あと、お気に入りが500を突破しました。これからも拙いなりに頑張っていきたいです!
遠くで、金属音と共に敵意ある声がその場に響く。近くの胴着コンビでも、セーラー服コンビでもない者から…。それを確認すると、最初は驚き、そしてすぐに眉と拳に力が入る。
「これ以上…抵抗しないでください」
さっきから戦闘に参加せずに、邪○眼ちゃんの介抱に徹していたはずの薄紫と桃色が混じったような頭髪を短く束ねている少女が自らの武装を電に向け、冷徹な視線をこちらに送っていた。現在武器を突き付けられている電は、抵抗らしい抵抗もできずに蒼ざめた顔でこちらを見ている。
「おま…」
「動かないでと言ったはずですよ?おっと、わかっていると思いますががそこの御仁も動かさないでくださいね?」
駆け寄りそうになった俺と、すぐさま矛を構えなおそうとしたイザナギを交互に見渡してから、電に突き付けている武器をさらに押し付けて抑制させる。さもなくば撃つぞと、言わんばかりに。
…まさか電を人質に取ってくるなんて。気づかれないように密かに歯ぎしりする。いや、こうなる事まで頭が回らなかった俺にも…いや、今はそんな場合じゃない。
どうする?さっきみたいに一か八かでまた『ブレイブザッパー』を放つか?いやだめだ。消耗した体に無理して放ったさっきの一発で、放つのは危険すぎる。そうじゃなくても、こんな博奕みたいなもので電を危険にさらすわけには…。
どうするかを、スクカジャをかけたみたいに必死に頭の中で考えを巡らすこと、わずか3秒。駆け寄りそうになる態勢を解いて、イザナギに矛を下ろさせる。
電が申し訳なさそうな表情で、何か口を動かす。なんとなく『ごめんなさいと』動かしているように見える。一方、電を人質に取った張本人は、俺達…というかイザナギが矛を下ろしたのを見て納得したのか目を閉じて軽く深呼吸してから、もう一度こちらに向き直る。
「…随分、えげつない方法をとるじゃないか」
「こっちとしても早く味方の救出と敵の撃破というこちらの目的を遂げたいわけですんで。そちら様にあまり好き勝手されるのも困るんですよ。深海凄艦を見逃すわけにもいかないですし…これ以上うちの提督の機嫌を損ねるのも嫌ですしね…」
「言っただろう、あれは天龍であってそんな風に言うなと…。しかも機嫌を損ねる?どういう意味だ」
「…こっちの話ですよ」
「え?え?何の話だ?」
何のことだ?という意味も込めたオウム返しに、返答をはぐらかされる。質問をあえて流した、というよりは深入りするなと、口の代わりに少女の目がそういう風に語っていた。
「…余計な事を喋りすぎちゃいましたか。とにかく、これ以上あなたとそのこの御仁はもう動かないでください。
大井さんと五航戦コンビの一斉攻撃をまともに受けて立っているタフさといい、大井さんをあっという間に戦闘不能にした事といい、真っ向からやるのには骨が折れそうなんで……」
「………」
「お願いですから、
「………!」
…こいつだって、本当はお前たちの仲間だろう?どうして彼女達は深海凄艦とか、艦娘とか、そういう下りにばかりこだわっているんだ?もっと、大事なものは目の前にあるんじゃないか?
『人は見たいものだけを見、信じたいものだけを信じる。〝霧”に包まれた世界こそが人々の望みだ』
「そんなのが……この世界の『真実』だと…!?」
今度は俺の周囲で爆発が起こる!打ち上げられた海飛沫で体が濡れて、爆風で体が吹き飛ばされそうな衝撃と熱が襲って来る!ふらつきなりそうになりながらも、両腕で顔を覆う。
「動くなって言ってんのよ…」
爆風が収まると同時に、低い声でこちらに警告とも脅迫ともとれる声が聞こえる。恐らく後者だろうが。見渡すとあの胴着コンビのツインテールのほうが、こちらに弓矢を構えている。またお前か。
「翔鶴姉、この男は私が抑えておくから止めお願い」
「……分かったわ」
銀髪の子が頷くと、弓矢を構えてその矛先を武器を手放したイザナギ…というよりはその後ろにいる天龍に向けてくる。相変わらずこの期に及んでも何の反応も見せない。先ほどまでは抵抗しないでと願ったのに、今では逃げるなりなんなりしてほしいと思うのはなんという皮肉なのだろう…。
「て、天龍さん…!」
「お願いだから大人しくしてくださいね?電ちゃん…それと貴方も」
電を拘束している少女がさらに武器を押し付けて電に大人しくするよう促し、次にその目を俺に向けてくる…?
