「待ってください! いったい何の容疑で……何かの間違いじゃありませんか!?」
バリアハート市、駅前通りにて。焦った様子のリィンが語気を強める。対峙する青い軍服を身にまとった数人の領邦軍兵士は、街道から帰ってきたばかりのティア達を取り囲んでいた。
「容疑はいくつもあるが……最大のものは昨日の午後の《オーロックス砦》への侵入罪だ」
手配魔獣を退治し、オーロックス砦への報告を終えた十数分後に現れた侵入者が銀色の傀儡とそれに乗っていた子供であることはティア達も目撃していたし、それを追う領邦軍ともすれ違っている。明らかな濡れ衣だ。加えて、それで何故Ⅶ組全員ではなくマキアスだけが容疑をかけられるのか。理解は容易だが到底受け入れられる話ではなかった。
「マキアスが昨日単独行動をする時間がなかったことは俺達も、ユーシスも証明できます!」
「だからどうした?」
横暴な物言いに、リィンが自身に銃を向ける兵士の手首を掴み、銃口を逸らす。
しかし、ユーシスの名前が出ても兵士は気にした様子もなく、リィンの手を不快そうに振り払い答えた。
「重要なのはそちらの彼に容疑がかかっており、そして我々には取り調べる権利があることだ」
「彼を拘束するつもりなら、私達全員を取り調べるのが筋ではありませんか?」
「我々が目撃した侵入者は一人だ。もし共犯者がいたと主張するなら、我々がその確証を得てから話を聞こうではないか」
「……」
あくまでこの場で用があるのはマキアス一人だけだと主張する領邦軍。
少し考えたが結局、ティアは押し黙ったまま領邦軍が抵抗できないようにマキアスを取り囲み、立ち去る背をただ見送ってしまった。明らかに不当であるにも関わらず。彼の置かれるであろう環境を察していたにも関わらずに。
そして四人は職人通りの宿酒場に立ち寄り、今後について話し合っていた。
領邦軍本部に行くも兵士たちは聞く耳を持たず、ホテルの部屋も捜索されており、昼には合流する予定のユーシスも戻ってこない。
「今回の一件は革新派の有力人物であるレーグニッツ帝都知事の息子を拘束するのが狙いとみて間違いなさそうだな」
「……そうとしか考えられませんね」
砦への侵入者が現れたのは不測の事態。その犯人を取り逃がしてしまい、ちょうど実習でこの地に来ていたマキアスが目を付けられた、というところだろう。だからその場で領邦軍を引かせることが可能なユーシスを予め屋敷へ閉じ込めておいた。もし砦への侵入者が居なかったとしても、別の理由で連れて行くつもりだったのかもしれない。そのリィンの推測は恐らく正しいのだが、ティアには何かが引っ掛かった。
昨日の様子ではアルバレア公爵はユーシスにもそのクラスメイトにも関心はなく、見向きもしていなかった。それがどうして今朝になってマキアスの存在を知ることになったのか。そして、何故ティアのことは把握していないのか。事前に少しでも気にしていたのなら、公爵であればさすがに気づいた筈だ。ティアがメルティアス皇女であると。
ティアのことを意図的に伏せて、マキアス・レーグニッツの存在のみを伝えることが出来、アルバレア公爵に口添えが可能な人物に心当たりがある。だが仮にそうだとして、そんなことをする必要も、メリットもあるとは思えない。杞憂に終わればいいのだが。
リィンの言葉に同意だけを返しながら、一度頭の中を整理するために息を吐き出す。反対に浅く息を吸ったのはエマだった。
「で、でもさすがに傷つけたりはしないですよね?」
「どっかな。最悪痛めつけるなりして脅迫される可能性はありそう」
その場面を想像してしまったエマは顔を引きつらせた。対するフィーは真顔だ。だが、無関心なわけではなく、フィーもどうにかマキアスを救う手立てを考えていた。
協力を求められる人物としてルーファスが出てくるが、生憎と彼は今帝都で公務中。いつ帰ってくるかも分からず、この状況で力を借りることは難しいだろう。そこでフィーはより真剣な表情で言った。
「ここはもう、わたしたちが直接奪還するしかないと思う」
「直球ですね」
フィーの言葉にティアは悪戯っぽく笑い、リィンとエマは苦笑した。フィーの考えでは、市内にある詰め所ならば侵入できる余地はあるが、もしもオーロックス砦に移送されたら奪還の可能性は相当低くなる。
「……腹を括るか」
