超次元ゲイムネプテューヌ 衝動へのリベリオン【完結】 作:ジマリス
目覚めたら知らない天井、というのはよく見た表現である。
傷を負った主人公が病院なりに運ばれて白い天井を見た時の言葉。
しかし俺が今見ている天井は、見たことがあるし茶色い。
ベッドに寝かされている俺の身体は、包帯が巻かれて寝間着を着せられている。
女神たちに襲われ大きな傷を負った俺は、ふらふらとしながらも体力の続く限り逃げ続けた。
やがて意識が薄れ、倒れしまったところまでは覚えている。
誰かが助けてくれたのだ。
この部屋からして、おそらく俺の知っている人物だろうけど。
噂をすれば影。部屋に近づいてくる足音が聞こえる。
「あら、起きたのね」
扉を開けて現れたのは、見知った女だ。
「エリカ…」
そこにいたのは、篠宮エリカだった。
「久しぶりね」
以前の切羽詰まったような、追い詰められたような顔がない。
雰囲気から、俺の知っているエリカじゃないというのがすぐに分かった。
おそらく彼女は、「こちらの次元の篠宮エリカ」だろう。
「俺を助けてくれたのか?」
俺はあくまで平静を装って聞く。
「ぼろぼろで倒れてたところを、近所の子が教えてくれたの。まさかそれがあなただとは思わなかったけど」
エリカは俺に近づき、ベッドに腰を下ろした。
「死んだと聞いたから」
微笑むエリカの目の奥に、隠し切れない寂しさを感じた。
エリカはそのまま黙って、ぎゅっと俺の袖をつかんだ。
やはり、ここは俺の生まれ故郷だ。
厳密にいえば「この次元の滝空ユウ」の生まれ故郷だ。
この部屋も俺が知っているオルガの部屋に似ている。
「助かったよ」
昔のようにエリカの頭をなでようとしたが、全身に痛みが走った。
女神たちから受けた傷、特に逃げるときにネプテューヌから受けた背中の傷が深い。
「いっ…」
「動かなくていいわ、傷がひどかったから。ちょうどいい時間だしご飯を持ってこようかしら?」
ニコリとほほ笑むエリカに、俺は真実を告げることができなかった。
俺は君の知っている滝空ユウではないと。
「いや、降りるよ」
「…そう」
少し訝しむような顔をした後、エリカは部屋から出ていった。
ふう、と深呼吸した。
何の因果か、知っている人に助けられたのだ。
細かくいえば「知ってる」とは違うけど。
初対面じゃないけど初対面という訳のわからんことになってるわけだ。
ネプギアたちにも言えたことだけど。
俺の装備と服はベッドのそばにある机に置かれていた。装備…はいま必要ないだろう。
寝間着から服を着替え、俺は階段を下りて下に向かうことにした。
「そういえば、オルガは?」
今はすでに夜。
階段を下りてリビングに顔を出すと、すでにご飯の用意ができていた。
「あなたが死んだと聞いた後、あなたの旅をした場所を辿るって言って出ていったわ。あなたのお母さんとお父さんもね」
どうりでエリカの家に保護されているわけだ。
父と母がいればそっちの家に保護されていたことだろう。
きっと護衛がいるはずだから心配はしないが、俺が気ままに一人で行っていた旅路ははたして何年かかることだろう。
「エリカは残ったのか」
「ええ。いつかこういうときが来ると感じていたから」
エリカは少し嬉しそうに箸を机に並べた。
死んだはずの「滝空ユウ」がいつか帰ってくると彼女は思っていたわけだ。
そうして、エリカは待った。
待って待って待ち続けて、いびつな形でそれは叶った。
本人ではないと、彼女は知らないが。
「……」
誰よりも知った顔なのに初対面とは、なかなか不思議な感覚だ。
どう接するべきか、いまいちはかり損ねる。
「遠慮しないで食べて」
「いただきます」
寝込んでいたせいか、腹がペコペコだった。
目の前に並ぶおいしそうな料理にがっつく俺を、エリカはじっと見ていた。
△
ユウさんの記憶とオルガさんの記憶。
そのとてつもない衝撃は、わたし達から言葉を奪った。
「ユウは自分ひとりで全てを背負い込む癖がある。それが、最悪のタイミングで出たんだな」
