一子、翔一、大和、忠勝が友人の間柄になってから時は経ち、いよいよ小学校に入学する運びとなる時期が近づいてきた頃、我らが宇佐美巨人は平日の朝早くからとんでもない爆弾を放り込んだ。
「わり、忠勝!小学校の入学書類間違えて提出しちまった!」
「へー、そうかよ」
「…」
「…」
「……は?」
「いやー、新しく開拓した店の姉ちゃんが朝まで離してくれなくてよ、寝不足でボケッとしてたんだわー」
朝食の玉子かけご飯を食べつつのんびりと味噌汁を啜っていた俺は、目の前で呑気に笑っている親父の放った、今年一番の問題発言を数秒かけてようやく飲み込んだ。
しかし入学申請の書類ミスか、このダメ男は何をしでかしているんだろうか。俺は別に構わんが、そのことを知って絶対に泣く奴に心当たりがあるんだが…
「…仕方ねぇ、一子んとこ行くか…」
そうと決まれば行動に移さなければ。早いうちに言っておかないと面倒くさい事になるのは確実だ。俺は急いで飯を食べつつ今日の計画建てをすると、居間を後にした。
「あれ?無視?無視なの?ねぇ?源忠勝くーん!?」
「やれやれ、どうやって切り出そうか…」
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「って訳で、悪いな一子、どうやらお前とは違う学校になるぞ」
「え゛ぇーーー!?そんなぁ…………たっちゃんがいないと寂しい…」
いつもの面子で河川敷で遊んでいた俺は、日も落ち始めた夕暮れ時、解散前にそのことを打ち明けた。案の定一子はみるみる暗い顔になって顔を伏せる…直江も風間も何か言いたげな顔をしている。
「捨てられた犬みたいな目すんなよ…そろそろお前も一人で平気だろう、風間も、直江もいるんだ。大体日曜は普通に遊べるじゃねぇか」
「それでもいや!たっちゃんもいっしょじゃなきゃいやなの!」
まあ孤児院の頃からずっと一緒にいた訳だから、一子にとっておれは家族みたいなもんだろうし、俺も妹のように思っている。
だがこれはチャンスかも知れない、一子は俺に依存している所がある。これからの一子にとって俺が重石とならない為にもまたとない機会だ……だからと言って親父には感謝しかねるが。
「はぁ………一子、良い機会だよく聞いとけ。生きてりゃ別れってのは当たり前なんだよ、今回はたまたま急だっただけだ。」
「……」
「これっきりって訳でもねぇ、週末にはどうせ合えるからよ、そん時にでもお前の学校での武勇伝を聞かせてくれや。」
「でも、たっちゃんにおしえてもらわないと、わたしりょうりもおべんきょうもできない…」
「料理は婆さんが上手いんだ、見て盗め。勉強は少し不安だが、直江に見てもらえ。あいつは少しばかり弄れてやがるが、頭は悪くねぇから。」
「………」
頭でわかっていても、感情は抑えられないみたいだ。そりゃそうか、一子だってまだ子供だ。自分にとって一番近い存在が離れていくのは嫌に決まっている。
「それでも寂しくなったら、いつでも呼べ。別段余所の土地に行くわけじゃねぇ…手が空いてたら直ぐ行ってやるからよ」
「…うん」
「って訳だ、風間、直江、テメェ等も聞いてたな?俺の妹分をくれぐれも宜しく頼むぞ、泣かせたら殴る。」
真面目な話だと分かっていたのか、口を挟まなかった二人は子供ながらに神妙な顔つきで近づいてきた。
「そりゃあもちろんだけど…せっかく、メンバーもふえてこれからだってのによ」
「であいとわかれはひょうりいったい、じんせいはつらいものだ、がまんするしかないだろう」
「フン、頼もしいこったな…一子、俺はお前の強さを信じてるんだ、まさかヘタれたりしねぇよな?」
「……ッ!」
気持ちの切り替えが出来たのか、一子はパンッと頬を叩いて気合を入れた。先程の落ち込み様など見て取れないほどやる気に満ちた表情を浮かべ、堂々と宣言した。
「よし、きめた!わたしりょうりもおべんきょうもずっとずっとすごくなって、たっちゃんがじまんできるくらいになるわ!」
「…ああ」
「がっこうでもいっぱいともだちつくって、たっちゃんをおどろかせちゃうんだから!」
「ようやくいつもの調子に戻ったな、一子。いい報告待ってるぜ」
「うん!」
「なんかドラマのシーンみたいだけど、とにかくゲンさん、ワン子のことはおれにまかせろ!」
「キャップだけだとどくそうしてしまう、ここはおれにもまかせてもらおうか、べんきょうもおれがしっかりみる」
「お前等…悪いが任せたぞ」
「へへっ、いいってことよ!おれたちはなかまなんだからな!」
「なかまのためならてをかすのもわるくない。どうせじんせいはしぬまでのひまつ…」
「そうだ!おれたちでファミリーをつくろうぜ!その名も風間ファミリー!つよそうだろ!」
「…おれのきめぜりふ…」
唐突にテンションを上げて語りだす風間。その横で直江は見せ場を潰されて意気消沈しているが…
「いいわね!わたしたちでチームをつくったらだれにもまけないわ!」
