多摩川の河川敷にじわじわと蝉の鳴き声が響き渡る。青々と繁った木々の木漏れ日が眩しい今の季節は夏…買ってきたアイスがすぐに溶けるほど暑苦しい日差しの中4人で遊んでいた俺達は、珍らしい来訪者を出迎えていた。
「風間翔一!オレとけっとうしろ!」
「…」
威勢よく殴り込んで来たのは、どこか竜と同じような雰囲気をした体格の良い少年と、少し申し訳なさそうにこちらに頭を下げる小柄な少年の二人組……彼らは最近学校で調子に乗っている風間をちょっと傷めつけに来たらしい。
「おい風間、オメェ向こうの学校で何やってんだよ」
「べつにおれはなにもしてないぞ!」
「あのふたりはきょねんまでクラスのちゅうしんだった島津岳人と、そのゆうじんの師岡卓也だな、島津のほうはケンカがつよいことでゆうめいだ」
鼻息荒くこちらに挑んできているのが島津、その後ろで困り顔を浮かべているのが師岡…だそうだ。あまりにも対象的なタイプだが、あれはあれで上手くやっているみたいだ。師岡も媚びへつらってる訳ではなさそうだし。
「そんな人たちがなんでキャップにいどみにきたの?」
「どうせ人気者の座を奪われた逆恨みだろうよ…風間はどうせ学校でもモテてるんだろ、違うか?」
「まあひていはしないでおこう。キャップはいわゆるイケメンだからな、おんなうけもいい」
まあ子供のうちなんて大した理由じゃなくても喧嘩するものだろう。竜兵なんてホントにどうでも良い事で殴りかかってくるし…いや、アイツは別枠か。あいつの頭の中は、悲しいかな風間より短絡的だ……辰子さんと双子の姉弟だと言うのが未だに信じられない位には。
「たしかにキャップはかっこいいし、あしもはやいものね、アタシもまけてられないわ!」
最近走り込みを頑張ってると言ってたが、一子の目標は風間か…風間は自由奔放なその性格を体現するかの如く足が速い。遊んでる最中に気を抜くと俺ですら抜かれる位だ。まあ、気を抜かなければ勝てるが。
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翔一達が突然の訪問者について話し合っていた頃、挑戦者の島津岳人とその友人、師岡卓也もまた顔を寄せて話し合っていた。
「おいモロ、あいつらのなかまにあんなつよそうなやつがいるなんてきいてないぞ」
学校では風間、直江、岡本の三人組でつるんでいる様子がよく見かけられ、岳人も卓也も別枠でもう一人メンバーが存在している事は想像していなかった。
「ボクだってしらないよ!てかいきなりついてこいっていわれてきてみれば、けっとうってなんなのさ!」
「さいきんアイツはちょーしのってやがる!このオレをさしおいてナマイキだから、アイツのはなをおってやるためにきたんだよ!」
岳人は怒っていた。去年までは自分がクラスのトップであり、何をしても持て囃されていた…のだが、今年になって風間翔一と同じクラスになった途端、クラスの中心は彼に移った。それからと言うもの、何をしても注目は翔一に奪い取られてしまっていたのだ。
「それぜったいさかうらみだよね!?……はぁ、ガクトぜったいあした女子からボコボコにされるよ…」
「そこもきにいらねェ!アイツはモテすぎる!」
ちなみに翔一はクラスの女子の彼氏にしたいランキング堂々の第一位である。奔放な性格ではあるが、所々で見せる情に厚い所がまたたまらない…らしい。まあ主な理由はその整った容姿であろうが。
「もうかんっぜんにしえんじゃないのさ!」
「こまかいことは良いんだ、オレは風間をしとめるから、モロはあの目つきするどいやつたのんだぞ!」
そう言って岳人は目つき鋭くこちらを見やる少年を指差した。学校が違うのか、彼の姿は二人共見たことが無い、体格は岳人並みながらも、同い年とは思えないほどの風格を醸し出している。
