ほっぽちゃん、菱餅と文章力くだちゃい
「ん・・・」
体に樽気を感じながらも、ゆっくりと意識を覚醒させる。視界に入るのは少し黒ずんでいる染みが目立つ壁紙と簡素な電灯・・・天井か?これは。疑問に思いながらも目を瞬かせてゆっくりと上半身を起き上がらせる。
なぜか軽く感じる頭痛で頭を抑えながら、周りをゆっくりと見渡す・・・簡素な部屋だ。箪笥とかテーブルとか最低限の物しかなく、横手には白いカーテンと窓が備え付けられていて、窓を覗き込めば広大な海が視界に広がる。・・・いい景色だ。
・・・あれ、何で俺こんな部屋にいるんだろう?ここは八十稲羽の叔父さんの家でも引っ越した先の実家でも・・・!
「・・・って!何で俺はこの部屋で寝ているんだ!?」
だんだん眠っていた思考が活動をはじめる。そうだ思い出した!ここは俺が借りていた部屋だ!確か昨日は一人で出撃していった眼帯の少女の天龍を助けに行って、それから大量の『深海凄艦』と戦って・・・!
・・・戦って?
それからどうなったんだ?どんな風に基地へ戻っていったんだ?それからの過程がどうしても思い出せない・・・困った。
首を傾げながらもベッドから降りようとして腹部に痛みが走り、顔を歪ませる。腹部を触ってみると、先日と同じようにまた包帯が巻かれている。ああ、そういえば『イザナギ』のダメージのフィードバックで腹をやられていたんだっけ。ガトリングやロケット弾を食らったことはあったけれど、砲弾や魚雷を腹に食らうとそうか、こんな痛みが走るのか・・・よく生きていたな俺、ペルソナで身体能力上がってなかったら即死だった。
そういえば、電や天龍はどうなったんだ?あの後大群を倒したはいいけど当の彼女たちは・・・。
ガチャリ
疑問に思っていると部屋の入り口のドアがノックもなく静かに開く。着替え中だったらどうするんだ?スケベ。そんな言葉が浮かんでいるのを他所に、礼儀を欠いた来客者が姿を現す。
「・・・あ」
水の入った水差しとコップが乗ったトレイを持った小さな来訪者――電が、俺の姿を見るなり驚きを隠せない表情を見せる。天龍はともかく礼儀正しい彼女がノックもなしに入るなんて珍しい。意外だ。それに、何を驚いた顔をしているんだろう?
「電か、ノックもなしに入るなんてどうし・・・」
「め・・・目が覚めたのです!!??」
無作法の訳を問いただす俺の言葉を大声で遮る。備え付けられているテーブルの上に乱暴にトレイを置き、慌てた様子でベッドに駆け寄って俺の手をとる。俺を見上げるその瞳は潤んでいて、訳も分からず混乱する。
「お、お怪我は・・・お怪我は大丈夫なのですか!?」
「ふ、腹部のことか?痛みはあるけど別に・・・っ!??」
言い終わる前に、俺の胴体にしがみついて顔を埋める電。
「ど、どうした!?俺は何か泣かせるようなことでも・・・?」
「よかった・・・よかったのです・・・あのまま、あのまま目を覚まさないかと・・・」
「???」
次第にすすり泣く声まで聞こえてくる。えと、俺そんなに泣かせるようなことしたか?っていうか包帯巻いている部分を強く抱きしめられるのはかなりきついんだが・・・唯でさえ艦娘は力強いと言うのに・・・。
「お、落ち着け・・・とりあえず放してく・・・」
「は・・・?はわわわわわ!!!す、すいません!」
だんだん蒼ざめていく俺の表情と、タップと言わんばかりの手の動きで、改めて自分が何をしたのか再認識したのか、顔を真っ赤にしながら慌てて離れる電。荒い呼吸をしながら、ああ、酸素って素晴らしいと感じる俺。危うくいろんな意味の天使の抱擁を受け、『・・・・・・目を閉じますか?』的な展開になるところだった。
「はぁ・・・はぁ・・・お、落ち着いたか?」
「な、なのです。すみません・・・」
「いや・・・いい」
しばし時間を置いて呼吸が回復した頃に再び電に声を掛ける。申し訳なさそうに・・・しかしまだ若干顔が赤い電がもじもじしながらそれに答える。さて、なにから尋ねれば良いだろうか・・・?