…何だあの目は。ただ冷徹なだけの目ではない…何か、違和感が…?
「艦載機の皆さん、これで最後です!」
「っ!」
銀髪の子の声と電のかすれた叫び声で、一気に現実に引き戻される!放たれた矢がとうとう、イザナギと天龍の元へと放たれる!やがて先程のように、矢が艦爆機へと姿を変えて風を切るようなスピードで一直線に向かっていく!あのスピードでは最早向かったとしても間に合わない!
「これで…ようやく終わりですね」
『あの時、深海凄艦になっちゃった天龍ちゃんの艤装を剥がしてくれたおかげで、艤装に僅かに残っていた『私』がこうして天龍ちゃんの『中』に入り込む余地が出来たの~』
『…………』
『その点については、殴り合いとか熱血単細胞的なあの人の考えは間違ってなかったかも~。…天龍ちゃんに手をあげたことについてはいったん置いとくとしてだけど…』
俺の隣で何処からか自慢の薙刀を取り出して妖しい笑いを浮かべる『妹』。馬鹿は死なきゃ治らないとかよく聞くけれどどうやら、コイツの性格は『死んでも』治らないらしい…まぁ、コイツらしいといえばコイツらしいか…。
まあ馬鹿は死なきゃ~のくだりは今の俺が当てはまるか…。
『もう天龍ちゃんったら、さっきから似合わない難しい顔して。天龍ちゃんは難しいこと考えるのは、苦手の筈なんだから~……あ、それとも砲弾がお腹に詰まって痛いの~?』
『…………』
『も~う、重症ねこれは…昔だったら茹でた蛸みたいに可愛らしく真っ赤にしてたのに…』
『…相変わらずだなお前も』
『あっ、やっと反応してくれた しかもちょっと笑ったでしょ?今』
こっちが反応した事が余程嬉しかったのか。機嫌を良くして喋る『妹』
……昔からいつもそうだ。以心伝心してんじゃねえかってくらい、いつも俺が喜んだら一緒に喜んでくれるし、不機嫌になったら一緒に怒ってくれる…。まあその時の俺はいつもうざがってばかりで軽くあしらってたけれど、コイツはいつだって俺の隣にいて、俺の味方でいてくれた…心の中では、感謝してもしきれない。
…大事なものは失ってから気づく。全くそうだ、いや、俺はそれより質が悪い。大事なものと知りつつも、素直に物を言えなくて……。
『天龍ちゃんは、『ここ』に来る前に何か聞こえたんじゃなくて?』
『…は?』
急に何を言い出す?と、妹の顔がいつのまにか真剣な顔つきになっているのに気づく。思わず、思考を打ち切ってその瞳から目を離せずにいた。
『ここに来る前に、何か聞こえたはずじゃない?例えば、『自分』ともう一人の声とか…』
『っ!!??』
『その顔…どうやら図星みたいね』
なんで…その事を!?と、何故か口にすることが出来ずに代わりに顔に浮かべる。その意図に気づいたのか気づいてないのか、妹は話を続ける。
『それは恐らくまやかしなんかじゃない…それは紛れもなく天龍ちゃんの『普遍意識』の心の海に眠る天龍ちゃんの一面…そしてそれが彼が相手にしてきたものと同類…』
…確かに、ここに来るまでに俺はすごい嫌な感じの…自分の声を脳内で聞いた…。でもあれが、もう一人の『俺』だと!?
