艦隊が帰投したのは、たっぷり日が暮れた頃だった。大勢の人間が医療室に運ばれていく中、兵舎に戻る姿が一つあった。
母港の鎮守符に帰還した水兵は、いの一番に水雷艇の艦長を捜した。それなりの怪我は負っていたが、それよりもあの水雷艇の方が気になって仕方が無かった。
(眉唾な噂だと思っていたけど、実際に居たなんて……)
向かった先は尉官用のラウンジ。中からは大きな笑い声や喋り声が漏れていて、思わず戸をたたくのを躊躇ってしまう。
意を決して戸を叩こうとしたその時、後ろから「何か用か?」という若い声がかけられた。
「え……あ、失礼しました!」
思わず敬礼の姿勢をとってしまう。水兵に声をかけた男の肩には中尉の腕章がついていた。
「おう、ご苦労さん。大変だったんだってな」
労う様に水兵の肩をポンと叩く。それに恐縮する水兵だったが、意を決したように「かの水雷艇の艦長殿はいるか」と尋ねた。一瞬変な顔をした中尉だったが、直ぐに思い出したように手を叩いた。
「ああ、大尉殿のことか。生憎だが今、視察に訪れた元帥殿に捕まっているぞ」
「そ、そうでありましたか……」
思わず肩が下がってしまう。そんな水兵に、中尉は「それより一杯やらないかたまには君のような美しい人とヤりたい」と軽い言葉をマシンガンのように打ち出した。
「あ、あの……そういう訳には」という水兵の言葉を無視してラウンジに引っ張っていこうとした中尉だったが、水兵の腰に手を回そうとしたその手が突如がしりと捕まれた。
「何をやっている?」
「へ?あ……」
「げ……大尉殿のお帰りだ」
そこにいたのは、ぐったりとした顔の男だった。階級章は大尉を表していた。
「ちょっと夜戦をと思って……」
「あほ。鎮守府でナンパ活動するな」
「なんだよ良いじゃねえかよ。可愛い娘はみんなお前が持って行っちまうんだから……」
およそ上官に対する口の効き方ではないが、当の本人は気にした様子もない。相変わらずだなと言ったきりだった。
そんな二人のやり取りを、水兵は夢でも見ているかのように見ていた。思わず大尉の顔をまじまじと見てしまう。
「……ん?」
その視線に気付いて大尉は、直ぐに水兵に視線を移した。
「で、こちらは?」
「薄情な奴だな。さっきの鎮守府防衛作戦でお前が助けた船乗りだよ」
「解るわけ無いだろ。四十ノットで移動する船から一人一人の顔を見分けろってか」
面白くなさそうに大尉に教える中尉。ぽかんとしていた水兵だが、慌てて敬礼して自分の素性を名乗った。しかし、
「敬礼までしなくていいですよ」
いやに丁寧な大尉の言葉で押し止められた。
「一日中敬礼されたらこっちの身が持ちませんから。こいつみたいに気楽に接してくれたらいいですよ」と、愛想笑いを浮かべる大尉。思わず「は、はあ……」と解ったか解ってないのかよく解らない返事をしてしまう。
(何なんだろう、この人……)
アウトローな感じはしない。髪はかなり伸ばしているが、無精という感じはしない。軍人にしては意外な清潔感があって、そのまま街を歩いても声をかけられるかもしれない。
じーと見ていた水兵だが、大尉の「えっと……何か用でも?」という声で我に返った。
「そ、そうだった……あの、先の戦闘では助けて頂きありがとうございました!」
その言葉に、最初は不思議そうな顔をしていた大尉だが、ああと言うと柔らかに笑った。
「私は任務をこなしただけだけですよ。恩を無理に感じる必要はありません」
「いえ、でも……」
「それより」と大尉の声が先を遮った。
「助けて貰ったことに恩を感じるならまずは医務室に行きなさい。多分肋骨のあたりに皹が入っていますよ」
微妙に前屈みになった水兵を見て、軽く背中を「早く行きなさい」と叩いた。
※
顔を真っ赤にした水兵が去った後、大尉は軍学校時代からの友人に付いてくるよう告げた。
「なんだよ、人に言えないことか?」
「概ねそんなところだ」
いつの間にか、彼の口調は戻っていた。二人が向かったのは、鎮守府から出た所にある酒場だった。途中、お前のせいでナンパの成功率はいいが一人も食えないとか、鏡の前で己を省みろとか、色々あったが、酒が来ると軽口がピタリと止んだ。
「で、話って……」
酒を注ぎながら親友の顔をみる中尉。酒場は賑わい時で騒がしく、大声で話さないと聞こえない。大尉は、中尉に聞こえるか聞こえないかの声量で話しかけた。
「死神神話が終わった……」
思わず言葉が鋭くなる。
「一体何があった?」
「……私が受けた任務は元々二つあった。一つは鎮守府防衛作戦の支援任務。もう一つは、近海の哨戒任務だ」
一旦口を止めると、大尉は酒で唇を湿らせた。
「支援任務は、到着が遅れたものの取りあえずは成功した。しかし……」
「哨戒任務は失敗したのか?」
「ああ、失敗どころか防衛ラインを突破され横須賀の艦娘の手を借りることになった」
深海棲艦が出没する今の時代、哨戒任務は命懸けな仕事だった。別に失敗したからと言って、直ちに評価が下がるわけではない。寧ろ、大尉でも作戦を遂行することが出来ない敵が現れたと言う評価になる。
「それで、敵の編成はどうだった?戦艦級でも居たのか?」