「えと・・・とりあえず怪我は無いか?」
「は、はい。電は3日前の戦いで怪我らしい怪我はしませんでしたし、天龍さんも、なんとかといったものの、とりあえずは無事なのです・・・お兄さんのおかげなのです」
「そうか・・・」
ほっとしたように一息つく。なにはともあれ、2人とも無事でよかった。結果的にこの基地も守ることができたから俺も・・・ん?
あれ、聞き間違いかな?今、妙な単語が聞こえたような・・?
「電、今なんて言った?」
「え?お兄さんのおかげ・・・」
「いや、その前」
「天龍さんも、なんとかといったものの・・・」
「ごめん、もっと前」
「電は3日前の戦いで怪我らしい怪我は・・・」
・・・・・・。
「すまない、今のところもう一回言ってくれるか?」
「はい?電は3日前・・・」
なぬ?
「え?3日・・・前?」
「そ、そうなのです!お兄さんは3日間眠り続けていたのです!あんな大量の敵と戦って疲れきった所為なのか、もしくは『あの後』に出てきたあの2体の所為で・・!」
まさにあいた口が塞がらなかった。3日間だと、俺はそんなに眠っていたのか!?精々7~8時間くらいの睡眠だと思っていたのに・・・いや、確かにいつ気を失っていたのかも分からなかったが・・・。
突然黙り込んだ俺を心配そうに電が見つめているのを他所に、無意識に右手で強めに頭を掴む。思い出せ、あの後一体何があった!?俺に何が!?目を強く閉じて思考の闇に耽る・・・。
・・・・・・。
深海凄艦の大群を倒した直後・・・。
「ふぅ・・・」
何とか勝てたか。気が緩むと同時に傍らのイザナギが役目を終えて光となって消えていき、荒い呼吸を繰り返す俺の声を除けば辺りには静寂だけが残った。さしずめ、嵐が去った後の静けさか?
ふと、剣を持つ手が視界に入り、自分の手が震えているのに気づく。なぜ?いや、答えは自問しなくとも分かっている。
あの時、深海凄艦を切ったときのあの手ごたえ、そして『轟沈』していくときのあの表情・・・。最初に出会ったあの魚と先程のヌ級と呼ばれていたあの化け物は、不謹慎な言い方だけど・・・人間と言うより『シャドウ』寄りの姿をしていたから攻撃するのにさほど抵抗は無かった・・・。しかし、今戦った『深海凄艦』はやけに人間の女性ぽい姿をしていた分、何かとんでもないことをしでかした気分になる・・・戦っているときは必死だったからそれどころではなかったが戦いが終わった今では彼女たちを切ったときのあの感触、海に沈んでいくときのあの絶望的な表情・・・なぜか、電の姉の死に顔と否が応でも重なってきて・・・それが、今になって・・・っっっ!?
胸の奥で、こみ上げる心地悪い感触に思わず胸と口を押さえる・・が、こらえきれず海に『手をついて』口の中までせり上がって来た酸っぱいものを海の上に吐き出してしまう・・・。
びちゃびちゃびちゃ!!と、背筋が凍るような気持ち悪い音が響く・・・が、すぐには納まってくれない・・・それから数分間、溢れ出る胃液と涙に苦しめられる。先程まで自分が仕出かした行為や罪悪感と一緒に・・・。
白く汚染された海の隙間から、海面が視界に入る・・・何も見えない・・・空が真っ暗になって明かりがなくなったからか?しかし、この海の底には先程自分が手に掛けた深海凄艦や、もしかすると、あの基地にいた艦娘達が・・・?
