よく晴れた昼下がり、俺とモロ、ガクト、小雪は仲見世通りを歩いていた。川神院へと続くこの仲見世通りは多くの観光客で賑わっており、通りの両側から呼子の活気あふれる掛け声が聞こえてくるほどだ。
「さて、今日のお目当ては…おがさわらのおかしや!」
俺達が目指しているのは仲見世通りの一角に昔からある菓子店だ。様々な菓子が軒先に並べられていて、大人から子供まで愛されている。店は気の良い婆ちゃんが切り盛りしていて、たまにお孫さんが売り子を手伝っている。ちなみにここの煎餅は亜巳さんのお気に入りだ。
「あそこの久寿餅とか、嫌いじゃない」
「ゲンの奴、意外と甘いもん好きだからな」
「悪いか」
「べっつに?ま、オレサマはかしより肉だけどな!あふれ出す肉汁!はじけとぶアブラ…食いもんは肉にかぎるぜ!」
「ガクトは肉しかたべないよねー、ボクはマシュマロが好きかな。もちろん、ほかのおかしも大好きだよー」
ユキは近頃辰子さんのマネか、語尾を伸ばす喋り方をするようになった。人見知りもある程度改善され、前は体のでかいガクトにビビっていたもんだが、いまでは足に一撃入れて突っ込めるようになった。
「そんなユキはマシュマロばっかだな、体ほっそいんだからよぉ、肉食べねぇと太くならねぇぞ!」
「むぅー!女の子はやせてていいんですー!ガクトってば、でりかし?…なさすぎー!」
「いてぇよ!お前ケリだけは強えんだからけんなよ…おいモロ!なんとかしてくれ!」
「はいはい、今のはガクトが悪いよー」
今日は休日で、しかも昼下がりであることもあってか、通りは人であふれていた。そんな人混みの中を島津を先頭に騒ぎながら練り歩き、俺たちはついに目的の菓子店に到着した。
「おら野郎ども、店についたぞ。いい加減じゃれつくの止めろや」
「いやいやいや、女の子もいるんだけどね…」
綺麗に並べられた菓子の数々を見て、島津と小雪は“待ってました!”と言わんばかりに駆け出した。二人は煎餅の棚に張り付くと、やれ醤油味がどうだの、砂糖のついた煎餅の甘じょっぱいハーモニーがどうだの議論を始めた。
結局俺達は軒先に並んだ菓子の中から煎餅と金平糖を買食いすると、店主の婆ちゃんに久寿餅を包んでもらった。
「うぇーい!おみやげゲットー!」
「んで、川神院行ってモモ先輩に餅渡したあとはどうするよ?」
「ボクはゲーセンをていあんするね」
「オレサマは原っぱでドッチがしてェ!」
「ボクも!ボクもドッチボールする!」
インドア派のモロは室内遊びを、二人は体を動かす遊びを提案した。肉体派の島津は予想通りだが、隣で両手を上げて存在を主張する小雪に関しては少し意外だ。
「(小雪の奴、随分明るくなりやがって。最近は島津の奴とつるむ事も多くなった…娘が嫁に出る気分を味わうのは、これが二度目だぜ…)」
「んー、でも女の子はユキ一人だし、今日京もワン子も用があるって言ってたしなぁ…」
モロは女の子が小雪一人という事もさておき、自分もインドア派で外遊びが苦手だからか否定的だ。だが、彼は最近どうもゲーセンに行く機会が増えている……ここは健全に日の下で体を動かして遊んだほうが良いだろう。
「ま、俺がユキと組むからよ…ガクトは俺にしか当てられねえって事でどうだ」
「オレサマはぜんッぜんかまわねェ!今日こそゲンのはなをおってやるぜ!」
「…それってユキとボクが同じ強さって事だよね…まあいいけどさ」
微妙な顔をしながらモロは承諾した。…正直な話、足の速さで言ったらモロより小雪の方がよっぽど速いんだが…そこは黙っておこう、男の子にもプライドがある。
「タッちゃん!モロロ!ガクト!はやく!はやくいこうよ!」
「おっと、おひめさまがおよびだぜ!」
「あはは、ユキもえんりょなくなったよね…」
「良い事じゃねぇか…さ、行くとしようぜ」
こちらを見て大きく手を振る小雪を追いかけて、俺達は賑やかな通りを川神院に向けて走り出した。
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「で、また日暮れまで遊んできた…と。」
「おう、コレ土産な。」
結局島津×師岡チームと激しい攻防を繰り返し、途中から加わった風間、直江を含めた3vs3の構図でメンバーを入れ替え、ルールを変えて遊び尽くした。
「煎餅か…悪かねぇが、俺ァ酒のツマミになる乾きモンのが良かったな」
「文句あんなら返せ、自分で食うわ」
「待て待て、別に要らないわけじゃねぇよ…ったく、ホントにひねくれちゃってよお、こんなんじゃ噂の小雪ちゃんも心配だぜ」
「親父に心配されるまでもねえよ、最近じゃ他の連中とも話せてるみたいだしな。…ただ、気が休まるのはそん時だけみてぇだがな」
ファミリーとも遊ぶようになった小雪は次第に自分から話しかける事も出来るようになり、一見明るい性格を取り戻したように見えた…しかし帰り際になると途端に意気消沈し、一人で寂しげに帰っていく。
俺も風間達も家まで送ろうとした事は一度や二度ではないが、その度に小雪はブンブンと首を振って断った。恐らくだが、せっかく出来た友達に、家の事情を知られて離れられたくないのだろう。
「…虐待、か…親に否定されるほど辛ぇもんは無えやな」
「イジメもあるだろうが、一番はそこだな。顔は傷つけねえ辺り、腐った性格してやがる」
