宇佐美代行センターで世話になってからしばらく、俺は川神に慣れるために散策をしつつ、ちょくちょく一子の様子を見に行っていた。一子が引き取られた岡本家のばあさんは気のいい人で、俺としては特に心配などはしていなかったが、顔を見せないと一子の機嫌が悪くなるのだ。
「あら源くん、こんにちは。今日もわざわざありがとねぇ。」
玄関のチャイムを押して数秒後、眼鏡をかけた優しい顔立ちのばあさんがガラガラと引き戸を開けて出迎えてくれた。このばあさんこそ一子の新しい里親であり、この川神では割と名の知れた存在であるとは本人の言だ。
「こんちは……別に俺は好きでやってるんで。ところで一子いますか?」
「一子ちゃん、今日はどうやら河川敷であそんでるみたいだねぇ…最近仲の良い友達が出来たってそりゃあ喜んでいたよ」
ばあさんは少し残念そうに告げた。どうやら一子は他の友達と遊びに出ているらしい、少し引っ込み思案な所が気がかりだったが、一子なりにうまく馴染めてるみたいだ。
「そっすか、そりゃ良かったっす」
「…源くんもうかうかしてられないかもねぇ、お友達は男の子らしいわよ?」
「いや、俺にとってアイツは手のかかる妹みたいなもんなんで…」
うふふ…と少し意地悪な笑みを浮かべるばあさんには悪いが、俺にとっては本当に妹みたいなもんなのだ。“前”では従姉妹しかいなかったから尚更猫可愛がりしているような気さえする。新しく出来た友達が男だというのなら、むしろ兄としてその人間性をチェックせねばなるまい…
「ふふ…源くんは年によらず大人びてるんだねぇ…」
「よく言われるっす」
「まあ折角来てくれたんだし、一つこの婆の話し相手にでもなってくれないかい?一子ちゃんが居ないとこの家も寂しくてねえ…」
「あー…じゃあ、お邪魔するっす」
“そうかい、そりゃあよかった…”とニコニコしながら玄関に入っていくばあさんを追いかけて、俺は岡本家に邪魔することになった。
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あれから縁側でお茶を頂きながら、ばあさんと今の川神院の総代は孫に手を焼いてるだの、小笠原の家のくず餅がおいしいだの他愛ない会話をした。
一子が帰ってきたのは既に夕暮れ時に差し掛かった頃だった。彼女は縁側にドタドタと近づくと、俺を見つけるやいなやご丁寧に元気な挨拶をくれた後、今度は熱心に件の新しく出来た友達の話をした。
なんでも多摩川の川辺を散歩していたら、たまたま遊んでいた二人と意気投合したらしく、すぐに仲良くなれたらしい。
新しく出来た友人は二人共男で、すごく足の速い男の子と、ちょっと話し方がおかしいけどすごく頭の良い男の子……だそうだ。一子曰く
「キャップはすごいのよ、いろんなあそびをしってて、あしもはやくて、ヒーローみたい!」
「やまとは…やまとはすごくあたまがいいんだけど、はなしてることばがよくわからないのよ…あたくがわ?とかなんとか…」
一子は二人の事をそれは嬉しそうに話している。その姿を見て、娘が親離れしていく気分を味わったのはここだけの話だ。
「何にせよ友達が出来たのは良かったな、一子。そいつらとは仲良くやっていけそうか」
「うん、こんどたっちゃんにもあわせたいな!」
「俺は別にいい。どうせ川神に住んでんだからもしかしたら合えるかもしれねえしな」
「でもあたし、たっちゃんともあそびたいわ…」
またこれだ…一子は感情を全身で表してくる。良くも悪くも正直なのは分かっているんだが、垂れた犬耳としゅんとした尻尾が見えてきそうだ。
「ぐっ…そんな目で見つめてくんなよ……
わかったわかった、今度予定があったらそいつ等を紹介してくれ、俺も少しは気になるからな」
「うわーい、やったわ!じゃあらいしゅうにでもかわらにしゅうごうよ!」
「現金な奴め、急に元気になりやがって…」
「はいはい、源くんも一子ちゃんもそこまでにしておきなさい、もう遅くなっちゃうわ」
一子と話していたら時間の経過を忘れていたようだ、春先とはいえそろそろ暗くなる時間帯、急いで帰って晩飯の支度をせねば、我が宇佐美代行センターから餓死者を出してしまう羽目になる。