やめよう、もう考えたくも無い。何も見たくない。海水のきれいな部分を掬い取って口内に放り込む。塩辛い、今すぐにでも吐き出したい・・・が、それをこらえてガラガラとうがいをして口の中に残る酸を吐き出して袖で涙をぬぐう。
・・・足立さんも、こんな気分だったのかな?叔父さんの部下の刑事であり、去年の事件の真犯人であり、いろんな意味で堂島家の一員だった人の顔をを思い出す。
あの人が山野アナをテレビに"放り込んで”死体が上がった翌日、今の俺のように嘔吐していたっけ。はは、なんだか俺も殺人者になった気分だ・・・そう思うと想像の中の足立さんの顔が、歪な嘲笑を浮かべた気がしてそれを振り払うかのように首を激しく振る。
・・・こんなことをしている場合じゃない、戻ろう。天龍は知らないけど、妖精や電も心配しているだろう。すぐに戻らないと・・・。
そう思って立ち上がって進もうとしたとき、ふと、なぜか違和感を感じる。あれ、なんだろうこの感じ・・・何か頭の中で引っかかることがあるような・・・去年事件を追いかけるときに感じたのと同じ感覚・・・何かを、忘れているような・・・?
何だ?何を忘れている?・・・駄目だ、思い出せない。
結局、その違和感が拭えないまま憂鬱な気分で二人の元へと進む。
「・・・大丈夫か?2人とも」
最後の一人を沈めた後、周囲に敵の姿がいないことを確認して天龍と電の元へたどり着く。先程感じた違和感はひとまずそっとしておいた。
「ほ、本当に勝ってしまったのです!すごいのです!」
声をかけるなり、両手を振り回しながらこちらを尊敬の念が篭った視線で見上げる電。まるで今の俺の気分とは対照的だ。
「?どうしたのですか?顔色が優れませんけど・・・」
「・・・そう、見えるか?心配ない」
「?」
頭を撫でてなんでもないという風にアピールする。この様子だったら、遠くで俺が何をしていたのかも分からないみたいだな。それでいい、小さな子の前で余計な心配は掛けたくないしあまり見せたい光景ではないからな。
改めて二人の状態を確認する。先程のあの8体に襲われたときは焦ったが、どうやらこの様子なら心配ないな。電も目立った怪我らしい怪我も無いみたいだし、天龍のほうも服が破れて目のやり場に困る以外はなんとか大丈夫そうだしな・・・。
・・・見方によっては、俺がした行為は褒められた行為ではない。少なくとも仲間たちには見せたり話したくないのは確かだ。いかなる事情があるにしろ、多くの生命を奪ってしまったんだから・・・。
それでも、目の前にある二つの命が救えたことだけは事実だ。今は・・・その事だけに満足しておこう。手放しでは喜べる勝利の余韻とは程遠い気分であってもだ。
「あの、本当に大丈夫なのですか?もしかして、どこか怪我でも?
電の声に、我に返る。いかんいかん、また表情に出ていたのかもな、また心配そうな顔をしてこちらを見上げている。こういう子に限って人の感情に機敏だったりするんだよな。
「・・・はっくしょん!」
「はわ!?」
くしゃみをすると同時に電が驚いたように声を上げる。ぶるり、と身震いする。ああ、そういえば『マハジオダイン』の電撃から身を隠すために海に潜ったんだっけ。おかげで濡れた服が肌にまとわりついて気持ち悪い。
「・・少し、疲れたのかもしれないな・・・とりあえず、基地に戻ろう。妖精達に2人の無事を報告しないと、きっとみんな心配して待っているだろうから・・・天龍の怪我も見なくちゃいけないしな。ついでに俺も服を乾かしたいしな。風邪引く前に」
「あ・・・な、なのです!」
慌てて大きく頷く電。瞬間、天龍の名を出した事に反応したのか、さっきから会話に参加しない彼女のほうから視線を感じる。
・・・いや、気がしたの方が正しいだろうか?疑問に思って彼女に視線を向けても、本人は視線を前髪で隠してどんな状態なのかも、どこを見ていることかさえ、伺うことができない。
ただ、もし視線を感じたのだとしたら何だろう?やけにチリチリすると言うか・・・肌がざわつくような視線と言うか・・・。
「天龍さんの怪我も見ないとなのです!ね?天龍さん!」
俺の考えとは他所に、さっきからやけに静かな天龍に向かってにっこりと、電が笑顔を向ける・・・が本人は相変わらず顔を俯かせたままその声に反応しようともしない。まるで俺たちの声が聞こえていないかのように・・・まさか、気を失っているんじゃないだろううな?
