「たっちゃん!はやくはやく!」
週末、昼ごはんを岡本家でご馳走になった後、待ちきれないと言わんばかりに駆け出す一子の後を追いかけて、河川敷へと向かう。
「おい一子前見て走れ、お前何もない道でもすっ転んじまうんだからよ」
「へいきだもーん、そんなこどもみたいな…へぶっ」
こちらを振り向きながら駆ける一子は案の定足元に気を配ることなどせず、他より柔らかくなっていた地面に足を取られる。
「ホラ見ろ言わんこっちゃない…怪我はねぇな」
「うん、ありがとたっちゃん!」
とっさに掴んだ服が伸びて残念なことになってしまったが、この位の年の子供なら服ぐらい破くはずだ、一子は女の子なわけだが…
「んで、お前が遊んでる連中ってのがあそこにいる二人ってわけか」
そうこうしているうちに目的地に到着した。足を止めた一子視線の先では、河川敷の空き地になっている部分で二人の少年が遊んでいた。
「うん!おーい、ふたりともー!たっちゃんつれてきたわよー!」
明るい一子の声に振り向く少年たち。活発な印象を与える俺と同じぐらいの背丈の奴と、その隣でこちらを警戒している若干女顔の奴。一見見間違えそうになるが、一子が言うには彼も男らしい。
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「おうワン子!ついにつれてきてくれたか!」
「!?」
聞き間違いでなければこの少年、いま一子のことを“ワン子”と呼ばなかったか……?確かに一子は感情丸出しで、俺ですらたまに犬耳を錯視してしまうレベルなのは事実だが……うちの妹分を犬扱いをとは。
「キャップ、ワン子が連れてきたとは言えユダンしちゃいけない。ワン子はバカ正直だからダマされてるだけかもしれないぞ」
「おいおい、さいしょっからそんなくってかかってもいいことないぜ?」
「ぐんしたるものゆだんはしない、いついかなるときもてきいにびんかんでなければうらをかかれる、にんげんなんてそんなものだ」
…俺は気付かない所て何かこいつに仕出かしたのだろうか?まるで“勝手に自分の部屋に上がってきた不審者”のような扱いだ。精神年齢は遥かに上のはずなのにイラッときてしまった……落ち着け、俺
「まーたやまとはワケのわからんことを」
「わたしばかじゃないもん!やまとよりはあたまわるいけどサ…」
肩をすくめる少年と気落ちする一子。確かにこの間“カッパの川流れって水浴び楽しいって事だよね!”とかボケかましてたけど…大丈夫だ、あとからきっちりかっちり勉強見てやるからな。少しきつくするつもりだが、料理だって練習を続けられている一子のことだ……そう簡単にヘタれることはないだろう。
「ぶるぶるぶる、なんだかしらないけどいやなふらぐがたったきがするわ…」
「まあそこらへんはおいといて、はじめましてだな!オレのナマエは風間翔一!このグループのリーダーだ!」
「トップが名のったからにはオレも名のらなければ。直江大和、べつにおぼえるひつようはない」
…初対面の相手に対してのあまりの物言いに正直苛立ちを感じた。どうやら肉体に精神が引っ張られているようだな、そうに違いない。子供の言葉遊びだと思わなければならない場面だが、如何せんこの様なつっけんどんな態度を取られてしまっては苛立っても仕方ない。
「…源忠勝、別にテメェの事なんぞ覚える気もねぇよ」
「…チッ」
「あ゛………?」
「…」
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険悪なムードがその場に広がる。ただでさえ強面の忠勝は表情を怒らせ、仕掛けた側であるはずの大和も、若干面白がって様子を見ていた翔一も冷や汗を流し、一子は慌てて震えていた。
「あわわわわ、これってあれだわ!このあいだドラマでやってたシャバってやつだわ!」
「あー…ワン子?たぶんそいつぁシュラバのことだろうよ…」
微妙な顔で突っ込む翔一。こと翔一と一子に関しては、一子のボケによって嫌な空気を打破できていた。直江と忠勝は未だに睨み合ったままではあったが…
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険悪な雰囲気を醸し出した少年を前にして、直江大和は正直焦っていた。彼は所謂中二病という病を早期に発症し、あらゆるものにケチをつけて否定してかかるという厄介な症状をかかえていたのだが、そんな彼も唯一反発しないのが両親であった。
両親の言う事だけは素直に聞く大和だが、今回の状況は母親のある一言が招いたものであった。母親は名を直江咲といい、川神の一部では名の知れたレディースであったのだが、そんな彼女曰く
“いいか大和、自分より強そうな奴とタイマン貼るときは、とにかく自分を大きく魅せろ!”
