あの剣鬼によって壊滅させられた里を通る道中、あれだけあった里人の遺体がなくなっている事に気がついた。
訝しげに辺りを見回している私に気が付くと、狭間はこう言った。
「ああ、どうせ寝る必要も無いし、暇だったから埋葬しといたんだ。細かい礼儀作法や宗教は知らんから丁寧とは言えねぇがな」
そう苦笑する彼を見ていると、記憶の中の誰かと被った。
一体誰なのだろう。確か……ダメだ、今ひとつ思い出せない。
首を傾げると、彼も“どうしたのか”と言いたげに首を傾げた。
ちょっと可愛いなんて思ってしまった。不覚。
「ねぇ狭間、貴方ここに来る前に私と会った事ないかしら?」
ストレートに訊いてみる事にしたが、首の傾きが大きくなるだけだった。
「いや、無い筈だが。そういやメリーって……おっと、失礼。忘れてくれ」
「何よ、ハッキリ言っちゃっていいわよ?」
言い淀む彼にきっぱりそう言ってやると、狭間は気まずそうに口を開いた。
「いや、そのー……元の時代では学生さんか何かかなーと思いまして、ハイ。い、言っておくが他意はないからな!?」
「……」
見た目の割には紳士的というかなんというか。
つまり、遠まわしに“女性に年齢を尋ねるのは失礼”と言いたい訳だ。
ガクッとよろけそうになるがそれを抑え、苦笑する。
「見た目によらず紳士的ですこと。別に気にしなくていいわ、長い付き合いになりそうだものね。一応大学生だったわ」
苦笑交じりにそう話すと。
「えっ」
「……何よ」
「……年上だったのか?」
げしっ。
「いでっ」
まさかの年下。でもまぁ、彼は数百年ぐらい封印されてたらしいし、それをカウントすると私の方が年下に……いや、待てよ。既に死んでいる=年を取らないだとすると……
私に脛を蹴られて蹲る彼を尻目にそんな事を考えていると、ふと狭間の立っている辺りが影になった。
不思議に思って二人して見上げ、視界に入ってきたのは。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「んなッ!?」
「ちょっ……」
真っ直ぐに狭間の上に落ちてくる少女だった。
ドサッと、少女が地面にぶつかる音と、狭間が潰れた蛙のような悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
狭間は頭が半分程激突の衝撃で地面に埋まってしまっているが、まぁ大丈夫だろう。
少女の方も気を失ってはいるものの、目立った外傷はない。直に目を覚ますだろう。
ただ、一つだけ目を引く所があった。
「翼……?」
少女の背には、片方だけの真っ黒い翼があった。
「いやぁ、まさか人が居るとは思わんでのぅ。すまんすまん」
「いいのよ、それより怪我がなくて何よりだわ」
「……」
まだ年若い風貌の少女は、若干年寄りくさい口調で謝罪をしていた。
もっとも、激突された狭間は未だに埋まっているので応対しているのは私なのだが。
「でも、なんで空から降ってきたの?」
「あー……恥ずかしい話なんだがの、飛ぶ練習をしとるのだ。天狗って知っとるか?」
勿論知っている。天狗は鬼や河童なんかと同じぐらいにはメジャーな妖怪だ。
烏天狗や大天狗、果ては天魔と呼ばれる役職があるぐらいには区分されている。その力や強さも様々だが、それは割愛しよう。
頷くと、少女は満足そうに微笑んだ。
「儂も天狗なんじゃがの、見ての通り翼が片方しかなくてな。飛行しようとしても上手くバランスが取れなんだ。だからこうしてこっそり練習しとるのだ」
飛び方が分からないという訳ではなく、単純にバランスが取れないのか。
空なんて飛ぶ事の出来ない私にはよく分からないけれど、バランスが取れないのは大変だろう。
そう思っていると、突然狭間が地面から頭を引っこ抜いた。