「天龍?おい、どうした?まさか気を・・・」
「聞こえてるよ。基地に戻るんだろ・・・?」
面倒くさそうに返答を返す天龍。なんだ、起きてるんじゃないか。だったら返事位してくれても良いのに・・・そう思う中俺が見ている前でゆっくりと立ち上がろうとするものの、足元が危なっかしげ見ているこっちがハラハラする位だ。隣で電も口元を押さえて心配そうに天龍を見つめている。やっぱり、手を貸したほうが良いんじゃないか?そう思って彼女に向かって手をさし伸ばす。
「一人じゃつらいだろ?ほら、掴ま・・・」
パァァァァン!
「!!」
「っ!?」
「・・・自分で立てる。余計な真似すんな」
突然の事に俺と電も言葉を失う。
差し出そうとした手を払いのけられた、そのことを理解したのは手がビリビリとする感覚を感じてから1~2秒くらいのことだったと思う・・なぜ?
「お、おい・・・」
「後、いい加減俺の剣返せ。そのままネコババするつもりかよ?」
強引に、俺の手から強引に剣を奪い取る。が、その拍子にまた体制を崩しそうになる。やっぱり、立つのにも一苦労してるんじゃないのか!?
「て、天龍さん・・・その一人で帰るのは・・・」
「電の言うとおりだ。その体で無理を・・・」
「平気だっつってんだろ・・・余計なお世話だ・・・!」
再び差し出した手を再び強く払いのけられる。そのとき、ようやく前髪で隠れていた天龍の目が露になった。
睨んでいた。金色の隻眼がまるで俺自身を親の仇でも見るかのように捉えていた。まるで縄張りを荒らすものに対する狼・・・もしくは逆鱗に触れられた龍のような・・・先程部屋で見せた時の噛み付くようなあの瞳を。明らかな敵対心、拒絶、そして・・・そして?なんだろう、それ以外にもなにか違う色が混ざっているような・・・。なんだろう、どこかで見たような?
そう思う俺を他所に、それでも何とか立ち上がってこちらに背を向ける天龍。そしてそのまま進み始めるも、やはり俺や電と比べると進む力に力がなく、普通に歩いても追い抜かされてしまいそうなスピードだ。手助けしようにも、背中からでも感じる『拒否』の言葉が、先ほどの『テトラカーン』以上の強固さで張り巡らされていた。
「・・・・で・・・えが・・・」
「?」
ふと、微かに天龍が何かをぼそぼそと呟く。今、なんと言って・・・?
ズドン!!
「がはっ・・・!?」
口から、唾液と僅かな血液が吐き出される。突然背後から、強大な衝撃を感じ、視界が揺らぎそう・・・いや、実際に揺らいだ。傍にいる電が目を大きく見開かせてこちらを見ている。衝撃と電の驚きの正体を確認しようと、視線を下に向ける。
「・・・なんだ、こ・・れ?」
原因を目にして出てきた自分の声が、やけに掠れて聞こえる。
黒くて巨大な洗濯ばさみみたいなものが、自分の胴体を挟み込むようにがっちりと咥えている。いや、洗濯ばさみなんかじゃない。だって、こんなにも機械的で砲塔が乗っかっていて本物の歯が生えている・・・。『巨大な化け物の顔』みたいに。
声に反応したのか、前方にいた天龍が不機嫌な顔をこちらに向けるが、すぐに目を見開いて自分の武器をこちらに向ける。・・・正確には『俺の後方』に向けてだった。とんでいきそうな意識をなんとか俺もようやく後ろを振りかえる。
比喩抜きの白い肌に白い髪。リュックサックのようなものを背負い、胸元が露出したフードつきの黒いレインコートかローブのようなものを身に纏い、先程戦った奴等と同じ赤い瞳を宿した少女が立っていた。纏っているレインコートの下から白く長いものが伸びていて、それが今俺を咥えている化け物の頭と繋がっていた。・・・尻尾?
「くっ・・・イザナ・・・~~~!!??」
イザナギを呼び出して謎の尻尾を切ろうとした瞬間、『にぃ・・』と黒いレインコートが赤い瞳をぎらりと禍々しく光らせる。
瞬間、まるで咥えられている部分の内臓が逆流しているのではないかと言いたくなる様な激痛を襲う。口から声にならない悲鳴が上がる。んだよこれ・・・一体何が・・・!?
