当作品は「あれ!?もしかして普通の文章が書けなくなってる!?」と言う経緯があったので、地の文が暴走したりする事は基本無いので安心してお読み下さい。
大海原。その日の空は、どこまでも吸い込まれてしまいそうなほどに青かった。見上げれば、雲が螺旋を描き空の彼方まで消えていってしまいそう。
天と地。そんな天上の世界のすぐ下、夏の海では真っ赤な地獄が広がっていた。たくさんの船が横転し、炎を吹き出し、油を撒き散らし、船員を血と油で染まった海に吐き出していた。あちらこちらから、絶望的な被害が聞こえてくる。
『艦橋が吹き飛んだ!酸素魚雷を早く棄てろ!』
『弾薬庫に火の手が!直ぐに消せ!』
『護衛艦叢雲、磯波大破!神通轟沈!被害甚大!』
『愛宕被弾!被害は現在確認中!』
『誰か……誰か生きていないのか!』
炎が船を、人を焼く。甲板の上には生存者を求めて歩き回る人影や、弾薬庫を死守するため自ら炎の中に飛び込む姿があった。
何人もの人間が暗海に消えていき、幾つもの船が水底に沈んでいく。そんな光景に耐えきれなくて、一人の水兵が涙を流しながら絶望の怨嗟を挙げた。
「なんだ……何なんだお前たちは……!」
熱くなった壁にもたれながら水平を睨み付ける。その先には、異形の船がいた。
それを何と呼べばいいのか。真っ黒い、鯨のような姿の怪物共が海の上で鉄の船を見ていた。人が深海棲艦と呼び恐れる存在。便宜上、駆逐艦と呼ばれる艦種の怪物がそこにいた。
ギギギ……と鉄がこすれるような音が聞こえた。その瞬間、深海棲艦の口から砲塔が頭を覗かせ、さっきまで水兵がいたその場所を吹き飛ばした。
「あぐっ……」
爆風で煽られる水兵。船から転がり落ちる間際で掴んだのは、鉄のブロックで押しつぶされて身動きが出来なくなった、もう二度と動く事のかなわぬ上官の腕だった。
「ひっ……」
思わず手を離しそうになって、
「大丈夫か!?」
その手を同僚に掴まれた。返事も出来ず這々の体で船に上がって見えたのは、計三十六の軍艦で構成された連合艦隊が僅か六隻の深海棲艦、駆逐イ級四隻、軽空母ヌ級、戦艦ル級に蹂躙されている光景だった。
彼を助け上げた同僚が呟く。
「くそっ……どうなってんだ……向こうはたったの六隻だって言うのに……」
深海棲艦。いつの頃から出現したのか、それは一体何なのか、何を目的としているのか、その一切が解っていない。気が付いたらいつの間にか海にいて、圧倒的な力により何億もの人間を殺した存在。それだけしか解っていなかった。
戦艦の攻撃が直撃した。しかし、爆煙の中から現れたのは少し薄汚れたばかりのイ級で……直後、その戦艦に火の手が上がった。
「くそお!」
海が血と嘆きに染まり、人間が決めた国境を塗り替え、深海棲艦は人類を根絶やしにせんとばかりに攻撃した。
「くそっ!艦娘はっ……特殊艦隊の到着はまだか!?」
誰かが、艦娘の存在を口にした。艦娘……それは、人に唯一与えられた希望だった。現行の兵器では深海棲艦を倒すことはほぼ不可能。深海棲艦に一矢報いることが出来るとすれば、それは艦娘を置いて他に無かった。人間の女性の姿をした、最強の戦力。火力も機動力も既存の軍艦とは一線を画する存在。彼女達がいればこの地獄を抜けることが出来たかもしれない。しかし……
「駄目ですっ……特殊艦隊の到着まであと三十分はかかるもよう!」
連合艦隊が全滅するまでに五分もかからない。
希望は潰えた。有望な支援はなく、ただ沈む時を待つだけ……海には深海棲艦の轟音と、嘆きだけが木霊した。
そんな時だった。死神がやってきたのは……
イ級がまた弾を撃ち込もうとしたその時、遙か彼方で何か蠢く影を偶々発見した。
確認のために、そちらに目を向ける。果たしてその先にいたのは、
ギギギ……?
