キミと彩る   作:sumeragi

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特別オリエンテーリング 前編

 七耀暦1204年3月31日、帝国屈指の名門校トールズ士官学院で入学式が行なわれた日だった。ティア・レンハイムはきょとりと目を丸くし、入学式後に旧校舎へ案内されたかと思えば訳も分からぬまま地下へと落とされた事実を咀嚼していた。

 

 朝には兄や妹達に見送られながら皇居を出て、三十分程度列車に揺られてトリスタに到着。それから入学式に出席した。特におかしなことはなかったはずだ。

 強いて言うなら、朝のヘイムダル駅はとにかく人が多かったくらいだろうか。身分柄、車移動が主であり、列車で移動するにしても専用の物が用意される。帝都で暮らす者の大半が一度は経験した事があるであろう朝の混雑も、ティアは今日が初めての体験だっただけではあるが。

 とにかく、取り分けおかしな事はなかったのだ。入学式の後《Ⅶ組》について説明する為に旧校舎へ案内されるまでは。

 

 旧校舎地下の床はクッションになっているわけもなく、タイル張りで少し冷たい。それなりの高さから落ちたはずだが怪我もないのは、笑顔で奈落の底への扉を開いた人物が何かしていたのかもしれない。

 

「何が起こったんだ……」

「いきなり床が傾いて……」

「あの……」

 

 一緒に落とされた人達の戸惑うような声がまばらに聞こえてくる中、毛色が違う、妙にくぐもった声がした。声の主を探しつつ周りを見渡していると、ティアはぎょっとする。

 金髪の女子生徒が、下敷きになっている男子生徒の顔に胸を押し付けるようにうつ伏せで倒れていた。

 

「(う、わあぁ……)」

「ううん……何なのよ、まったく……」

 

 少女も気が付いたのかゆっくり体を起こし、自分の置かれている状況を把握していく。少女はすぐに飛び退いた。下敷きになっていた少年もゆっくりと立ち上がる。何と言ったらいいか分からない。まさにそんな表情だ。少女の体に覆われて分からなかったが、下敷きになっている少年の髪は黒だった。

 少女の体が震えだした。髪の間から覗き見える形の良い耳が真っ赤に染まっている。

 

「えっと……とりあえず申し訳ない……。でも良かった。無事で何よりだった――」

「……っ!!」

 

――パシンッ。

 

 景気の良い音が暗い地下室に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

「厄日だ……」

 

 件の黒髪少年が頬の紅葉を押さえながら嘆くように漏らす。その隣では赤毛の少年が気遣わしげに声をかけている。

 

 突然、どこかから機械的な音が断続的に鳴りだした。音の発生源は一つではない。ティアのベルトポーチから取り出されたオーブメントも、それらの内の一つだ。

 

『それは特注の《戦術オーブメント》よ』

 

 取り出した第五世代戦術オーブメント《ARCUS(アークス)》からは、ティアを含め十人の生徒を地下へ放り込んだ張本人、自称Ⅶ組担任サラ・バレスタインの声が聞こえてくる。

 訳も分からず地下に落とされた、とは語弊があっただろうか。彼女は旧校舎に入るや否や、Ⅶ組についてかいつまんだ説明をし、特別オリエンテーリングを行なうと宣言していたのだから。

 

 サラの指示に従い、全員が部屋の壁沿いにある台座へ向かう。台座には入学式前に預けた武器と小箱が置かれている。ティアは自身のアークスの中心に、小箱から取り出した蒼耀石のクオーツをセットした。

 直後、アークスと自分の胸元が光りだす。この現象は、持ち主とアークスが共鳴・同期した証拠だとサラがアークス越しに説明した。

 

『それじゃあさっそく始めましょうか』

 

 その言葉と同時に奥の扉が音を立てながら開いていく。これから始まるオリエンテーリングの目的は、徘徊している魔獣を倒しながら旧校舎の地下迷宮を抜け、旧校舎1階に戻ることのようだ。

 

 右手には通信が切られたアークス、腰のホルスターには入学式前に預けていた導力銃が収まっている。マスタークオーツがセットされただけの今のアークスでは下級アーツが使えるのみであるが、戦う事は可能と言えば可能なのだが。

