大帝国~Restruct~   作:アギナルド

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第一話 胎動 ~御前会議~

 

 

日本帝国 帝都東京

海軍軍令部

 

海軍の上級将校達が詰める、庁舎の一室。

その部屋の中央に置かれた机に腰を掛けた男性がいた。その顔は彫りが深く、精悍な顔立ちであり、座っている姿からさえ威厳が感じられる。誰もが一目で並みの人物ではないことが分かる。

 

そう、この男こそ、現日本帝国海軍の長、海軍長官 前倉 修三郎である。

 

温厚な人物として有名で、いつ何時も落ち着きをはらっていると評判の前倉だが、今、その表情はいつもにもまして険しく、眉間には深く皺が刻まれている。その姿は何かを思案しているようで、時折、頭を抱えるような動作をしているようでその悩みようは甚だしい。

 

そして手元の紙に何かを書いては、違う、というように首を振ってグシャグシャに丸めて捨てる。何度かそんなことをした後、疲れはてたかのように椅子の背もたれに体重を預け、前倉は天井を仰いだ。

 

前倉がここまで、頭を痛めている原因、それは今朝行われた御前会議にあった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“御前会議”、それは日本帝国の象徴にして絶対的権力者、”帝(みかど)”のもとで開かれる会議である。

その会議を構成するのは、内務、外務、陸軍、海軍のそれぞれを司る四大長官。まさに日本帝国の最高指導者たちが一同に集まっており、ここで国の行く末が決められているといって過言ではない。

 

通常、御前会議は帝の召集により開催されるのだが、それ以外にも内外陸海、四人の長官の内二人が連名で帝に召集を上奏して開かれることもある。

 

今日の会議はおそらく後述のパターンだろう。定例の会議はつい三日前に開かれたばかりであり、この会議は昨晩急に伝えられたものであった。

それが意味するところは、何かしら緊急性を要する事態が発生したということである。

 

そう考えると、御所の前に来た前倉も気が引き締めて、中へと入っていった。

 

会議の場に入る際、会議の予定時刻までは三十分以上あるため、まだ誰も来てはいないだろうと思っていた前倉であったが、どうやら先客がいたようだ。

 

その人物は既に所定の位置につき、まだ朝も早いというのに引き締まった真剣な面持ちで静かに畳の上で正座していた。

 

こちらが気付いたのとほぼ同時に、向こうも前倉に気付いた様子で少しこちらに顔を向ける。

 

「おはようございます、前倉殿。 随分と早くおみえですね」

 

「おはよう、山下長官。早いというなら君こそもっと早いじゃないか」

 

凛とした声で挨拶した女性、シワ一つない軍服に身を包んだ彼女は、陸軍長官の山下 利古里(やました りこり)である。まだ三十にも届かないほど若く、艶やかな黒髪と少しつり上がった澄んだ瞳を持つ彼女は、京の芸者にも劣らないほど美しいが、その美貌とは裏腹に、規律には厳しい方である前倉からしても、堅物と思わせるほど人物で、彼女が陸軍長官に就任してから陸軍内における規律違反が三分の一にまで減ったとも言われているのだからすさまじい。また、彼女の実家は生粋の陸軍軍人一家であるとこれば、その厳しさは折り紙つきだ。

 

「いえ、今日の会議は私と宇垣殿の要望で開かせていただいたものですので、私が早く来るのは当然のことです」

 

「ほぅ、今日の会議は山下長官と宇垣長官の発願でしたか」

 

キッパリと言い切る山下に、前倉は納得したように頷く。

 

 

ちなみに今の二人の言葉に出てきた”宇垣(うがき)“というのは現外務長官の宇垣さくらのことである。

 

 

そして前倉も自分の席、山下の正面に座り、手持ちぶさたにしばし二人で他愛もない世間話に興じた。

 

だが、日本において陸軍と海軍というのはその大きくその性質を異にするので、互いにあまりいい印象を持ってはいない。だから、その二つの組織の長官同士ともなればお互い嫌悪を剥き出しにするようにも思われがちだが、意外にもこの二人の関係は、現に世間話等をしていることからも分かるように良好であった。