「はい。マキアスさんを奪還するにしても、あくまでこっそり侵入していつの間にか居なくなっている……という形が理想ですね」
「何の罪もない学生を不当に拘束した挙句に脱走されただなんて。とても報告できないかと」
「だね」
何とかユーシスと合流し、秘密裏にマキアスを奪還してバリアハートを脱出する。これが唯一の方法だろう。だが、奪還するということが何を意味するか。
「領邦軍を敵に回すことになる……それは理解していますか?」
エマが息を呑んだ。フィーはただ無言を貫く。
侵入がバレた時、仮にマキアスと合流できたとしても、空港に駅を押さえられてしまえば、バリアハートからの脱出すら困難になる。その可能性を含んだ問いだった。
「それでも、可能性があるならそれに賭けたい。このまま黙って見過ごすなんて出来ない」
リィンは真っすぐティアの目を見て答えた。
「……分かりました。水を差すようなことを言って、すみません」
「でも、ティアの言ったことも覚悟しておくべきだと思う」
「そうですね。最悪の場合も考えておかないと」
「あとはどう侵入するかが問題だな」
「ああ、それなら……」
より一層気を引き締め、これからどうやってマキアスを救出に向かうか。侵入経路について考えていたところ、事もなげな様子で口を開いたティアに視線が集まった。
「一つ、提案があります」
*
「例えば、峡谷道で見た橋梁や城塞。バリアハートは中世期の遺構が多く存在していますが、その内のいくらかは改修して今もなお利用されています」
「要塞化したオーロックス砦もその一つってことだね」
「はい。そして、中でも広大な地下水道は街全体に張り巡らされています。直接は無理でも、地上から攻めるよりも詰め所に近づける可能性は高いと思います」
水路に沿うように探し歩き、駅前通りの階段を下りた水路横の道に、施錠された扉があった。
「風が吹いてきてる。ここが入り口で間違いなさそう」
フィーが扉の隙間に手を当てる。けっこう広い空間が広がってるっぽい、と続けたフィーは最後に、ビンゴかもねと言ってティア達へ振り返った。
「中がどうなっているのかは、私も詳しくは知らないんです。ただ、現時点ではこの方法がベストではないかと」
「地上のどの位置にあたるかはわたしがだいたい分かる。賭けてみる価値はあると思うよ」
乗るか乗らないか。リィンとエマに問おうとするが、その表情を見て愚問だと悟る。
残った問題は扉に掛かっている南京錠だ。鍵がかかっているのは予想通りではあるが。アークスを取り出し、セットされているクオーツを確認する。イメージするのは最小限の範囲かつ、最大限の威力。掛け金の一部だけが破壊された錠前だ。駆動を始めようとしたティアを見て、エマがぎょっとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! まさかアーツを使う気ですか!?」
「壊すのは南京錠だけですので、遠目には扉は普段通りですよ。勿論、後で報告はしますけど」
「そんなこと出来るんですか……?」
「試したことはありませんが……そこはそれ、ぶっつけ本番という言葉もありますから」
焦ったエマがティアの右手を掴んで止めた。ケルディックでリィンが見せた剣技を再現してもらおうにも、街中で刀を抜こうものなら即通報案件だ。フィーの爆破という案も当然却下である。
入り口の鍵なんて当然持っていない。とれる手段が破壊一択となるのも必然ではあるが、思い切りがよすぎやしないか。アーツもそれなりに目立ちますよと。エマの顔が青ざめ、足元がふらつきそうになる。
「ええと……私がやってみてもいいでしょうか」
「まさか、ピッキング?」
ヘアピンを取り出したエマを見てフィーが首をかしげる。確かにそれが出来るならば最善の手ではあるが、素人がやろうとして簡単に出来ることではない。三人が見守る中、エマは鍵穴にヘアピンを差し込み、カチャカチャと動かす。そして一瞬手を止めて、ティア達には聞こえないように何かを呟いた。
次の瞬間、エマの手が今までよりも大きく動く。同時に鍵が開くような音が聞こえてきた。漏れ出た驚きの声にエマは苦笑するように立ち上がり、膝についた砂を手で払った。
「凄いな……」
「器用なもんだね」
「前に呼んだ推理小説にコツが載っていて……覚えていて良かったです。あはは……」
