では、駄文をどうぞ。
次の日の朝
建物の内部は、一言で言えば凄惨のという表現がしっくりくる有様だった。
通路の窓はほとんどのガラスが破られていて、無事なものを探すのが困難なほど。そこら中の壁や地面が、巨大な虫食いにでもやられてしまったのか、もしくは銃撃戦でも繰り広げられていたのかと疑うくらいの、大小無数の穴に侵略されており、通路は天井から落ちてきた瓦礫によって整備されていない砂利道を髣髴とさせる・・・まさに廃墟のような有様になっていた。一体何をすればこのような様になるのか・・・少なくとも、かつてこの建物にただ事ならぬ過去があったことが伺える。
そんな通路を、ある小さな一団が、瓦礫に苦慮しながらえっほえっほと歩いていた。
「急げ急げー!」
「あちこちに瓦礫が転がっているから気をつけろよー!」
「よーそろー」
一人が簡素な食事が載せられているお盆を頭上に持ち、残りの三人が、通りやすいように道を整えたり誘導している。あるときは瓦礫を越え、あるとき迂回し、その目的地を目指していた。
「・・・朝・・か」
窓から僅かに差し込む日光に意識が覚めて、閉じていた瞼を開く。朦朧とした意識のまま、壁の時計に目を向ける。午前7時前か・・・。
体にかぶさっていた毛布をとって軽く伸びをして部屋を見渡す。ああ、やはりこれは現実なんだな・・・見慣れた自分の部屋ではなく、素っ気無い内装の部屋が自分の目の前にあった。
窓に近寄り、カーテンを開けて窓を開く。昨日と同じ気持ちのいい天気だ。そして心境も昨日と全く同じ・・・。普段ならいい気分で鼻歌でも歌いながら朝食の目玉焼きでも焼いていただろうに・・・。
もしかしたら、昨日までの出来事は悪い夢か何かで、目を覚ませばいつもどおりの光景が広がるのかなと、楽観的なことを考えもしたがやはり、夢じゃなかったんだな。砂浜での出来事も、昨日の少女2人とのやり取りもしっかりと覚えている。これは夢だ、寝ている自分が見ている悪夢なんだと思いたかったがそうはいかなかった。これは現実、目の前で起こっていることは・・・。
「真実・・・か」
自分達が去年追い求めてやまなかったものが、まさかこうやって過酷なものとなって自分に降りかかってくるとは皮肉なものだ。重い、重過ぎる。今の俺はつらい真実に打ちひしがれそうだ。満足か?イザナミよ。
トントン
後ろのドアが軽くノックされる。電って子か?こんな朝早く何の用だろう?
「どうぞ」
そう言って、外にいる来訪者に入室の許可を与える。しかし、いつまでたっても入ってこない。変わりにまた、トントンとドアが2回ノックされる。予想だにしない反応に首をかしげながらも、ドアに近づく。・・・開けてくれって事なのか?
?マークを頭に浮かべながらも、ゆっくりとドアを開く。
「どうした、鍵は開いているぞ?そもそも鍵なんて・・・あれ?」
つい、気の抜けた声がでてしまった。いない、ドアを開いて通路を見渡しても誰もいない。たしかにノックの音が聞こえたのだが・・・。
「こっちですよ」
と、突然どこからか声が聞こえてくる。びっくりしてもう一度左右を見渡してもやはり誰もいない。幻聴か?流石にそこまで歳食った覚えはないのだけれど・・・。
「こっちですって、下ですよし・た。あ、それ以上進まないで、潰れちゃいますから」
「下?潰れる?」
声の出所に向かって、視線を足元に下げると・・・。
「やっと気づいてくれました?おはようございます」
「マルナナマルマル、朝食を、お持ちしましたです」
小さな一団が、ドヤ顔で俺を見上げていた。一人が簡素な食事が乗っかったお盆を片手で持ちながらもう片方の手で、もう三人が『気をつけ』の体勢で・・・合計四人の小人が敬礼をしてくる。ああ成程、確かにこんな小さかったら足元を見ないと分からないもんな。いや、納得納得・・・。
「・・・・・ん?」
「どしました?」
一人納得してから改めて足元にいる存在を凝視する。四人の小さな小人が、俺の様子に同じタイミングで首を傾げる。いや、あの、全力で首を傾げたいのはこちらのほうなんだが・・・。えっと。
・・・なんだこれ?