 

 

なぜなら、山下からすれば前倉は自分が到底及ばないほどの戦場を経験した歴戦の猛者であり、畑は違えども尊敬できる人にちがいない。同時に、前倉からしても山下はこの若さで陸軍長官に抜擢されるに見合う才能を備えた人物であり、その自らを厳しく律するその為人は好印象である。

互いに認めあい、一定の敬意すら抱いている二人にとって陸か海かの差異など、到底相手を忌避する原因になどなりえなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そんな具合でとりとめもなく話していた前倉と山下であったが、

 

「おや、もうお二人ともお揃いですか」

 

と、入り口の方から聞こえた声により会話は中断された。

 

見るまでもなく誰が入ってきたのかは明らかだが山下、前倉は共に視線を声のする方へ向ける。

そこにいるのは予想に違うことなく、外務長官、宇垣さくらであった。

 

 

きれいに剃りあげられた頭、鼻下にあるアルファベットのW型の立派なひげ、そして丸い眼鏡の奥に鋭い眼光を放つ切れ長の瞳を備えた人物、それが宇垣さくらである。

ちなみに”さくら”というかわいらしい名前だが勿論、性別は男である。

 

「……宇垣殿、いささか遅くはありませぬか?」

 

「いや~、今朝はこの髭

なかなか上手く整いませんくてな、少々遅れもうした」

 

咎めるように言う山下に対して宇垣は朗らかに笑いながらそういって、髭の端を少しつまんでみせる。

常人なら、刃物のように研ぎ澄まされた山下に睨まれただけで萎縮してしまうのだが、宇垣は柳の如く平然としており、流石は長官と言うべきである。

 

「そうですか、では私の刀でその髭を切り落とせば、もっと早く来ることもできましょうな」

 

全く応える様子のない宇垣に山下はムッと口を歪め、スチャリ、と腰にかける。

 

「はっは、遠慮させていただきしょう」

 

それでも宇垣は動じない。もう一度カラカラと笑うとそのまま自分の席に腰を下ろした。

 

そもそも、この宇垣は元は陸軍の出身で長官を務めていたという経歴を持っている。そして陸軍の軍人だった山下の親もよく知っており、幼かった山下自身と何度かあったこともある。

 

だから、宇垣にとってすれば山下は”やんちゃな娘“でいかないのだ。勿論、本人対してそんなことは言わないが。

 

「そもそも、今日の会議はあなたの発願でもあるでしょうが……」

 

「まぁまぁ、山下長官。そろそろ帝がいらっしゃりますし今日のところはその辺にしておきましょう」

 

小さく小言をもらす山下を前倉が宥める。山下は落ち着いたように、はいと返事をすると居直した。

 

 

 

それからまもなく、

 

「ぱんぱかぱーん!御前会議をはーじめるよー」

 

突如として会議場奥の扉が開かれた、そこから一人の少女が飛び出してきた。

高らかに、何処かはずれたような調子で歌いながら入って来たその少女を見て、三人の長官は三者三様であった。一人は苦笑い、一人は困ったように手を額に当て、一人はオオッとこぼしそれを凝視した。

誰が誰かは言わずもがなである。

 

「あれ?すべった?」

 

期待した反応がなかったからであろう、その少女ーー帝(みかど)は小さく首を傾げる。

 

「いえいえ流石は帝、素晴らしい入場でございましたぞ!」

 

「ほんと?よかった。そういう宇垣も今日は一段と髭が決まってますねー」

 

「オオッ、わかりますか!?いやはや、苦労してセットしたかいがありましたよ」

 

「ええ、本当に全部剃ってしまいたいほどですよ」

 

「へっ?いまなんと?」

 

さらりと毒をはく帝と呆けた声を出す宇垣。

 

なんでもありませんよ~、と帝はごまかすと所定の位置、上座へと腰掛け佇まい正した。

 

