キミと彩る   作:sumeragi

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調理室は賑やかです

 5月23日

 

 調理部の活動は自由度が高い。旬の食材を選び季節性のある料理を試したり、日常的な献立を考えたり、デザートやお菓子作りを楽しんだり。士官学校らしさのある軍食やサバイバル料理といった品目が乏しいのは調理部顧問であるエミリー教官の人柄故か。

 基本の活動は以上だが、作りたいときに作って、食べたいときに食べて。そして帰りたいときに帰ることも可能だ。なので、扉を開けた瞬間に踵を返し活動に不参加となる者がいても問題はないのだ。

 

 ぐつぐつとまるでマグマが煮えたぎっているかの鍋からは時折気泡が生まれては激しい音をたてて破裂している。いつ噴火するか気が気じゃない。というか、クッキーを作る過程でどうして鍋を煮ているのだ。

 

「この百倍濃縮の薔薇のエキスでフェロモン注入よぉぉ」

 

 ムフォッ。声の主が浮かべた情熱的な微笑みは風を生み、周囲に置かれていたレードルやスパチュラが少し浮いた。

 その血のように赤黒い鍋の中身が本当に血じゃなくて安心しました。舞い散った小麦粉をさっと払い、風圧で乱れた前髪を直しながらティアは鍋をかき混ぜている女子生徒に心の中で語りかける。

 

 長い金髪のツインテールに、貴族生徒の白い制服をはち切れんばかりに盛り上げている少女はマルガリータ・ドレスデン。ティアと同じく調理部に所属している一年生で、ドレスデン男爵家の令嬢だ。入部理由は花嫁修業。学院への入学理由は花婿探しである。

 備品類の管理は学生が主として行なうが、調味料を含め食材の管理は教官が担っている。事前にエミリー教官に発注しておけばある程度の融通も利く。ある程度なら。鍋の中身はドレスデン男爵家の名産品であるグランローズなのだろう。そして多分自前調達だ。

 

「マルガリータ君の料理は独創性があって面白いね」

 

 物は言いようである。独創性どころか毒しかなさそうだが。恋に燃え上がる乙女のごとく熱そうな鍋は永遠に冷めることはないだろう。

 

 マルガリータは冷蔵庫から取り出した生地を軽く伸ばし、やたらと粘度の高い鍋の中身を流し込む。素手で鍋を持ったことか、エキスが投下された直後に凄まじい勢いで白煙を発生させていることか。何に驚けばいいのか分からない。なんだか目が染みて、ティアは涙を拭った。

 

 刺激臭に鼻を摘まみ、鞄を引っつかんで調理室を出て行く生徒を見送り、窓を開けて換気を試みている内にまるで血のように真っ赤な薔薇色クッキーが完成してしまった。

 

「そうだわぁん。折角だから、試食でもいかがぁ? 今なら出来たてで香りもバツグンよぉ」

 

 マルガリータは以前にも一度特製クッキーを作っているのだが、それは誰も食すことがなかった。その理由が冷めて匂いが消えていたからだとマルガリータは考えている。

 前回マルガリータがクッキーを焼いた際、現場に居合わせなかったニコラスは出来立てのクッキーに手を伸ばした。

 

「た、食べるんですか……?」

「何事も挑戦だよ。それに、食べ物を粗末にするのはよくないからね」

 

 命を粗末に扱う危険を無視しないで下さい。そんな言葉が過ぎったが確かに見た目と異臭から想像しているだけで、実際に味わった事はない。食べてみると案外平気なのかもしれない。それでもクッキーに手は伸ばせないが。

 ニコラスはサクリと予想外に普通の音をさせてクッキーを咀嚼する。マルガリータは特別不器用なわけでも、料理が下手なわけでもない。豪快な見た目とは裏腹に材料は細かく計量し、粉類は丁寧にふるう。生地そのものにおそらく問題はないのだが、だからこそ恐ろしく感じてしまう。

 

 俯きがちになったニコラスは喉を鳴らし嚥下すると顔を上げた。そして、口を開く。

 

「まだ見ぬ新しい料理が生まれるかもしれない……僕の勘は間違ってなかったみたいだ」

「に、ニコラス部長!?」

 

 顔面蒼白になったニコラスがゆっくりと体を傾けていく。駆け寄ったティアが体を起こしても何も発さず、かろうじて弱く呼吸が続いている程度だ。

 

「うふふん。部長も私の魅力にイチコロねぇん。でもごめんなさぁい、部長は私の好みじゃないのよぉ」

 

 上機嫌なマルガリータは開きっ放しの調理室のドアを潜り、廊下へスキップで出て行く。地震と勘違いしそうな床の振動を感じながら、倒れたニコラスの体を支えながらティアは祈りを捧げた。

 

――万物の根源たる七耀を司る空の女神(エイドス)よ、無力な自分をお許しください。あとちょっとだけ楽しんでいたことも。

 

 

 

 

 

 

「疲れた…………」

 

 一人だけになってしまった調理部室でティアは体を伸ばす。

 途中で騒動に気付いたガイウスや同じく美術部員のリンデにも手伝ってもらい、ニコラスと他にも気分が悪いと言い出した部員を医務室に送り届けた。医務室で休んでいるニコラスには、せめて胃に優しいものをと思いクラムチャウダーを差し入れたのだがこれでよかったのだろうか。そもそも症状がよく分からないのだ。大丈夫だと穏やかに笑みを浮かべたベアトリクス教官を信じるしかない。

 