「そっすね、そろそろ帰らねぇとマズい。一子、それじゃあまたな」
「らいしゅう!おぼえておいてね!ぜったいよ!」
「分かった分かった、それじゃおばさん、お茶とかご馳走さまでした」
「ええ、気をつけて帰ってね」
一子は腕を握り、約束を違えたら承知しない!と言わんばかりに来週の約束を強調した。ばあさんはそんなやり取りをする俺達を見て微笑んでいる……結局玄関まで見送ってくれた二人に手を振りつつ、俺は帰路に着いた。
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晩飯時、テーブルにはご飯、味噌汁を始めとしておかず二品、サラダ一皿が並べられていた。仕事を終え、若干くたびれ始めたスーツをぬいだ親父はジャケットを放り投げると、缶ビールのプルタブを開け、音を鳴らして一息に飲み干す。
「くはーーーッ、仕事の後のビールは格別だねぇ」
「親父、ジジ臭いぞ」
「お前もいずれこの苦味が癖になるっての。さて、ここで唐揚げを一つパクっと……おっ、上手いねぇ、また腕を上げたじゃねえか」
「…誤魔化し気味なのが気に食わないが、まあ褒められて悪い気はしねぇな」
「やれやれ愛想のないこった。」
「なにを今更…だな」
「へへっ…そういえば忠勝、おまえ週末になるとちょくちょくどっか行ってるみたいたが、どこに行ってるわけよ?」
満足げにテーブルの上の唐揚げをつついていると、親父がこう切り出した。一子の所に行くのは決まって日曜だ。ここの所毎週のように通っていたから、親父も気には掛けてくれていたのだろう。
「別に親父が気にすることじゃねえだろ、ただぶらついてるだけだ」
「俺としてもこんな物騒なとこにいるわけだから心配の1つや2つするわけよ、紛いなりにも保護者だしな」
確かに親父の言うとおり、この親不孝通りは危ない箇所が何箇所かある。面倒くさいブツを取引していたり、喧嘩っ早い奴らが開いている闘技場なんてのもあるくらいだ。宇佐美代行センター周辺は親父の顔もあってかやや穏やかな方であるが、それでも危ない事にはかわりない。
「…別に変なところに首突っ込んじゃいねえよ」
「いやぁ、お前さんの年頃だとピンク色の看板に惹かれたりするんじゃねぇのか?」
ニヤニヤとこちらに問いかける親父。この年でネオンの看板に惹かれるマセ餓鬼はそういないだろう。寧ろそういったのに気を引かれてるのは親父の方だ。職員の一人の話によると、俺を引き取るまでは毎晩のごとく遊びに繰り出していたとかいないとか…
「しねぇよアホ、そりゃ親父の事だろうが」
「しくしく、息子がもう反抗期に…これじゃ顔向けできないねぇ…」
「誰にだよ!」
いくら俺が金髪不良少年になろうと、顔を向ける相手などいるはずも無いのだが………片手で目を覆い俯く親父の姿は割と様になっている。俺はなぜか親父が将来このポーズを取ることが増えそうな気がしてならなかった。
「まあそれはそれとして、ここら辺がちょいと危ないのは事実だ、お前にはいろいろ教えちゃいるが、面倒くさいことになる前に逃げる事をオススメするぜ」
「んな事は分かってるよ、親父に鍛えてもらってるとはいえ俺だってまだただのガキだからな」
親父にはここいらで生活する為に最低限必要な知識と武力を身につける為の特訓をつけて貰っている。どの区域をどの連中が治めていて、どこそこの裏では面倒な取引が横行してるから近寄らないほうが賢明だとか、厄介な連中の特徴だとか、色々だ。
「いやぁ、ただのガキは3品作ってお出迎えはしてくれねぇだろうがなぁ」
「それは親父に炊事能力がねぇからだろうがよ…」
この男、代行業を生業にしている割には炊事に関しててんで使い物にならない。米を研ぐ、肉を炒めるなどは出来るのだが、大雑把で適当な味付けは大抵塩辛くて食えたものじゃなくなる。本人曰く“コレが酒に合うベストな味付け”だそうだが、それを許していては成人病でお陀仏なので、炊事はもっぱら俺の役目だ。
「ははは、ごもっともで!忠勝クンには頭が上がりませんなあ!」
ニヤニヤと笑う親父は、機嫌良さげに3本目の缶ビールを開けた。
何話かは幼少期メインで書いていきます!
…ウチのゲンさんはこの年で唐揚げを作れるんだぜ