「いやだよ!なんかすごくめつきするどいし!ガクトと同じくらい大きいじゃないか!ボクじゃ2びょうももたないじしんあるよ!?」
「だいじょうぶだ!モロならできるさ!」
白い歯を見せつけ、親指をぐっと掲げてサムズアップする岳人…卓也は毎回この顔と共に厄介事を押し付けられてきたわけだが…
「ムダに良いかおしないでよ!?だいたいコレってガクトのけっとうだよね!?ボクはうしろでみてるから!」
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「おい、そっちははなしついたのか?」
話し合いの結果、風間は“折角挑戦しに来たんだ、受けない訳には行かねえ!”と言って岳人との決闘には手出し無用を言いつけてきた。
スピード型の風間と体格からパワー型と伺える島津の相性は、悪くないものの一撃でも食らったらスピードは落ち、不利になってしまうだろう。
「おう、いつでもいけるぜ!」
「ちょ、ガクト!」
「モロはあいつたのむ!」
「えぇ〜…」
島津から言いつけられた師岡が、物凄く嫌そうな顔をしながら、恐る恐るこちらに近づいてきた。その足取りはとても遅く、こちらを警戒しているのが伝わってくる。
「…」
「…」
「あ、どうも、ボク師岡卓也っていいます、友だちからはモロって呼ばれてます」
「ああ、こりゃあご丁寧にどうも…俺は源忠勝。仲間内からは…って、硬ェなおい」
「あ、あははは…」
「やれやれ、どうせ師岡はあの島津って奴に無理矢理連れてこられたクチだろ?」
「あはは、まあ、そんなもんだよ」
「まあ俺からは特に何もしねえから、楽にしてろよ。
あいつ等も始めたみたいだしな」
「ありがとう……じつはこの勝負、ガクトのさかうらみでやってるんだよね…」
「…大体は予想してたがな、どうせ風間がモテてるから生意気に思ったんだろうよ」
「あはは、ごめいとうです」
師岡は人の良い笑顔で笑いながら、概ね事実を認めた。どうやら彼は個人的な恨みからの島津の強行に付き合わされたようだ。幸薄そうな師岡の横顔には、気疲れからか影が差している。
「お前も大変だな、わざわざこんなとこまで」
「いつもは気のいいやつなんだけどね、進級してからクラスの中心を風間くんにとられちゃったから…」
「そうか、お前ら同じクラスなのか…」
「うん、直江くんも岡本さんも同じクラス」
「なるほどな……所で、岡本は俺の妹分みたいなモンなんだが、学校ではどうだ…その、うまくやってるか?」
日曜集会では悪い話を聞かないし、風間達もいる事だし、別にそこまで心配しているわけじゃない。だがここは第三者からの話も聞いておくべきだ。
「そうだったの!?…だから知らないキミがここにいたのか…いつもの三人組に強そうな人が加わってたからあわてちゃったよ」
「…そこまで怖いか…」
確かにキツめの目元であることは自覚しているし、学校でも最初は怖がられていたほどだ。……面倒くさい連中には良い牽制になるので気にしていないが。
「ごめんごめん!はなしてみたらわりときがるにはなせて親しみやすかったから、あんしん?していいって」
慌ててフォローに入る師岡。島津に振り回されてもいやいやながら着いていくあたり結構良い奴だ。
「ま、それは良い。んで、一子の調子はどうなんだ」
「岡本さんはあかるくてやさしいから友だちも多いよ。足も風間くんのつぎにはやいから、クラスの中でもにんきものだよね」
「…そうか、そりゃあ上々」
「まあ、イケメンの風間くんとなかよくしてるから、女子のやっかみもあるみたいだけどね。」
「そこは仕方ねぇな、よくあることだ」
子供の頃は、誰々が格好いいから好きだの、あの子は男の子ばかりと遊んでいて調子に乗っているだの色々言われるものだし、そういう所に関しては男に比べて女は特に酷いからな。
