2度目の人生を真剣に生きる   作:我楽多さん

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消えないキズ

 

 “小雪の様子がおかしい”

 最初に言い出したのは意外にも直江だった。“足が速く、キャップとどちらが早いか競い合っていた小雪が最近走らなくなった。表情もどこか苦しげで、お腹を抑えるところをよく見かける”とモモ先輩に相談したらしい。

 それから風間、モロ、一子達が順々に異変を悟り始め、異変に気づいてから3日後の帰り際、風間達は遂に“何があったのか”と小雪に直接問い詰めた。

 小雪は、“ちょっと転んだだけだから…”“足首ひねっちゃった”と話を逸らしたが、モモ先輩の顔は厳しいままで、夕暮れと共に逃げるように帰っていった小雪と、後を追いかけた風間達の背中が見えなくなると、俺に詰め寄ってきた。

 

「どういう事か、説明してくれるよな?」

 

 モモ先輩がこちらを見る目は真剣そのものだ。それもそのはず、先輩は前々から気づいていたのだから。先輩は小雪を実の妹のように可愛がってくれていた。だからこそ、思いは人一倍強いはずだ。

「俺だって完璧に把握してるわけじゃないっすけど、小雪の置かれてる状況は確実に“悪く”なってる…ってのは分かってるんすよ。」

「お前がユキのフォローをしているのはわかってた。だからこそワタシはあえてふかくふみ入ろうとしなかった。たが、最近のユキは目にあまる。体から気力が抜けているし、明らかにキズをかばった動きをしてる…ハッキリ言え、ユキに何が起こってる。」

 先輩はもう気づいてるんだろう。見えないように服の下につけられた痣、隠すような小雪の態度、そのすべてが親からの虐待によるものだという事を。

「…もう分かってるかもしれないっすけど、小雪のアレは、実の母親にやられてる。アイツ自身はまだ母親に希望を抱いてるから、反発しないし、誰かに助けを求める事もしない。でも最近、俺達と良く遊ぶようになって、明るい雰囲気を取り戻した。多分母親は気に入らなかったんじゃないっすかね、“普通”じゃない娘がニコニコとしていること自体が。」

「…ワタシは親の気もちなど分からない。だがユキの悲しみを考えるだけでむねがムカムカしてくる。その母親をブッとばしてけいさつに突き出したいくらいだ。だがそれはできないんだろう?ゲン、お前なにか打つ手はないのか?」

「聞き込みはしてます。けど…近所の奴らは厄介事に関わり合いたくないとか言って糞の役にも立たない。小雪自身が助けを求めないから、相談所に連れて行く事も出来ない……手詰まりなんすよ、色々と。」

「ならば、ワタシからジジイにも言っておこう。あんなのでも川神院の長だしな、何かしらの手はあるはずだ。」

「ありがとうございます…この分じゃ風間達にも小雪の事情を説明しておいたほうが良さそうですね…一子には少し嫌な話になるかもしれないっすけど。」

「…そうか、お前もワン子も昔は院に入れられてたんだったな。」

「結果的に俺達はいい人に拾われたんすけどね。」

「…なあ、前から思ってたがお前にけいご使われるの嫌だな、なんかムズムズするぞ。」

「慣れてないんスよ、諦めてください。」

「ケンカも禁止されてるしなー、そこんところもついでにジジイにたのみこんでみるかぁ…」

「辞めてください、死んじまいます」

 小雪の事も心配だが、この武神先輩といつか闘う日が来る事を思うと、正直自分の身も心配だ

「(…今のうちに何とか腕の二、三本で済むように鍛えておこう…)」

 川沿いの帰り道、腕を振りながら先を歩く問題児を後ろから眺めながら、俺は新たな決意を胸に抱いた。川神院の強力を得られるなら、親父の調べと合わせてこの問題も直にカタがつくだろう…俺はそんな甘い考えを抱いていた。

 

次の日から、小雪は俺達の前から姿を消した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 川神市内のごく平凡な住宅街の中にある、ごく平凡な一軒家。その一室に小雪はいた。部屋には年頃の女の子が持ち合わせているような物は何もなく、必要最低限なものだけ揃えられていた。そんな殺風景な部屋の真ん中で一人、彼女は布団に包まり、未だに鈍痛が響く腹を抑えて蹲っていた。

 今現在、小雪の家庭はほぼ崩壊していると言っても過言ではないだろう。母親と父親は毎晩のように喧嘩を繰り返し、ついに二人は先日離婚した。母親はすべての原因は娘が“普通”ではない事であると考え、娘に負の感情をぶつけるようになった。

