名も無き一般人のフェイト   作:ハッシーツヴァイ

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夜なべなべ

 

 

「あぁ、着替えられたんですね」

 

 

 

部屋に戻るとメディアさんがいつもの格好に戻っていた。上着ローブの『灰かぶりの花嫁』も着ているが、フードまでは被っていない。

 

「ローブまだ渇いてなかったと思うんですけど、魔術で……?」

 

「ええ。身嗜みは女の基本よ」

 

脱いだテヌグイも綺麗にまとめて折りたたまれていた。なんだかんだで、こーゆーとこはちゃんとした人なんだろうな。

 

「じゃあ話の続きといきましょうか」

 

「わたくしと組んで聖杯に復讐………もとい、破壊しようというところからでしたかしら」

 

「だから違いますって!」

 

「フフッ冗談よ」

 

目が笑ってません。

 

「ならば教えなさい。貴方の知っているコト。いい加減、焦れったいわ。あまり女を待たせるべきではなくてよ?殿方」

 

ハハッ。やはり僕の年じゃあボウヤ扱いはせず、大人の男としては扱ってくれるのね。まあこんな綺麗なお姉さんならボウヤ呼びも嫌じゃないけど。

 

イカンイカン。

僕は咳払いをする。

 

どこから話したものか。

自分で前々から想定していたこと。それは彼女相手に嘘や隠し事はまず不可能であろうこと。

“最初”から打ち明けて、その上で協力してもらうほかない。

 

 

 

「―――『フェイトステイナイト』―――という物語がありましてね」

 

僕はまずノベルゲームという概念をこの神話の英霊様に理解してもらうよう説明した。

 

「現代のテレビゲームの一種と捉えていいのかしら?それが一体なんなのです?」

 

メディアさんは噛み砕けないクルミを口に残してしまっているように歯がゆいのだろう。

 

「いやこれが大人気になりまして。最初はPCゲームから始まったのが、おっしゃるとおり、テレビのアニメやゲーム、映画にもなりましたし。その本作にかぎらず、番外編(スピンオフ)も続々と尽きることなく……」

 

ボルテージが上がっていく。いよいよ引き返せないと自覚しつつも自分ではもう止められない。

 

 

 

「まさにメディアミックス状態ですよ」

 

 

 

「…………」

 

「メディアミックスね」

 

ジェスチャーの手をガッガッとかざして、しつこいくらいに強調して、

 

「“メディア”ミックスッ!」

 

「……何が言いたいの」

 

「何故、貴女の真名を知ってるかって?アハハハハッそんな恐い顔しないでくださいよ!僕はねぇ〜ただ聖杯戦争のことをおとぎ話として知ってるだけなんですからあああっ……!!」

 

ぃよし、言い切った!

はい、ノドかさかさ!

熱い湯のみを景気よく飲む!

ゴクゴク!

 

 

後は勢いだった。

バラバラになりそうな知識の箱を一つ一つ組み分けて開けるようにしながら、なんとか語り続けた。

フェイトというあらすじを。

 

 

 

「…………」

 

一段落して沈黙が降りる。

雨音はかすか。小雨になってきたのかな。あぁ、明日は晴れるといいなあ。

なんて。

 

「……それで。貴方からすればまるで物語の世界に迷い込んでしまったような感覚なのですね」

 

「はぃ………っ」

 

「ふ〜ん………」

 

メディアさんはどうでもよさそうに微睡んだ視線を浮かべる。

 

「確かに考えてみれば聖杯戦争というのは、どこぞの世界でおとぎ話になってもおかしくないくらいに劇場的産物ではあるわね」

 

 

「でも、今いるこの世界をゲームなどというつもりは毛頭ありません!現実として受けとめています。メディアさんたちのことも所詮フィックションの登場人物だなんて侮蔑するつもりは一切ありませんよ!」

 

「そう」

 

彼女の様子に変化はない。巧妙に感情を隠しているだけかもしれないが。

 

そもそもに彼女は神話の人物。自分が勝手にフィックションの住人として語り継がれているという感覚はよくわかっているものなのかもしれない。

 