ただそれだけで、場の空気は一気に引き締まり、まさにこれから始まる御前会議に臨む体制が整った。

 

 

 

 

このまだ年端もいかない少女は、日本帝国の総帥“帝”である。その権力は軍の統帥から内政まであらゆることに及び、その大きさは他国、ガメリカの大統領やエイリスの女王よりも大きい。

“帝とは神聖にして侵すべからず“これは日本人ならだれでが持っている認識である。

 

それほど大きな権力をもつ帝だが、日本帝国でそれの決定方法は異質だ。世襲でも選挙でもない。

それは日本にいる神、通称柴神様によって選ばれることで決定する。日本帝国建国以来、この仕組みは変わっていない。そして神様である柴神様の選ぶ人選に間違いはなく、これまでの史上で一度たりともこの日本において“暴君”と呼ばれるような帝はうまれてこなかった。故に日本とは帝と共に歩んできたとも言える。

 

そして帝に選ばれるのは必ず

うら若き少女であった。これにはある理由があるのだが、ここでは割愛させてもらおう。

 

というわけで、この少女が帝になったのだ。

入場時のハイテンションな様子と代わり、席に腰掛けたその姿は美しく威厳に満ちた気品があり、帝というに相応しい姿であった。

切り揃えられた短めの黒髪の下で辺りを見渡す赤い瞳は清流のように澄んでおり、この少女の心をも表しているようだった。

 

 

 

 

「あれ三人?……猫平内務長官はどうしたのですか?」

 

「はっ、おたふく風邪にかかったため欠席すると連絡を受けております」

 

三人の顔を見た後、帝がした質問に恭しく山下が答える。

四大長官の一人、内務長官猫平は欠席のためこの場には外陸海の三人の長官しかいない。

 

「そうですか、なら仕方ありませんね。皆さんも体調には十分に気を付けてください」

 

「はっ」

 

少し残念そうに帝がいい、三人は短く返事をする。

既にこの場に少し前までの和んだ雰囲気はなく、厳粛な空気が支配していた。

宇垣の顔も先程とは別人かのように今は真剣そのものであり、山下と前倉も同様である。

 

 

「さて、今日は朝から集まってくれてありがとうございます。これから御前会議を始めます」

 

そしてそんな空気の中、帝の宣言により御前会議が開かれた。

 

「では、まず宇垣外務長官のほうから報告をお願いします」

 

「承知いたしました。では、私ほうからは現在進行中の対ガメリカ交渉について報告とこの場で審議したいことがございます……」

 

帝に促されたように宇垣は話始め、ゆっくりと会議は進行していった。

 

 

 

………

 

 

 

 

「…というのがあちら側の要求です」

 

宇垣が話終わる。

前倉はもう一度、話の中で宇垣から配られた資料に目をやる。そこには先日アメリカから日本に出された数項目の要求がかかれている。

 

その内容は、

 

一・中帝国との戦闘を止め、即刻北京星域から撤兵せよ。

二・同星域内における日本の権益を中帝国へと返還せよ。

三・マニラ2000、マイクロネシア両星域における日本の持つ権益を現地民に譲渡せよ。

 

上記は全て太平洋星海域の平和のためのものであり、もし理解が得られない場合は厳しい制裁を加えることも辞さない。

 

 

ちなみに、マニラ2000、マイクロネシアというのは日本の南方にある二つの星域であり、以前は日本が領有していた場所のことである。

しかし一次大戦後、平和のためという口実でガメリカが日本に共同統治を持ちかけて以来、少しずつ支配権を奪われていき、現在では実質ガメリカの植民地となってしまっている星域でもある。

 

 

 

どれも到底のめるものではない。

 

「これは一体なんなのだ?!このような傲慢な要求、断固として拒絶すべきだ!」

 

「山下長官、とりあえず落ち着いてください。しかし、この要求がのめないというのには私も同意です、宇垣長官」

 