『きっとそれは、天龍ちゃんがひた隠しにしていたもの、見られたくない自分、抑圧された自分…でも、心のどこかでは認めてもらいたい自分…』
『あんなのが…俺だなんて…っ!?』
驚いている俺に、急に『妹』がそっと抱きしめてくる。先ほどの有無を言わせないような態度とは違う…本当に、優しい…。
『たつ…』
『辛かったわよね…誰にも頼ることもできずに…弱いと知りながらもたった一人で抱え込んでいて…私が『沈んじゃって』…ますます孤独になっちゃって…』
俺の胸に顔を埋めて、僅かに鼻声になる『妹』。
『ごめんなさい…そんな天龍ちゃんをたった一人残して逝ってしまって…私の大好きなお姉ちゃんを助けることが出来なくて…』
『……龍田』
違う、違うんだよ…謝りたいのは俺のほうなのに…俺の所為でお前の事を死なせちまって…こんな…こんな俺の為に…。
『確かにあの頃の皆はもういなくなってしまった…貴方が絶望するのも分かる…でも気づいて天龍ちゃんは一人じゃない…』
『で、でも…』
『確かに今のあなたは弱いのかもしれない…でもそんなあなたを誰も責められない…弱くたって、今のあなたに手を差し伸べてくれる人が、二人もいるでしょう…?』
『!』
『間違いをしても、今ならやり直せる…今だって遅くない…『もう一人のあなた』だって本当はそれを望んでいるはずよ…?』
『………龍…』
『いいや、『二人』じゃないさ…』
『『!!??』』
『今度は…『俺も』手を貸してやるとするよ…何、『娘』が二人になったと思えばな…』
「やらせ…るかっ!!
爆撃機から爆弾が投下されると咄嗟に、重たくなった天龍を突き飛ばして、イザナギが盾になるように両手を広げて爆撃の洗礼を受け、その巨体が揺らぐ!
「うぐ……あぁぁ!?」
「!?」
「お、お兄さん!?」
そして当然、そのダメージは本体である俺にフィードバックする!『俺自身』に直撃したものではないとはいえ、爆弾をまともに食らった痛みは毛ほども無くならない。さらに、先ほどから蓄積されたダメージも手伝って、俺の体が膝から崩れ落ちるが、残された気力を振り絞って、なんとか海面に手をついて倒れこむのを防ぐ。
「…なんであの化け物を攻撃したのに、貴方が倒れこむんですか…!?」
「な、何よ!?急にダメージ食らったよな素振りして…ふざけてるの!?」
「ハァ…ハア…」
攻撃した張本人は困惑を、その相方が怒ったような声を張り上げる。これが、ふざけているだけだったらどれだけ気が楽だったか…。
イザナギのほうをちらりと見る。今の俺と同じように、片膝を海面につけてうなだれ、その姿にはノイズが走っている…さすがにこれ以上はダメージを喰らってはいけないらしい。まずい…じゃなくて本当にもう『次』はないだろう…イザナギの状態から見ても、今の俺の状態から見ても。全身をガラスで突き刺されるような痛みと、40㎞を全力疾走したような疲労感…定まらない呼吸。今だってもう、気を抜けば気を失いそうだ…。そんな俺の姿を、約一名を除いて不可解な表情を…多少の事情を把握している残り一名は、もうやめてくれという表情でこちらを見ている…。
「…約束…したんだ…!」
だがそれでも、俺はそれでも…!
「基地にいる妖精たちに…そこにいる電に…
ぷるぷる震える足に活を入れて、ゆっくりとぎこちなく…そしてまた崩れそうになるのを踏ん張って立ち上がり、その場の全員に宣言する。
「天龍は…殺させはしない…!何度だって…何度だって降りかかる『理不尽』から守ってみせるさ…!盾になってやる…!」
「…何が起こっているのかよくわかりませんけれど、そんなボロボロの死に掛けで何を守ると…」
「守って…みせるさ…!!!」
大声で叫ぶと、また体がふらついて前のめりに倒れそうになり、片膝立ちになり……。
「例え、銃弾爆弾を立て続けに食らっても、何度でも立ち上がってやる…俺は…」
それでも、死に掛けの体を奮い起こして…また、立ち上がり…。
「『つながり』から逃げたり、見捨てたりしない!絶対に!!俺は…!!!」
「…死に掛けている癖に、何くっせー事言ってんだよ…」
声が…した。この耳にはっきりと…死に体に近いこの耳にはっきりと……。
そして全員が向く…その声が届いたある一点を…!