 

 突如幕が開いた特別オリエンテーリングに、扉の前では皆が多かれ少なかれ戸惑いの表情を浮かべ佇んでいる。

 そんな中、一人の少年が扉へ向かっていく。プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳を持つ、貴族然とした少年だ。

 

「ま、待ちたまえ!まさか、一人で行くつもりか?」

「馴れ合うつもりはない。……それとも貴様は大嫌いな貴族様と連れ立って歩きたいのか?」

 

 緑髪の眼鏡をかけた少年がすぐに引き止める。この眼鏡少年、最初に地上で説明を受けていた時、"身分に関係なく集められたクラス"に真っ先に抗議していた。冗談じゃない、と。彼が貴族に並々ならぬ嫌悪感を抱いている事はこの場に居る者全員の共通認識だった。

 彼らが口論になるのはすでに二回目だ。一回目は地上で説明を受けていた時。二回目が今。

 二人はいがみ合ったまま、競うようにダンジョンの中へ進んでいった。

 

「行ってしまいましたね……喧嘩しながら」

「うむ……。とにかく我々も動くとしよう」

 

 今まで言い争っていた二人がいなくなると、張り詰めていた空気が溶けていくようだった。

 しかし、それで寛ぐわけにもいかない。青髪をリボンで一まとめにした凛々しい少女が言い聞かせるように話し始めた。

 

「少しいいでしょうか」

 

 どこか悠長な口調でティアが口を挟んだ。

 

「この場の人間だけでも、自己紹介しておきませんか?」

「そうだな。互いの名前くらい知っていた方が都合も良いかもしれない」

 

 黒髪の少年が同意した。彼は何かを気にしているようだがその視線の先には少年に平手打ちを繰り出した金髪少女がいる。少女は目を合わせない為なのか顔を逸らしているので気付いてはいないだろう。

 

「ティア・レンハイムです。どうぞよろしくお願いします」

「ラウラ・S・アルゼイド。以後よろしく頼む」

 

 見た目通りの凜とした声でラウラが名乗った。彼女は身の丈ほどもありそうな大剣を携えている。

 

「エマと言います。エマ・ミルスティン。よろしくお願いしますね」

「ガイウス・ウォーゼルだ。帝国に来て日が浅いから宜しくしてくれると助かる」

「エリオット・クレイグだよ。よろしくね」

 

 それから順に時計回りに名乗っていった。エマは眼鏡をかけたスタイルの良い少女。地上でサラから首席入学者と呼ばれていた。長身で褐色の肌の青年はガイウス。帝国人離れした風貌で、やはり留学生のようだ。先ほど黒髪少年を慰めていた赤毛の少年がエリオットである。

 

「リィン・シュバルツァーだ」

「アリサ・Rよ」

 

 簡潔に述べるなら、ビンタされた方とビンタした方。アリサは毛先をくるくる弄りながら、吊り目がちな眼を更に鋭くしてリィンを睨んだ。

 

「よろしくしたくない人もいるけど……まぁそれ以外はよろしく」

「うっ……」

 

 アリサの物言いにリィンの表情が強張る。取り付く島もない。

 

「そ、そう言えば……銀髪の子がいませんね」

「本当だ。いつの間にいなくなったんだろう」

 

 エマが周りを見回しながら言い、エリオットが続いた。二人が行った後、自己紹介している間に彼女もダンジョン区画へ向かっていたのだろう。

 

「いないのは三人か。探す為にも分かれて探索する方が良いだろうな」

 

 異論なし。全員がラウラの提案に頷く。そうすると、次の課題はチーム分けだが、それはすぐに解決した。

 

「ティア、アリサ、エマ。そなた達は私と共に来ないか?」

 

 ラウラは女子三人をそれぞれ見て話しかけた。願ってもないことである。すぐに三人は肯定し、男子の方もリィン、エリオット、ガイウスの三人で進む事に決めていた。

 

「では、我らは先に行く。男子ゆえ心配無用だろうがそなたらも気をつけるがよい」

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン区画は如何にも魔獣が出そうな雰囲気ではあるが、探索を始めて約五分。未だに戦闘にはなっていない。魔獣が徘徊している、とはサラの脅しだったのか、先に行った三人の誰かが仕留めたのか。おそらく後者だ。