「ぶはっ、はぁ……おいコラ、テメェオレには謝罪なしかよ?」
「すまん」
「三文字かよッ」
若干ノリがおかしい気もするけど、いつもの狭間だ。
思わず吹き出すと、狭間がジトーっとした目を向けてくる。面白い。
「そういえば主らは何と……おっとすまん、軽々しく名を訊くなと言われとるんだった」
「なぁ、なんで真名とやらは教えちゃあいけないんだ?」
やっぱりいつもの調子に戻って質問する狭間。
それに対して、天狗の少女は訝しげに首を傾げた。
「何を言っとるのだ、当然であろう。特に儂のような妖者には真名を知られたらそれを媒介に傀儡にされる恐れがあるのだぞ。どこぞにそんな術者がわんさか居ると聞く。もっとも、己より格下の相手でなければ効力はないがの」
思わずぶるりと身を震わせた。なんだか思ったよりも恐ろしい効果だった。
名前だけで相手を縛るなど、酷い術もあったものだ。そんな術を使う相手に出くわさない事を祈ろう。
「その術を使う者は大体が外道じゃからそこまで心配せずとも良いが警戒するのが普通じゃろうて」
「まァオレらは大丈夫だろ、なぁ?」
「ええ、貴方のは本名じゃあないし、私もあだ名を教えればいいものね。代わりに貴女も教えてくれないかしら?」
「ぬ?そりゃ構わんが……」
そう言って私は懐から手帳とペンを取り出した。
物珍しげにそれを見つめる彼女の姿に、やはりここは私のいた所じゃあないんだな、と改めて思い知らされる。
少し胸の痛みを感じたが、気にしない事にした。私の居た時代ではなくとも、今私がいるのはここなのだ。目をそらしてはいけない。
そう考えながら、手帳に“めりー“と平仮名で書く。
「私は、メリーって呼んでちょうだい」
「おお!心得たぞ、めりー!」
やや言いにくいのか、舌っ足らずな口調で言う姿に、自然と口元が綻んだ。
狭間に手帳とペンを手渡すと、慣れた手つきでサラサラと“狭間”と書いた。
「オレ様は狭間だ。漢字で書くとこうだ、覚えとけよ」
「うむうむ、分かったぞ狭間」
今度は滑らかに発音した。ちょっと悔しい。
「儂の名はこうじゃ」
そう言って書き記したのは、“黒羽”の二文字。なんて読むのだろうか。
「儂は黒い羽と書いて、くろう、と呼ばれておる」
「黒羽ね、覚えたわ」
「黒羽、クロウか。ヒヒッ、ぴったりだな」
「そうじゃろうそうじゃろう!」
狭間の言葉に気をよくしたのか、嬉しそうに片羽をパタパタと動かす黒羽。ちょっと可愛い。
クロウ、鴉の事か。確かに烏天狗っぽいし、羽の色も相まってピッタリと言える。
機嫌良さげにしている黒羽だったが、ハッと我に返り、咳払いをした。ちょっと恥ずかしそうにしている。
「ん、んんっ……それは兎も角として、主らはどこへ行くのじゃ?」
「あー、ちょっと時間を超える方法を探しにな」
「……頭は大丈夫かの?」
「大丈夫だ、オレは正気だ」
しょうきにもどった……とかではなく、狭間は素直に目的を言った。
最初こそ黒羽を警戒していたようだが、先程の見た目相応の少女のような動作に毒気を抜かれたのだろう、剣呑な目つきからいつもの蛇みたいな目になった。あれ、字面的には大差ないか。
咳払いしながら、狭間が呟いた。
「オレは兎も角、コイツはどうにかして帰してやりたいんだよ……」
「何か言ったかの?」
「いや、なんでも」
聞こえている。しっかりと私の耳に届いた呟きは、私の顔を顰めさせるのに充分だった。彼はもしかしたら、自分を犠牲にしてでも私を帰そう、とか考えてるんじゃなかろうか。自惚れが強すぎないか、とは自分でも思うがそう感じずにはいられない。彼は少々自分を蔑ろにする節がある。人によっては謙虚、美点と映るかもしれないが、私にとってはまるで壊れ物か何かのように、慎重に、触るのも憚られるモノとして扱われるような錯覚を覚えるのだ。