「しかも、また俺を殴るだと…?やめろよな…」
「あ、ああ……」
「そんな…まさか…!」
電が、声を漏らしている…それはどんな感情の意味だったのか…。まぁ、何となく予想がつくけれど…。
イザナギに吹っ飛ばされた『ツ級』の体が、ぱりぱりと『剥けて』いっている。まるでゆで卵の殻剥きを早送りで見ているようなスピードで…。そして、その奥から『在るもの』がどんどん姿を露わにしていき…。
「痛いんだからよ、お花畑が見えるほどお前の拳は…こりごりだからよ、もう」
やがて全ての『殻』が剥がれ落ち、蛹から蝶が羽化するかのように中から『その者』は、ゆっくりとおぼつかない足で立ち上がり…。
「て………」
「天龍さぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「そんな…馬鹿な…!」
「信じられない…夢でも…見てるの…!?」
「天龍さん!天龍さぁぁぁん!」
「うるせーな電…大声出さなくても聞こえてるよ…。あとなんだ、まるで捕獲された宇宙人みてーなその恰好は…」
周りの敵対していた艦娘が一斉にどよめきだし、電は感極まったような泣き声を大音量で響かせる。
「信じられない…まさか深海凄艦化から艦娘に戻すことができるなんて…」
「…人が意識失っている間に、随分面子が増えてんじゃねえか。中には懐かしい顔も紛れ込んでいるしよぉ」
そう言いながら、周りの人物の顔…特に電を拘束している少女と、邪○眼ちゃんを看病している少女の二人に目をやる。
「本当に…天龍さんですか?」
「よう、青葉…加古久しぶりじゃねえか。まさか他の三川艦隊とこうして再開するとは思わなかったぜ…」
どこか疲れたような雰囲気ではあるものの…角のような頭飾り、眼帯、男勝りなあの顔つき、言葉遣い。先ほどの狂気に取りつかれたような様はすっかり抜け落ち、どういう訳か先の戦闘で負ったダメージも完治している。 まぎれもない、天龍型軽巡一番艦艦娘『天龍』の元気な姿が、今は罰が悪そうに頬を掻きながらそっぽを向いている…。
戻ったのだ…自分のやったことが意味があったのかどうかはわからないけれども、天龍は戻ってきたのだ。そう思うと、こんな状態なのにも関わらず、笑みが零れる。体は最悪…なのに、心の中はまるで重荷が下りたかのように軽い。去年感じた…テレビの世界に落とされた人を救出する事ができた時のあの感覚が(約一名を除く)の中に去来する…。そう思うと、目頭が熱くなるのを感じた。
よかった…諦めなくてよかった…。
「久しぶりの再会を喜びたいところだけどよぉ、何があったかは知らねえがうちのかわいい妹分捕まえて何してやがんだ?」
「っ…!」
「場合によっちゃ…いくらお前でも…」
「…落ち着け、天龍」
青葉と呼ばれた少女に緊張が走る。怒気が強まっていき、腰にさしていた剣を抜きそうになっていたのを手で制する。一瞬本人が『何言ってやがる?』という風な目で見てきたのを首を振って示す。納得のいかなそうな天龍をひとまず置いておいて、青葉と呼ばれた少女に顔を向ける。流石に立っているのも辛くなってきたけれど、もうひと頑張りしなくてはならない…。
「…天龍は元に戻った。もう
ちらりと、遠くで眼帯の子に肩を貸してもらっている長髪の子に目を向け目が合うと、わずかに二人が身じろぎしてする。先ほどブレイブザッパーで艤装を切られた子は、一瞬驚いた表情を浮かべ、次にはキッと若干恐怖交じりの…それでも確かな敵意が籠った、油断のならない睨みをぶつけてくる…ですよね。無理もない、
そして当然、その姉を支えている眼帯の子もやはり、姉と同じような視線をこちらに…と思いきや、意外にも眼帯の子からは敵意という感情が感じられない。それどころか、目を見開かせて驚いているような素振りは見せているものの、その瞳にはなにか別の感情が込められている。
…あの目、どこかで見たことがあるような…そうだ、うまく言えないけれどまるで、自称特別捜査隊の後輩組…完二やりせ、そして直斗からいつも向けられているような物に近いような…気のせいか?そんなはずは…。
「…ざっけんじゃないわよ!!!」
場に生まれかけている奇妙な空気と、俺の思考をぶち壊す怒気のこもった声が轟雷のように轟く。
「さっきまで『深海凄艦』だった奴が、急に艦娘の姿になったからって戦いをやめるとでも!?