大尉が失敗したのだからさぞかし大層な艦隊だったのだろうと思った中尉だったが、大尉が口にしたのはもっと軽い艦隊だった。
「軽巡一に駆逐三?戦艦ル級を撃退した奴の戦果とは思えないな」
その程度の艦隊なら既に大尉が何度も撃破している。まあ、信じられない話だが。しかし、話の詳細を聞く内に事態はもっと切迫感したものだと判明した。
「赤かった?」
ああ、心なしかだがな。と酒を注ぐ。
「酸素魚雷を打ち込んでみたのだが、効果が全く見られなかった」
いつものように大尉は、弾幕の嵐を抜けてイ級の口に酸素魚雷を直撃させた。普段ならそれで任務は完了するはずだった。しかし、その赤いイ級は傷一つ負わなかったらしい。
「逆に追いつめられて横須賀の艦娘に助けられた……」
もっとも、その時旗艦を務めていた榛名と名乗る艦娘も異例な事態だと述べていた。曰わく
『榛名も大尉殿の考えと同じです。今回の敵は……少し曖昧な表現になってしまいますけど、変でした』
との事だった。
「現行兵器が通じない敵が現れた以上、私も無力だ……元帥殿も同じ考えだったよ……」
「待て!元帥殿が来られたのは視察じゃなくて……」
「ああ。赤い深海棲艦について、直接俺から聞くためだったよ……半分はな」
「半分?」
何か含んだような言い方に引っかかった。見ると、大尉は軍服に赤ワインを零してしまった時のような顔をしていた。
「元帥殿がこの鎮守府来たもう一つの目的はめぼしい人材を集める為だったようだよ」
「めぼしいって……まさかお前…!」
目を付けられたのか?と無言で確かめた。
「ああ、本日二一○○付けで今までの功績を讃え少佐に昇格。更に特別任務拝命につき、二階級特進で二一一○で大佐に昇進、だとさ」
その、あまりにも急な友の出世に、中尉は酒を口から零してしまった。
「それ……マジか?」
「二回分死んだような気分だよ……」
げんなりしたように俯く大尉だった大佐。
「なんでそんな無理矢理な理由で階級が上がるんだ……大体特別任務って……」
今の時代、特別任務という言葉以上に油断のならないものはない。大抵失敗が解っている任務の人柱にされて終わるからだ。ごくり……とのどを鳴らす。果たして、大佐の口から出た答えは……
「は?艦娘達の提督?」
「ああ。新設される舞鶴鎮守府は横須賀や呉と同じで、艦娘のみで構成された鎮守府になる予定らしいが、そこの提督をやれとの命令だ……」
艦娘とは、二次大戦において造船された大日本帝国海軍の軍艦が人の生命を得て蘇った船の事である。その力は深海棲艦と同等と言われており、艦娘を包む神秘のヴェールは現代の専門家達も「なにコイツ等マジ意味不」と解読できないでいる。
今回、大佐が任じられたのは「艦娘を率いて深海棲艦に対抗せよ」というものだった。
「まあ、確かにお前なら適任かもしれないが……ガキの発想か?最強と最強を重ねれば無敵になるっていう……」
「話によると、この大佐という階級も戦果次第では一時的なものになるってさ」
それで漸く話が見えた。隣に座る友人が異例の出世をしたのは、舞鶴の地で提督業をさせるためらしい。ただし、それは半ば元帥の独断によるもので……
「それ、失敗したらお前どころか元帥殿の立場も無くなるぞ……?よく受ける気になったな……」
呆れ半分感心半分という顔をする。
「私も確認したさ。『正気ですか?何か嫌なことでも在りましたか?良ければご相談下さい。人生投げるにはまだ早いですよ』って何度も念押ししたが、元帥殿の意思は堅いようだった」
「よく首が繋がっていたな!?」
好々爺然とした顔を歪ませて『ふぇーん!目にかけた部下が苛める~!』と泣いている元帥の爺さんを想像して、また酒を吹く中尉。
「何を想像したんだ?」
「元帥殿が国崎最高ー!してるところ」
「ぶっ」
ネタが通じて同じく酒を吹き出す大佐。
「まあ良かったよ。お前に理不尽な命令が下された訳じゃないって解って」
「お前……」
中尉の言葉に目に涙を浮かべる大佐。
「お前……やっぱ良い奴だよ」
「当たり前だろ!俺とお前の仲だろ?」
「私の出世祝いにここの払いを持ってくれるなんて……」
「あれ?俺そんなこと言ったっけ?」
「言った言った。大佐殿最高です一生付いていきますここの払いは私目にお任せくださいってちゃんと言ってたぜ?」
「そんな取って付けたようなゴチになります宣言があるか!」
「みんな、聞いてくれ!俺の出世祝いに今日はこの中尉殿がみんなの酒代を払ってくれるぞ!」
「人の話を聞けよ!?」
「私とお前の仲だろ?」
「あっ!なんかやだなその笑顔!?」
『大佐殿最高おおおお!』
「ちくしょおおおお!」
何故だか今店にいる全員の支払いを中尉が持つことになっていた。しかもこれ幸いとばかりに看板娘が付けの分まで請求してきて、「大佐殿最高おおおお!」と友人の腕に抱きついていた。
「畜生……なんで僕ばっかり……」
こうして、新しい舞鶴の鎮守府は新米の提督を迎え入れることになった。これは、日々強大化する深海に対して最強の死神に艦娘を統べさせることにより対抗するものであった。
しかし、新しく提督となったその男は近年例を見ないほどに優秀であったが、同時にある欠陥を抱えていた……
あれ……艦娘が登場していない?