とのことで、親の言葉だけは受け入れていた直江少年は、今回も教え通り強気の対応で望んだのである。
結果として一子が連れてきた少年、源忠勝は無愛想な顔を苛立たせ、直江少年は内心ヤバイやつを怒らせてしまった…と後悔に塗れているわけだが。
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二人の間に現れた一触即発の空間。怒りが顔に浮き出ている忠勝を見た一子は、怒りを沈めるべく慌てて駆け寄った。
「た、たっちゃん…まずは、おち、おちついて、ね?」
「少なくとも俺は落ち着いてるつもりだ」
「ウソよ、ぜったいおこってるじゃない…」
「いきなりああも言われたら普通苛つくもんだろ」
「あう…ご、ごめんなさい」
「別にお前に謝れって言ってるワケじゃねぇ…ハァ」
自分に非はないにも関わらず、まるで自分の失態であるかのように落ち込む一子を見て内心ため息を吐く。一子は自分の紹介で連れてきた事に少なからず責任を感じてるようだ。
こちらも大人気なかったかと思い直して直江の方を見やると、あちらはあちらで風間が駆け寄って何やら話していた。
「だ、だってたっちゃんおこったとこさいきんみてなかったし、いつもこわいかおしてるのにもっとこわいし…」
「“いつも”は余計だボケ」
相変わらず一言余計な妹分には反省を促す意味も込めて容赦なく教育的指導を下す……そこに他意はない。一子は頭をグリグリされる痛みに悲鳴を上げた。
「あいたたたたた、いたい、いたいよたっちゃん、ご、ごめんなさ〜い」
一子の説得(?)もあり、怒りを抱いていた事が馬鹿らしくなった。これが狙い通りだとしたら末恐ろしい事だが、良くも悪くも裏表のない一子のことだ、計算づくの行動ではないだろう。
「はぁ、仕方ねぇ…今回は一子に免じてこちらが折れてやる。おい直江、テメェ俺の何が気に入らねぇのかハッキリ言いやがれ。」
このまま黙っていては埒が明かないので、自分から切り出した。風間と話し終えたらしい直江はこちらへ向き直ると、少し顔を逸らしながら話し始めた。
「…べつに気に入らないところがあるわけじゃない、ただ、ウチの母さんのおしえがそうだっただけだ。おれこじんとしてはオマエに対してさしあたってわるくおもうところはない」
話を聞く限りではどうやら直江は喧嘩を吹っ掛けてたわけではなく、相手にナメられないようにしていただけのようだ。すぐに頭に血が上ってしまった自分が情けなく思ったが、肉体に精神が引きずられているから仕方ない……そういう事にした。
「やまとの母さんはジモトじゃちょっと知れたれでぃーす?ってやつでな!わるいひとじゃないんだけどきがつよいひとなんだ!まあそれとはべつにちょっとコイツがひねくれてるのもあるけどな!」
「……はぁ、しょうもねェ」
「どうせセカイはてきいにみちてるから、あいてがだれであろうとじぶんをよわくみせるわけにはいかないとおもってたんだ、まあ、なんだ、わるかったよ」
「……こっちも子供っぽかったな、あんな煽り一つですぐキレるようじゃまだまだだ」
俺達は互いに歩み寄って握手をした。初っ端から面倒な事になってしまったが、どうにか収まった。こんな事でせっかく出来た一子の友人としこりを残すのも良くないだろう。
「おれたちはまだなんのしりょもないこどもだ、しかたのないことだとおもうがな」
「まーたコイツは偉そうな口を…」
「あはは、やまとのはなしはむつかしいというか…なんかよくわかんないのよね」
…さっきから思ってたが直江の言動は節々が中二病臭いな。こんな幼い頃から発症するとは不憫な奴だ。その期間が長ければ長いほど、黒歴史が増えていく厄介な症状であるから、男なら皆が通る道とはいえ少し同情してしまう。
「まぁまぁ、やまとってちょっとかわってるからよ、そこらへんはうけ入れてやってくれ!」
「ハァ…しばらく退屈しそうにねぇなぁ…」
「これってつまり…ふたりはなかなおりできたってことでいいのかしら?」
「ああ…これからオレはおまえのことをゲンと呼ばせてもらう」
「じゃあおれもゲンさんって呼ぶことにするぜ!」
「…まあ、よろしくな、風間、直江。」
「ほっ、けっかおーらいってやつね、よかったわ」
それから俺達は4人で日が暮れるまで遊び続け、多摩川が夕日に染まるまで親睦を深めた。出会いこそ一悶着あったものの気の良い奴らで、一子がすぐに友達になれたのもわかる気がする。
遅くまで遊んでいたせいで若干帰宅が遅くなり、余裕もなかったので今晩の夕飯は一品減った。
その事を巨人が嘆いたのはまた別の話…と言うか、冷や奴ぐらい自分で作れ。