「ず、瑞鶴…」
「瑞鶴さん…」
例のツインテールがまたしても…この期に及んで弓を構えて臨戦態勢を解こうとはしない。近くにいる相方は対照的に、この状況をどうしたものかと、相方と天龍を交互に見て判断を決めかねている。
「この場にいる人達はいるのか知らないけれどね、少なくともあたしは納得していない!ソイツが本当に艦娘に戻ったという証拠でも…」
「て、天龍さんは元に戻ったのです!間違いないのです!!」
「だからその証拠はあるのかって言ってんのよあたしはッッ!!」
電のフォローをぴしゃりと跳ね飛ばすし、電が腕の中でびくりと震える。飽くまでも先ほど、目の前で起こった光景を信じられないらしい。天龍が元に戻ったという事実を、受け入られないつもりか…
「…天龍が、元に戻っていないという…証拠だってどこにある…」
ツインテールが、不機嫌そうにこちらに振り向く。それ以上に不機嫌な顔を俺は張り付かせて…。
「現実を見ろ…この期に及んでまだ天龍を沈めるつもりなら、こちらにだって…考えがあるぞ…」
「な、何…よ…!?」
軽快な音を立てながら現れたカードを握り潰して、天龍の傍にいたイザナギを俺の傍らに召喚し直す。相変わらずその姿はノイズだらけで今にも消滅してもおかしくないくらいだ…。それでも…ツインテールは少しびくりとしていたが、威嚇にはなったらしい…。
後は…これだけの人数を相手に俺の体がどこまで持つかだが…。
「お兄さん…」
電が弱々しくこちらを向いている。…心配するな…俺がこの命に代えてもお前らは助けて見せる…。そうなったら、あの時ヲ級に放った言葉に嘘をついてしまうことになるけど…。
もしそうなったら、あの世に行ったときにいつか皆に殴られないといけないなぁ…。謝らないと…いけないなぁ…。
「お兄…さん…」
「………あの野郎」
「来るなら…来い…!」
「っ!そんなボロボロの状態で私たちを相手にするとでも!?」
「そっと……しておけ…」
「…待って、皆…」
少し調子が悪そうな声が響く。電を拘束している少女の後方から、声の主が現れる。その姿を見たとき電を拘束している少女のみならず俺たち三人も思わず声を漏らす。
「ふ、古鷹さん!」
「古鷹さん!傷が塞がったとはいえあまり無理は…」
髪の色以外がよく似た風貌の艦娘に肩を貸してもらいながら、青葉と相変わらず捕まったままの電が呼びかけるのを手で制しながらゆっくりと近づいてくる邪○眼ちゃん。先程より幾分かは顔色と呼吸もよくなったみたいだが、それでもまだ万全の状態とはいいがたいのが見て取れる。
そんな邪○眼ちゃんと一瞬目が合う。と、弱々しくぼそぼそと口パクでこちらに何かを伝えると、さっと視線をそらせて仲間の艦娘の方へ向きなおる。
「おい、今のって…」
辛うじてとらえることができた口の動きに、どういう事だと聞こうとするも、こちらの言葉を遮るように言う。そして彼女の放った衝撃の発言に、周りの仲間たちがどよめきだす。
「…お礼、言いそびれちゃったな…」
彼女たちが去っていった方向を共に見つめながら、そう呟く。あのとき邪○眼ちゃんが皆に言った言葉によって、彼女たちは自分たちの帰るべき場所へ帰っていった。恐らくは俺達を見逃そうとするために…。
もし彼女があの場で言い出してくれなければ、俺達は今頃どうなっていたか…助けたつもりが、最後に俺達が
助けられる事になった…。特にあの瑞鶴と呼ばれた艦娘は俺達への疑いの目を失くすことはなかったし、下手をすればあのまま、俺達の内の誰かが…下手すれば全員が犠牲になっていたのかもしれない。それも彼女が機転を利かせてくれたお陰でこうして、三人ともこうして海面の上に立っていられる…。しかし結局お礼を言う暇もないまま仲間を連れて水平線の向こうへ消えていってしまった。
…そう言えば傷を縛るときに俺の上着を貸したままだった。俺も結局本人の名前を、本人の目の前で言えなかったし…お礼も言えなかった。
…また、会えるかな?その時が来るのを切に願うばかりだ。
「…いい加減離せよ、あと泣き止め」
