「おーイ、一子ー!配膳、タのメるかナ?」
朝の走り込みから帰ったら、出迎えてくれたのは炊きたてのご飯の香りと、山盛りの御膳を抱えてお台所から顔を出したルー師範代だった。
「モチロンです!師範代!」
お台所から漂う焼きたての鮭の匂いを嗅いで思わず浮かれた声で返事をしたアタシだったけど、ルー師範代はちょっとだけ苦い顔をした。
「おー……良くナイ、良くないヨ一子…ワタシ達は家族モ同然なンダ。敬語はイラないシ、ワタシの事はルート読んで欲しいネ?」
「あ…えーと……押忍!ルー師範代!」
「ンー硬イ!でモ、そノ意気や良シ!」
両手に持っていたお膳をバランス良く片手に持ち帰ると、ルー師範代はアタシの頭をなでてくれた。うれしいけど、アタシだってもう中学生、コドモ扱いされる年じゃないのに!
「おうおう朝っぱらから元気なこったねえ……ったく、これだから熱血クンはよぉ…」
頭をボリボリとかきながら、不機嫌そうな顔をする釈迦堂師範代。大きく口を開けてアクビをする姿からは想像できないほど強いの!でも…ちょっとズボラでいつもだるそうにしてて、まるでたっちゃんのお父さんみたいな感じ…
「釈迦堂師範代!おはようございます!」
「はいはい、おはようさん」
「釈迦堂ー!朝かラ元気がないヨー!」
「……ウルセェ」
「釈迦堂師範代!ご飯ですよ!ご飯!今日は若菜のおみそ汁に、大根のせんまい漬け、焼きシャケ……な・に・よ・り!炊きたてのご飯!!」
「ウ・ル・セ・エ・!」
「ほっほっほ……良き哉良き哉。」
新しく家族の一員となった孫娘と、ここ最近その才能故に戦闘衝動に呑まれる傾向が見られる釈迦堂が、堅物のルーを交えながら仲睦まじくする光景を見て微笑む鉄心。川神院総代とはいえ中学生女子の心の取り扱いなどはそう慣れたものではない。年頃の娘がいきなりの環境変化に対応できているのか正直不安ではあったが、あの光景を見るに上手く馴染めているようだ。
「なーに偉ぶってんだか、このブルセラじじいは。」
そんな鉄心を見て呆れ顔の孫娘、川神百代が辛辣な言葉を投げつける。早朝稽古を優雅に寝過ごした彼女は、朝の清々しい空気を吸い込もうと障子を開いた。目に飛び込んだのは、出来たばかりの妹にほのぼのとした視線を向ける鉄心……爽やかな一幕をぶち壊したこの爺に、ボソッと毒の一つでも吐きたくなった訳だが…
「……モモは座禅30分追加!」
「マジかよ……そりゃあないぜ爺さん………」
「飯が冷める前に済ませたかったらとっとと道場に行かんか!この戯け!」
「へいへーい」
キャラの濃い川神院の朝は、新たな家族を加えたことで、更に明るく賑やかなものとなった
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今朝は小雪を加えた三人分の朝食がテーブルに並んでいる。メニューは玉葱のみそ汁、冷奴、出汁巻き卵、ほうれん草のお浸し、五穀米と実にヘルシーだ。勿論誰に配慮してるかは言うまでもない。
「おう忠勝、醤油取ってくれや」
「ほーらマダオ、ショーユだぞー」
親父から見てテーブルの橋向かい、俺の隣に座る小雪は元気よく茶色の卓上瓶を叩き付けた。ちなみにウチでは何故か亜巳さんが容器に移し替えるので、一見さんは醤油とソースの見分けが付かない。が、小雪は結構な頻度で来てるので間違いなく知ってる筈だ。
「…ユキ、こりゃ一見醤油に見えるがその実ソースだ。」
「あははは、マダオに言われなくたってそんなの分かってるもーんだ!」
「冷奴にソースはねぇだろ、ビールの飲み過ぎで親父の舌も遂に壊れたか…」
「まー良いよそんなことー。タッちゃん!おかわり!ボクのためにご飯をよそうのだー!」
「あいよ」