現在では深海棲艦側ではおろか、人類側でも配備されていない筈の水雷艇と呼ばれる軍艦だった。
何の変哲もない軍艦が一隻、もの凄い速さで自分達に向かって来ている。気が付けば彼我の差は縮まりきっており、いつの間にか有効射程圏に入っていた。その異常な事態ににイ級は、思わず砲撃するのを躊躇してしまった。
本土からそう遠くないこの海域に水雷艇が居るのは可笑しな事ではない。しかし、なぜ時代遅れの水雷艇、なぜ単艦なのかとい疑問が湧く。奇妙に思いつつも駆逐艦の役割通り水雷艇を駆逐しようと、イ級は砲の照準を其方に合わせトリガーを引こうとした。
そのときだった。イ級は口の中に何か堅いものが入りこむのを感じた。
ギ……?
それが魚雷だと気付くのにさほど時間はかからなかった。
次の瞬間、謎の水雷艇が打ち出した酸素魚雷はイ級の弾薬庫に直撃し、急所を攻撃されたイ級はあっけなく轟沈した。
水しぶきをあげながら沈みゆくイ級。
その時になってやっと、他のイ級も向かいくる水雷艇の存在を認識した。
ギッ……
慌てて応戦の準備をする。砲をそちらに向けて、撃つ。弾幕を張るように、海一面に弾を撒き散らした。普通なら、それだけで戦艦だろうと沈める事が出来る。それほどまでに深海と人類の戦力には差がある。しかし……その水雷艇は違った。沈むどころか謎の旋回技術を見せ、全ての砲撃を回避せしめた。
ギッ……!
鉄が軋み、弾を使い切ってでも水雷艇を沈めようと砲が轟音を轟かせる。それでも尚、謎の水雷艇は止まることを知らない。
船体が揺れるほどのスピードで海を掻き分け、弾がどこに落ちてくるか解っているかのような回避を見せる。旋回し、回り回り、水柱の間をすり抜けて…あろうことかイ級三隻に突っ込んだ。一体何を考えているのか……しかし、深海棲艦は直ぐにその意図するところを察っした。
衝突……!?
その捨て身と言う言葉すら控え目な特攻に、三隻は道を空けるように回避運動を取った。そして難を逃れたその矢先、事前に謎の水雷艇が放っていた酸素魚雷に自分からぶつかりにいき、被弾した。
ギァ……!?
何が起こったか解らぬままに、黒い身体を炎が舐めあげ、被弾箇所から水が入り込む。何とか沈まないよう事故修復を急ぐ傍らを、その水雷艇は駆け抜けていった。
ここまで、僅か五分の出来事だった。
その一瞬の出来事を見たのは、駆逐イ級と二人の水兵だけだった。
「な、なんだあれ……艦娘じゃ、ないよな?」
自信なさげに指を指す同僚。思わず目を擦るが、奇跡の残照は健在だった。
「信じられねえ……水雷艇が…俺達の船が深海棲艦を倒しやがった!」
今にも小躍りしださんばかりの同僚。目の前で起きたのは、間違い無く奇跡だった。ただの軍艦が、イ級とは言え深海棲艦を沈めたのだ。興奮するなという方が無理だった。しかし、そんな同僚とは反対に水兵の顔は青ざめていた。
「どうかしたのか?」
怪訝に思って友人に話しかける。返ってきたのは、まるで死神でも見たかのような、ぞっとした声だった。
その船の噂を聞いたことがあるか?艦娘の力を使わずに深海棲艦を幾度も葬ってきた艦長の噂を聞いたことがあるか?