「ははは、ボクはそういうのに弱いから、かげぐち叩かれるとへこむなぁ…」
「まあ、子供のうちはそんなもんだろ。無責任に陰口叩く奴は、どうせその程度のやつだ。自分の価値は自分で決めるモンだしな、他人に流されんじゃねえ」
「…源くんは強いなあ」
「…ゲンでいいぞ」
「え?」
「仲間内からはゲンって呼ばれてる。向こうも決着きそうな感じだし、風間の事だ、どうせ仲間に引き込むだろうからな…俺もお前のことはモロって呼ぶから」
風間と島津の決闘も佳境に入っていた。序盤から速さで攻め続けていた風間も、島津の肉を切らせて骨を断つ戦法……とでも言うべき捨て身の一撃を受け、足が止まった。その結果、決闘は泥沼の殴り合いとなっていた。
「…うん!これからよろしく!ゲン…さん!」
師岡…モロは嬉しそうに頷くと、他の皆と同じように仇名でよんでくれた。だがやっぱり…
「オメェも“さん”付けなのな…」
「あ、あはは…」
誤魔化し笑いが虚しく響く最中も行われていた決闘は、最終局面の気力勝負へと移行していた。
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結局河川敷での戦いは風間が勝利を収め、無事に島津岳人と師岡卓也がファミリーに加わった。島津はいろいろ腹に抱えるものはあるものの、殴り合いを通じて風間を認めたらしく、学校でも仲良く出来ているようだ。
始めは体格の良い島津に引き気味だった一子は、3日もすれば冗談を言い合う仲になっていた。
さて、もう一人の新規メンバー、モロこと師岡卓也と俺はと言えば、現在市内のゲームセンターに来ていた。
俺個人としては“前”はゲームが好きだった事もあり、モロとのシューティングゲーム対決はなかなかスリリングで楽しいものであった。
「ゲンさんも…なかなか…やるねっ」
「お前こそやるじゃねぇ…かッ!ここまで白熱したのはッ…と、天とやった時以来だぜ」
「ふふ、じっさいにたたかったら…っ!かくじつに負けるけどねッ」
「ッ………うおッ!」
リロードで油断していた隙に物陰から強襲された自分のキャラが、モロのキャラに撃ち抜かれてエフェクトを残して消えていく
YOU WIN ! PLAYER 1 !
「やった!」
「やれやれ、やっぱモロはゲーム強いな…次はストファイをやろう、ここは台でやれるから臨場感があって良い」
小型化されて大衆化したせいか、近年はあまり見かけなくなった筐体の格闘ゲームは俺達のお決まりのゲームの一つだ。モロは小技でつなげてくるタイプ。小足でつなげられると、平然と10連撃とかつなげてくるから厄介極まりない。
「良いね、じゃあいつも通りザンギュラとかはなしね」
「うし、じゃあ早速…「忠勝!こんなところにいやがったか!」…は?」
筐体が立ち並ぶブースに行こうとした矢先、聞き慣れた高い声が背後から聞こえたと思った次の瞬間、何者かが飛び着いてきたのか、腰に衝撃が走った。
「…!」
まあ、当然のごとく天だった。ゲーセンに出没する知り合いなど数える程しかいないからな。モロは突然現れた見知らぬ少女にどう反応していいか迷っている。
「おいおい、天じゃねぇか…ここで合うのは珍しいな」
「テメェさいきん家こねぇじゃねぇか、タツ姉がさみしがってんだよ!」
天は腰から手を離すや否や騒ぎ出した。最近は島津達がファミリー入りしたせいか、河川敷で遊ぶことが増えた。そのため、板垣家に訪問する機会が減っていたのだろう。あまり気にしていなかったが。
「わりーな、ちょっと色々あってダチが増えたりしてたんだよ。モロ、こいつは天…俺の知り合いだ。なかなかのゲーマーだぞ?」
「う、うん、こんにちわ。ボクは師岡卓也、友だちからはモロって呼ばれてる」
モロは結構人見知りするタイプなので、案の定緊張していた。まあ天の見た目はどう見ても年下なのでそこまででは無かったようだが。
