1/13夜
柳洞寺の麓。
長い長い石段を前にして一人の名も無き一般人が決意をする。
「キャスターのサーヴァント、コルキスの王女メディアか。こーゆー時アニメなら文字通りお姫さま抱っこでもしていくんだろうけど………」
なにせ一般人だ。普通はそんなんで長い階段は上っていけない。はじめから気を失ってる相手にオンブも難しい。
「……しょっと!」
不格好だが肩に担いで行くことにした。
傘なんてとうに放り捨てた。あ、店のだけど。
雨の冷たい感触にさらされて、彼女を片側に担いで階段を登り出した。
女性と言えど人を一人を担いでちょっとした小山を登るのだ。
それが一種の苦行か試練のようで。
聖杯(本物)を遺した神の子もゴルゴダの丘へ十字架を持っていく時、こんな感じだったのかな……?
「……ふー、ふー……」
小さく息継ぎしながら、慎重に登る。雨で滑りやすくなっているのだ。担ぐ肩のスペースをあけるため首を斜めにしながらバランスも取らねばならない。
グラッ、と崩れかけ
あ、ヤベ!
倒れまいと、踏ん張ったらとっさに彼女のお尻か太ももを掴んでしまった。モニュッとした感覚だった。
だが、事態も事態なのでいやらしいとか言ってられない。
気を失った人を一人運ぶだけでもこんなに大変なのか……!
まんま大きな荷物だ。しかも生物(なまもの)なので急がないと駄目になる。
自分は宅急便だ。魔女の宅急便。
あ〜また変な事考えちゃってるよ。
そうこうする内になんとか頂上までたどり着いた。
「ふぅ〜っ、ふぅ〜っ」
もう息切れ寸前だが大丈夫。あとは山門を潜るだけ。
だが、潜ろうとして山門の境目にフード女性の体が触れたところで見えない抵抗に合う。
厚い厚い、空気や水の層がある感じ。
け、結界!?
「……いや、違うっ!」
fateの知識だと、ここは龍脈の通り道だから結界の唯一の抜け穴なのだ。
あれか、この抵抗は龍脈の気流によって生じている隙間風みたいなあれか?
僕に害は一切ないが、こちらのキャスターさんだけはひっかかる。
だが、この正門がこれだけキツいなら、他の場所はきっともっと駄目だ。
センチ単位で少しずつ少しずつ侵入する。彼女にどれだけ負担がかかっているかはわからないけど、できるだけ気を使いながら進む。
「ぐ、ふっ…………とっとっと」
なんとかくぐり抜けたはいいが、
ズボッ!
ああ、今度は彼女の靴が脱げた!片方!
門外に転がる。
何やってんだ僕ぅ!
「はあ、はあ……くそっ」
また結界の外に出るのは手間だ。山門内の脇から手を伸ばして………ダメだ、届かない!
行儀悪いが足をソ〜ッと伸ばしてなんとか引っかけて取った。
綺麗な靴だが表面に泥がついちゃった。僕のズボンでサッサッサッと拭き取ったのだった。
さて、ようやく境内だが立ち往生になる。
雨音と夜中ということもあって人が来る気配はない。誰か人を呼ぼうかとも思ったが、それもまずいな。いないならそれにこしたことはない。
どしようかと悩みかけた矢先―――
「何をしている」
「ヴェ!?」
「後ろだ」
メディアさんを担いだままヨタヨタと振り替えると、
「葛木先生………」
彼はやや湿気ってそうなスーツ姿で傘をさしていた。僕とタッチの差で帰ってきたようだ。
片手には僕がさっき捨てちゃったビニール傘もある。拾っておいてくれたのか。
状況を口早に説明しながら、ひとまず僕や葛木先生が住まわせて貰っている離れの建物に向かった。
メディアさんを僕の部屋の前の縁側におろす。
気絶している彼女を丁寧に寝かせるため、先生にも手伝ってもらった。
ハアハアと息をつく僕とは対照的に息切れ一つない葛木先生。
彼は人差し指と中指だけを立てて、メディアさんの首筋にをピトッと当てる。
「脈は正常か」
僕と彼女を一瞥し、
「君が保護するという話だったな。しばし待て。なにか体を拭くものを持ってこよう」
僕が頷くと、床板を滑るように早く、浴室の着替え場へと向かってくれた。