だから。
「ていっ」
「痛ぇっ!?」
ガツリ、と拳骨を落としてやった。
実体化しているならば物理攻撃も有効、というのは分かっていたが実際殴ってみると意外と痛い。主に手が。
「なにすんだよ!?」
「なーんでもなーいわー」
「嘘吐けっ!」
ぷいっ、と顔を逸らす。わざとらしい動作に、狭間はしかめっ面で首を傾げた。
「いい、狭間?私と貴方は対等なの。実際の強さ、とかそんなのは置いといて精神的な立ち位置の話ね。言ったでしょ、私も貴方の力になるって。だったら守られるだけじゃダメじゃない?私は貴方みたいな力はない。けれど、何かを手伝ったりとか、出来る事なら言って。恩があるからとか、そういうんじゃなく、友人として貴方を頼らせてほしいの……いいわね?」
「……悪いな。もっともだ。ったく、オレ様とした事がそんな初歩的な事を教わるとはな。目の前の事すら見えてなかったみたいだ。メリーよ、そう言うって事はオレの事を友人と思っているって取っていいんだよな?」
ニヤリと笑って彼が言う。勿論と頷く。笑みを深めた彼は、楽しげに笑って言った。
「じゃあメリーよ、オレもお前の事を友人と取ってもいいんだよな。嫌とは言わせねぇぜ、もう決めた。っつーわけで、改めて宜しくな、メリー」
「ええ、こちらこそ。今後とも宜しく、ね」
「終わったかの?」
「あ、すまん」
「ごめん、忘れてた」
黒羽の存在を忘れかけていたがそれは置いておいて。
黒羽も狭間も怪我はないようなので、そろそろ出発する事にした。
「そういえば目的地は決まっとるのかの?」
「行き当たりばったりっていいよな」
「決まってないのね」
「当然!」
ドヤ顔で言われても困る。そりゃあつい昨日まで封印されていた彼が地理に詳しい筈もないし、私も分からない。行き当たりばったりになるのも仕方ないと言える。
「幸い時間だけはたっぷりとあるからな、焦ることはない」
「そうなのかー。それにしても、霊と妖者の組み合わせというのも珍しいのー」
「……え?」
「霊と妖者の」
「繰り返さなくていいから、聞き取れなかった訳じゃあないから。そうじゃなくて、妖者って誰のこと?」
「めりーに決まっとろう」
待て。待て待て待て。誰が?めりーが。
私が妖者。つまり妖怪、人外?
……え?
「……狭間?」
「オレは悪くねぇ」
「いや悪いとか悪くないじゃなく。知ってたの?」
「そのー……あの亡霊に聞いて知った。言い出すタイミングがなくてだな……つまり、その……すまん」
「……」
危うく目の前が真っ暗になりかけたが、いつもの狭間の態度のおかげでどうにか気を保つ事ができた。こういう時は彼の軽薄なノリが役立つ……うん、そうじゃない。
私 が 人外。
どうしてこうなった。私はただのちょっとおかしな眼を持ってるだけの人間だった筈だ。
「んむ?もしや……めりーは元人間じゃったのか?それはすまんかったの、配慮が足りんかった」
「いえ、良いのよ。貴女は悪くない……というか誰も悪くないんだけどね。ちょっと混乱しただけ」
嘘だ。ちょっとどころではない。大混乱だ。
しかし申し訳なさそうに眉を下げる彼女を無下にするのは憚られる。
一体何故こうなったのか。妖怪になっても人間社会に戻れるんだろうか?蓮子は何と言うだろうか。その前にあの子になんて言おうか。妖怪という事は寿命も違うんだろうか。もしかしたら無理に戻ろうとしなくても長生きすればあの時代に……その場合そこに居るのは誰?私?それとも……
「……あれ?」
「どうしたのじゃ?」
「なんか……思ってるほど動揺してない。すんなり胸に入ってきた感じがする……」
まさか、妖怪になったということを受け入れているのか。
頭で納得してないのに身体が先に納得するとは何事か。あれ、やっぱり混乱してる?