ぐぅー・・・・。
目の前の小さな存在にポカンとしていると、自分の腹から空腹音が鳴る。自然と俺と3人の小人の視線が俺の腹へと向かい、そしてすぐにそれぞれお互いの視線が交差する。うーん、気になることがいくつかあるんだけれど・・・。
「とりあえず、頂いてもいいかな?」
「妖精?」
「はい、私たちはこの基地に在籍する『工廠娘(こうしょうむすめ)』と呼ばれる妖精の一種です。」
ベッドに腰掛け、備え付けられていたテーブルの上にある簡素な朝食を食べながら、妖精と自称する彼女(彼?)達の説明に耳を傾けていた。
「他にも、『装備妖精(そうびようせい)』や『羅針盤娘(らしんばんむすめ)』と言った他の種類もいますのです、ハイ」
「可愛いだけじゃ、ないんだゼ!」
「はぁ・・・」
青髪の三つ編みおさげが礼儀正しく説明し、緑髪のショートヘアーの子がドヤ顔で胸を張っている。装備妖精に・・・羅針盤?一体何をする妖精なんだ?特に後者は。何かの行き先でも決めているのか?
「ええと・・・工廠ということは、何かを作ったりするのかい?」
「「「「極秘情報です」」」」
四人揃って『口にチャック』のポーズをとる。部外者には簡単に教えられないと言う事か。
それにしても、なんか俺の知っている妖精のイメージとは何か違うなぁ。小さいのは共通しているんだけど、俺の持っている『ピクシー』みたいに羽が生えているんじゃなくて・・・工廠という言葉が出てくる時点でやっている事だけなら『妖精』と言うより『ドワーフ』とかの方が近いような・・・。
まあでも、昨日の得体の知れない黒い魚に比べれば、断然愛嬌がある。『完二』の作る編みぐるみみたいだ。いや、しかし聞きたいのはそこじゃなくて・・・。
「そもそも、妖精って何だ?俺の持つイメージとは少し違う気がするけれども」
「やっぱり、『トップシークレット』って奴です。ご容赦ください」
「なるほどなー」
ううむ、この場所に来てからは驚きの連続だなぁ、昨日のは驚きなんて言葉では片付けられないが・・・。
「どうかしましたかー?」
「お口に合いませんでしたかー?」
昨日の事を思い出してそれが表情に出ていたのか、自称妖精達が心配そうにこちらの様子を伺う。いや、なんかそれだけじゃない、なんか俺のことを恐れているような風にも見えるんだが・・・気のせいか?
「いや、そんなことはないよ。わざわざ用意してくれてありがとう」
味については特別美味しいと言うわけでもないが、食べられないわけじゃない。昨夜もそうだけど、缶詰か何かのを利用したのだろうか?それでも用意してくれるだけ有難いので、文句なんていったら罰が当たる。あいまいな返答だが、それでもお礼の言葉が聞けて安心したのか、妖精たちは胸をなでおろす。やはりここは、嘘でもおいしいと答えたほうがよかっただろうか?
「ところで、さっき廊下を見たときに思ったんだけど、この建物の廊下って随分ボロボロなんだな?何かあったのか?」
何か話題を変えようとふと思った事を口にした。お世辞にもさっき見渡した限りではここの廊下は、まるでちょっとした落盤事故でも起きたみたいにボロボロだった。人が住むにしてはあまりにもひどい有様だと思うのだが。
「そ、それは・・」
聞かれた当の妖精たちは、秘密にしておきたい隠し事を聞かれたかのように視線をそらし、四人のうち二人が顔を見合わせ、残る二人が言いよどむように目を泳がせる。え、何かまずい事でも聞いてしまっただろうか?
