちの生活に浮かれてたかも。どうしよう。鼻歌なんて歌ってる場合じゃなかったよ。どうしよう。アニメでも寺の前に倒れてたっけ。どうしよう。

 

どうしよう、僕は。

 

 

僕は――――

 

 

「ガッッ………アアアアアアアア!!!」

 

片手が稲妻に貫かれた。

比喩ではない。文字通り煌めいた。

なんか、光った。

 

「あ……うぁ……」

 

あまりの痛みに膝が抜ける。

雨水の流れる地面にベチャッとへたり込む。

手の甲からかすかに肉を焦がす煙りが立つ。

 

 

 

そこに“令呪”が宿っていた。

 

 

 

「なんで………普通の……人間なのに……なんで………ッッ」

 

聖杯に見初められた。

刻印によるお手つきをされた。

 

眼前には寺の御山。

円蔵山の中腹にあるという龍洞と呼ばれる洞窟。

その最奥に奉られた大聖杯。

 

まさか。

今もあそこから、僕を睥睨しているのか?

 

ブルブル震えながら見返しても、あるのはただ生い茂っている雑木林だけ。

 

 

「ははっ…………」

 

ゆらりと天を仰いだ。

闇空から雨が堕ちてくる。どこまでも、どこまでも、………

 

「あ〜………参ったな」

 

まさか葛木先生に言った当日にこうなるなんて。

 

「ホント………偶然ってコワい」

 

僕は傘をさすことも忘れて降り注ぐ雨粒に打たれながら、力無く首を落としたのだった。

 

 

 

第四話

成人日和――子供騙しが終わる日

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