魔剣の存在の発覚、女神以外の負傷が同時になってしまったのがユウさんを焦らせたのだ。それになにより、誰かを殺すという重荷を他人に背負わせるわけにはいかないという責任感がユウさん自身を蝕んだ。
その心の腐蝕は破壊への衝動として、もう一つの人格として現れた。
私にはユウさんを責めることはできない。
それは他のみなさんもオルガさんも同じだった。
私たちを愛してくれていたからこそ、破壊という道を選んだのだから。
女神がユウさんに託したからこそ、彼を苦悩させてしまったのだから。
「謝らなきゃ」
沈黙のなか、お姉ちゃんが言葉を発した。
真実を知らないまま襲ったことを謝りたい。
きっとユウさんは「自分が悪い」と思ったままだろう。
それはそうなのかもしれない。
それでも、ユウさんの苦しみを知ったからこそ、悪だと決めつけることはできなかった。
そう割り切れるほど、私たちははっきりした心を持っているわけではなかった。
ユウさんを、そしてドゥーム・ザ・ハードを悪と断定できるほど、私たちは彼を知ってはいなかった。
「いや、ユウへの謝罪は後だ」
凛とした声でオルガさんが言う。
「平和を差し置いてユウを優先することは、ユウが一番望んでいないことだ」
オルガさんの言葉は私たちの心に深く突き刺さった。
いかにも自己犠牲の塊のようなユウさんが考えそうなことだ。
私たちより長くいるオルガさんだからこそ気づけたことだ。
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「つまりは、世界を平和にした後ならゆっくり話ができる。そのころにはきっとユウも顔を出してくれるさ」
焦りで激高したノワールさんに冷静に返す。
傷だらけになって生きているのかも死んでいるのかも分からないユウさんが再び現れると、オルガさんは信じきっていた。
「平和…」
「そうですね。犯罪組織をたおすことが優先事項です」
オルガさんの意見に私は賛同した。
ユウさんに謝りたくても、本人の居場所は今わからない。
それに、このままマジェコン工場を放っておいたらまたシェアが奪われてしまう。
それならば今やるべきこと、できることをするしかない。
みんなも賛成してくれるようだ。顔を上げて、やる気のある様子を見せている。
「そうと決まれば行動ですわ」
「ユウとオルガの記憶によれば、マジェコン工場でブレイブ・ザ・ハードと戦うのよね」
ユウさんの記憶の中にはこの後のこともあった。
工場を特定した私たちはブレイブ・ザ・ハードと戦い、そのさなかいーすんさんを攫われる。
「だけどあっちもそれは知ってるはずだよね?」
「だからといって工場をそのままにするのは…」
「危険…だよね」
「私なら工場に戦力を集中させるだろうな。四天王全員とドゥーム・ザ・ハードを」
このまま工場を放っておいたら、マジェコンによってルウィーの時のようにシェアが奪われる。
オルガさんはギリッと歯ぎしりした。
そう、ドゥーム・ザ・ハードという強敵が増えている。
彼を前に、私は戦えるだろうか。
「僕もそうするね。なんにせよ、予想より苦戦すると思った方がいい。あちらには犯罪神の力に女神殺しの剣がある。下手すればさらにあちらの力を上げることになるだろう」
「ドゥームには細心の注意が必要ってことね」
ドゥームが犯罪組織側にいるということは、こちらのこれからの行動も分かっている。そしてユウさんと同じ思考をしているのなら、わたし達がこれから対応しようとしていることも予測しているかもしれない。
私たちは作戦を練ることにした。
犯罪組織を倒すために。
ユウさんにもう一度会うために。
△
「おはよう」
朝、階下に降りた俺に、エリカが挨拶する。
「おはよう」
既に朝食の用意ができており、半ば強制的に座らされる。
「もう行こうかと思う」
「ダメ」
食べている最中に「出ていく」ということを切り込んだものの、即却下されてしまった。
「傷がまだ治っていないでしょ?」
エリカに世話になってからもう三日。
動こうとしても抑えつけられ、俺は絶対安静のまま過ごすことを強要された。
おかげで身体の調子は良くなってきたが、未だに傷は癒えない。
「だけどやらなきゃいけないことが…」