何事かと聞こうと口を開きかけた時・・・。
ドンドン!
入り口のドアが乱暴にノックされる。その場の全員の視線がドアに釘付けになる。
『よぉー起きてるかー?俺だ、天龍だ。入るぜ』
こちらの返答も聞かずに、ガチャリと昨日の格好のまま入ってくる天龍。
「よぉ、少しは落ち着いたか?」
「おかげ様でな、おはよう」
「「「「おはようございます天龍さん!」」」」
「おう」
俺の言葉をスルーして妖精たちの挨拶に、ぶっきらぼうに返す天龍。そっとしておかれた・・・だと!?俺、嫌われるような事を・・・まあ、心当たりはないわけではないけど。未だに根に持っているのかな?
「あ?何か言ったか?」
「別に・・・」
無意識に声に出してたか。俺の返答につまらなそうにフン、と鼻を鳴らして興味を失くしたように妖精達へと視線を向ける。
「ワリーけどよ、俺はこの野郎と少しばかり話しがあるんだ。お前らは席外してろ」
「えっ?で・・・でも・・・」
「あ?なんだよ?文句あんのかよ?」
両腕を組みながら妖精達を見下ろし、意識的になのか無意識的になのかドスの利いた言葉を放つ。どことなく険悪な態度に妖精達が辟易している様子に、次第に苛立ちを僅かながらに目に宿す。
なんだこいつ?昨日と比べてやけに機嫌が悪いような・・・あれじゃあ相手を怖がらせるだけだろうに。
「すまないけど、彼女と大事な話があるんだ。すまないが二人きりにしてくれないか?」
助け舟を出すように、片膝をついて優しく妖精達を諭す。俺の言葉を聴いてますます心配そうな反応に、「大丈夫、喧嘩するわけじゃないから。お盆は後で片付けるから」と笑顔を向ける。戸惑いながらも「ワカリマシタ」と青髪の妖精が返すと四人とも一礼し、それでようやくトテトテと出て行く。彼女達の為にドアを開くのも忘れない。
「・・・もう少し優しく言ったらどうだ?あれじゃあ怖がらせるだけだぞ?」
「何がだよ?」
妖精達を見送った後ドアを閉めて天龍に向き直る。この様子だと自覚無しか、やれやれ・・・。
宥めても無駄どころか逆効果か、そもそも自分の機嫌の悪さにも気づいていないな・・・明らかに近寄りがたい雰囲気の人に近寄りたくはないけれど、そうもいかない。とりあえず食事を中断し、天龍に椅子を勧める。乱暴に椅子に座った天龍にまずは頭を下げる。
「昨日は、済まなかったな」
「あ?」
「襟首掴んでしまって・・・それに君に当たってもしょうがないのに色々言ってしまったし・・・」
ベッドに腰掛けながら両手を膝に置き、深々と頭を下げる。すると天龍は一瞬、意外だと言わんばかりにポカンとした顔を見せた後に、肩をすくませながら呆れたようにため息をつく。
「あれで八つ当たりのつもりだったのか・・・?別に気にしちゃいねーよ。前にいた『提督』に“されたこと”に比べたら全然大したことねーし・・・むしろ、俺が『艦娘』と知りながら突っかかってきた事に対してのほうが驚きだよ」
「・・・提督?」
面倒くさそうに答える彼女の言葉に疑問符を浮かべる。提督って、あの軍の偉い人とかの提督か?そういえば昨日電って子も、先程の妖精と呼ばれる小さいのも、この建物を基地と呼んでいた。だとすると、やっぱりここは軍の管轄の施設だと言う事なのか?だとすると、電も、妖精も、この天龍も軍人と言う事なのか?失礼だけど、とてもそうには見えないが・・・。
「ま、それは置いといて・・・だ」
瞬間、天龍の視線が真剣なものに変わる。
「いい加減用件を済まそうぜ。“もうやっても無意味かもしれないけど”聞きたい事がある。お前、何者だ?なんであんな場所にいた?ここが“一応”海軍の所有地と知ってのことか?答えろ」
嘘偽りなく答えろ。さもなくばただじゃすまない、口には言わずとも射殺さんばかりの視線がそう語っている。並の人間なら、萎縮してしまいそうな気迫だ。しかし海軍か、成程。やはりここは軍の施設だったか疑問が1つだけ解けた。
しかし、海軍?海上自衛隊・・・じゃなくて?随分古い言い方をするな。一体・・・。
「黙ってねーで答えろ」