 小雪が姿を見せなくなった主な原因もそこにある。彼女は最後に忠勝達にあった日から数日間に渡り、実の母親によって軟禁されており、体はボロボロで食事も与えられず、ただただ与えられる痛みに耐えていた。

 軟禁から数日がたったその日、おもむろにリビングに連れてこられた小雪は、いつもとは違う母親の様子に困惑しながらも、ようやく話をする気になってくれたかと内心嬉しく思っていた。

 振り向いた母親は穏やかな笑みを浮かべると……淡い期待すら打ち砕くように、彼女の首を力の限りに締め上げ、床に叩きつけた。

 

「私は普通の子が欲しかった!普通の家庭で、何もおかしいところのない普通の日常を送りたかった!でも!アンタのせいで私の人生メチャクチャよ!アンタなんて…アンタなんて…“産むんじゃなかった”!」

 

 母親は先ほどとは一転して顔を狂気に歪め、彼女の細い首を握り潰さんと言わんばかりの力で締める。彼女は最早抵抗らしい抵抗もせず、ただ瞳に涙を浮かべていた。

「…ッあ……」

「要らない!要らないのよ!普通じゃないアンタなんて、私の人生には必要ないの!」

「……あ…ぐ……」

 

 小雪の顔から次第に生気が消えていく。頬は青白くなり瞳から光が消えつつある…そんな状況でも執拗に体を揺さぶる母親。

 

「死ね!死ね!私の前から消え去れ!」

「…………ぁ……」

 

 小雪の体から力が抜けていく…まるで糸が切れたように。彼女は次第にぼやける視界に母親の顔を映しながら、最後に出来た友達と、自分を受け入れてくれた仲間の事だけを思い浮かべていた。

 

 いつも明るく、皆を引っ張るリーダーのキャップ。ちょっとニヒルだけど内心優しいヤマト。バカだけど面倒見の良いガクトとさり気なくフォローを入れてくれるモロ。色んな“女の子”らしい事を教えてくれた一子と京。実の妹のように可愛がってくれたモモセンパイ。ちょっと危ないけど、何時も優しく迎え入れてくれた板垣家の皆、そして…忠勝の事も。

 

「(あぁ、もういっかい…みんなであそびたかったな…)」

 

 どこか遠くで響く物が壊れる音を聞きながら、彼女は皆で遊んだ河川敷の風景に思いを馳せ、結局最後まで恨むことの出来なかった母親の手で意識を失った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「消えるのはテメェだ!このクソ野郎!」

 鍵のかかった玄関のドアを壊してリビングに飛び込むと、目に写ったのは恐ろしい形相の女が小雪の首を締めている光景だった。

 俺は考える間もなく女を殴り飛ばした。解放された小雪は荒い息を繰り返す…すぐさま小雪を抱えて部屋の隅へ運ぶと、恐ろしい形相を浮かべて起き上がろうとする母親へ向き直った。

「(この場に一子達がいなくて良かった、コイツはちょっと重すぎる…)」

 小雪が顔を見せなくなって数日、流石に様子がおかしいと思ったファミリーの面々は、最悪の場合を想定していた。

 その為、気が探れるモモ先輩が風間達を引き連れて小雪の家に向かい、モロや京達はもしもの為に川神院へと事情を伝えに向かっていたのだ。

「島津!ソイツ抑えるぞ!風間は警察呼べ!」

「まかせろ!モモセンパイは小雪見てやってくれ!ヤマトは救急車!」

「…あ、あぁりょうかいだ!」

 風間は素早く指示を出すと、据え置きの電話に駆け寄る…直江は救急車を呼ぶために外へ飛び出し、モモ先輩は小雪を優しく抱きかかえて女から離れた場所に移動した。

「ゲン!そっちつかめ!」

 島津は片膝をついて起き上がろうとする女にいち早く詰め寄ると、飛びついて右半身を押さえ込む。暴走してリミッターが外れている女の力は予想以上に強く、同年代の中でも体格の良い島津と二人がかりでなんとか押さえ込む。

「離せ!糞ガキ共!ジャマするならアンタ達も殺してやる!とっとと離せェ!」

「ってぇな…もうカンネンしろよ!オバサン!」

 体をねじるようにして拘束から抜け出そうと暴れる女は、瞳を爛々と輝かせると怒りに染まった顔で、自分の体を押さえ込んで邪魔をする俺達を睨み、口汚く罵倒する。

「なんで!なんでジャマするの!あんな子アンタ達だって気味悪がってるんでしょう!?どんなに取り繕ってたって、どうせ裏じゃ…

「いい加減その口閉じろよ………テメェに小雪の気持ちが分かるか!テメェの身勝手のせいで!アイツがどれだけ苦しんできたのか!自分が今何したのか!そのクソみてえな頭で理解してんのかよ!」

