1.無茶しやがって
第63回戦車道全国高校生大会が終わって、それについてきたゴタゴタもようやく片付き、
また平和が戻ってきた、と皆が思っていた茨城県立大洗女子学園。
『普通Ⅰ科、2年A組、西住ちゃーん。ちゃっちゃと会長室に来てね~。いいものがあるから』
生徒会長、角谷杏お姐さんが、全校放送をジャックして直接お呼び出しです
これでいいことがあると思う方がどうかしてます。まして会長にさんざん酷い目にあわされた
西住みほなら、なおのことです。
「よくきたねー。待ってたよ」
角谷姐さんは、あいかわらず会長席に行儀悪く腰掛けて、河嶋の作った干し芋をほおばって
います。
みほは「あはは……」と愛想笑いを返すことしかできません。
まあ、立ち話も何だからと応接セットに案内され、差し向かいで座ると、角谷姐さんはみほに
封筒に入った手紙を渡しました。
果 た し 状
元西住流仮目録位七段 西住みほ殿
貴殿の武名を知るに及び、戦車道なル婦女子の遊技に留め置くこと甚だ遺憾にて候
ついては強襲戦車競技にて貴殿と雌雄を決したく存知奉るもの也
神無月十日、巳三つ時に北富士戦車道演習場にてお待ち申す也
決闘申込如件
無流 つるひめ 花押
「なんなんですか~! これは」
呆れるみほに、角谷は引導を渡します。
「西住ちゃん、野試合とか辻試合は、勝てば相当お金になるらしいから行ってきてよ。
ウチあいかわらず金欠だから。10月10日、午前10時だってさ」
「負けたらどーなるんですか!!」
「なんかねー、チョビ子が金目当てで野試合行ったら、全部むしり取られた上に、
P40差し押さえられたって」
かわいそうな安斎さんは、すでに18になっているので高校生だと言うことを隠して夜のお仕事をして返済しているようです。
「でもさ、この『つるひめ』ってなんなのさ? 西住ちゃん、心当たりある?」
「大三島の女傑の鶴姫なら、でもあれお姉ちゃんが伝説だって言ってたし」
「日本のジャンヌ・ダルクとかでしょ? 本当にいないの?」
「お姉ちゃんと歴史でサシで話ができるのは、コーヒーを泥水というゴミ屋敷の住人だけ
ですから。あ……」
みほのスマホが、メール着信を告げます。
みほはさっそくメールを開けてみました。
「お姉ちゃんからだ、えーと、戦車は用意したよ。
秋山さんとねこちゃんをつれていってください。
ナカジマちゃんには頼んであるからね。みほちゃんならだいじょうぶよ。がんばってね♪
……どうしてお姉ちゃんが知ってるんですか?」
角谷はさらっと答えます。
「そいつがツイッターとかLINEとかで盛大に告知したから。
まあ、まほりんぺんのチョイスならまちがいないでしょ。いってきてね~」
そして角谷姐さんは4人分の往復乗車券を押しつけて、みほを送り出しました。
SNSとかまったくやらないみほが知らないだけだったというお話のようです。
強襲戦車競技、などとごたいそうな名前で呼ばれていますが、要はドリフト兄ちゃんたちが
秋名山あたりで週末の夜にやってることと大して変わりません。当然非公認です。
ただ、参加金がいります、莫大な。勝てば総取りですが、負ければそこを仕切っている
胴元に……
レギュレーションは戦車道で使用できる戦車のうち、10トン以下のものであること。
それだけです。
あとはなんでもありです。
さて、ある意味有名人になってしまった西住殿と秋山殿は、どこかで見たようなビン底渦巻き
眼鏡をかけてやって来ました。なぜか指名されたねこにゃーはとうぜんねこにゃーです。
先に着いたビン底メガネナカジマさんが、届いた戦車を見ています。
「やっぱ、あの人目利きがいいねえ」
ここでもやっぱり秋山殿が一番先に反応します