思考に耽りそうになったところで、彼女が痺れを切らしたのか、機嫌を損ねたかのように脅しをかけてくる。見た目に違わず短気な性格らしい。
さて、どう答えたものか・・・。
「・・・君の、気に入るような答えは用意できるとは思えないけど・・・」
ぼそりと、呟くような声に天龍が眉を潜ませる。下手な誤魔化しは通用しそうにない、かといって本当の事を話したところで納得できるとは到底思えない。そもそも俺自身だってこの状況をよく分かっていないのだ・・・せめて昨日の電という子なら話はしやすそうだったのだけれども、よりにもよって完二の女バージョンみたいなのが相手だからな・・・いや、だからと言って完二を悪く言っているわけじゃないが。と、また余計な事考えてしまったかな・・・。
・・・結果が何となく予想できるけど仕方ない、正直に言うしかないな。
「・・・よく分からないんだ」
「は?」
「俺、ここに来るまでの過程がよく分からないんだ。気がついたら、あの砂浜にいたんだ。正確にはあの位置から1kmくらいの位置にだが」
ひそめた眉がますます深くなっているのが見える。
「・・・まさか、その手の話にありがちな、記憶喪失とかといいてえのか?」
「今の状況を考えればある意味、そっちのほうがややこしくなくて助かるんだが残念ながらそうではないらしい。これまでの人生も、去年の出来事も、肉じゃがと焼き魚とサラダが一昨日の夕食だった事も覚えている。けれどその夕食を食べて寝てから、朝起きるまでの間何が起こったのかがわからない。だからむしろ、なんでこうなったのか俺のほうが・・・」
言葉の途中で、襟首を掴まれ体が持ち上がる感覚と同時に叩きつけられるような衝撃をドン!という音と共に背中に感じた。
「・・・ふざけてんのか?ホラ話ならもっとマシな話を用意しやがれ。そんなふざけた話を俺に信じろとでも・・・!?言っとくが、ここんとこの俺は虫の居所が悪いんでなぁ・・・!」
自覚があるのかないのかどっちなんだよ・・・。
眼帯で隠れてないほうの目をあらん限りに開いて青筋を立てながら、もはや殺気といっても差し支えない目線でこちらを睨んでいる。そんな細い腕で体格差がある俺をよく持ち上げられたものだ、なんて呑気な考えが浮かぶ。昨日の予想外の力の事といい、やはりこの目の前の少女は普通の女の子じゃないな・・・いや、格好が普通じゃないけど。
「いいか、わかりやすくもう一度だけ言ってやる。てめえは何者で、なぜあの場所にいやがったんだ!?答えろ!!」
こちらの襟首を掴む手にますます力が篭る、まるで万力だ。そのせいか、わずかに服が「ビリッ」と破ける音がする。もし首を掴まれていたら、そのまま折られていたかもしれないな・・・。
「・・・俺からも質問してもいいか?『艦娘』ってなんだ?『深海棲艦』とは・・・」
「あぁ!?聞いてるのは俺だボケ!!質問に質問で返してるんじゃねえ!!」
「この基地に一体何があったんだ?さっき廊下を見たけど荒れようが・・・」
「首を潰されないとわかんねえのか!?いい加減に・・・」
「そんなに人間に敵対心を持つほどの事の“何か”を『提督』とやらにされたのか?それとも『あの子』の事がそんなにショックだったのか?』
襟首を掴む力が、僅かに弱まった。息を呑み、見開いた目が怒りとは何か別の色に染まっていくのが感じられる。
・・・その反応、図星みたいだな。
「・・・天龍、といったな。さっきお前言ったよな?謝った事に対して『提督』にされた事に比べればなんでもないと・・・君達『艦娘』とやらが人間と何が違かは分からないけど『提督』・・・いやもっと言えば人間に対して激しい怒りを覚えているほどの“何かが”があったんじゃないかと・・・あくまで俺の予想だが」
淡々と告げながら、襟首を掴んでいる手にそっと手を置く。その手を払う事もせず、彼女はただ目を見開かせてこちらの話に聞き入っている。そして、もう1つの可能性を述べる。
「そして、これもあくまで俺の予想だが・・・」
「っ!」
次の瞬間、もう一度目を見開かせて空いているほうの手で俺の顔目掛けて拳を振りかざし・・・。
バシィィィィィィィィィィィィ!!!!!!