「お、お兄さん!」
俺の様子を見て半狂乱に叫びながら、たまらずに電が俺の元へ向かおうとする!朦朧とする意識の中「よせ・・・」と言おうとするも、唇だけが動くばかりで声が出ない。
レインコートの本体が、目障りだと言いたげな表情を電に見せて、俺を咥えている化け物の頭に乗っかっている砲塔が電の方へ向きを変えて・・・。
ドォォォォォン!!!
「っ~~!?」
どこからか俺を狙った・・・いや、正確には俺を咥えて離さない尻尾の化け物を狙った砲撃が尻尾の化け物を直撃する!さすがに少し痛かったのか、レインコートが僅かに顔をしかめる。が、それでも俺を掴む力を微塵も緩めない。
「電に・・・手を出すな・・・!『!
遠くのほうでいつの間にか仰向けの状態のまま、天龍が煙が立ち上る砲を構えて忌々しげに睨んでいた。おそらく砲を撃った衝撃に今の体が耐え切れずにひっくり返ってしまったのだろう。
レインコートがその張本人を不機嫌そうに睨む。よくも自慢の尻尾にぶち込んでくれたな!?とでも怒っているのだろうか?
「天龍さん!」
「電!お前はとっとと早く逃げろここは・・・!」
「で・・・でも!」
「早く・・・しろ!さもないと・・・!」
呆けている電に対して天龍が怒声を浴びせているその隙を逃さず、レインコートが黒い魚のような魚雷をどこからか取り出し、動けない天龍へと発射させる!両者共に突然のことで対応できず、驚いた表情でそれをただ見守り・・・。
「イザ・・・ナギィィィィ!!!」
気絶するほどの激痛をこらえながら素早くイザナギを召喚!魚雷のようなものに電撃を放って、間一髪で撃墜させる!爆風は多少食らったかも知れないけれどそこは勘弁だ!
「このぉぉぉ!!」
そしてそのまま気合を篭めながら、イザナギの矛を尻尾に向かって勢いよく振り下ろす・・・!
ドゴォン!!ドゴォン!!!
「ぐぁぁぁぁ!!!??」
レインコートがそうはさせまいとあの魚雷をイザナギにむかって連射する!リ級やチ級とは比べ物にならない威力がイザナギと本体の俺に直撃し・・・え?直撃?
先程抱いていた、頭の中で引っかかっていた取っ掛かりがカチンと音を立てて外れるようだった。ああ、そうだ。さっきから感じていた違和感の正体が今更ながらに気づいた。今魚雷をぶち込まれている最中だと言うのに、頭だけが、まるで外の時間を置き去りにして何万倍のスピードで動いているかのように何もかもがゆっくりに見えた。痛みもこの瞬間だけなぜか何も感じない。
そういえばこいつら・・・。
どうして
ザバァァァァァァァン!!!!!
勢いよく海面にたたきつけられる感触と音、そ激痛が俺の体を襲う。呻き声はなぜか出てこなかった。気絶できていないのはあいかわらずからだにくいこんでくるしっぽのばけもののせいか。
まずいな、あたまがぼーっとする。はたらけよのうみそ。ああ、おれねころがっている。それともういているのか?そらがくらい・・・よるだからか・・・いま、なんじ?