「そういうもんだ、ってな感じでもするのか?少なくともオレ様はそうだったぜ、この身体になった時。なんとなく、”そういうこと”として受け入れちまってる感じがするんだよな」
「ええ、そんな感じ。狭間もそうだったのね……」
案外普通なんだろうか。いや、普通は人間卒業なんてしないだろう。
ああ、なんだかもう混乱してるのかしてないのか分からなくなってきた。
ええい、この際受け入れるしかない。あの鬼を間接的とはいえ殺した事に比べれば……いけない、血の気が引いてきた。
少なくとも妖怪だから人間を食べなければいけないなんて事はないはず。いけなかったら困る、実に困る。カニバリズムは最大の愛情表現と言うが、好きだからこそ食べずに残しておきた……何を考えてるんだ私は、落ち着け、素数を数えろ。
「2、3、5、7」
「落ち着け」
「落ち着いた」
「正直すまんかった」
黒羽が頭を下げる。そう申し訳なさそうにされるとこっちも頭を下げなきゃという気分になる。落ち着け私。
「……大丈夫か?」
「大丈夫……多分」
「すまんのー本当に。じゃ、じゃがそう悲観したもんでもないぞ?寿命も人間より格段に長いからの、探し物をするなら都合が良いじゃろうて。それに妖術の適性もあるじゃろうから……」
「そう慰めようとしなくても大丈夫よ。うん、ちゃんと落ち着いたわ……大丈夫、しっかり受け止められてる」
成ってしまったものは仕方がない。割り切って受け入れるしかないのだ。
成るようにしか成らぬとはよく言ったものだ。どう足掻こうと出来ないものは出来やしないのだ。
しかし妖怪と一口に言っても様々ある筈だが、私は一体何と言う妖怪なんだろうか?疑問に思った私は黒羽に尋ねてみた。
「わからん」
ですよねー。
「そも、儂はまだめりーがどんな力を持っているかも分からんのに知る訳なかろう」
「ごもっとも」
「……アイツの言ってたのが確かなら、メリーは少なくとも空間に干渉できる」
「なにそれこわい」
「空間にのぅ……」
ちょっとまって私それ知らない。え、私そんな事してたの?
アイツって多分あの亡霊の事よね、いつ聞いたのかしら……あ、私が寝てる時か。
兎も角空間に干渉って字面からしてなんか凄そうなんだけど。というか私の能力って結界の境目が見える程度の能力しかないと思うのだけれど……
「あの亡霊が言うには、あのおっさんが攻撃してきた時に空間に亀裂が入って、そこに攻撃が吸い込まれたおかげで勝てたみたいだがな。ま、細かいこたぁ知らんが、メリーにもそれなりの力はあるって自覚できればそれでいいんじゃないか」
「まぁそうじゃの。何をするにも自分にできる事を知らんとの」
それはそうだ。何ができて何が出来ないかも知らずに事を起こすのはまずい。
敵を知り己を知れば百戦して危うからず……って誰と戦うつもりだ私は。
とにかく、まずは自分の状態を知らなければ。そういえば狭間は自分の力の使い方は分かるのだろうか。
「オレか?ああ、一応一通りは分かるぜ」
「どんな事ができるの?」
「儂も気になるのう」
「まず肉体を形作るってのは今もやってるが……オレは怨念を核として存在している。つまり、このオレ様を消滅させようと思ったら怨念の一片たりとも残せない訳だ。怨念イコールオレ様だから、一片でも残ってりゃあ再生できる。いくら潰した所で次から次と怨みのエネルギーが湧いてくるんだから当然っちゃあ当然よな。オレを倒そうとするなら怨念を一纏めにするなり纏めて消し飛ばすなりしなきゃあいけない……ってのが理屈じゃなく心で理解できた、とでも言おうか。オレの力とは即ち怨みそのものだからな、怨めば怨む程強くなる。怨む対象相手なら負ける事はないだろうな。武器も怨念そのものだから……オレが戦えなくなる時ってのは成仏する時、だろうな。ま、そんな事があるかも分からんが」