「へえ……私も読んでみたいですね」
「あっ、でも、タイトルを忘れてしまって……すみません。それよりも、早く行きましょうか!」
何を呟いたのかが気になりはしたが、エマのピッキング技術にティア達は素直に感心した。錠を外し、さあさあと急かすエマに従って地下水道へ足を踏み入れる。
地下というだけあり薄暗くはあるものの足場を踏み外すような心配はなく、通路も水路も整備が行き届いている。水路には綺麗な水が流れていて悪臭もせず少し拍子抜けだ。
中世の遺跡風のギミックを解き、詰め所を目指して石造りの通路を西へ進んでいく。一際広けた場所に出ると、前方からやって来た人物を見て胸を撫で下ろした。
「こんな場所までわざわざ入り込んでくるとはな」
「よかった……ご無事でしたか」
推測通り、ユーシスは屋敷に戻るなり部屋に閉じ込められていたようだが何とか抜け出してこの地下水道にやって来たらしい。マキアスが拘束されている状況についても把握していた。今朝の呼び出しの意味についても。しかし、それを理解しているということは、つまり。
「結局、俺と話すつもりなど父には最初から無かったわけだ」
「っ……」
ユーシスはまるで諦めたように呟き、自らを嘲るように冷ややかな笑みを浮かべた。
期待していたのだ。期待、してしまった。親子とは思えない寒々しいやり取りを繰り返しながら、心のどこかでは、自分に関心を持っていると信じていた。
結果は最悪。ただの障害として扱われただけだった。父が黒幕であると、淡々と告げるユーシスに今はかける言葉がなかった。
「まあ、俺のことはいい。地下水道の構造は兄から聞いて大体把握している。詰め所まで先導するからさっさと行くぞ」
「一人でマキアスさんを助けに行こうとしていたんですね?」
「先月の実習とは大違い」
「父のやり方に納得いかなかっただけだ。それに、今頃ヤツも心細くてベソをかいているに違いない。それを目撃できるだけでも助けてやる価値はあるだろう」
ぞんざいな物言いではあるが、ユーシスがマキアスを心配してこの地下水道まで来たことが分かっている今ではそれが頼もしく感じる。先導するという言葉の通り、迷いなく歩き出したユーシスの背中を、先月実習を共にしたエマとフィーだけでなく、リィンとティアも笑みを浮かべて見ていた。
まったく、素直じゃない。
「マキアス君のこと、絶対助け出しましょう。少しくらい鼻を明かしても、罰は当たりませんよね」
少し後ろから、敢えて明るい声をかける。この地での実習が始まってから、ずっと燻ぶっていた。それはクロイツェン州統括者のアルバレア公爵への怒りよりも、父親であるヘルムートへの怒りに近かった。それが独りよがりだとも。
少し目線を上げ、ユーシスの顔を視界に映す。どんな顔をしているのか。迷いなく前を見ているのか。そう思っていたら、彼は少し意外そうな顔つきで目線を向けていた。
「私の顔に何か……?」
「別に……少し、意外だっただけだ」
今度はティアが驚く番だった。パチパチパチと、三度瞬き。目を丸くして問いかけた。
「ユーシス君に言うことではないかもしれませんが、私だって、人並みには怒りますよ」
「……そうか」
見咎めることはあっても、怒りだとはっきりと口にしたのは初めてのことだった。躊躇いもなく言葉にしたのはティアにとっても意外なことだったが、不思議と嫌な気持ちではなかった。
「そうだ、アネットちゃんが心配していましたよ」
入り口を探す途中で出会った少女を思い出す。小さな弟の手を引き、大きな青い瞳を揺らしていた少女は、全身でユーシスへの心配を物語っていた。領邦軍がマキアスを連行していくところを目撃し、ユーシスの姿も見えない。何が起こっているのかが理解できず、心細かったのだ。
『私達はユーシス君の味方だよ。眼鏡のお兄さんのことも、ユーシス君のことも助けるから、今はユーシス君を信じてあげて?』
アネットの手をそっと握り、そう約束した。ラビィはよく分かっていないところもあるようだが、アネットの安心した顔を見て大丈夫だと悟ったようだった。
短いやり取りだったが、二人がユーシスを慕っていることはよく伝わってきた。
「そうか」
先ほどと同じ言葉。だがその語調はやはり柔らかいもので。やっぱり素直じゃないと思いながらティアは控えめに、しかし嬉しそうに笑った。