なんにせよ、僕に出来るのはただ誠実に話すのみ。

己のことを含めて。

 

「……ただ、アニメやゲームうんぬんは置いておいて、この状況も何かによる作為的なモノなのではないかと疑ってはいます」

 

袖まくりして、

 

「これをご覧くださいよ、これ」

 

異質なカサブタのごとく赤々と色めく令呪を示す。

 

「これ、ついさっきイキナリ現れたんですよ?それまで手の甲には兆候になるような痛みや傷もなかったのに。僕が貴女を発見してからすぐにジュワッと焼き付いて」

 

この畳の下、寺の敷居の地面、そのさらに下。

御山の中を想像し、

 

「まるで大聖杯が待ってましたと言わんばかりのタイミングでね……!」

 

 

「……いいかしら」

 

「えっ……?」

 

ずっと聞き手受け身だったメディアさんの初めて行動。

まさかルールブレイカーでブスッと!?

内心ヒヤヒヤしたが、されたのはただの触診だった。

 

メディアさんは僕の手の甲を覗き込み、垂れた髪を耳にまわす。上品な色気のある女らしい仕草。あ、でもこーゆー時、長くトンガリなエルフ耳って便利だな。

 

そんなどーでもいいこと考えていくうちにも、彼女の指が丁寧に赤い刻印を撫であげていく。

ちなみにグローブはしてない。素手だ。

 

 

(おぅふ!

ダメだぞ、今ムラムラするのは絶対にダメだぞ!)

 

 

冷静さを崩さないよう、つとめる。

もちろんさっきまでとくに隠してもいなかった令呪の存在はメディアさんも周知なところのはずなのだが。

 

 

「なにか気になる点でも……?」

 

「いいえ、気のせいでしょう」

 

 

彼女はこちらを貫くような真剣な瞳で、

 

「これは正真正銘、本物の令呪ね。一般人の貴方にとっては良くも悪くも」

 

メディアさんはようやく茶を一口飲み、湯のみをそばにおいた。

 

僕は手をグッパ、グッパと広げたり閉じたりして、自分でも調子をみる。

 

「なんなら………この令呪、貴女に差し上げることも検討しますよ」

 

「ハ?……なにを……」

 

「使い方次第では一画ごとに大魔術一発分にもなるんでしょう?素人の僕があれこれ命令で浪費するよりも貴女の裁量で『ここだ!』という時に使用してくれた方がよっぽど有効活用出来そうだ」

 

「よもや……令呪による契約など要らないということ……!?」

 

お、メディアさん蒼い瞳を丸くしてびっくりしておられる。

 

「もちのろんです!英霊たる貴女ほどの方に協力してもらえるなら契約なんて些細なこと。現世に留まるための依り代としての必要行為ならば、令呪なんて関係ないただの契約でもかまいませんよ。今風にいうとただの名刺交換とかメアド交換みたいな」

 

「…………」

 

「どうでしょう?」

 

ドヤ!

メディアさんはまた口をポカンと開けている。

しかしすぐにその秀麗な唇に余裕を取り戻しては、

 

「まさに魔術にとらわれない一般人ならではの柔軟な見解ねぇ……クスクスッ」

 

「おかしい、ですかね」

 

「フフフッ。可笑しいわね、とっても。アハハハハハハッ!」

 

笑ってるのは……あら、馬鹿にされてる?なんだか陽気な雰囲気ではあるけど。

 

「まさか、こんなマスター候補者がいたなんて………」

 

一通り笑い倒した彼女は薬指で目元を撫でる。笑い涙まで出たらしい。

 

「フフッ……それで先程の誓いもに行き着くというわけね。魔術とは関係のない誓いがどうのと」

 

「ええ、そういうわけになりまして。でもまだ聖杯戦争が開始されるまでには猶予期間があります」

 

知識どおりであるならば約半月。

机の卓上際の壁に貼ったカレンダーをチラッと覗く。

ノートの一枚を千切って日付を書き込んだだけの粗末な手作りだ。

 