「その「やらなきゃいけないこと」を、あなたはわかっているの?」
俺は黙ってしまった。
過去の過ちを見せられて、俺は自分自身が「破滅」の存在であることを思い出した。
そんな俺にできることはいったい何なのだろう。
考えても考えてもその答えは出ない。
いまだに痛む全身の傷と、昨晩見た悪夢が答えを探そうとする俺を阻害する。
目を閉じれば前の次元の出来事が鮮明に思い出された。
死にゆく女神たちと、殺した人々と、血にまみれた俺。
寝ようとすればそれらが襲い掛かってくるのだ。
起きている間も考えるのは女神たちのことばかりだ。
状況は最悪。
ジャッジはいなくなったが、四天王は他の三人に加えドゥーム・ザ・ハードもいる。
四天王を倒したとしても、犯罪神がいる。
それに、まだ不安要素はある。俺の次元の方のエリカだ。
女神たちが突然襲ってきたのも、エリカのせいだろう。
理由はともかくとして、女神相手にそんなことができるのはエリカくらいのものだ。
禁忌の術。
エリカはおそらくそれを扱えるはず。
見たことはないが、危険なものに手を出していることはうすうすと感じていた。
未知の禁術。女神殺しの魔剣。犯罪組織。そして女神。
再び戦いに身を戻せば、それら異なる強大な牙に襲われることになる。
そんな俺がするべきなのは何なのか。
答えはまだでない。
「そいや!」
刀を一振りし、衝撃波を生み出す。
衝撃波は十メートル先の薪を真っ二つにした。
身体を動かしていると寝不足も倦怠感も気にならないように思える。夜はやはり、それらに襲われることになるが。
何かをしていないと落ち着かなかった。
「おお~~~!」
周りの子どもたちが拍手する。
エリカに黙って、体がなまらないように大人たちに頼んで手伝いを兼ねて薪割りをしていたのだが、いつの間にか子どもたちが集まってきてしまった。
そりゃ衝撃波で薪割りしてたら集まりますよね。
けど俺は路上パフォーマーじゃないぞ。こんな村の広いところでやってるけど
「ねえ、いまのどうやったらできんの?」
子どもたちが寄ってきて、輝いた目で俺を見る。
「適度に運動して、好き嫌いせずにいい子にしてたらできるよ」
「へえ~、お母さんも同じこと言ってたけど嘘だと思ってた」
まあ適当に言ったことだからね。
正直割と好き嫌いしてたから。菌類がどうも苦手なんだよな。傘の裏とかすごい気持ち悪いんだけど。
背中の傷は少し痛むものの、気にならない程度まで治ってきた。
首にかけていたタオルで汗をぬぐうと、エリカが近寄ってきた。
「なに自慢しているのかしら」
「自慢しているわけじゃない。身体がなまらないようにだな…」
くすくすと笑うエリカに、それ以上言わなかった。
内心、怒られなかったことに安心していた。
「それで、何か用か?」
「いえ別に。用がなければ会いに来てはダメなのかしら?」
「意地悪な言い方をするよな、お前は」
「…少しいいかしら。お話ししない?」
この申し出を、俺は了承した。
大人たちに「少し抜ける」といい、子どもたちに手を振って、エリカと歩き出す。
「さ、何を話す?」
「さあ」
「さあってお前…」
「用があるわけではないと言ったでしょう?」
ふふん、とエリカは笑った。
得意げになることじゃないぞ。
しかし、この時間が心地よく感じるのを否定できなかった。
なぜ傷だらけなのか。
どこに行っていたのか。
何を思っているのか。
彼女は何も聞かない。
ただそばにいて、俺の世話をしてくれる。
きっと俺のことを思ってくれてるのだろう。
聞いてほしくないということを、俺の態度から感じているのだ。
「俺のことを理解してくれてるみたいだな」
「ええ、ユウを理解するためにいろいろしたわ。ユウの部屋をガサ入…少し物色したり」
ガサ入れって言おうとしただろ、おい。下手したら放送禁止用語出てきそうだからこれ以上は聞かないでおこう。俺の精神衛生のためにも。
「まあユウの部屋は私の知っている本と机以外何もなかったのだけれどね」
どこまで探してるんだよ。怖えよ。なんなの、ヤンデレなの?他の女の子に目を移しただけで包丁向けられるの?