「なっ・・・!?」
「・・・昨日『あの子』の事を話した時のお前の顔を思い出してな。あの電と言う子と同じようにお前も、『あの子』に対して並々ならぬ何かがあった。本当ならお前も俺と同じか、もしくはそれ以上に叫びたい気持ちだった筈だ。そして・・・」
天龍の繰り出された拳を、寸前のところでもう片方の手で受け止める。・・・重いな、とても重い拳だ。
『お、俺は逃げる!!お前達は命を懸けてあいつらを足止めしろ!!!』
『待てよ!!あいつらは・・・あいつらはどうするんだ!?大破して動けない奴が何人も・・・!!』
『知ったことか!!お、お前達は『提督』である俺の安全を保障するのが義務だ!!いいな!命令だ!!』
『ま・・・待ちやがれ!!俺達を見捨てるのか!?待てよ・・・待て!!!・・・・・くそがぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
「『あの子』が死んだ原因にやはり先程の『提督』が何か関わっていて、ますます許せないほどの怒りを覚えた・・・が、その提督も死んだか、逃げたかなんかして、やり場のない怒りを偶々遭遇した人間である俺にぶつけている・・・違うか?」
「っ!」
恐らく二重の驚きの意味で動揺を隠せない天龍。殴りかかろうとした拳を、ゆっくりと下ろしながら、自分の推理が確信に変わるのを実感する。
「俺ももう一度聞くよ。『艦娘』とは何だ?『深海棲艦』とは?この基地に一体何が・・・・」
「うるせえ!!勝手な事ばかり言ってんじゃねえ!!」
放しかけた襟首をもう一度強く握り返し、もう一度荒れ狂う炎を灯した隻眼を俺に向けてくる。
「何にも知らないくせにべらべらと・・・なんだてめえは?名探偵にでもなったつもりか!?さっきから偉そうに勝手な・・・!!何処の馬の骨とも知らねえ部外者のてめえに、一体何が・・!!」
「ああそうだろうな、お前達と比べれば余所者の俺には何にも分からない・・・だからこうして聞いているんじゃないか」
だが、その視線から逸らさずに真っ向から受けて立ち、襟首を掴んでいる手をもう一度掴む。
「昨日の俺を見ながら何も分かっちゃいないのか?それとも見ようともしないのか?お前こそ俺の何が分かる?お前の持つ『人間像』が全ての人間に当てはまると思ったら・・・大間違いだっ!!!!!」
襟首を掴んでいる手を強引にはがし、ベッドの上に向かって天龍に一本背負いを決める。バァァァァン!!と派手な音を立てながら、バネ仕込みのマットの上で天龍の体が弾んで「ぐっ!?」と僅かに呻く声が聞こえる。
背中の痛みをこらえながら立ち上がろうとする天龍を俺は見下ろし、天龍自身も、何が起こったのかという混乱と、僅かな畏怖が篭った瞳でこちらを見上げる。・・・昨日とは立場が逆転したな、皮肉な事に。
「けれど、何も知らない人間に色々言われるのは確かに腹が立つよな・・・出しゃばりすぎだと言われても反論は出来ない。挙句の果てには、助けてもらった人に背負い投げ決め込むなんて最低だ。俺、まだどうかしてるよ・・・ただ・・・」
一度目を閉じて一呼吸置く。
「さっき言った事に嘘偽りはない。俺がどうしてここに来たのか・・・俺もそれを知りたい」
相変わらず呆然とした状態の天龍にそう言い放つ。・・・やっぱり、俺も、彼女も、まだ昨日の事から冷静になれてないみたいだ。その結果がこれだ。全く、自分自身が情けなく思えてくる。仲間達に顔向けできないな・・・。
くるりと背を向けてドアを目指して歩き出し、ドアノブを握る。
「・・・少し頭を冷やさせてくれ。それと・・・すまない」
後ろで天龍が何か言っているような気がしたが、あえて無視してドアを開いて出て行く。
・・・そっとしておこう。
「・・・怒らないから、出てきていいよ」
通路の瓦礫に向かって話しかけると、さっきの工廠娘という小さな四人組が、瓦礫の影からぬっと出てくる。それぞれが心配そうな顔で、(ピンクの髪の子にいたっては瞳にうっすらと涙をためている)おずおずとこちらを見てくる。・・・こっそり聞いていた事を怒られるとでも思ったのだろうか?
