2度目の人生を真剣に生きる   作:我楽多さん

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帰る家が有るという事

 

「あづい…あづずぎる…日差しがいたいわ…」

「言うな…余計暑く感じるじゃねえか」

「いっそこの川に飛び込んで水浴びしたいくらいよ……ああ、冷たそうな水がアタシを呼んでるわ〜」

「今日は最高気温更新だってな……こんだけ糞暑いのも納得だ。だが一子、もし仮にそんな事してみろ、俺は真っ先に家に帰るからな」

「…たっちゃんのいけず。残念だけど今日は水着着てないから川に飛び込んだりはしないわよ」

「水着着てたら飛び込むのかよ…」

 季節は夏…冷房のついてない教室の、うだるような暑さから逃げ出すように飛び出した俺達は、快晴の青空を映す多摩川の辺りを二人で歩いていた。今日は例年の最高気温を更新する様な気温で、視線を移せばアスファルトの路上がまるで蜃気楼のように歪んで見えるほどだ。

「で、婆さんの様子はどうなんだ?」

「うーん、あんまり良くないみたい。この暑さもあるし、ご飯もあんまり食べてくれないの…」

 一子の里親でもある岡本の婆さんは、ここ数日の暑さもあってか食が進まず、体調を崩している。年の事もあるだろうが、最近では身体が思うように動かず、布団に伏せることが多くなっているようだ。

「そうか…婆さん年だし、夏バテも合わせて体が弱ってるのかもしれねえな。」

「…そうよね……よーし!たっちゃんも来るし、今晩は精のつくウナギとかにしてみようかしら!」

「あんま油っ気の多いものは辞めといたほうがいいんじゃ…というかそれ以前にお前鰻調理出来たのか…?」

 やる気に満ちた一子は、先程までの気怠さなど吹き飛ばしたかのように駆け出すと、俺の意見など聞きもせずに“たっちゃん!はやくー!”などと笑顔でこちらに呼びかけてくる。

 この暑さの中走るのは正直嫌だが、このままでは置いてけぼりにされかねない。エアコンの効いた涼しいスーパーに思いを馳せながら、俺はこちらに大きく手を振る一子の後を追いかけた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 スーパーでの買い物を終え、冷房の効いた店内から意気込んで外へと旅立つ。途端に足元から熱を押し付けてくるアスファルトの道路を、俺と一子はひいこら言いながら急いで帰路につくと、いつ来ても懐かしさを覚える木枠の引き戸を開けて岡本家へと帰宅した。

 玄関先にて一呼吸おいた後、少し型の古い冷蔵庫へ食材を入れた俺達は、そのままの足で縁側にほど近い婆さんの部屋を訪れた。

「よう婆さん、まだくたばってなかったか」

「ちょっとたっちゃん!いきなり何言ってるのよッ!」

「何言ってんだ、これくらい挨拶の範疇だぜ」

「ご挨拶だねぇ……相変わらずの“悪ガキ”だよ全く。昔はもう少しマシだったもんだが……」

「お婆ちゃんまでそんな事言って…」

「婆さんこそ、昔は“源くん”だなんて呼んでた癖に、今じゃアンタ呼ばわりじゃねえか」

「そりゃあずいぶんと遠い昔の話だねえ…ホコリ被ってたもんだから、もう頭の片隅からほっぽり出しちまったよ」

 布団から体を起こして肘掛けに体重を預けた婆さんと、来てそうそう棘のある言葉を吐いた俺との一連のやり取りに、一子は肩を落としてやれやれと溜息をついていた。

 …この位の応酬はよくある事で、年を追うごとに憎まれ口が増えていく婆さんも、何だかんだで歓迎してくれている事は分かっている。幼い頃から度々世話になっているためか、もはやこの婆さんも家族みたいなものだ……実際宇佐美代行センターの職員とも絡むことが多く、親父もこの家を訪れては何かと婆さんに土産を持ち込んでいる。

「ま、悪かったね。この通りピンピンしてるよ」

「布団に横になりながら言う台詞じゃねえな」

「え?なんだって?最近耳が遠くてねぇ」

「もう!お婆ちゃんてば…都合の悪いときだけは耳が悪くなるんだから…」

「大体コレはただの夏バテだと言ったじゃないか……アンタの親父もここの所毎度毎度見舞いに来て…菓子がそこに溜まっちまったじゃないか」

 婆さんが指差す部屋の一角には、綺麗に包装された箱が積み重なっていた。親父は見かけによらず贈り物はしっかりする口で、見た感じ箱の中身は仲見世通りの良さげなものばかりだ。その数は片手で数え切れない程であるから、親父がマメにここを訪れていた事を窺い知ることができる。

「やれやれ、その様子じゃ暫く逝きそうにねえな。最近一子が妙に辛気臭いから来てみたが、心配して損したぜ」

「娘の晴れ着を見るまで死ぬ気はないよ!……ったく、一子、悪いけどお茶入れてきてくれるかい」

「はーい!…二人とも?アタシがいない間にまた言い合いとかしちゃダメよ?」

「「分かった分かった」」

 