「ふーん、ウチは板垣天!いいか?名前は天だぞ?それ以外はねぇからな!?」
「なぜそこまでひっしに!?」
「まぁコイツにも色々あんだよ…察してくれ。」
天はやたらとエンジェルという本名を隠したがる。まあ気持ちはわからなくもない。何度も言うようだが天使と呼ぶと相手が俺でもキレる。ちなみに竜が冗談混じりに呼ぶと顔面に蹴りをお見舞いする。
「そんなことより忠勝!ストファイやんならウチともバトれよ!」
「今からコイツと闘り合うつもりだったんだが…お、そうだ、オメェ等同士で一回戦ってみろよ。」
「え、ボクと!?」
「最近じゃ天に負け越してるからな、モロともいい勝負できると思ったんだが。」
「まあ、ぜったいにウチは負けねぇけどよ、忠勝、コイツ強えのか?」
天の見下したような物言いに、モロの顔つきが一瞬変わった。年下とはいえ自分より弱く見られた事がちょっと引っかかるみたいだ
「そこは実際に戦ってからのお楽しみだな。」
「天ちゃん…でいいのかな?ボクもやるからには本気出すよ!」
「ちゃん付けとかテメェ年下あつかいかよ!…いいぜ、ウチの強さ見せつけてやんよ!」
二人共やる気十分だ。筐体の前に陣取り、真剣な表情でキャラ選択を始める姿は大人顔負けで、俺は若干こいつらの将来が不安になった。
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YOU WIN ! PLAYER 1 !
「くそっ、メチャ強え!忠勝よかよっぽど強ェじゃんか!」
先程まで戦績は五分五分だったものの、モロは数を重ねて天のクセを読んだのか、ここ2.3回勝ち続けている。天は尽くキャラを変えているが、モロのほうが一枚上手のようだ。
「そりゃお前の相手は辰子さんか竜か俺くらいだからな、日頃からこのゲーセンで闘り合ってるモロとは強さのランクが違えよ。」
「天ちゃんも中々だったよ、ただ、ハメ技とか投げコンボとかはまだまだたいさくできてないね。」
モロはちょっと得意気にニコニコしていた。いつもは落ち着いているのに、ゲームに関しては大人気ないんだな。
「ち、ちげーし!台だからなれてなかっただけだし!」
天は必死に言い訳していたが、最後の10割コンボは正直何をやっても避けれる気がしない。ってかお前らホントに小学生だよな…?
「次は、次は負けねーからな!モロ!」
「…!うん、こっちも負けないよ!」
モロは天に名前を呼ばれて嬉しそうだ。好敵手として互いに認めあったんだろう、もう次の勝負の約束をしている。
「じゃあウチはアレだ、せんりゃくてきてったい…?するぜ!…オイ忠勝!近いうちに家こねぇとこっちからおそいにいくからな!」
「あぁ、また辰子さんの顔でも見に行くわ」
「ぜったいだかんな!んじゃな、モロ!忠勝!」
天はゲーセンの自動ドアを飛び出していった。戦略的撤退と言っていたが、多分財布の中身が尽きたのだろう。嵐の様に表れて消えていく背中を見ながらためを息一つ。
「やれやれ、相も変わらず元気のいい奴だ」
「けっこう、グイグイくる子だったけど、面白い子だったよ、かなりつよかったし。」
「ま、悪いやつじゃねぇから、見かけたら遊んでやってくれ」
「もちろんさ、ふふ…」
「あ?どうした」
「いや、ゲンさんとあそんでるとなんていうか、ボクは小さな所でこもってたんだなってじっかんしてさ…」
「何言ってんだよ、小さくても大きくてもモロはモロだ。しかもまだ小学生だしな。これから色んなものに関わってくんだしよ…てか、次は俺も負けねぇからな」
「あはは、実はゲンさんけっこう負けずぎらいだよね」
「…うるせえ」
こうして少年は新たな出会いを契機にまた一つ強くなっていく。この小さな変化が、後に大きな変化をもたらす事になるのだが、それはまだ先の話。