「トゥアールさん、例のブツです」
「確かに。ではこれを」
結維とトゥアールは、地下基地の廊下でそれぞれの持つジッパー付きビニール袋を交換すると、それぞれ白衣のポケットと、普段プラズマグリップを格納しているサンダー用テイルブレス内の異次元空間へと大事にしまい込み、踵を返して元来た道を戻ってゆく。
結維の後ろをついてゆく慧理那は、脚をモジモジさせ顔を赤らめながらしっかりとスカートを押さえていた。
「はいイースナちゃん、トゥアールさんのパンツ」
「ははー」
招かれた長友家で、イースナが恭しく包みを受け取った。
想いを振り切った異世界のイースナとは違い、こちらのイースナ、アンコは新しい恋を見つけられず、内に秘めてこそいるものの未だその恋心を燻らせている。
結維が慧理那に自分のパンツを手渡すのを横目に、心臓を早鐘のように高鳴らせるイースナは、図らずも慧理那と時を同じくして握りしめた想い人のパンツで顔を覆う。
レース柄のスケスケパンツとワンポイントの白パンツが命を繋ぐ。酸欠に苦しむ登山客が酸素ボンベを使う様に、フィルターを通した空気を肺に満たすイースナと慧理那。
結維もまた、日々洗濯機からくすねている結のトランクスで頭部を覆い、怪盗パンツガールに変身を遂げる。
世界のアイドルと学園のアイドル、クラスのアイドルが揃ってパンツを被り、香りを堪能するという地獄絵図がこの世に顕現した。
仮に週刊誌にでもすっぱ抜かれれば、違法薬物とタメを張れるレベルのスキャンダルを巻き起こすのは間違いない。
イースナは、憧れ夢にまで見たトゥアールの下着に烏賊の匂いと栗の花の匂いが染みついていることを知り、ひっそりと涙した。
恋した
青空の彼方では故ガルムギルディの幻影が満足げな笑みを浮かべて、パンツを被るツインテールの少女たちに無言のエールを送っていた。
□□□□
地下基地アイノスに設けられたスタジオに幾度となく響くシャッター音。
この俺長友結は、被写体の可憐さを余さず電子データとして結実せんとトゥアルフォンを油断なく構え、内蔵の高画素カメラにてよりベストな画を撮るべく次々と指示を出す。
「いいよいいよー。次は脚を崩した後、しなを作ってツインテール腕に絡めながら人差し指咥えてみようか?」
「こ、こうか?」
「おっ、色っぽry」
指示通りなソーラの艶姿を写真に収めた次の瞬間、俺は悪鬼の形相で乱入した愛香の蹴りでレフ版やライトをなぎ倒しながら吹き飛び、スタジオの壁にカートゥーンじみた人型の穴をあけてめり込んだ。
研ぎ澄まされたツインテール感覚によって、総二の危機を離れていても察知するアイカ・ツインテール・シックスセンス・フェノメノン。そして過剰分泌されたアドレナリンによって身体機能を増強し、総二に危害を加えるあらゆるものを打ち砕くアイカ・バーサーカー・フロムヘル・フェノメノン。
津辺愛香に生じた
「文化祭の準備!? ツインテール部の!?」
「うん……これから先、エレメリアンのせいで時間が取れなくなるかもしれないから今のうちに素材だけでも用意しておこうかと」
「他の皆の写真は撮り終ってるから、今日は俺の分を撮ることにしたんだ」
総二と二人で話し合って決めた、写真と文章による各種ツインテールの解説と、ツインテールの見せる様々な表情という展示内容の説明でどうにか誤解を解き、落ち着きを取り戻した愛香は、にっこりと笑顔を浮かべるとそのままソーラの専属カメラマンを引き継ぐと言い出した。