山下は手元の資料を床に叩きつけると、声を荒らげていい放つ。そして、前倉も言葉では山下を慰めるように言っているが読んだ感想は概ね同じである。

 

「うむ、やはりそうでしょうな。そもそも此度の中帝国との戦争は彼方から吹っ掛けてきたもの。それに満州における日本の権益は以前ガメリカも承認したはず。

それを今更、返せと言われても到底無理な話ですな。」

 

そして報告をした宇垣自身も二人に追従する。

しかし、とは言うものの、と一度話を切る。

 

「もしここでこの要求を完全に撥ね付ければ、ただでさえ緊迫しているガメリカとの関係はさらに悪化し、最悪の事態になるやもしれませぬ」

 

最悪の事態。

宇垣は言葉を濁したが、要するに戦争である。

 

宇垣が粛々とそう告げたのを受け、前倉はもう一度考え直した。

 

確かにこれらの要求はのみ難いものであるが、今、ガメリカと戦端をひらくのは非常に不味い。

先にもあるように日本は現在、隣の中帝国と長らく交戦状態にある。もし、ガメリカとも戦争を始めれば、日本は左右から挟まれる形になってしまうのだ。

 

 

前倉はチラリと山下の方を見る。

どうやら彼女も、宇垣の言葉を受け、手を顎に添えて今一度考え直しているようだ。

 

彼女も陸軍の長官として、中帝国及びガメリカ共和国を同時に相手取るには現存の兵力では質、量ともに心許ないことは理解しているのだ。

それは前倉の海軍も同様である。

 

 

全てをのむことは出来ない、だが完全に拒絶することもまた不可能。

まさに、にっちもさっちもいかない状況に誰も妙案は浮かんでいないようすで沈黙が続く。この会議の最高決定権を持つ帝も、じっと資料を見つめ、方策を考えているようすだ。

 

 

 

 

会議場には重たい空気が流れ、暫く全員が頭を捻らせていたが、

 

「すみません、一つよろしいでしょうか?」

 

山下によってその空気は破られた。

 

「どうしましたか、山下?」

 

「はっ、今日の会議では私の方からも報告したいことがあります。しかもそれは、宇垣殿の内容と非常に関係が深い事柄ですので、ここで述べてさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「ありがとうございます」

 

帝から発言の許可を得た山下は、一度礼をすると顔をあげて口を開く。

 

「昨日の未明、満州に駐屯する陸軍の守備隊から緊急の報告がありました。それによると哨戒任務に当たっていた部隊が、北京星域の主星北京にある中帝国の軍港に多数の艦船が集結しているのを確認したそうです」

 

「それは……なんともまぁ」

 

前倉は疲れたように呟く。

只でさえ打開策の出ないこの状況で山下の話は更なる追い討ちをかけるものだった。

 

ガメリカに加え、中帝国もこのタイミングで動いてくるとなるとは……。

前倉は口を歪める。

 

「もし、それが本当であるのならばこの件は火急を要しますな」

 

宇垣も腕を組ながら唸るような言う。

 

 

「はい、確かに今の状況でこの中帝国の動向は非常に厄介ではありますが、上手くすればこれを利用しこの難題を一挙に打破できるのではないでしょうか?」

 

しかし、悩む前倉たちとは裏腹に山下ははっきりとした口調でそう告げた。

 

「ほぅ、そのような方法があるのですか?」

 

「山下、言ってください」

 

宇垣と帝が山下を促す。

勿論、前倉もそれが何か気になるため、三人の視線が彼女へと注がれる。

 

 

 

「はっ、その方法とは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

山下はじっくりためるように意見を説明し始める。

 

そして、彼女の口から紡がれた方針、それは今後の日本を大きな転換点へと導いていくことになる。

だが、このときそのことを予見し得ることはできず、誰にも気付かれることなく時代の渦は大きなうねりをあげ始める。

 

 

その中心となる人物すら気付かぬままに……。

 

 




遅くなりました!

今後はだいたい、週一のペースで進めていきたいと思います
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