「心配かけさせたみたいだな。ごめんな?」
気にかけさせないように四人の気持ちをほぐすために、四人の前でしゃがみこんで笑顔で答える。それを見たピンクの髪以外の妖精が、緊張感が抜けたかのようにため息をつく。
「天龍さんを、怒らないであげてください・・・」
ピンクの髪の妖精が、オロオロするように懇願してくる。
「あの人は本当は、仲間思いの優しい人なんです・・・この基地がこんな風になったのと、昨日の事があってからすごくイライラしているだけで・・・」
「わかっている」
手を伸ばして妖精の涙を親指で優しく拭う。突然の事に一瞬驚いた顔をしたものの、嫌がる様子は見せなかった。よかった、こんな愛らしいのに拒絶されてたら少し傷つくところだった。
「彼女が昨日の事であんな態度になるのは自然な事なんだ。彼女達との間に、俺には計り知れない『絆』があるから・・・わかるよ。だから、どうしていいか分からずにちょっと癇癪起こしているだけなのも分かっている。気持ちの整理が必要なんだ。彼女にも、電にも、俺にも・・・」
それを聞いた四人が、安堵の笑みを浮かべる。が、正直言えば胸中にはわずかに気がかりがないわけでもない。
彼女―――天龍は、強がってはいるものの、根は繊細そうだからなぁ・・・自分を思いつめすぎて、馬鹿なことをしでかさなければいいのだが・・・。だが今は、俺が口を出す事では無い。今は・・・そっとしておこう、何度も言うが時間が必要だ。
「貴方は、私達の知っている人間とはなんか違いますね・・・」
「え?」
「前にいた『提督』なら、私達や艦娘さん達の事を『都合のいい化け物か道具』としてみる事はあっても、こんなふうに思ってくれたりはしませんでした・・・初めてです、『艦娘』の人達以外にこんなふうに話を聞いてくれた人は・・・」
今度は三人共、瞳に涙を浮かべ始める。それを見て宥めようとするも、会話は続く。
「『暁』ちゃんの事だってそう・・・見ず知らずのあの子の為に、あんなにも悲しんでくれた・・・あなたは・・・」
とうとう、瞳から涙がこぼれる。それを皮切りに3人が嗚咽が止まらなくなる。
・・・本当に、大切な仲間だったんだな。『あの子』も、そして他にもいたであろう『艦娘』も・・・その『提督』とやらに余程のことをされてきたんだな・・・。
「なあ、泣いているところを悪いんだが、教えてくれないか?」
だからこそ、俺は聞いておきたい。たとえ偶々知り合っただけでも、部外者であろうとも。
「俺は知らない・・・『艦娘』のことも、『深海棲艦』という存在も、『ここで』何があったのかも・・・教えてくれないか?」
彼女達の『世界』に片足を突っ込んでしまったから。
四人の涙に濡れた顔が俺の顔を見上げる。
この場所に来た時の洗濯済みの私服に着替えてから、妖精たちから聞いた基地の裏にある庭に一人訪れる。仮にも軍の敷地内を勝手にうろついてもいいのか?と懸念もしたが『この状況ではもはや気にするだけ野暮』なのと、ぜひ俺に見てきてほしいと妖精たちから頼まれ、唯一被害の少ない『この場所』へと訪れる。どうやら妖精たちからは余程信用されたらしいな・・・。嬉しくもあるが、複雑な気分だ。あんな話を聞いた後じゃあな・・・。
「こんなに・・・たくさん」