ぺちぺちと、かおをだれかにかるくはたかれる。だれだ?いなずまか?それにしてははだとかみがしろい・・・むかつくえがおでこちらをのぞきこんで・・・。
「ヤット会エタナ?『ワイルド』ヨ?」
は?いま・・・こいつしゃべった・・・?どういう・・・い・・・み・・・。
・・・・・・。
「そうか、そうだったか・・・」
目を見開いて思考の世界から現実へと意識を引き戻す。ゆっくりと目を開くと借りている部屋、心配そうにこちらを見ている電が視界に移る。
ああ、だんだん思い出してきた。不意を突かれたとはいえあの『深海凄艦』にやられたのか。マーガレットに知られたらきつい言葉とメギドラオンをお見舞いされそうだな。・・・色んな意味で危なかった。
「それにしても、やっぱりあれも『深海凄艦』なのか?」
「ちらっと耳にしたことがあるだけですけど、あれは恐らく戦艦『レ級』と呼ばれる種類だと思うのです」
「戦艦『レ級』・・・?」
俺の反芻する声にこくりと電が頷く。
「数ある『深海凄艦』の中でも強い力を持っている個体だと聞いたことがあるのです。歴戦の艦娘や提督でも手を焼く相手だと聞いております」
「そうなのか・・・」
確かに、相対しただけでもやばい雰囲気だった。疲れと不意打ちがあったとはいえ、一方的に俺を叩きのめしたあの実力。あのエリートの艦隊とは比べ物にならない強さだった。恐らく特捜隊やシャドウワーカーでも戦ったらやばい相手かもしれない・・・。
「まるで『刈り取るもの』と戦っているみたいだな・・・下手したらそれ以上か?」
「へ?」
「いや、なんでもない。こっちの話さ」
考えただけでも冷や汗物だが、この子心配かけさせるのはいただけない。話についていけない電に誤魔化すようににこっと笑みを浮かべる。
「というか、よくそんな相手に生き残れたな」
「・・・そのことなんですが」
再び、3日前。
「お、お兄さん・・・!」
先程エリート艦隊を全滅させたお兄さんをあっさりとやっつけてのけた、深海凄艦の中でも最強クラスの実力を誇るあの禍々しい乱入者、戦艦レ級。嵐を体現したかのような存在感と実力を持つ『深海凄艦』が今まさに、自分の恩人とも言うべき人物を・・・不気味な頭を持つ尻尾で締め上げている。残る頼みの綱でもある天龍さんも、先程の爆風で気を失っているし、よしんば目が覚めてもあんななんとか立っている状態では満足に戦えるとは思えないし、そうじゃなくても相手が悪すぎる。ならば今戦闘ができるのは自分だけ・・・勝てるのか?自分なんかに?弾切れを起こして、中破した天龍さんにも敵わない自分が?向こうからしたら自分の存在などちっぽけな蟻みたいなものだろう・・・だからといって、このままじゃあ天龍さんも、あの人も死んでしまう・・・どうすれば、どうすればいい!?
打開策が見当たらずに頭の中がぐちゃぐちゃになりかけているその時、レ級の首が、こちらを向いていることに気づき、息を呑む。
血の色を連想させるような真っ赤に染まったドロドロの瞳がこちらを見ている。殺意?嘲り?憎しみ?どちらにせよ、明らかな負の感情が篭った視線がこちらを射抜いている。
ふと、自分の体が震えていることに気づく。冷たい汗も止まらない。ああ、まさかこんな所で捕食される生命の気持ちが理解できようとは・・・いや、相手からしたらそれ以下だろう。たいした手間も無く片手の指さえあれば蟻を潰せるぐらいの感覚でこちらを殺せる。そういっても過言ではないだろう。
ドロリ、とした感覚を感じて前を向くと、悪魔がこちらを見ているのに気づいて心臓の熱がなくなったかのような錯覚を覚える。血を連想させるような赤黒い瞳がこちらを見据えている。その瞳に移るのは何なのだろう?殺意?嘲り?憎しみ?少なくともこちらに対して友好的な感覚ではないのは確かだ。
お兄さんを自前の尻尾で咥えたまま一歩一歩こちらに近づいてくる。逃げることも、動くことも出きずにただただ悪魔がこちらに近づいてくるのをやけに冷たい汗を流しながら見ているしかない。やがて何を思ったのか、握手ができるくらいまでこちらに近づき足を止める。
ニィとレ級が笑みを浮かべる。心臓がドクンドクンと聞こえてくるようだ。いっそこのまま気を失えばどれだけ楽なのだろうか?ああ、もう駄目だ。自分の命はここで終わるのだ。唯一の仲間を守ることもできず、恩人に恩返しすることもできずにこのままこの不条理な悪魔に殺されるのだ・・・。
レ級が笑みを浮かべたまま右手を上げる。あの手が振り下ろされるとき、私のちっぽけな命は終わるのだろう。さしずめ、あの右手は断頭台か・・・。
・・・ごめんなさい天龍さん。最期まであなたのお役に立てなくてごめんなさい。
・・・ごめんなさいお兄さん、助けてもらったご恩を返せなくてごめんなさい。
「・・・次に生まれてくる時は、平和な世界だといいな・・・」
もはや何もかも諦めて目を瞑り、ギロチンが落ちてくるのをただ静かに待ち・・・。
・・・?いつまでたっても何も起こらない?