「忠勝、お前実際に“痕”は見たのか?」
「ああ。最近じゃ警戒も緩んできてるから、風間達にバレるのも時間の問題だ。…煙草の痕が無えから、やってんのは母親だろうよ」
以前の小雪は常にビクついていて、周りを近づけず、自分の傷を悟らせまいとしていたが、ファミリーの皆と友好を深めるにつれ、徐々に警戒心も薄れて隙ができていた。
小雪の意を汲んでさり気なくフォローはしているが、恐らくモモ先輩は既に気づいているだろう。彼女が小雪の動きを見やって目を細めていたのに気付いたのは一度や二度ではない。
小雪は長袖のシャツに膝下まであるスカートを着ていることが多く、ふとした瞬間に見える服の下の肌は所々青黒くなっていたり、赤く腫れていることがわかる。
それでもタバコによる焼入れで焦げた所や黒く染み付いた火傷が見られないあたり、巧妙な位置に隠されているか、煙草を吸わない者による犯行なのだろう。
「おうおう怖い話だねぇ…ここいらじゃ聞かない話じゃあないが、その子は“普通”の家の子だろ?…となると、母親はその子の“色”を受けとめきれなかったって訳だ」
「孤児院出の俺が言う事じゃねえが、生むなら生むで責任持って育ててほしいモンだ…親の話で一子は今でも苦悩してんだしな」
ここ親不孝通りでは、別段虐待など問題にはならない。そんな物はありふれているし、板垣家の例のように蒸発する場合も多く見られるからだ…俺達のように孤児院に捨てられるケースも多少はあると聞くが。
「やれやれ、お前はホントに大人びたやつだよ。…ただ、お前と違ってその子は今も“元の”家庭にいる……ってことはつまり虐待を受ける環境に晒されてるっつー意味だ」
「捨てられた方が幸せだってのか、皮肉なもんだよな」
孤児院に捨てられた俺や一子は、それなりに優しい院長の下、それなりの愛情を注がれ、他の子供達と仲間内の友情…どちらかというと家族愛に近いものを育んできた。
しかし、小雪の場合は今なお親元に居続けている。外見上は実の親の庇護下にあるように見えるが、実質は完全に隔離された家庭環境に一人取り残されているようなものだ。
「ま、捨てられた先で受け入れられない可能性もあるがな。結局…生まれ落ちた時から、その子は重いモン背負ってんだよ」
「だからこその親だろうが…」
「親の器が小さかったのを呪うべきか、“普通”とは違う生まれ方にした神を呪うべきか…何にせよ現状“そういう事”になっちまってるのは事実だしな」
「何とかしてやりてぇもんだが、家庭の中まで踏み込むわけにはな…」
「警察沙汰にするにも証拠固めにゃならんしな。それに、子供の目の前で親が連行とか…トラウマもんだぜ」
小雪はまだ小学生だ。幼心に親が捕まるなどといった精神ダメージを負ってしまえば、今後に多大な影響を及ぼしかねない。
「重要なのはタイミングか…手ぐすね引いて待ってるのは性に合わねぇな」
「こればかりはしょうがねえよ。下手に動いたら傷付くのはその子だ」
小雪に悟られぬように動き、確たる証拠を掴まなければならない。厄介な所は小雪自身が母親の事を諦めきれていない点だ。親の悪意に晒されながらも未だに関係修繕を願っている彼女は、目の前から親が連れ去られていくのを受け入れられるのだろうか。
「…やれやれ、ままならねぇ世の中だ」
「その年にして世の仕組みを悟る…か、お前やっぱ全っ然子供っぽくねーやな」
「るせーよ、ってかそう言う親父はもう少し親やっても罰は当たらないと思うぜ」
「あーあー、聞こえなーい」
「…ハァ、仕事してる時の顔はあの亜巳さんも褒めてくれてんのによ…」
親父はこう見えてやる時はやる男である。工程表の作成から人員の割り振り、職場内の人間関係のフォローなど、業務に関わることには精力的に取り組んでいる…というのに、仕事から離れた私生活は典型的なダメさ加減である。これだから一向に嫁をもらえてないんだ。
「え?なんか言った?」
「何も言ってねーよ、それより飯にしようぜ、今日は豆腐の味噌汁に冷奴、厚揚げ豆腐に豆腐ハンバーグだ」
「なんだよその豆腐フェスティバルは」
「経理の安藤さんから大量に豆腐貰ったんだよ…しかも賞味期限が今日までなのがまたタチの悪ィ…」
安藤さんも悪い人ではないのだが、ちょっと抜けている所がある。この間はコピー用紙の買い出しに行ったはずなのに藁半紙を500枚も購入してくるなど、予想外の行動をよく取る人だ。
「ま、俺的にはツマミが多めで嬉しいところだがな」
「勿論野菜もある。豆腐と炒ったジャコのサラダだ、そこのノンオイルドレッシングで食べろ」
「おいおい、泣く子も黙る肉食系男子に何を言いますかね…肉を!ミートプリーズ!」
「生憎だが最近のトレンドは草食系男子だ。大人しく植物性タンパク質を採ってもらおうか」
「おおう、ならせめて酒の制限をだな…」
「何を言うか、今日もビール瓶一本だ。あんまり飲み過ぎっとビール腹になっちまうし、果ては生活習慣病でお陀仏だぜ?」
「う、うぅ…この健康的不良!鬼!悪魔!」
「ふははは、何とでも言いやがれ」
宇佐美代行センターは今晩も賑やか。巨人の健康状況は忠勝により的確に管理され、何だかんだ巨人は中年化の波に乗らずに健康的な生活を送っていた。
親は子の行く末を選べるけど子は親を選べないんですよね…流石のたっちゃんもご家庭の問題には土足で踏み込めない模様です。