嘗て深海棲艦に対抗するため水雷艇の再配備が検討された。駆逐艦以上の機動力と戦艦以上の火力を持つ深海棲艦に対して、機動力に優れた水雷艇で対抗しようとする計画であった。計画は実行され、試験的に十数隻の水雷艇が誕生した。科学の粋を集めて造られたその水雷艇は、これまでにない戦闘力を誇った。魚雷を主軸にするため火力は一定以上は保証されている上に、機動力も深海棲艦と並ぶ。一時期はこれで戦況も変わるのではないかと目された。
しかし、現在に蘇った水雷艇は人が乗れるような代物ではなかった。高い性能の代償として、元々薄い装甲は更に薄くなり、居住性も度外視されていた。数ミリの機関銃が命中しただけで被弾したり、ちょっとしたアクシデントで沈没したりするので、何も出来ずに駆逐される場合が殆どだった。
加えて、気が狂ったようなその船に乗る際に艦長に求められたのは、高い資質と状況判断能力。それと常人以上の何かだった。それが最低ラインで、それを欠く者は長生き出来なかった。
一転、その水雷艇の評価は最悪になり、上層部の人間すら『棺桶』と称する始末になった。 実際その通りで、その水雷艇は棺桶の名の通り直ぐに乗組員の命を海の底に運んでいった。深海棲艦の流れ弾が掠ったり、爆撃を避けきれずだったりという、どれも悲惨な最後だった。
結局、そんな尖りきった船では意味をなさない。海軍がそう結論を出すのに時間はかからなかった。量産は中止され、残った水雷艇も破棄されてしまった。
……ただ一隻を除いて。
棺桶が戦艦ル級に突っ込む。降り注ぐ火の雨に、棺桶は有り得ない旋回を見せた。白波を立て、高速でスライドするように横に滑る。弾が穿つのは、その船が産んだ軌跡ばかりだった。後もう少し、もう少しで当たりそう。しかし、棺桶はここではない、ここはまだ墓場ではないと言わんばかりに弾を避ける。そして、また突撃する。それは、その水雷艇を沈めるには最高のタイミングでル級は真っ直ぐ砲を構えた。しかし、それはただの撒き餌だった。ル級が撃つより一瞬早く棺桶は再加速し、砲を撃った直後の衝撃で固まるル級の側面に回り込んだ。酸素魚雷が八発打ち込まれる。発射された魚雷は少しだけ白い尾を引き、数秒後、三発も当たれば戦艦だろうと轟沈する威力を持った魚雷が全て直撃した。
「やったか!?」と、それを見ていた同僚が声を上げる。
しかし深海棲艦の戦艦級ともなれば、信じがたいことに耐えてしまう。幾本もの魚雷を喰らったル級だが、大破までも行かずその場に踏みとどまった。
「流石は深海棲艦か。中破で耐えたか……」
痛みを堪えるかのように悲鳴を上げる巨大な船。それを尻目に、棺桶の艦長、まだ三十もいっていないような若い男が指示を飛ばす。
「ル級は無視だ。先に空母を叩く。旗艦さへ沈めれば此方の勝ちだ」
空を見上げると、艦攻艦爆の群れが蠢いていた。船員の一人が不安げに尋ねる。
「あの……あの中を突破していくなんて本気ですか?」
艦長の正気を疑うような発言だが、当の本人は聞こえないとばかりに「進め」と指示する。
その人物は普通ではなかった。軍学校を首席で卒業したにも関わらず、そいつは上官に「自分に棺桶をくれ」と頼み込んだ。幾ら優勝な人物でも棺桶に乗れば先は無い。そんな大方の予想に反して、その人物は棺桶を使いこなし、短期間で数々の武勲を打ち立てた。悪魔か死神か、はたまた救世主か、色々な名前が彼の周りを飛び交ったが、それ程までに彼の闘いは凄まじかった。
彼は棺桶が造られた当初の理念を、そのまま忠実に実行した。高速で攻撃を避け、近付き、魚雷を打ち込む。ただそれだけを徹底していた。
ヌ級を守るために艦載機が爆撃をする。が、僅か最小限の回避でそれを避け、魚雷を打ち込む。空母は本来艦載機を収納する必要があるため、動かないことを望まれる。しかし、向かってくる魚雷を回避するため意を決して動いた。艦首を三十度傾け前進し……駆逐イ級が辿った運命を同じようになぞった。魚雷が命中し船体が大きく傾く。そこから火がついたように次々と魚雷が命中し、遂に
ギギャ……
断末魔の叫びを残して海の藻屑になった。
艦娘のみで構成された特殊艦隊が到着したのは、丁度この時だった。そのとき旗艦を務めていた長門他八隻の艦娘は、その光景を見た。
茜色に染まる海。その彼方に撤退していく深海棲艦。そして……
「あれは……」
黄昏滲む水平線にただ一隻ただずむ水雷艇。
数々の船が火をあげる中、棺桶は若い艦長を乗せてゆっくりと母港を目指す。
夕日に灼かれたその船は、まるで返り血を浴びたかのように真っ赤で、嫌でもその名を連想させた。
死神、と。
シリアスってこういう感じでいいのかな……?