「だって…だって…」
天龍の呆れたような声と、電のすすり泣く声に振り返りそしてふっと微笑む。しゃがみ込んでいる天龍の胸元に、電が顔を埋めてさっきから泣きっぱなしだ。流石にそんな電を振り払う事が出来ずに、天龍が困った顔で電の後頭部を見つめている。
「さんざん迷惑かけたんだ。それくらいは大目に見てやれ…」
「………」
その言葉に流石に思うところがあるのか、彼女の中で反芻しているらしい。流石に今回の事は余程堪えたのだろう。
と、不意に天龍の方からも、電を抱き返す。電の頭に顔を埋めながら。 その姿に、本当の家族になれた叔父さんと菜々子の姿が重なる。
それが、ほんの少しだけ羨ましい…い…。
バシャーン!
「「!?」」
驚いて後ろを振り返り、そして息を呑む。あの男がうつ伏せに倒れこんでいる!
「お、おにいさん!」
電が俺から離れて、倒れこんだあの男の元へ駆け寄り、上体を起こしながら仰向けにひっくり返す。
「お兄さん!お兄さん!!」
「…どいてろ、電」
電を押し退け、口に手を当てて息がある事を確認する。張り詰めていたものが解けて、安心したもんだから気が抜けたんだろう。こいつの今の顔、すごい穏やかだもんな。
…何が起こったのかは把握してないけど、身体中の傷だらけ、艤装も大破…余程無理をしたに違いない…。
「死にたがりの俺なんかを助ける為に、こんなるまで…馬鹿野郎…」
「……」
込み上げるものを堪えて、そいつの左手を俺の首に回して肩で抱える体勢になる。…ガタイがいいから予想していたけれど重いなコイツ。普段何食ってやがるんだコイツは…?服越しでも触った感触で、意外と体が鍛えこまれているのも分かる。ははっ、そりゃあ強いわけだ。
「天龍さん…お身体は大丈夫なのですか?」
「平気だ。どういう訳か傷は癒えているしな…それより早く帰ろうぜ…」
「…なのです!お兄さんを早く基地に連れて行ってあげるのです!」
元気いい笑顔で返事をする電。そういえば、今肩に抱えているコイツが来てからだよな…電がまたこうやって笑顔を見せるのは。
そういえばコイツ、名前なんだって言ってたっけ?最初の自己紹介の時に名乗っていたけれど、真面目に聞いてないせいで忘れちまった…まあいいや。コイツが起きたら今度はちゃんと聞いてみよう。そしたら、今度は聞かせようか、俺達の事を。俺は頭悪くて口下手で、うまく聞かせられるかどうかわからないけれどよ…聞いてくれるよな?今なら、ちゃんと話せられる気がするから…。
見上げた青空が、久しぶりにとても綺麗に思えた。
…天龍ちゃん、私はもういなくなってしまうけれど。『今の』貴方を支えてくれる人達がいるから…。
天国か、海の底で私は見守っています…。
お元気で、私の大好きなお姉ちゃん…。
私のお姉ちゃんを、よろしくねリーダーさん
私…邪○が…いや違った重巡古鷹は今、同型艦の加古に肩を貸してもらいながら所属する鎮守府に向けて只今絶賛帰還中です。
お腹に空いた穴と、戦闘で負った傷は先程の『高速修復材』でいくらかはマシにはなったけれど、まだまだ本調子とは程遠い。量が少なかったせいか、せいぜい最低限の致命傷から避けることができたというくらいか。帰ったら入渠か、もしくは定量のバケツで回復だろうな…。
「そういえば青葉、私以外の先遣隊はどうなったの?みんな無事?」
「ご心配なく、中破以上のダメージはあったものの、皆さんは誰一人欠けることなく帰還しましたよ。今頃は皆さんで仲良く傷を回復するために、入渠している筈ですよ」
「そっか…よかった…」
「ただ、あの『司令官殿』は今回の事で機嫌を損ねているようですよ…こりゃなんとか言い訳を考えないといけませんね…」
どこか疲れた顔で青葉がぼやく。ああやっぱりそうか、そうだよね…。私の救出の為にかなり無茶を言ってくれたっけ…青葉たちには悪いことをしたな…先遣隊の皆が無事だという事が不幸中の幸いかな…。
そういえば提督は、何故か私たちに課せられた任務についてなぜかご執心だったけれども、結局何だったんだろうか…?