「…うるさい!私の子の事は私が決めるの!何しようが私の勝手でしょ!部外者のアンタ達がいちいち首突っ込んでこないでよ!」

 女のあまりにも身勝手な言動に、ちょくちょく小雪を可愛がっていた島津は怒りをあらわにする。

「オバサン…さっきからアンタってやつは…ユキはな!そんなアンタでも、いつか仲良くできるってしんじてたんだ!なのに…なのにアンタって人はよォ」

「…知らないわ!あんなヤツのことなんて!アイツはろくでもない奴なのよ!私の人生をブチ壊したあんなキモチワル…

「もう、アンタだまってろ」

 

 連絡を終えたのであろう風間が喚き散らす女の頬を平手打ちする。女は一瞬驚いた様子で固まった後、尚もこちらを睨んでいたが、再び口を開くことは無かった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 次に小雪が目を覚ますと、百代に優しく抱きかかえられて頭を撫でられていた。もう全て諦めきっていた小雪は、突然の事に理解がついていけない。百代は目をパチパチとして驚く小雪の頭を優しく撫でた。

「ユキ、もう大丈夫だぞ、このワタシが守ってやる」

「……あ…う…」

 温かい人肌に触れて安心感に包まれる…と同時に直前の記憶がフラッシュバックする。ガタガタと腕の中で震える彼女に、百代は優しく言葉をかける。

「ワタシは無敵だ。そこらの奴なんてメじゃないぞ?だから…だから安心して、泣け。ワタシで良ければ受け止めてやる。」

 ゆっくりと、優しく語りかける百代に安心したのか、徐々に落ち着きを取り戻した小雪は、百代の胸に顔を押し付けて泣き始めた

「……う゛…ぅ…あ゛……」

「よしよし、辛かったな…良くがんばった…偉いぞ。」

 まるで親が娘をあやすように、背中をさすり声をかけ続ける百代。彼女はこういった経験など勿論なかったが、今は武者修行の旅に出ている両親のことを思い出しながら彼女をあやしつづける…しばらく経つと、ひとしきり泣いて泣き疲れた小雪は静かに寝息を立てていた。

「……」

「…寝たか……安心しろ、目が覚める頃にはゼンブ終わってるからな…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 翔一が呼んだ警察がこの家に乗りこんだ時には、事はほぼ終わっていた。母親は子供達に抑え込まれ、娘も大和が呼んだ救急隊の医師によって救急車に運び込まれた事を確認した彼らは、諦めた表情を浮かべた母親をパトカーに連行すると、部屋に残っていた俺達から事情の聞き取りを始めた。

 結果として小雪の母親は親権を剥奪され、彼女の親権は搬送先の葵紋病院で担当看護婦として小雪の面倒を見ていた榊原という女性が獲得した。

 彼女は性格の穏やかな人で、事件のあとしばらく小雪が病院に入院している際も、小雪の“色”について

「瞳が朱いのもチャーミングで素敵!」

 という辺り、“天然も入っているかもしれないが心配は要らないだろう”というのがさり気なく彼女を監視していた皆の意見だ。

 まあ子供のやることなので、恐らく榊原さんは気付いていたが。一子がカーテンに隠れてじっと見つめているのを、“隠れんぼかな?”と言ってにこやかに笑いかけていた。そんな彼女なら、小雪の心を癒やしてくれる気がする。

 

 事件から数日は塞ぎ込んでいた小雪だったが、連日のごとく皆で見舞いに行ったため、病室から明るい声が途切れることはなく、次第に元気を取り戻していった。板垣家で見舞いに行った時などは自ら辰子さんに飛びついて喜んだほどだ。

 

「聞いてよタッちゃん!ボク新しいともだちができたんだ!ふたりともすごくあたまがいいんだよー!」

 

 病院内で友達を作ったことを自慢してくる辺り、彼女もあの事件で負った傷を乗り越えて成長しているのたろう。榊原さんとの関係も良好で、今まで受けたことの無い愛情に少し戸惑っている見たいだ。顔を赤くする小雪と、それをニコニコと見守る榊原さんのふたりは、傍から見ればもう立派な親子そのものだ。

 一つ問題があるとすれば、榊原家は川神市街に位置していて、俺達の遊び場であった空き地からは離れている事だ。そのため小雪とは頻繁に会えなくなるものの、落ち着いたら月に何回かは遊びにこれるとのことだ。

 

 あの事件から数週間後、無事に医者から問題なし、という診断をうけ病院から出てきた小雪を、俺達は全員で取り囲み喜び合った。

 





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