そんなことを考えているうちに目的の場所に辿り着き、早速視界に映る光景に無意識に自分の胸元を掴む。
その場所は、木で出来た手作りの粗末な十字架が少なく見積もっていても10個ほどたってある・・・墓だった。もちろん、その下に眠っているのは人間ではなく・・・。
ふと、前方のほうに人影があるのが見えた。茶色い髪を束ねて、セーラー服を纏っている小柄な少女だった。一番端の十字架の元でうずくまって、何かをしている。
その人物の元へゆっくりと近づく。すぐ傍まで近づいた時気配を感じたのか、うずくまっていた顔をあげてこちらに振り返り、驚いた顔をする。
「あ・・・お兄さんは・・」
「電ちゃん・・・だったよね?おはよう」
「おはようございます・・・なのです」
挨拶を返すと、少し戸惑ったように座った状態のまま、しかし丁寧に挨拶を返してくる。表情には陰りがあり、目元が若干赤くなっている・・・が、あえてその事には触れることはしなかった。
「よく眠れましたか?怪我のほうは大丈夫ですか?」
「このくらいなんともないさ。君の手当てのおかげだよ」
「どういたしまして・・・なのです」
そういって後ろの墓のほうに視線を戻す。言葉にも覇気が無い。隣いいかな?と断りを入れて電の隣に座り、目の前の十字架を見る。他のと比べてこの十字架だけ新しい、出来てからそう時間がたってないな。だとしたら、この下に埋まっているのは・・・。
「よくここが分かりましたね・・・?」
「妖精たちが教えてくれたんだ。是非ここに訪れてほしいってさ」
「そうですか・・・」
十字架を見たまま電がこちらに話しかける。相変わらず顔つきも、言葉も、心ここにあらずといった有様だ。無理も、ないか。
「うすうす感づいていると思いますが、このお墓には、昨日お兄さんが見つけた電の一番上のお姉ちゃんが眠っているのです・・・そして、その隣には2番目の・・・そのまた隣には3番目のお姉ちゃんが眠っています・・・とはいっても、この2人は敵さんに食べられて体も残りませんでしたからこの下は空洞ですけど・・・気持ちだけでもと思って・・・『暁』ちゃんはまだ運がよかったのです」
衝撃の事実に思わず電のほうを向く。四人姉妹だったのか!?しかも他の姉も昨日の事同じように・・・?だとしたら、他の墓も同じような・・・しかし怖くてその事を聞けなかった。
ふと、他の墓を見渡すと一つだけなにか違うのが見えた。よく目を凝らしてみてみると、十字架のほかに何か刺さっているような・・・?
「あれは・・・『槍』・・・いや『薙刀』か?」
「あの人も、遺体は残りませんでした・・・」
電の言葉に思わず振り返る、相変わらず視線は目の前の墓に釘付けだ。
「中破したお姉さんをかばって代わりに、敵さんの魚雷を受けて『轟沈』してしまいました。その『薙刀』だけが唯一残って、本人の遺体代わりに供えてあります。その時の事を、その人のお姉さんは今でも悔やんでいるのです・・・」
「今でも悔やんで・・・?」
この基地には、電のほかに艦娘は一人しかいない・・・しかもその人物と口論を繰り広げたばかりだ。もしかしてそのお姉さんって・・・。
「そのお墓は、天龍さんの妹―――『龍田』さんのお墓なのです」
ところで、詳しい説明をすると言っていたがスマン、ありゃ嘘だ・・・ああ!石を投げないで!ごめんなさい!今度こそ次の話で!