「おまえそれ絶対今やってるマフィア系戦隊ヒーローの影響だろ…」
風間が多分に影響を受けているだろうそれは、日曜の朝8時放送開始のヒーロー戦隊モノだ。リーダーが腕に巻いている赤いバンダナが今の子供達のトレンドとなっている。
「こまけぇことはいいんだよ!もちろんリーダーはキャップたるこのおれだ!」
「そしきにはさんぼうやくはひっす…おれがファミリーのぐんしをつとめよう」
「わ、わたしは?」
「ワン子はマスコットだ!」
「えー!ひどいわ!もっとほかにないのー!?」
「ないッ!」
「ガーン…」
風間も思い切りが良い奴なので、一子の意見はスッパリ断ち切られた。まあマスコットも立派な役割だと思うぞ。
「ゲンさんはおれのみぎうでな!ふくくみちょうだ!」
「なんか色々混ざってる気がするが…まあ良い、手の届く範囲でテメェ等の面倒見てやるよ」
「よっしゃ!風間ファミリーたちあげだ!」
「「おー!」」
「……おう」
夕焼けで赤く染まる世界の中で、俺達の風間ファミリーは産声をあげた。
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「ってな訳で、ちょいと一子を泣かしちまったが、あいつ等とはこのままうまく付き合っていけそうだ」
場所は移って宇佐美代行センター事務室。親父と俺、亜巳さんは事務作業を終えて一息ついている所だった。既に事務所には他の職員は居らず、俺たちは親父のデスクを取り囲んで会話に花を咲かせていた。
「…フーン、仲が良くて結構な事だねぇ」
「ちょっとまて、感動的なシーンで悪いんだが、これって俺悪役じゃね?もうすっごい罪悪感感じちゃうんだけど!?」
お決まりの片手で目元を抑え、天を仰ぐポーズ。悲壮感漂う姿だが、今回ばかりは全面的に親父が悪い。結果的には良い方向に働くだろうが、俺の妹分を泣かせた罪は重い。
「子供の入学書類ミスって友情ぶち壊そうとする奴は悪役でいいだろ」
「…だな、確かに俺の不注意が原因だからよ、そこは申し訳なく思ってんだが……いやホントよ?」
「まあ一子もそろそろ兄離れする頃だったし、丁度よかったんじゃねえのか?…親父のことは許さんがな」
最後の一言は嫌味を込めた。
何度も言うようだが、俺の妹分を泣かせた罪は重いのだ……親父は胸を抑えて更に重い雰囲気を纏い始める。
「グサッとくるからやめてくれ、親はいたわるもんですよー…」
「ま、親父のメンタルはさておき、これから日曜はあいつ等と遊ぶ決まりになってるからよ、今までとさして変わらねぇが、もしかしたら岡本さん家で世話になるかもしれねぇから、覚えといてくれよ」
「うう、息子が冷てぇなぁ…亜巳、お前もなんとか言ってやってくれ、これ社長命令な。」
「全く、見下げ果てたクソ野郎だねぇ、アタシに言わせてみれば可哀想なのはこんなんが保護者であることだよ…忠勝、これからウチで寝泊まりしていきな。」
「ぐふっ」
最後のひと押しを叩き付けられ、もはや床に蹲る程落ち込んだ親父を、まるで豚を見るような蔑んだ目で見ながら亜巳さんが誘いかけてきた。
「まあこんなまるでダメなおっさん、略してマダオでも一応は親なんで…」
「やれやれ、義理堅い事だねぇ」
「もうやめて!俺のライフはゼロよ!」
悲痛な面持ちで訴える親父はどこからどう見てもまるでダメなおっさんで、夜遊びは控えた方がいいという事を全身で表している辺り反面教師としては優れていると思う。
「ま、仕方ねぇから今晩一品減らすだけで許してやる。亜巳さんも食べてきますか?」
「いや、アタシは良いさ。家で待ってる奴らも居ることだしね。天が寂しがってたから、暇があったら遊んでやっておくれよ」
俺が板垣家に遊びに行く時はたいてい竜兵がブチ込みにくるパターンが多い、最近では鳴りを潜めていたから必然的に板垣家にお邪魔する頻度が下がってきていた。
「竜と最近闘りあってないんで、そろそろアイツが襲ってくるとは思ってたんですがね、今度こっちから出向きますよ」
「そうしとくれ、辰も喜ぶ」
「息子も、自分の会社の従業員も無視する…俺はもうマダオなんだ…オジサンなんだ…」
誰も相手してくれなくなったので、いじけて床にうつ伏せになって“の”の字を書く親父。拾ってもらった身分で言いたくはないが、親の威厳とは何だったのか…
「やれやれ、雇い主がこれじゃ仕事にならないねぇ」
「もうなんか、ホントすんません」
「ま、今日の分はとっくに終わってるから楽なもんさ…源、アタシは先に帰るから、この穀潰しを明日までに何とかしといておくれよ?」
「はい、明日には仕事が出来るまでにはしときますんで。お疲れでした」
こちらに背を向けながら手だけを振る亜巳さん…その背中は親父よりよっぽど威厳にあふれていた。
親父に盛大なトラウマを植え付けた忠勝、これを機に巨人は店巡りを控えるようになったとかならなかったとか…
集会は金曜じゃないかって?金曜は学校があるせいで遅くまで遊べないからね、仕方ないね