小雪は年頃の娘っ子にしては良く食べる。なんでも友達のトーマが勧めてくれたソバットが最近のマイブームらしく、ウチに遊びに来てはよく俺と打ち込み稽古をしている。お陰で俺もある程度の足技を覚えられたのでWin-Winだ。だが、小雪にはスパッツの着用を義務付けた……破廉恥なのは兄として許さんぞ。
「一通りいじったら無視ときたか……全く、シビアな世界だぜ畜生!」
宇佐美代行センターの朝は、珍しい客人を一人加えたものの何時も通り巨人のお陰で賑やかなものとなった
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所変わって親不孝通りは青空闘技場…ここでは日夜荒くれ共がその腕を競い合っていた。リングを囲うように集まった観衆は、誰それに十賭けるだの、今日のレートは何対何だのと賭け事に勤しんでいる。平和な川神にそぐわない親不孝通りの中でも、特に異様な雰囲気を漂わせる何でも有りの闘技場………そのリングのど真ん中に忠勝はいた。
今彼が対面している相手は所謂パワータイプの大男だ。既にボディに何発か入れているが、見た目通りタフな男なのだろう、苦い顔をしながら反撃の機を伺っている。
「ッゼアァァァァ!!」
「……ふッ!!」
数秒の睨み合いの後、仕掛けてきたのは相手だった。腕を広げて忠勝に駆け寄り、目前で急に体制を低くし、狙いをつける…足元を狙った単調なタックルだ。動きは直線的で、フェイントもクソもない。忠勝は身軽にジャンプして相手の裏を取った。
「…ッ…ソルァァァ!!」
が、タックルはブラフだったのか、男は忠勝の行動を待ってましたと言わんばかりに着地刈りを仕掛ける。タックルの体制から素早く反転してストレートを放った。
「インファイトなら、俺の十八番だッ!!!」
忠勝は不安定な体制ながらも突き出された拳を左肘で逸らし、返す右手で相手の上腕を打ち据えた。的確な打撃に思わず怯んだ隙をついて、ラッシュを仕掛ける。潰した右腕に続いてボディを庇う左腕にスマッシュを打ち込み、ローで左腿を潰し、次いで緩んだボディに右腕を振るった。
「……ッ……ゲボッ」
「これで終いだ」
腹を抑え、膝を折った相手の顎に向けて強烈なアッパーカット。いくら体を鍛えていても堪えることのできない脳への衝撃を食らった相手は、土で出来たリングに背中から倒れ込んだ。
「……ッ!オオオォォオォォオオォォ!!!」
途端に湧き上がる会場。熱狂して腕を振り回す観客の間を縫って、どこからか試合終了を告げるゴングの音が聞こえてくる。忠勝はリングを降りると、自分に向けられる暑苦しい男どもの歓声を受け流しながらある一角へ向かった。
「お疲れさまー。今日もあっという間に勝っちゃったね。…でも、まだまだ暴れ足りなーい…って顔してるねー、源ちゃんは?」
タオルを持って忠勝を迎えたのは、板垣家の次女、辰子だった。彼女は本日不在の竜兵に代わり、闘技場で鍛錬する忠勝のセコンド的役割を任されていた。
「…まあ、正直物足りない感はする。まともに闘り合えるのはここら辺じゃ竜だけになっちまったし…」
忠勝は真剣な表情でそう口にする。成長著しい忠勝は、身長が伸びたことでリーチも広がり、体格がしっかりした事でパワーも幼い頃とは比較にならないほどになっていた。竜兵との危険な遊びや、年を追う毎に苛烈さを増す代行業の仕事もあってか、忠勝の実力はメキメキと上昇し、最早この親不孝通りにおいては敵なしであった。
「近頃じゃその竜ちゃんにも勝ち越してるからねー」
「まあ“アレ”を使わなきゃまだ七割五分って所。あの野郎アホみてえにタフなんで……うるせえし、闘ってる内にこっちが疲れちまう」
「あははー、竜ちゃんしぶといからねー…」
竜はタフだからある程度は近接の打ち合いが出来る。小雪との模擬戦は俺から打ち込まないから避けの鍛錬になるし、足技への対応も身につく。だが、やはり何か物足りない。まるで近頃のモモ先輩のようだ。流石に彼女のレベルには至ってないが、俺も常に強者を探している…自分の死力を尽くせる相手を。親父はそんな俺を見て、身体が強さの壁を超えたがってるとか何とか言っていたが…