まあ総二と愛香二人きりの撮影会と言うのも心躍るものがあるし、そのまま愛香の撮影へとシームレスに移行できるので、俺は一も二も無く頷いた。
後はトゥアールに頼んで写真のプリントアウトと、展示用什器の貸出申請だ。
「ところでこういう時にトゥアールじゃないのって違和感あるわね」
「あいつなら会長の写真撮影で手を打ってるから」
それを聞いた愛香が、カミソリのような眼光を宿らせながら目を細める。
「……お前やっぱ結維ちゃんの兄貴だよ」
ソーラがため息交じりに漏らした言葉に、俺は誇らしさと不名誉が入り混じるアンビバレンツな感情を胸に抱きつつ、これからトゥアールの身に起こる災いを思いそっと十字を切った。
二人っきりの嬉し恥ずかし撮影会から追い出された後、辺りをなにするでもなくぶらついていると、輝見市を貫く川をトゥアールが流れてゆくのが見えた。愛香の掟は非情なのだ。
そんなこんなで日は進み、俺たちのクラスでは出し物が紆余曲折の末に占いの館に決まり、放課後の部室で会長にそのことを報告する。
会長の方でも生徒会に打診があり、なにやらスペシャルゲストが出演することが決まったそうで、俺たちは当日までのサプライズを楽しみにすることになった。
□□□□
アルティメギル基地の一角に設けられた板張りの道場に、二人のエレメリアンが静謐な空気を湛えて対峙していた。
一人は
一瞬が永遠にも思えるような静寂の後、意を決した二人はほぼ同時に得物を抜き放つと裂帛の気合と共に電子メールを送り合った。
「────ぐうっ!」
小手調べの一合。画面に映し出された奇怪極まる文面の威力に仰け反るも、すんでの所で持ち堪えたスワンギルディを対戦相手は称賛する。
「ふむ、テイルブラックめの文体を限りなく模倣したメールを受けて持ち堪えるか……しかし何故他のエレメリアンたちがメールでダメージを負うのか、これだけが理解できぬ……」
「まだです! これしき!!」
瞳に不屈の意思を宿すスワンの親指が閃き、反撃の返信メールを放つ。
「なかなかの返信速度。ならばこれはどうだ!」
矢継ぎ早に繰り返されるメールの応酬。その最中、スワンギルディ渾身のメールが着信する。
「ほほう、
「し、しまった!!」
「逸るあまり精度をおろそかにするとは……見ていろ! AAとはこう貼るのだ!!」
刹那、スワンギルディのスマホにキラッ☆と星を振りまくように可憐な笑顔を見せてアイドルめいたポーズをとる、善沙闇子なテイルブラックのAAが映し出されて傷だらけの白鳥にトドメを刺した。
流石はアルティメギル製のスマホと職人の腕。PCで見るような大型AAでも微塵の歪みも見られない。
吹き飛ばされ、錐揉み回転しながら頭から墜落したスワンギルディに一礼した対戦相手は、彼の資質に光るものを認め、激励の言葉を残して立ち去ってゆく。
意識を失った持ち主の後を追う様に、殺人AAが映し出されていた画面は待機状態となってその灯を落としたのだった。
アルティメギル基地の大ホール中央。護摩壇に燃え上がる紅蓮の炎が今、くべられた一つの眼鏡に罅割れを刻んだ。
出撃するべき勇者を選び出す
その条件に合致する隊員が呼び出され、小柄な身を包む漆黒のローブを翻して鮮やかに登壇する。
「出でよ!