「T-70M軽戦車ですね。重量はぎりぎり9.8tなのに、砲塔前面60mm、車体前面45mm、
その上主砲は46口径45mm砲で、傾斜装甲でも1,000mで40mm抜けるというバーゲン戦車
ですね」
「猫田さん、つまりどういうことなの?」
実は戦車なんか大嫌いで、どれもこれも同じに見えるみほは、ゲーマーのねこにゃーにざっくりとした解説を求めました。
「……はい、西住さん……。つまり、……ここにいる戦車で、これに勝てるのはいない
ということ、です」
ねこにゃーは眼鏡かけているときの、実に自信なさげな受け答えをします。
みほは一応戦車を検分して、妙なことに気がつきました。
「これ、ナカジマさん。2人乗りですよね。なんで3人?」
「ああ、そのうちメールがくるんじゃない?」
言ってる先から、みほのスマホが着信音を鳴らしました。
「やっぱりお姉ちゃんからだ。なに? 秋山さんは力があるから操縦手、ねこちゃんは砲手、
でもメガネは取ってあげてね。
みほちゃんは側面装甲に掛けてある薙刀とってタンクデサントしてね。
お姉ちゃんは出稼ぎ頑張ってます。チャオ……ってなんなのよ薙刀とか」
「さあ西住さん、もう行きましょう。時間ですわ」
そこには、メガネを取って背筋を伸ばし、少し憂いを感じるような睫毛の長い、流し目の視線を向けてくるねこにゃーがいました。
「いつまでたっても慣れないわ……」と思うみほでした。
そうこうして、T-70Mが試合会場に着くと、そこは阿鼻叫喚の巷と化していました。
ボンブルとかヴィシー、もといBC自由とか、お前らいたの的な小物連中の戦車が、たった1輌の戦車に「火祭り」にされてます。
「ほえー、さすが地下試合ですねえ。みんなエンジンルームから盛大に火を噴いていますね」
「西住さん、やったのはあの1輌かしら」
ねこにゃーの言うとおり、そこにいる戦車で無事なのは1輌だけ。なんかギャラリーたちまで
盛大になぎ倒されてます。ちなみにここには救急車は、運が良ければ1時間で来ます。
おそらくみほを名指しして来たであろう相手の戦車、いやテケ車という旧軍のカテゴリーでさえ戦車じゃない装軌軽装甲車。そこから女性の声がします。
「ふふふ、案ずるな。峰打ちじゃ」
見るとしかばねよろしく転がっている戦車どもは、すべてエンジンルームに砲弾が貫徹した穴があいています。
「強襲戦車競技は何でもありじゃからのう。火炎瓶でも手榴弾でも。
ほれ、そこらに本物の対戦車地雷が埋まってるかもしれぬぞえ。
なお、本車の弾頭は「通常」である」
そういいながら姿を見せた女、というより子どもでしょうか、井桁絣の着物を着て、頭にはかんざし1本、そしてヘアスタイルはおかっぱの河童ハゲ!
「つ、通常って実弾のこと?」
みほは信じられないという表情です。なにしろ戦車道で使われるのは貫徹力のない模擬弾
ですから。
いや、そういうことする奴がまだいたのかという気持ちですが。
「あのひと! わ、私知ってます……つる姫です……」
ねこにゃーは彼女を知っているようです。
「猫田殿には見覚えがあるのでございますか?」
秋山殿は小林源文氏の劇画か、こち亀ぐらいしか漫画は読んでなさそうです。
ねこにゃーの説明は、あきれるしかないものでした。
「つる姫、それはかつて「週マ」で、ベルばらのオスカル、エースをねらえの岡ひろみと
人気を三分したという伝説のヒロインです。6年以上も連載が続き、
90年代にアニメ化されたときは、日テレで4クールも午後5時枠で放送されました」
「じゃあ、深夜アニメで1クールの私たちじゃ勝負にならないね。帰ろうか優花里さん」
と、みほが帰ってコーヒーでも飲むかと思ったとき、またスマホにお姉ちゃんからメールです。
「なによ、……追伸 この戦車の砲弾も実弾である。さっさと殺れ。……?