「ところで、古鷹さん」
「どうしたの?青葉…」
「…さっき、皆の前で撤退しようって提案をしてましたけれど…本当なんですか?あれ」
「あっ、それ私も気になる」
「うっ、え、え~と…?」
肩を貸してくれている加古も、興味深そうに顔を向けてくる。青葉と加古に挟まれて、思わずしどろもどろの声を漏らしてしまう。
あの時、殿で戦っている最中、『ホ級』と『ヲ級』が突如戦線離脱したので、もしくかしたら増援を呼んでくるかもしれない…そうでなくても『中破以上』を二人も抱えている中でエリートがうようよいるこの海域にいつまでも留まるのは得策ではないと、苦し紛れの内容を皆に話して、撤退を進言したのだ。まあ、全部が全部嘘ではないのだが…。
「な~んか言い出したタイミングにしても、説明の内容も根拠も何もないしさ…現にあそこにいる瑞鶴や大井さん
だって、今だって疑わしそうな目つきをしているしさ…ていうか絶対バレバレの嘘だって思っているっての。古鷹って嘘下手だしね~」
「もう、加古ったら~…」
口では反論するものの、嘘が苦手という指摘にはぐうの音も出ない。実際、前述の二人に本当かどうか詰め寄られた時には、本当に危なかった。絶妙のタイミングで意外にも青葉がフォローに入ってくれなかったら、危なかったなぁ…。
「…古鷹さんから見て、あの御仁はどう思いました?」
急に話題を変えて、青葉が尋ねてくる。
「…恐らくここにいる全員が、あの方に脅威を感じた事かと思います。ここの班の主力の一斉射撃を受けて立ち上がる強靭さといい、大井さんを一発で戦闘不能にした戦闘力ともいい、恐らく野放しにしておくには危険だと思った筈です。いくらさっき半死半生で死に掛けてたとはいえ、一刻も早く沈めないと安心できなかったことでしょう…」
「…………」
「にもかかわらず貴方はあの場で撤退命令を出したのは明らかに、どうにかあの三人を救おうとしていたためとしか私には思えないんです…何となくですが。同じ『三川艦隊』だった天龍さんならどうにか助けたいという気持ちはわかりますけれど…あの御仁には貴方がそこまでする理由があったのでしょうか?…どうなんですか?」
珍しく真面目な顔つきで青葉が尋ねてくる。彼女がこんな顔をするのは、記者としてとんでもない特ダネを独占したときか、冗談抜きで自分の中の疑問を解決したい時かどちらかだ…。
それ程までに、助けたい理由…か。けれど青葉、それをわざわざ私に聞くの?
