東方零短録   作:零ミア.exe

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なんかリクエストらしきものを受信したので。
ほら、ご希望のさとりんだよ。
…多分。

注意:『彼』の声が出ない云々は個人解釈でどうぞ


知らず、覚れど、覚れず

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

彼との出会いは突然だった。

私はある日突然、スキマによって外の世界に放り出された。

初めは『外の世界はこうなっているのか』とか、そんな暢気なことを考えていた。

だが、日が暮れると途端に状況が変わった。

 

寝床がない。

 

当然、幻想郷にいた私には、外の世界に住む場所など無い。

私は人気のない裏路地に一人で潜み、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちていた。

八雲紫が気付くまで時間がかかるだろうから、気付くまでの間の辛抱だと。

 

だが、一向に迎えに来る気配がなかった。

そんな時に、彼が現れた。

 

『きみ、だいじょうぶ?おかあさんとかは?』

 

そう書かれている紙を渡された時は、私も非常に驚いた。

何故ここに彼が──人が通ったのかと。

話しかけてきた理由は、差し出された紙を見て察せる。

私の容姿が幼いからだろう。

一つの希望を胸に、私が首を横に振ると、彼がメモ用紙に走り書きで文字を書き込む。

そして、その紙を引き千切り、私に渡した。

 

『なら、うちにくるかい?』

 

私は思わず彼の顔を二度見した。

彼の顔には切りつけられた時に付くような傷跡がいくつか残っており、過去に何かがあったことを物語っている。

一番目に付く場所は、喉元だった。

彼の喉には、『一』の字のような深い傷跡があったのだ。

筆談なのは、恐らくこの傷が関係しているのだろうが、この場では関係ない。

彼のことを疑い、私は彼の心の中を読んでみた。

しかし、私の能力で心を読んでみると、そこに雑念などなかった。

ただ純粋に、困っていた私を助けたかったらしい。

外の世界にも、物好きな人もいたものね。でも、彼なら妥当なのかもしれない。

 

彼は喋ることが出来ないから。

 

困ってる人を見ると、声を出すことが出来ない自分を投影してしまうのだろう。

彼はそういう性格だと思う。

私の思い込みに過ぎないが。

 

「いいん、ですか…?」

『きみがいいならだけどね』

「えっと、じゃあ…お願いします…?」

『はい。おねがいされました。』

 

彼は紙を渡し、無言で私に微笑みかけた。

私はこの時、彼の微笑みに一目惚れしたのかも知れない。

よくある、漫画のヒロインのように。

彼は私を、『何も言わずに』拾ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

彼の家に着くと、彼は私をリビングに案内してくれた。リビングにはテーブルが置かれている。

『それがなんだ』と思うかも知れないが、椅子が一つしかないのだ。

そして、私はその唯一の椅子に座っている。

 

「えっと…辛くないんですか…?」

『だいじょうぶ。しんぱいしなくてもいいよ。いまきゃくようのベッドととのえてくるから、まってて。』

「えっと、私漢字読めるので、普通に書いても良いですよ」

 

彼の表情が驚きに変わる。本当に子供扱いでした。

これでも、貴方より生きてるんですよ?

 

『分かった。じゃあ、少し待ってて。』

「はい。わかりました」

 

彼が戻ってきたら、私の事を話すとしましょうか。

妖怪であることも含めて、ですけど。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『…君が妖怪だということはわかったよ。…なんか僕に聞きたいこととかある?』

「信じるんですか?」

『そんな話を聞いて信じない方がおかしくないか?それよりも、聞きたいことある?僕は誰かとかさ』

「じゃあ、えっと…なんで声を出さないんですか?」

『…聞きたいの?』

「私の事も話したので、貴方が良いのなら聞きたいです」

 

彼は若干渋るような顔をするが、すぐいつもの和やかな表情に戻った。

心を読んでみたのだが、私の事を聞いた所為か、『自分の事も話さないと失礼だろう』と思っていた。

 