疑問に思って恐る恐る瞳を開く。瞬間、青白く強い光が目に飛び込む。再び目を瞑りそうになるのをこらえて恐る恐る慎重に瞳を開く。
「こ・・れ・・・は・・・?」
自分とレ級との間に、一枚のカードがくるくると回りながら浮いている。何か絵柄が書いてあるようだが光のせいかよく見えない・・。レ級はさっきまでの余裕な表情とは裏腹に、ただただ目の前のカードを訝しげに見ている。
「このカードって、たしかお兄さんが・・・」
そうだ、どこかで見覚えがあると思えば、あの人がどこからか呼び出しているあのカードにそっくりではないか?
そう思うと、まるでこのカードが自分を守っているように思えてならない。これがこの場に出てきたのかは謎だが・・・。
「~~~っ!!」
忌々しげな表情を浮かべながらレ級が、「だからどうした!?」と、目の前のカードと自分に向けて右腕を振り下ろす。それを見て再び思わず小さな悲鳴が自分の口から上がり・・・!
じゃきぃぃぃぃぃん!
「・・・!!」
突然レ級の顔の横から、何かが突き出てくる。レ級が驚いて振り下ろそうとした手を止める。
「あ・・・・!」
小さな悲鳴とは別の驚きの声が、上がる。
レ級のちょうど後ろに、お兄さんが呼び出したあの異形の存在―――たしか『イザナギ』と呼ばれていた存在が、自分の武器をレ級の顔の横に突きつけていた。それ以上手を出せば切り捨てると、言わんばかりに。
レ級と私が、目の前の『イザナギ』と、相変わらず尻尾の化け物に咥えられている彼に視線を交互に向ける。
・・・相変わらず気を失っている、そのはずだ。故意でやっているのか、それとも無意識にやっているのか・・?けれど、そんなことはどうでもよかった・・・。
レ級が最初は驚いた顔を浮かべ、やがて忌々しげに歯軋りしながらイザナギを見つめ・・・そして私を見つめ・・・。
「・・・『流レヤガッタ』ノカ・・・!?」
「・・・へ?」
今、なんて?というか『深海凄艦』が喋って・・!?色んなことに驚いている自分を他所に、尻尾で咥えているお兄さんを乱暴に解放したかと思いきや、そのままどこかへ向けて高速でいなくなってしまった。
しばらく、何が起こったのか分からずにぽかんと、レ級が走り去った方向をただただ眺めていた。
「・・・っは!そうだ!こんなことしている場合じゃないのです!
慌ててレ級が投げ捨てたお兄さんの方へと駆け寄る。
「お兄さん・・・」
相変わらず気を失っているお兄さんの首筋に手を当てる・・・うん、脈はある。まだ息をしている。あれほどの攻撃を受けて外傷は腹部以外ほとんど無い・・・すごい、あれほどの攻撃を受けておきながらこんなので済んでいるなんて・・・先程の戦闘といい、やはりこの人は唯の人間じゃない。
ふと、先程まで傍らにいたはずのイザナギがいつの間にか消えうせている。役目を終えて消えたと言うことなのだろうか?・・・こんな状態になってなお、自分なんかを守るために・・・。そう思うと瞳の奥から熱いものがこみ上げてくる。
とにかく、この人と天龍さんを急いで運ばないと・・・二人とも、絶対に死なせない!
「2人とも、電が今助けるのです!」
「・・・トンダ計算外ガアッタモンダ」
わざわざサーモンから出向いてこれか・・・あわよくばあの場にいた艦娘共を全滅させてついでに虫の息だったあの基地もぶっ潰し、『例の男』も回収しようと思ったのだがあのデカブツ、『本体』が気絶しているのに出てくるなんてアリかよ・・・おかげで予定がだいぶ狂ってしまった・・・。わざわざ『モーレイ海』のエリート艦隊をぶつけたと言うのに、大した活躍も無いまま殲滅されてしまった。
・・・流石は話に聞いた頼れる『リーダー』と言ったところか?よくは知らないけど。
まあいい。ひとまずあの男は後回しでもいいだろう。とりあえずは全部ではないとはいえ、
忌々しい艦娘共め、今は精々笑って束の間の勝利にでも浸っていろ。
「ドウセ、最後ニ笑ウノハ私タチダ・・・」