ロッカーや棚にタオルとか常備くらいされてるので、それを取りに行ってくれたのだろう。
待つ僕はこっそりメディアさんのフードを剥いだ。
彼女の閉じたまぶた。まつげについた水滴をそっと拭った。
ホッペタにも手を添える。やや、青白い肌だが質感はある。
「こうしてみると、人間と変わらないな……」
だが、少なくとも外見からでもわかる人外の証が二つ。
先の尖った両耳。エルフイヤーズ。
やや強めに引っ張っても、
「本物だ……」
とれない。やはり付け耳ではない。
僕は気を失ってる女性の顔をペタペタ触ったことが後ろめたくてフードをかけ直した。
「待たせた」
肩がビクッとなった。
葛木先生だ。
雨の雑音があるとはいえ、音もなく背後に戻ってこられるとは流石だ。
「こんなものしかなかったが」
先生の腕にあるのは何枚もの手ぬぐい。
温泉旅館にあるような渋いアレだ。
文句など言ってられない。礼を言い、受け取ってメディアさんを振り返ったところで、その肌に張り付くビショビショの服を思い出す。
「まずは、君の部屋に運んでその服を脱がせよう」
「え、やっぱり服脱がせるんですか!?」
今更驚く僕に、
「このままでは体温低下で衰弱死する恐れもある」
「…………」
情けない瞳で葛木先生に期待すると、
「わたしにやってもらいたいのか……?」
その言葉で逆に自分の無責任さを感じた。
先生は責めてなどいない。ただ聞いただけ。
だからこそだ。
元のfateのお話はともかく、今この倒れている彼女をワザワザここまで運んできたのは、紛れもない僕なのだ。
「……いえ」
メディアさんから葛木先生に視線を戻し、
「ここからは僕がやります……!」
「そうか」
「ここまでありがとうございました」
「うむ」
葛木先生は何事もなかったかのように去っていった。僕もすぐにメディアさんを抱えて部屋に入った。
彼女を跨いで手を伸ばし、手ぬぐいも部屋に放り込む。
障子を締めるときに、縁側のさっきまで彼女を寝かせていた部分が跡になって湿っていた。
あら、小さいお尻。
石段にも二人分の靴がある。
普段置いてる僕のスニーカーにくわえ、メディアさんのあの…………靴だ。
彼女が確かにここに存在する証。
「…………」
一瞥してからピシッと素早く障子を締めた。
さて正味、内心ブルブルだが気を引き締める。
まずはローブ!
ローブ?
うん、この外套っぽいの。とにかく。
魔術礼装のはずだが普通に脱がせられた。契約者もおらずに実体化状態だったから問題ないのかな?
洗濯機でまわすのは………マズいよなあ。
押し入れにあったハンガーを使い、壁際にかける。
土製の壁に濡れたものかけてシミになるかな?いや、そんなこと言ってられんよね。
次はインナー(中の肌着)!
インナー?とにかく青紫のちょっとおしゃれなの。
これ、ちょう……これ………胸元の部分とかどうなってんだ?どやって脱がすんだ。
後ろから周り込む。
あ、リボン。これか。
四苦八苦しながら脱がす。
彼女の裸体を見ないように、脱がしたはしから手ぬぐいで隠しながら拭く。
まっさらな背中の肌は見てしまったけど恥部は決して見てない!決して見てないぞぅ!
しかし背中マジで綺麗だな。
昔、母ちゃんの背中拭いてやった時と全然違うぞ。あの幼き日のウェットティッシュで拭いてやったなんかヌットリした背中とはなんもかも、違う。
ちなみに全部、心の声です。
「…………っ」
はあ……なにやってんだろうな僕。
気を失って濡れそぼった超絶美女を必死になって脱がせて拭いて………
ひどく場違いな気がしてきたぞ。
このあと、目覚めるだろう彼女と話し合いなんかする余力あるかな?精神的に。ホントに魔法みたいにチチンプイプイでなんでも出来たらいいのに。
いや、介護ってのは大変なんだ。
アニメとかみたいなお色気ウッフンな気分なんかに全然ならねーよ。
でも一番の難関はこれで突破した。
あとは布団を引いて………
あ、ヤベェ!