「それはさ、たぶん青葉だって理由はわかっているんじゃないかな…?」
「………!」
「確かに天龍を助けるためとか、先程深海凄艦に襲われて死に掛けた時に助けられた借りがあるとかもあるよ。…でも、それだけじゃない…」
続きを聞きたがる加古と青葉を他所に、一旦文を切って息を吸い込み続きを話す。
「…例えばの話だけれどさ、私たちが理想とする『提督』ってどんなイメージが付く?」
「ふぇ?」
「能力が優れているとか、規律をしっかり守るだとか、なんかカリスマ性とか色々なイメージの提督の理想像があるけれどさ…私はそれよりも、仲間の為に全力を尽くし、皆に希望を与えてくれる…そんな提督の元でこそ働きたいと思わない?」
「はぁ…」
「…あの人に、それがあったと?」
「少なくとも、自分がボロボロになりながらも仲間を庇い、深海凄艦に堕ちても最後まで天龍を元に戻すことをあの人は諦めなかった…普通の人はそんな事考えないよ…。未だにあの人の事は謎だれど少なくとも私には、そんな人が悪人だとはどうしても悪人だとは思えなかった…青葉だって、途中からあの人を見ててそう思ったんじゃない?
「………」
「でも、そう思ったからこそ私の撤退発言をフォローしてくれたんだよね?本当は青葉は優しいからね」
「ふ、古鷹さんったら!」
顔を赤らめて慌てる青葉。遠くから加古に介抱されながら私は一部始終見てたんだから…。任務を遂行するためにあえて悪人になったはいいんだけれど、あのシスコン番長さんの話を聞いて多少は心動かされた筈。だから途中から悔いるような顔をしていたし、撤退を進言した私のフォローもしてくれた…。
胴体に巻かれている、血まみれの服の上着に手をやる。あの時、深海凄艦になった天龍に吹っ飛ばされた私を介抱する時に、必死になって巻いてくれたこの上着…結局、返しそびれてしまった…だからいつか…。
「いつか、また会う時がきっと来る…その時は一緒に謝ろ?お礼も言いそびれてしまったしね…」
「古鷹さん…」
「今度こそ…」
ちゃんと名前で呼び合いましょうね?邪○眼じゃ、駄目ですから…私は古鷹、その時は貴方の名前も教えてもらいます。シスコン番長さん。
「翔鶴姉ぇ!鎮守府に帰ったら提督さんに今回の事報告してやるんだから!!あの野郎!今度こそ私たちの艦載機でぶっ飛ばしてやる!!」
「瑞鶴…」
「引っ込んでなさいよ甲板胸!あの男を倒すのは私よ…今回は不覚を取ったけれどいつかあの男にリベンジしてやるんだから!今度こそ本当の重雷装巡洋艦の力見せてやるんだから!!!そのためには木曾、アンタも力つけないとダメなんだからね!!」
「………」
「ちょっとアンタ、聞いてんの!?」
「ていうかそこの雷巡、アンタどさくさに紛れてなんて言った!?」
遠くでは、シスコン番長さんに煮え湯を飲まされた組(主に瑞鶴さんと大井さん)が大騒ぎしている。その妹をなだめようとしている翔鶴さんに、さっきから何か考え事をしているのか上の空の木曾ちゃん。そういえば彼女もさっきからあの人を見る目がどこか変わっていたような…。先ほどの戦闘で彼女も何か思うところができたのだろうか?
「あ~あ、あちらさんはギャーギャー大騒ぎして…こりゃあもう一つ言い訳を考えないと駄目だねえ…」
「はは、そうだ…」
バァァァァァン
「……ね……ぇ?」
加古のぼやきに答えようとした矢先、突然響く砲撃音…。
「しょ、翔鶴…姉ぇ………?」
瑞鶴さんが、悲痛な叫び声をあげている。一瞬の硬直から解けて振り返ると、ゆっくりと崩れ落ちる翔鶴さんの体…。
「瑞……か…く…」
「翔鶴姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
「ソノ報告、必要ハナイ。イヤ、ソノ表現ハ正シクナイカ」
「あ……ああ……」
「なんで……どうして…?」
カタコトの言葉が冷たく響く。その方向に振り向き、そして、その場の全員がまたもや表情を凍り付かせる。だって…だってその先には…。
「オ前ラニ、命自体ガ必要ナイ」
「なんで…『コイツ』がこんな所に…!?」
沢山の深海凄艦の随伴艦を連れて、巨大な砲塔を思わせる尻尾を覗かせた、黒いレインコートを着た小さな悪魔が、憎悪に満ちた紅い瞳をこちらに突き刺して待っていたから…。
ハッピーエンドかと思った!?残念!
ともかく、これでやっと次に進めます。自分も、天龍も。