『実は昔、ある事件に巻き込まれたんだ』

「事件…?」

『僕はその事件で、喉をナイフで切り裂かれたんだ。この顔の薄い傷跡も、その時のものなんだよ』

「喉を切り裂かれたんですか!?」

『そうそう。幸い、傷が浅くて命は助かったけど、声帯はボロボロだったんだ』

「声帯…とは?」

『声を出すために必要な部分…かな』

「そこが、無くなったと…?」

『無くなった訳じゃないよ。今は少しずつ治ってきているから、大丈夫』

「そうなんですか…」

 

彼は回復には向かってると言っているが、私にはそう思えない。

もし回復に向かっているのならば、こんなことは思っていないはずだ。

 

──『これで、少しは安心してくれるだろうか』などと。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

私が彼に拾われてから、約二十四日。

私は徐々にこの生活に慣れ始め、こちらの世界のルール(法律)も少し覚え始めた。

今日も何事もなく一日が過ぎ、私と彼が各自の部屋に戻った頃。

私は喉が渇き、夜中に目が覚めてしまった。なので、台所に行こうとしたのだが、台所に行くには、彼の部屋の前を横切る必要があった。

廊下を歩いていると、そんな彼の部屋から、廊下へと光が差し込んでいることに気が付いた。

彼が何をしているのかが気になり、そっと部屋を覗き込んだ。

 

「…ッ!………ァッ!ゲホッ…」

 

そこには、口から血を吐いている彼の姿があった。

彼が声を出そうとすると、その度に血を吐きだしていた。

私が彼の心を読んでみると、その行動の理由がわかった。

 

『私と声で会話したいから』だった。

 

その心の声を聞いた私は、そっと見守ることしか出来なかった。

きっと、邪魔してはいけないから。

彼が、私の為に必至だったから。

彼は、私が近いうちに幻想郷に帰ってしまうことを知っているから。

私にはバレていないと思っているのでしょうけど、彼は私の知らないところで八雲紫と出会っていたらしいのだ。

そこで、彼が時間を欲していたのも、私は知っている。

だからこそ、私は見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから七日後。

私達は今、とある神社の境内にいる。

周囲に人の気配はない。

 

『今日でお別れだね』

 

目の前の彼から渡された一枚のメモ用紙には、書き慣れているであろう整った楷書の文字があった。

それを受け取る私の隣には、妖怪の賢者、私を迎えに来た八雲紫が立っていた。何故か分からないが、八雲紫の心が読めないのは、この際置いておこう。

今彼は、八雲紫と話をしている。八雲紫の美貌を見ても、彼の心は動かされていなかった。それがまた、彼らしいと言えば彼らしいのだろう。

 

結局、彼は声を出すことが出来ていなかった。何度も出そうとはしていたのだけれど、出るのは血の塊だけだった。

 

彼は私の能力のことを知らない。妖怪だということは知っているが、私が何の妖怪なのかまでは知らずにいる。

理由は単純で、私がそのことを口にしていないから。

 

──私は最低な妖怪なのだろうか。

 

陰で努力している彼のことを蹴落とすかのような能力を、私は隠し持っている。

このまま彼に隠していても良いのだろうか。

隠したまま彼と別れたほうが、彼には良いのだろう。

 

──でも、私には出来ない。

ここまで私の為にと、体に負担を掛けてまで尽くしてくれた彼に、本当のことを隠したままなんて、きっと帰った後に後悔し続けるに決まっている。

それに、彼には私の本当の事を知っておいてほしい。

 

「では、これで失礼しますわ」

 

どうやら、八雲紫との話が終わったらしい。

とすると、これがラストチャンス。

 

──勇気を出せ、私。嫌われても良いんだ。本当のことを、彼に伝えることが出来れば。

 

 

「あ、あのっ…」

 

私の呼びかけに首を傾げる彼。

この仕草も、今日で見納めとなるとすると、少し寂しい。

 

──一つだけ方法がある。この仕草を、見納めにしない方法が、一つだけ。

でも、それには私が──。

 

「私の話、聞いてもらってもいいですか…?」

 

彼はコクン、と頷いた。

何かを察し、気を利かせた八雲紫がスキマに入っていった。恐らく、時間は十分にあるのだろう。

 

「貴方は、私が妖怪だということは知ってますよね?」

『勿論。君が話してくれたからね』

「では、私がなんの妖怪なのか、知ってますか?」

 

彼は首を傾げつつ、メモ用紙に文字を書き込んでいった。

 

『わからない、かな。紫さんみたいに、容姿だけで判断するのは難しいみたいだし』

「です…よね」

 

勇気を出せ、私。今日で彼とお別れでしょう!