 美術室へ戻って行ったガイウス達を見送り、吹奏楽部の少し拙い練習音に耳を傾けつつ時計を確認する。時刻は正午二十分前。昼食は自炊のつもりだったのだが今日は学食かキルシェにでも足を運んで落ち着きたい気分だった。今から行ってもランチタイムのピークを迎えた両所は学生でいっぱいだろうから、どうせならもう少し時間を潰して行こうと思い、取り出したのは今朝購入した帝国時報。

 部屋か、数時間後に乗る列車で読むつもりだったがたまにはいいだろう。椅子に腰掛け、淹れたての紅茶を傍に置き、ぱらりとページをめくる。

 

 先日クロイツェン州都にて開催された帝国領邦会議に怪盗Bの入国情報。今月は特にきな臭い記事が多い。話に聞いた怪盗Bの人柄から想像すると、入国の情報が流れていることすらわざとらしさを感じる。

 またさらにページをめくる。つい眉を顰めてしまうのも仕方のないことだ。ひとつ息をつきながら紅茶を飲もうとカップに手を伸ばした。

 

「――オズボーン宰相、ジュライを電撃訪問ねえ」

「ひっ!?」

 

 その時、突然背後から声が降って来た。咄嗟に体を前に傾け、顔を後ろに向ける。視線の先ではニヤニヤと些か品のない笑みを浮かべたクロウがクツクツと笑っていた。

 

「随分と色気のねえ声だな」

「……非常に心外です」

 

 クロウの感想に弱く否定の意思を示し、気まずさから少しだけ視線を逸らす。カップに触れる前でよかった。中身は零れていない。

 注意が外れているのをいいことにクロウが帝国時報をひょいと持ち上げた。

 

「食い入るみてえに読んでたから、公爵家のイケメン長男の写真でも見てんのかと思ったら」

「く、食い入ってません。変な言い方しないでください」

 

 喰い気味で否定を挟んだ。クロウが言っている写真とは先日行なわれた領邦会議の記事に写っていたルーファス・アルバレア卿のことだろう。既にこの先輩は発売したばかりの時報をチェックしているらしい。制服を着ていなければチンピラに思われそうな見掛けによらずまめなようだ、とは口には出さなかったが。

 

「ジュライっつったら、去年病院が出来たんだったか」

「はい。去年の九月ですね」

「兄貴に劣らず物好きとは聞くけど、何考えてんのか分かんねえ姫サマだな」

 

 ぺらぺらとティアの帝国時報を振りながらクロウは思い出したように呟く。

 物好きな皇女の提案で新設された経済特区ジュライの聖セシリア病院は、帝国の東にあるクロスベル州の聖ウルスラ医科大学病院並とはいかずとも、レミフェリア公国産の医療機器を導入しており充実した設備を誇る。帝国西部のラマール州よりもさらに西に位置する為、州内や帝都からの患者を多く受け入れている。経済特区として発展を続けているジュライ特区をさらに活気付かせる一因であると言える施設だ。

 なので、クロウが言っているのはそこではなく。

 

「わざわざ併合した地に病院建てるなんてよ」

「さあ。私にも分かりかねますが……」

 

 立ち上がり、窓の外を見つめるティアの表情はクロウからは窺えない。ぽつりと発せられた声からはその感情を今ひとつ読み取ることができなかった。

 

「罪悪感……のようなものかもしれませんね」

「ハッ、んなのはただのエゴだと思うけどな」

「私もそう思います」

 

 クロウが小馬鹿にしたように言って笑った。肩をすくめるクロウに、ティアは描いたような笑みを浮かべて振り返る。

 

「…………クロウ先輩はお嫌いですか? 彼女のこと」

 

 静かに問うたティアの言葉。バンダナで纏めた髪をがしがしと乱して、クロウはニヤリと笑った。

 

「まっ。心優しい皇女殿下は平民からは人気あるみてーだし、美人なら俺も気に入ってるかもしれねーな」

「それならクロウ先輩はメルティアス皇女の大ファンになってしまいますよ。"兄貴に劣らず"美形らしいので」

「……言うねぇ」

 

 口許に手を当ててくすくすとからかうような声音で告げる。美形の兄、天使のように愛くるしい妹弟に挟まれて何かと気を遣っているのだ。このくらいは許されるだろう。

 それを聞いたクロウは数瞬呆けてしまった。ティアには聞こえないぎりぎりの大きさで不可解な音を紡ぐ。そして、「そういや」と思い出したように話題を変えた。

 

「リィン後輩は旧校舎探索なんてやってるらしいじゃねえか。お前さんも行くのかい?」

「お誘いは受けたのですが、私は先約があったので」

「ふうん?」

 

 話題は終了。自分から話題を振っておいてクロウは適当に相槌を打つ。猫のような気まぐれさだ。

 急にやって来たクロウはまたしても急に立ち去っていく。

 

「そんじゃあな~」

 

 ひょいと軽やかに、しかしどこかわざとらしく靴音をさせながらクロウはひらりと手を振って調理室を出て行く。

 

「あ」

 

 ばたんと扉の閉じられた音と同時に思い出す。十数分前まではあった手の重みがなくなっている。

 

「私の帝国時報……」

 

 やられた。まだ途中までしか読んでいなかったのに。

 しんと静かになった調理室で、ティアは深いため息をつく。口許に微笑を携えて温くなった紅茶を飲み干した。

 

 




こういったやり取りが楽しくて2年生の出番がどんどん増えていきそうな予感がしているsumeragiです。

独自設定は多くなってきたら設定をまとめたノートでも作ろうかなと考えています。
あと某作品の黒髪ヒロインとは関係ないです。
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