あ、会長からのメールのBCCだ。――負けると違約金(自粛)円なのでよろしく。って何よ!」
もうやけくそです。こんくそガキャー、バラしたるわ!どうせ向こうの37mmじゃこっちの正面抜けんたい!とみほが叫ぼうとしたとき、ぶーんと音を立てて鏑矢が飛んで、T-70Mの主砲の中に飛び込みました。つる姫が弓を構えています。
「弓は、武器ぞ。その戦車、そのまま撃つと腔発じゃ。
見ればそなた、薙刀なぞ構えておるではないか」
主砲を撃つと暴発するぞというのです。ならば斬り合いでもしようというのでしょうか。
つる姫は弓を放り投げると、背中の太刀の柄に手を掛けました。
「この真柄直隆が得物と伝わる五尺八寸の「太郎太刀」でお相手つかまつろう。
いざ、わらわと一戦交えようぞ、西住の将よ」
つる姫は西住流が戦車だけでなく、弓や薙刀による馬上戦闘の流派であることも知っている
ようです。
「せからしか、あたがどぎゃんなってもウチは知らん! 優花里さん! ぱんつぁーふぉー」
全速で向かい合い突撃する2台の戦車。つる姫がみほの薙刀の間合いに入ろうとしたとき、
それは突然起きました。
カチ! と何かが作動。
そして巨大な火柱が天に向かって伸びていきます……
それから数日がたちました。
そんなわけで今、みほたち3人は包帯ぐるぐる巻きにされて、病院のベッドに横たわって
います。
つる姫の言ったことは本当でした。
どこかの弱小校が一発逆転を狙って、対戦車地雷を3段重ねで埋めるという無茶をしていた
のです。
戦車はどちらも全損でした。
これをやられると、M1エイブラムズでさえスクラップになるのですから。
みほたちが連れ出されたときは、つる姫の姿はどこにもなかったそうです。合掌
しばらくすると、角谷がシクラメンの鉢植えを持って、「Johnny I Hardly Knew Ye」というアイルランドの歌を歌いながらお見舞いに来ました。
「……会長~。何の嫌がらせですか? 私はせいぜい全治1週間です」
「いやー、西住ちゃんも言うようになったねえ。というかタフだねえ」
「会長、それは「ジョニーが凱旋するとき」ですよね」
秋山殿は勘違いしてます。メロディーが同じでも別な歌です。
「猫田、ハッチから放り出されたあんたが一番軽症でよかったね」
「それでも退院まで3週間と言われましたー。やっぱり鍛え方が違うんでしょうか」
当然です。そもそもまほお姉ちゃんならかすり傷一つないでしょう。
それよりみほは一番気になることがあります。
「会長、結局参加者全滅で、精算はどうなったんですか? 私にはあんな大金払えません……」
今日の角谷はそれを説明するために来たようなものです。
「西住ちゃんには黙ってて悪かったけど、君たちと戦車に保険掛けておいてね、高い奴。
その払い戻しが今日あったから、十分儲かったよ」
「じゃあこうなるのも見越していたと言うんですかぁ!!」
「いや、それは想定外。あくまで野良戦車道だと思ってたからね。
こんな物騒なイベントだと知ってたら、果たし状やぶいて捨ててたよ。
あとかいざーがシャーマンの権利1,000台ぐらい押さえておけっていうから
廃校覚悟でぶちこんだら、今度の戦車道ルール改正に台数換算のルールが加わったから、
問い合わせがひっきりなしでねえ。 ジャンボなんか頑丈な上に40t切ってるから
もう大人気で、仕入れの50倍ぐらい吹っかけても売れるからね」
要するに、手下のヤミトレーダーと大バクチに出たら百万馬券になったと言うことのようです。戦車道の費用もこうやってまかなっていたのは一応秘密です。
みほは、このルール改正、絶対角谷が何か裏で計略を巡らしたと信じています。
たしかに環境は整っていましたが、たとえ世界が相手でも、そーゆーことをやらかすのが
角谷です。
とはいえ、お姉ちゃんと和解できたのは角谷の配慮のおかげでもありますので、みほとしては
複雑な心境です。
その頃、某県温泉地、山中の大邸宅にて。
「ここの主が、強襲戦車競技の胴元どもの元締めだというのは本当か? 鶴姫よ」
広い廊下を大小二つの人影が、手に得物を携えて歩いて行く。
屋敷を警護していたはずの男どもは、すでに全員倒れ伏して動かない。
「そうじゃ、つる姫。学園艦全生徒会の事実上の総裁と言われたお方の情報じゃ」
「では、その元締めを倒して、我らがそやつに取って代わるというのじゃな」
「つる姫よ、そなたよかったな。そのお方はそなたのしでかしたことに大層ご立腹じゃったが、
ここの主がそなたを亡き者にしようとしているのを察知して、我らに反撃の機会をくださった。
それで水に流すそうじゃ」
誰のことか、言うまでもないだろう。
「風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還」
「では、ワルシャワ労働歌でも歌いながら、いざ進まん」
そして2人は、巨大で重厚な扉を押し開く。
その扉の上のプレートには「影の総理」という最悪の冗談が書かれていた。
-こんな鶴姫はいやじゃー!- 永遠に未完