 魔獣はいなくとも臨戦態勢は崩さない。ラウラは身の丈ほどもある大剣を、アリサは導力式の弓を、エマは中世の魔導士を連想させる杖を、そしてティアは導力銃を構えている。

 

「……いないわね、魔獣」

「私はいない方が正直助かりますけどね」

 

 アリサが呟き、エマが苦笑した。それもそうだとティアも同意したが、ラウラは物足りないようだ。

 角を曲がるとようやく魔獣と遭遇する。約20アージュ先、翼の生えた猫型の魔獣――飛び猫が三匹に、グラスドローメが2体。

 

「噂をすれば、ですね」

 

 チャキとティアが銃の安全装置を外す。

 

「では、互いのお手並み拝見と行こうか」

 

 ラウラの声と同時に四人が動き始める。

 忍び寄る気配に気付いていない飛び猫達に、ティアが一発ずつ弾丸を撃ち込む。全弾命中。急所を撃ち抜かれた飛び猫三匹はふらふらだ。既に距離をつめていたラウラがまとめて斬りかかる。

 

「はあっ!」

「喰らいなさい!」

 

 アリサはグラスドローメに向け矢を放っていたが、ブヨブヨとしたゼラチン状の体には弓や銃は通りにくく、その弾力に押し戻されてしまう。

 ならば、とアークスを駆動し始めたがその間にもドローメの一体は近付いてくる。ゆったりした動きで、発動が間に合うかは五分五分。

 

「アリサさん!」

「ナイス、エマ!」

 

 駆動中のアリサの前に出たエマが魔導杖を振り上げる。魔導杖はアークスから発動されるアーツを駆動時間無しで繰り出せる。ドローメにもアーツは有効なようで、エマの一撃で動きを止めた。

 

「下がってください!」

 

 止まった的に命中させるのも、全く警戒していないふよふよ浮いている飛び猫の急所を撃ち抜くのも大したことではない。銃では致命打にはならないが瀕死のドローメを倒すには十分だった。

 

「やあっ!」

 

 残った後ろのドローメはアリサが発動させたファイアボルトですぐに倒れた。効果は抜群だ。

 その陰からもう一匹、新たな飛び猫が姿を現した。

 

「奥にもう一匹いるわ!」

「任せるが良い!」

 

 最後の飛び猫が逃げようとするがラウラが一閃。最後の飛び猫もセピスを残して動かなくなった。

 

「一丁上がりですね」

「ええ。なかなか良かったんじゃないかしら」

 

 戦闘が一段落して、今までずっとご機嫌斜めな雰囲気だったアリサも笑顔を見せた。美人は怒っていても可愛いらしいが、やはり笑った方がもっと可愛いだろう。

 

「皆さんすごかったです」

「謙遜する事はないだろう。我ら全員の成果だ」

 

 胸をなでおろしているエマにラウラが声をかける。持つだけでも苦労しそうな大剣を振り回した直後なのに、ラウラは息一つ乱れていない。

 

「それにしても、本当にノータイムでアーツを発動できるのね。さっきは助かっちゃった」

 

 エマの持つ魔導杖を興味深げにアリサが見つめる。詠唱にどうしても時間がかかるアーツを即座に発動できるメリットは大きい。先程のアーツでしか致命打を与えられないような魔獣が相手の時は特に。

 

「またあの魔獣が出たら、私とエマが時間を稼ぎ、その間にアリサとティアがアーツを詠唱する……というのはどうだろう」

「そうね。飛び猫ならまだしも、ドローメ相手に私達じゃ厳しいだろうし」

「頑張ります」

「フォローは任せてもらいますね」

「決まりだな。この調子で先に進むとしようか」

 

 ラウラの提案で作戦会議もまとまり、四人は再びゴールを目指し歩き始めた。

 




本編とほぼ同じ展開になるところは出来るだけさくっと進んでいきたいけど、飛ばしすぎると話が繋がらないし説明っぽくなってしまう…この匙加減は前作を書いていたときにも悩まされていましたが、やはり今回もそこが私にとって一番の課題みたいです。ぐぬぬ。
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