 

「実は、私は──」

 

 

──心を読む妖怪、覚妖怪なんです。

 

 

その言葉を聞いた彼の表情は、見えない。否、見たくない。

それでも、驚いていることだけは非常によくわかる。

 

「幻滅、しましたか?私は、今までずっと、貴方の心が読めるということを、隠していたんですから…」

 

…可笑しい。彼の心から怒りとか、嫌悪感とか、負の感情を読み取ることが出来ない。

心の中で動揺している私をよそに、彼はいつも通りに紙に文字を書き込み、それを切り取ってこちらに見せた。

 

『大丈夫。そんなことで君を嫌いになったりなんて、絶対しない』

「…!」

 

彼は不意にこちらに近づいたかと思うと、私を優しく抱き包んだ。

呆気に取られている私に、『彼は』声をかけた。

 

「だから…僕の前で、泣かないで」

 

私はこの声に反応し、顔を上げた。泣いていたのは、恐らく無意識のうちだったのだろう。だが、それよりも驚くことがあった。

 

「…あ、貴方…声が──」

「このくらいの声を出すことでさえ、今の僕には凄く…死ぬほど辛いんだ。それでも、『今だけは声で送り出す』って、決めてたんだ。二度と声が出せなくなろうと、ね」

 

彼の声は細く、今にも消え入りそうな声だった。それでも、私の心には強く残る声だった。

 

「ど、どうして…」

「君に、安心して、元の場所に戻って欲しかったから、かな」

 

今、彼の心を読んで、私は全て察した。

彼は、妻と子供、つまり家族を失っていたのだ。

彼が言っていた事件の犯人は、彼だけでなく彼の家族全員に手を下していたのだろう。

彼が医療施設に運ばれて一命を取り留めたというのは、一番最後に手を下されたのが彼だったからなのだろう。

そして、彼が退院したその日の帰り道、路地裏に崩れ落ちていた私と出会った。

きっと、初めは失った子供の姿を私に投影していたのだろう。

 

だから、見捨てることが出来なかった。

だから、私を何も言わずに拾ってくれた。

 

でも、私と暮らし始めると共に彼は、失った妻の姿を私に投影していた。

きっと、雰囲気が私に似ていたんでしょう。

容姿が似ているというには、私は小さすぎますからね。

 

「そういう、ことだったんですね」

「…ああ、だから…泣かないで、くれないか…?」

 

そういうことなら、仕方がない。

いや、仕方がないというと、語弊がありますね。

 

「…わかりました」

 

──諦めざるを得ませんね。

 

この気持ちは、そっと私の心の中に仕舞っておきましょう。きっと、これが『正解』なんでしょう。

私が涙を拭きとると、彼は私を離した。そろそろ、彼とはお別れしなければならないのでしょう。

 

「今まで、ありがとうございました」

「いいんだ。僕が、好きでやっただけ、だし」

 

私は彼に微笑みかけた。

彼も、私を拾ったあの時に見せた、あの微笑みを返してくれた。

 

「では、お元気で」

「さとりも、な」

「はい」

 

その言葉を最後に、彼に背を向け、スキマに向かって歩いていった。私がスキマに入ると、徐々にスキマが閉じていった。

スキマが完全に閉じる前に読んだ彼の心の中は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は…幸せ者…だな」

 

スキマが完全に閉じ切ると、僕は膝から崩れ落ち、境内に横たわった。

彼女は…このことまで知ってたのかな。

まあ、どっちでもいいか。

僕にはもう、知る手段なんてないし。

 

「…さとりの前で、声が出せる、ようになって、よか…った」

 

僕は元々受けていた余命宣告よりも、長く生きることが出来た。

それも、彼女の…さとりのおかげ、なのだろうか。

だとしたら、彼女には感謝しないとな。

僕の意識は、目を閉じると共に途切れた。

 

──我ながら、短かったけど、充実してた人生だった…なあ。




「彼は元気でやっているでしょうか…?」
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