 その後、一子が淹れてくれたお茶を啜りながら、学校での出来事を二人で語り合った。中学に上がってますます人気絶頂の風間の事や、モロに彼女ができて焦り始めた島津、時に喧嘩を売りに来た高校生のグループを圧倒的な力でねじ伏せるモモ先輩の事…話のタネは尽きることなく、婆さんはぶつくさ言いながらも、嬉しそうに語る一子の顔を穏やかな顔で見守っていた………結局、話の中身が昔から変わらない金柳街の面々に至る頃には、縁側に夕日が差し込んでいた

「…一子は?」

「台所。俺が来たから腕をふるうってよ」

 婆さんの部屋で談笑を続けていた最中、6時を知らせるベルの音で慌てて時間を確認した一子は、バッと立ち上がり、“今日はお客様もいるし、張り切っちゃうわね!”と言うと勇んで台所へ向かった。

「愛されてるねぇ、“お兄ちゃん”」

「るせえよ、“おばあちゃん”……一応、アンタが食欲無いってのもアイツがやけに張り切ってる理由の一つなんだぜ」

「全くあの子は…ホントにできた娘だよ」

「だからこそアンタの事は人一倍心配してんだよ」

 そう告げると婆さんは影を落としたように表情を曇らせてため息を着くと、寂しげに夕日に染まる縁側を眺めた。

「だからこそ、ねえ……」

 婆さんは寂しげな表情を一転させ、覚悟を決めた様子で縁側からこちらに向き直った。その瞳は夕焼けに照らされ、まるで意志が現れているかのように赤く燃えている…俺はそんな婆さんの醸し出す雰囲気に思わずツバを飲み込んで二の句を待った。

「アンタには言っておかなくちゃならないね。

……私の身体だが、ハッキリ言ってすこぶる悪い。一子には伝えてないが、明日死んでもおかしくない身体だ」

「…!………な、なんだよ、いつになく弱気じゃねえか、何か悪いモノでも食べたんじゃないのか?」

「冗談じゃない、一子の作るものに悪いものなんて有るはずないだろう」

 婆さんは硬い表情のまま続けた。

「………アタシの体はもうロクに言うこと聞いちゃくれない。今日なんかは起き上がるにも一苦労さ。これじゃ、いくら装っても誤魔化しきれないからねえ……もう一子は気がついてるはずさ、あの子はこういうのだけは鋭いから……」

「……」

 婆さんの独白に驚く反面、心の何処かで“遂にこの時が来たか”と思う自分がいたのも事実だ。なにせ一子を養子に迎え入れた時、婆さんは既にいい年であったからだ。だからこそ俺は最初のうちはその辺りを不安がって時間を見計らっては一子の元を訪れていたわけだが。

「なんだい?だんまり決めるとは、らしくないじゃないか…なに、心配は要らない。あの子の今後についてはアテがあるし、すこしなら蓄えもある。」 

「そんなことじゃねえ、婆さん、俺は……」

 残される一子のことについてとか、一子に残すことの出来る金の話とか、確かに重要な事ではあるが、そんな事はどうでも良かった。俺にとっても祖母と言っても過言ではない存在が居なくなるという事実は、正確に言葉を紡ぐ機会を失わせた。

「…おや、何時もの生意気な小僧はどこに行ったんだか…アンタ達は最後までいつも通りしてくれりゃいい。それが私にとって、一番の幸せさ。」

 ニヤリと笑いかけるのは俺に気を使ってのことだろう…そんな事はもう分かりきっている。俺も一子も未だ中学生になったばかりで、婆さんは自らの死を背負わすまいと、一子に事実を直接を伝えることすらしていないのだから。

「婆さん……一子が泣くぞ」

「……人間遅かれ早かれいつかは死ぬ。ついに私にもその日が来ただけの事さ。しかし…何時だって大人ぶってたアンタがそんな顔をするとはね、こりゃあ役得役得」

 茶化して流れをいつものペースに持っていこうとする婆さん。無理をしているのは明らかだが、その心意気を無駄にする気にはなれないし、それを汲まなきゃいけないことくらいは俺でもわかる。

「…相変わらずイイ性格してやがるぜ、畜生!」

「ほほほ…まだまだだねぇ」

「二人ともー!晩ごはんできたわよ!」

 大げさに悔しがる俺と、ニヤニヤと笑う婆さん。お盆を持って部屋に突入して来た一子。今までの話の事などまるで無かったかのように、重い空気を無理やりにでも霧散させた俺と婆さんは、一子の腕に振るいをかけた夕食に舌鼓を打った後、三人で夜遅くまで思い出話に花を咲かせた。

 一子がこの家にやって来た時の事、鋭い目つきの生意気なお友達が遊びに来た日の事、初めて婆さんと二人で料理を作った日の事…語り始めればキリがない。婆さんの語り口は嬉しげで、そんな婆さんの言葉を聞いた一子もまた嬉しそうに笑うと、俺に微笑みかける。最後に豆電球の明かりを消したのは何時だっただろうか。珍しく一緒の部屋で俺達は床について……

 

次の日、婆さんは安らかに息を引き取った。

 

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