あれ、冗談に聞こえなくなってきた。エリカならやりかねんぞ。
「きっとユウは自分の思ってることを知られたくなかったのね」
またしても口ごもってしまう。
どうもエリカは「滝空ユウ」という男を理解しているらしい。
自分でも隠していた「底」を見透かすように、的確に当ててくる。
「図星、かしら」
くすくすと笑う。
「誰かに自分の荷を背負わせるのが嫌だっただけだ」
せめてもの抵抗に、プイと顔をそらす。
ただでさえ自分のことでいっぱいいっぱいなんだ。それを他人にも背負わせるなんて、許したくなかった。
「そういうところ嫌いよ。その考えを持ってるくせに、あなたは他人の荷を背負おうとするんでしょう?」
「だって、悩んでいるならお互い様だろ?」
「お互い様って、あなたは背負うだけで、他人には背負わせないんでしょう。矛盾だらけじゃない」
エリカははあ…とため息をついた。
「けど、そうね。それが悪いところでもあるし、良いところでもあるのでしょうね」
エリカの言葉は当たり前のことかもしれないが、俺にとっては衝撃の一言だった。
誰かを頼るなんて、誰かと一緒に背負うなんて。
いまさら許されるのだろうか。
なにもかもが手遅れになった俺に、それが許されるのだろうか。
△
数日間、私たちは教会で作戦を練り、準備を整えた。
不安なのは、ドゥーム・ザ・ハードという「犯罪神の力を持ち、女神殺しの魔剣をもつもう一人のユウさん」がどれほどの強さなのかをはっきりとわかっていないことである。
以前戦った時にはまったく本気を見せていなかったみたいだし、記憶によると魔剣だけでも犯罪神を倒せるほどみたいだし。
「不安か?」
オルガさんが私に近づいてきた。
「はい。ドゥームのことが…」
「ドゥームに関しては、いざとなったら私が対処する」
「オルガさん…」
覚悟を決めたような顔に何か別の不安を感じたけど、オルガさんを信じることにした。
オルガさんの想いを知ってしまったからだ。
これ以上の「破滅」を止めること、そしてこれ以上ユウさんの心を蝕ませないこと。
オルガさんは「滝空ユウ」という人間を殺すことでそれを全うしようとしているのだ。
「そのために来たんだ。お前たちは他のやつのことを気にしろ。特にマジック・ザ・ハードは強いぞ」
「大丈夫です。今度は負けません!」
「いい目だ」
前回はぼこぼこにされたけど、今度は絶対に負けない。
ユウさんが絶望したような未来にはしない。
自分が死んでいいなんて、思わない。
「ネプギア!」
「はい!」
私を呼ぶユニちゃんに応える。
すでにみんなが集まってきていた。
「アンタがリーダーなんだから、シャキッとしなさい」
「リ、リーダー!?わたしが!?」
てっきりお姉ちゃんたちの誰かが指揮を執ると思ってたから、私は驚いた。
「うん、ネプギアなら安心だよ。なんてったって私の妹だからね!」
「そう聞くと不安に思えるわね」
ノワールさんのジト目に、お姉ちゃんはなにおう!?と返した。
なんだかんだいって、この二人は仲がいいように思える。
「私たちを救ってくれたあなたを信じての判断よ」
「私をどう使ってくれてもかまいませんわ」
ブランさんとベールさんも私に任せてくれるみたいだ。
とても心強い。
「ありがとうございます!では、作戦通りに行こうと思います」
私たちの望みと希望を含めた作戦は、やっと動き始めた。