「アイアイギギー! 俺のこの黄金の指に懸けて必ずやテイルブラックの眼鏡属性は奪って見せるぞ!!」
ローブを脱ぎ捨てた小柄な影は、長くしなやかに伸びた指を死神の鎌の如く振り回すと、そのぎょろりとした目玉を光らせて高らかに名乗りを上げた。
「うむ……眼鏡と女人の白魚のような指は切っても切れぬ取り合わせ。奴ならきっとテイルブラックに目に物見せるやもしれん……!」
TV局の楽屋で、相棒のゆるキャラメガネドンと共に出演番組の準備をする善沙闇子ことイースナ。
今日は各地のゆるキャラと共演する企画なだけあって、メガネドンの中のメガ・ネプチューンもやる気十分だ。
「善沙闇子さーん、そろそろお時間でーす」
ノックと共に、スタッフの呼びかけが聞こえる。だがイースナは
ドアが開く寸前、レンズから放たれる閃光が向こう側の人物を打ち据えた。
「おっぶうううううう!? おのれテイルブラック! 流石に一筋縄ではいかぬか!!」
果たして、扉の向こうに居たのはスタッフではなくエレメリアンであった。
「楽屋にまで押しかけてくるとは見下げ果てた奴じゃ! アイアイギルディ!!」
イースナは変身を遂げようとしたが、騒ぎを聞きつけた他のタレントやスタッフが顔を出し、エレメリアンの姿を見て悲鳴を上げる。
これでは変身できないし、メガ・ネも着ぐるみを脱ぎ去るタイミングを逃してしまった。
「キャー! エレメリアンよー!!」
「メガネドンと闇子ちゃんの楽屋が!!」
「モケー! モケケー!」
ギャラリーを抜けて退避しようにも、出現したアルティロイドたちに道を塞がれてしまってはそれも叶わない。
「大丈夫か闇子ちゃん!」
「あ! ツインテイルズだ!!」
自身を取り巻く状況に歯噛みして、恨みがましい視線をアイアイギルディへ注ぎ続ける彼女だったが、遅れて到着した他のメンバーが颯爽とアルティロイドを蹴散らし、アイアイギルディはTV局の外へ連れ出される。
ギャラリーの目が逸れたその隙に、イースナとメガ・ネは人気の無い場所へと駆け込んで変身を完了、仲間と合流した。
「揃ったかツインテイルズ! 俺の名は無限の円環のアイアイギルディ! 麗しき眼鏡の女史に、その白魚のような指で眼鏡のズレを直して欲しい者!!」
ギャラリーが遠巻きに見守る中、社屋前の広場で集結したツインテイルズたちを前に、長く伸びた指を振り回しながらポーズを決めると、アイアイギルディは高らかに名乗りを上げた。
童謡でお馴染みの、おめめのまあるいお猿さんである。
「遂に無限の円環が姿を現したか……!」
「相変わらずこいつら変態しかいないわねっ!」
イースナはかつての無限の円環のストーカー行為に怯えていた。それを踏まえて無言でテイルブラックを庇う位置に立ったテイルミラージュへ、アイアイギルディから罵倒が飛んだ。
「そこをどけ貴様! うすらデカいその図体のせいでブラックたんが見えぬではないかこのメスゴリラめが!!」
アイアイの生息地である南の島の住民が、悪魔の使いと呼ぶにふさわしい形相で喚き散らすアイアイギルディに対し、
ツインテイルズが各々得物を構え迎撃態勢をとる中、アイアイギルディは雄たけびをあげて躍りかかる。
「どかぬならこちらからいくぞ!
かつて数多の異世界で幾人もの眼鏡美女を手にかけてきた、数百人規模の人数をミクロン単位で眼鏡位置の修正が可能な、アイアイギルディの絶技が披露された。
手元が爆発したかと錯覚するほどの勢いで繰り出される槍衾めいた手指の刺突。他のメンバーを掻い潜り、テイルブラックのみを狙ったそれは、すんでの所で割って入ったブレイザーブレイド、ウェイブランス、ミラージュロングロッド、プラズマフェンサーによって食い止められた。
「あんたがブラックを狙うのなんか、最初からお見通しなのよ!」
「今よ! イエロー、メガ・ネ! 一斉射撃!!」
「よしきた!」
「了解ですわ!」
テイルミラージュが啖呵を切り、テイルサンダーの号令一過、メガ・ネのバイザーアイと指が、イエローの全身武装が一斉に火を噴き、動きを封じられたアイアイギルディを咲き誇る爆華の中に飲み込んでゆく。
寸前で離脱したレッドたちは、倒せていなくとも有効打くらいは与えた筈だとターゲットを油断なく注視する。
しかし、爆煙が晴れるとそこには無傷のアイアイギルディの姿。
「まったくの無傷ですわ!?」
「……銃弾やビームは、位置を修正し互いにぶつけ合わせておいた」
「なんやてっ!?」
恐るべし、無限の円環。恐るべし、眼鏡位置修正指動!