ストーブ付けるんすっかり忘れてた!
どうりで身も心も寒かったはずだ。
冬なので暖房器具もちゃんと自分用に貸し与えてもらってたのだ。
慌ててスイッチを入れて、普段は遠慮して使ってなかった『最大』の位置までひねる。
今夜くらいいいよね?
ああ、これももしかしたら衛宮くんが直してくれたものだったりするのかなあ。
改めて布団も取り出し、メディアさんのすぐ横に敷く。
彼女を手ぬぐいで覆ったまま布団に移し、掛け布団もかける。
そっちにストーブも向けたところで、
「あ………」
また妙案にいたる。
早く彼女の身体を暖めるためには、直接ストーブに照らしたまま腕や足をサスってあげたりした方がいいだろうか?
まあでも女性だしな。
そこまでするのは、やり過ぎかな。
ま、英霊だし常人に比べれば丈夫で、この寺にいれば勝手に回復するだろ。
いや、やっぱり………
かけ布団をかぶせようとした最後の心のひっかかり。
いや、やっぱり弱ってるし。実際ねぇ?
魔術以外のことで一般人の僕に出来ることならなんでもやるべきなんじゃ………
「…………」
相変わらず魔力回復した兆しを見せず、身じろぎ一つしてくれない眠り姫。
それが決め手になった。
「仕方ない、か。ええ〜いままよ……ッ!」
彼女の細いふくらはぎをとって………ってホントに細っ!そして軽っ!
モデルさんの足てこんな感じなのかなあと脳裏で思いながら、
「よっと……フッ……フッ……フッ……フッ……」
規則正しく息継ぎをしながら、メディアさんの片足を支え浮かせてサスっていく。
ストーブも出来るだけ近づけた。
直接サスって確かめているので近づけすぎて肌が低温火傷しないように配慮はできている。
コードの長さによる稼働範囲が限られてるので、自分やメディアさんの布団の位置を変えながら彼女の手足を4つとも均等にサスり続けた。
もちろんその全てがスベスベ肌触りだった。いやらしい意味はないですよ?ええ。
「……フッ……フッ………ハッ……ハッ……」
何往復かして、流石にもう堪能£#%¢&………もとい疲労してきた。
寒いのを暖める目的だったけど、こっちはむしろ暑くなってアブラ汗が滲み出てきてるよ。
その汗を反射的にそこらへんにあった、さっきメディアさんを拭いた手ぬぐいの一枚で拭った。だから変な意味じゃないって。ただ汗くために顔面に押し付けてゴシゴシしただけだよ。
なんだよ、べつに布と雨水の香りしかしなかったよ!
「ふぅ〜〜っ……」
浅い息継ぎをしていたので久しぶりにちゃんと息をつく。
改めて様子を確認するため彼女の身体の中心、お腹を触ってから体温を計ろう。
その手を伸ばした時に、心臓からの大きすぎず小さすぎずのフクヨカな胸に目がいった刹那だけは、正直下心を想像したかもしんない。ゴメンナサイ。
まあこれも意図したことじゃないから。偶然からきた必然ですよね。
そこまでの言い訳を手を伸ばすほんの2.75秒の間にこなして、僕の指は晴れてメディアさんのわき腹にピトッとたどり着いた。
「…………」
指先に神経を集中させ、より感じるために、僅かなりに撫で回す。
「………へへっ」
僕は本心から暖かい気持ちになった。マジで本心からね。マジで。
だって彼女のお腹もまた暖まっていたからだ。
全身ごと冷えていたメディアさんだけど、ちゃんと効果はあったんだ。
僕はこんどこそ、彼女の身を隠すための手ぬぐいの乱れや、ズレちゃっていた布団の位置も整えてから、かけ布団をかけ、ストーブを寄り添わせたのだった。
「……あ」
ハンガーにかけていたメディアさんの魔術礼装のすそから水滴がポトポト落ち、畳を湿らせていたのに気づいたのはすぐ後のことだ。
第五話 雨月ノ夜、それは青春期的観点からの洞察