「まだ闘れる実感はある…だが此処にはもう相手が居ねえ…」
「じゃあ、俺の相手でも……してもらおうかねェ?」
「「!?」」
突然現れた男から噴き出す威圧感に、興奮冷めやらぬ風だった外野が静まり返る…観客は驚きや恐怖を顔に浮かべ、中には膝を折る者もいる始末だ。それ程までに男の放つ気は暴力的で、その顔は飢えた狼のように此方を見据えていた。
「川神院の釈迦堂サン…か、一子が世話んなってます」
「おいおい、こちとら闘りに来てんだぜ?この場で院がどうのとか言っちゃあ台無しでしょうよ。」
「そりゃあ失敬。出来たらその剣呑な気を収めてくれりゃあ有り難いんだが。」
「ハン、こんな苔脅しに引っかかるようじゃあ底が知れるってモンですわ。……ま、お前にゃ効いとらんようだが」
そう言って徐々に威圧を解く釈迦堂…背中でほっと息をつく辰子さんには悪いが、あの人は無差別に撒き散らしたのを此方に集中させただけだ。俺がこの場を離れれば、その矛先を一身に受けてしまうだろう。
「前も思ったんだが、お前さん“見えてる”どころか“纏ってる”よな?今だってそうしなきゃ、後ろのお嬢ちゃん諸共“呑まれてる”筈だぜ?」
そう言ってこちらに向ける威圧を更に強める。肌がピリピリと泡立ち、心臓が早鐘を打つ。対抗すべく身に纏う“アレ”をさらに強める。イメージは蛇口を開ける感覚だ。身に纏ったオーラが、彼から向けられるオーラと拮抗するのが見える。“前”の時に読んでた漫画の一幕を再現出来たことにちょっと興奮したのはここだけの話だ。
「ああ、アンタが言ってるのがコイツの事ってんなら、俺はそれが出来てんでしょうよ。怪我の治りが早くなるし、寝起きが楽だから重宝してる。」
「……ククッ…寝起きが楽、だと?アッハハハハ!こりゃ傑作だぜ!その才能を求めてどれだけの奴等がひーこら鍛えてると思ってんだか!」
「まあ、それ以外にも使っちゃいるんですがね…これ使うと誰も相手んならねえから詰まらん。竜ですら3発と持たずにイッちまうし…」
「そりゃあそうだろうよ、そいつぁ“氣”っつーモンでな、氣を使う奴は氣を使える奴としか闘り合う事ぁ出来ねえのよ。」
やっぱりコイツは氣か。ありとあらゆるファンタジー系作品に登場しては、“氣の力ってすげー”と言わんばかりに何でもこなす不思議パワー。強化したり放出したり具現化したりとなんでもござれだ。二度目の人生、やけにパワーインフレが激しいとは思っていた。世界の九鬼が誇る人外執事の噂やら、大戦時代から生きる武の化身の噺。身近な所でモモ先輩の武勇伝といい、やけに“前”とは違うな…とは感じていたが。
「……分かっちゃいたんだよ、鍛えりゃ鍛えるだけ強くなったし、辰子さんなんてヤケに力強い癖に細身だし、京都旅行の時ソニックブーム出す美人見た事あるし………それもこれも全部氣か。」
「何を一人で納得してるか知らねえが……俺にとっちゃ嬉しい誤算って奴ですわ。ごちゃごちゃとした御託は拔いといて………闘ろうぜ。」
釈迦堂さんはこちらに背を向けてリングに向かって歩き出す。目の前で固まっていた観衆は飛び退くようにして離れ、自然とリングまでの一直線の道が出来上がった。
「……悪ィ辰子さん、ちょっと闘ってくる。多分ボコボコにされるから、あと頼むわ」
辰子さんはいつもののんびりとした顔から、眉根を寄せて嫌そうな顔をしたが、ため息をひとつ吐くとタオルで乱雑に俺の髪を拭った。
「んー…止めたい所だけどねー。頑張れ、男の子。」
「おう、頑張る。」
釈迦堂さんは既にリング上に立ち、此方を見据えている。頬を張って気合を入れ直した俺は、再び戦場へと向かった。
VS釈迦堂刑部
壁超えの猛者、その筆頭の実力の程は…
次回、二度マジ第18回…
「立ちはだかる“壁”」
ご期待ください!