「なら接近戦だ!」
「────貴様らの眼鏡は既に見切った」
アイアイギルディへと殺到したツインテイルズは、あっさりとその
その一撃にはエレメリアンを打ちのめすべく渾身の勢いが乗っていたのだ。悲鳴を上げ、アスファルトへ転がるツインテイルズに、ギャラリーからも悲鳴が上がる。
「人は皆、心の内に無限の可能性を秘めている。そして眼鏡とは、視る/視られるという人間原理の象徴にして無限との合一の象徴────即ち、人とは眼鏡である。なればこそ、この俺が位置を修正できぬはずが有ろうか? いや、無い!!」
理解に苦しむ持論を高らかに吹聴するアイアイギルディに、負けじと立ち上がろうとするツインテイルズたち。
「さあテイルブラックよ、どうか貴女の眼鏡をスチャっと、スチャ! っとさせてくだされ……」
「い、嫌じゃあ……!」
過去のトラウマを掘り返され怯えるテイルブラックへ、
「っ! づあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そこへ咆吼と共に躍りかかったテイルミラージュの、砕けんばかりに握りしめられた拳がアイアイギルディの頬へ突き刺さった。
「ぐらっしゅ!?」
「お触りは厳禁だああああああああああああああああああああああああああああ!!」
アイドルファン怒りの鉄拳により、反撃のチャンスが生まれた。
さっきのお返しとばかりに、間髪入れずに炎の刃が、激流の長槍が、電光の膝蹴りが、雷鳴の鞭が、アイドルを襲った不埒者を滅多打ちにしてゆく。
「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
『ブルー! アイアイギルディを上空へ!!』
「わかったわ!
トゥアールの指示から間髪入れず、テイルブルーの拳から撃ち出された反重力エネルギー弾を浴び、満身創痍のアイアイギルディはツインテイルズの囲いから飛び出して上空へすっ飛んでゆく。
『ブラック! あなたが決めなさい!!』
「────わかったのじゃ! インフィニットコンバイン!!」
分離し、装甲と化したメガ・ネに抱かれ、テイルブラックはインフィニットチェインへの強化変身を遂げる。
テイルブラックの、衆人環視下で初めて披露されたパワーアップ。
自分たちが勝手にテイルシルバーと呼ぶメガ・ネの予想外のギミックに、ギャラリーはどよめいた。
「
テイルブラックの叫びと共に、闇の鎌ダークネスグレイブが十文字を描く剛弓へと変じ、光の矢が番えられる。
「インフィニットバニッシャ──────────────────────ッ!!」
限界まで集束し、メビウスの軌跡を描いて解き放たれたエネルギーの矢が、遮蔽物の無い上空でアイアイギルディを貫いてゆく。
焦がれるほど追い求めたテイルブラックの属性力に胸を射貫かれ、アイアイギルディはまん丸なその瞳を限界まで見開いて歓喜した。
「フハハハハハ……流石はテイルブラック、見事な眼鏡属性です! だが唯一惜しむべきは貴女が年端もいかぬ少女であったこと! あの世で貴女が麗しく成長するのを楽しみに見守っておりますぞ!!」
そう言い残して爆散したアイアイギルディの最期を見届けたテイルブラックは、深く息を吐き出すと踵を返して仲間たちへ向き直る。
「ストーカーを自分の手でブッ飛ばして、ブラックは今どんな気分?」
テイルミラージュの問いに、テイルブラックは満面の笑顔で答える。
「すっきり気分爽快じゃ! もう無限の円環なんぞ何も怖くないわ!!」
過去のトラウマを乗り越えたテイルブラックは、見上げた青空のように晴れやかな心持ちで仲間たちとハイタッチを繰り返し、連れ立って帰路に就いた。
「よかったなぁ、イースナちゃん……」
我が子の勝利を喜ぶ
後日、テイルシルバーの商品名でメガ・ネプチューンの玩具が発売されることとなったが、完全変形完全合体が売り文句だったのだがテイルブラック自体は発売されず、合体ギミックは他のツインテイルズ人形との組み合わせだったためイースナは大いに嘆いたそうな。
「なんでじゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
眼鏡属性なら猿系のエレメリアンを出したかった。
なんでメガネザルじゃねーんだよというツッコミは甘んじて受けます。