「メディアさん。貴女はしょっぱなから酷いマスターに出会い、聖杯戦争自体にきっと失望されていることでしょう。もうサクッと成仏されたいことでしょう!」

 

「成仏ってアナタねえ………」

 

「でもどうか、戦争開始の期限までにもう一度ご再考………考えるだけ考えていただきたいのです!こんなどこの馬の骨とも知れない者の身勝手極まりないお願いですがどうかっ!」

 

 

正座し、畳に頭を落として土下座した。

日本人古来よりの最敬礼。古代のギリシャ人に届きますように。

 

 

「……わかりました。しかと考え、おって解を下すとしましょう」

 

「いたみいります」

 

それで今宵はようやくにして御開きになった。

 

もう午前2時、丑三つ時だ。草木も眠ると同時に魔物が跋扈する刻。

だが、今はまだサーバントの戦いは必要としないんだ。

 

 

 

さて寝ようとして。

僕の布団はさっきメディアさんが使っていた布団であると思い出す。

 

「あ〜どうしましょうかね。貴女の部屋とか布団とかなんも用意してない。なにせ急だったもんで………」

 

「でしたら霊体化して待機しておけば済むことです」

 

「え、未契約でも出来るんですか!?寺の麓で発見した時から実体化されてますけど」

 

「極度に消耗していたから己の意思による状態変化もままならなかったのです。この霊地に降りて数刻。多少魔力も回復し、最低限の事を為すのに問題は無くなりました」

 

お陰様で、と彼女は何気なく付け足してわずかに頭を下げた。

んん?

見落としそうになったが、今のもしや彼女なりのお礼か?

ハハハッ、どうなんかなあ。

 

 

脳も重たくて限界だったので、僕は断ってから布団に入った。

 

メディアさんのニホイが………まあそんなんしたかわかんないけどねえ。気分気分。

 

まぶたを閉じる。

 

「おやすみなさい、英霊様」

 

「おやすみなさい、人の子さん」

 

「………………」

 

「………―――」

 

僕は突如、ガバッと掛け布団から振り返る。

ちょうど下半身から消えてる最中のメディアさんと目があった。

 

「……なにかしら」

 

「……寝顔とか、あんま見ないでくださいね」

 

「見ないわよ」

 

「じゃあお休みなさい」

 

「はいお休みなさい……っ」

 

改めて目をつぶる。

だが妙に緊張して眠れない。英霊っつーか他人がいると意識してしまう。気配なんて感じもしないのにな。一人暮らしの独り睡眠があたり前だったからかなあ?

 

う〜〜〜ん。

しばらくしてやっぱなんか気になってこっそり薄目をあけてみる。

動かず、目線だけでキョロキョロしたが、彼女はもう露と消えていた。

ハハッ。霊体化、お見事で。

 

お見事……………あれ?

まさかホントにいない?

出て行っちゃった!?消えちゃった?

もしや今までのこと全部がユメマボロシだった?

 

か細い小声で、

 

「……メディアさぁ〜ん……?」

 

返事なし。

 

「メディアさん、メディアん!?いる〜〜メディアさん!いるぅ〜うう!?」

 

「はいはい居るわよ!ここにいますわよっ!」

 

壁際にいてすぐに実体化してくれたメディアさん。

 

「よ、良かったあ〜……」

 

「もうっ!他人(ヒト)の真名を連呼しないでちょうだい!」

 

「ヘヘッ、スンマセンお騒がせして。じゃあ今度こそお休みなさい」

 

「ええそうね。“今度こそ”お休みなさい……!」

 

しばらくしてから。

これがホントの最終確認。布団かぶって目も瞑ったまま、

 

「……メディアさ〜ん……いますよね〜……?」

 

「ちゃんと朝まで居ますから。“もう眠りなさいな”」

 

優しい残響のような声。

なんか甘くて濃い花の香りが漂ってきた。

急激に眠気が高まる。

まるで……魔術でも……使われた…ような………う〜ん………むにゃむにゃ…………zzz…………zzz………

 

 

 

第七話 夜なべなべ

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