相変わらず喋る時はペラペラと舌が良く回るものだ。
要約すると、狭間が誰かを怨んでいる限りは力は尽きない、という事か。改めて確認すると中々酷い能力じゃあないだろうか。いろんな意味で。
彼はそれ程までに自分を封印した陰陽師とやらを憎んでいるのか。表面上は穏やかだが、その内面では嵐のように憎しみが吹き荒れているのだろうか。私は覚妖怪のように心を読む事はできないが、それが彼に取って良い事なのか悪い事なのかも私には分からない。
彼が理解してもらいたいと思っているか、というと答えは否だろう。しかし、その怨みを晴らしたいか、と問われて是とするのだろうか。私にはそうは思えない。上手く説明する事はできないが、理屈ではないのだ。
「中々凄いんじゃのぅ、悪霊とは皆そうなのかのう?」
「さてな。オレは他の悪霊なんてこっちに来てからはとんと見てねぇな、亡霊なら見たが」
そうだ、彼が異質なのかどうかさえ、私は知らない。
この時代の事だけじゃない、私は知らない事が多すぎる。これから先、知識も、力も、経験も。様々なモノを積み重ねて生きていかなければならない。あの時代のような平和など自分の手で掴むしかないのだ……
「……メリーよ、そう重く考え込むな。ゆっくりでいいんだよ、こういうのは」
「うむうむ、焦ってもいい事ないぞい。急いては事を仕損ずると言うじゃろう?焦らずにゆっくり歩めば必ず目的地にたどり着ける。そういうもんじゃて」
「……私、声に出してた?」
「「思い切り」」
恥ずかしい。
「ん、んんっ……それはそうと、行くあてがないのならまずは自分の置かれた状況やらを確かめるべきだと思うぞい」
「そりゃそうだ。その為にもまずは安全な所に行かねぇとな……」
「じゃったらここから北東に進むとよい。儂の記憶が確かなら、あの辺りに人と妖怪が共に暮らせる場所があるという。行ってみる価値はあるじゃろうて」
人と妖怪が。そんなことがあり得るのだろうか。兎も角、確かに行ってみる価値はあるのだろう、そう感じた私は狭間と目を合わせ、互いに頷いた。
狭間も同じ事を考えたのだろう、興味深げにしていた。
どのみち動かなければ何も変わらないのだ。この後に及んでまだ誰かが助けてくれるなんて思える程私は楽観的ではないのだ。頼れるのは自分と狭間だけ、彼もそれは同じだ。
兎も角、人と妖怪が共に暮らせるというのならば私達が行っても攻撃される事は少ないはずだ。何も分からない所へ行くよりは安全だろう。
「よし、んじゃそこに行ってみるか。悪いが案内頼めるか?」
「すまんがそれはできん。今もこっそりと抜け出しておるでの」
「抜け出すって……」
なんだか黒羽の性格が分かるような気がした。アレだ、私を振り回してる時の蓮子みたいな感じだ。きっと活発すぎて枠に捕らわれてじっとしたりなんて出来ないタイプなんだろう。あれ、蓮子もそうじゃないか。狭間はそこまででもないけど活発……というより攻撃的?だし、私の周りにはそういう性格の人が集まるものなのかしら。類は友を呼ぶ、という言葉が脳裏をよぎったが気にしない事にする。
なんだかどんどんズレていってる気がするけどまぁいいだろう。次の……もとい最初の目的地はそこだ。
「まっ、目的地も決まった訳だし、そろそろ行こうぜ。時間はたっぷりあるが、その里がいつまでもあるという保証はない」
「……諸行無常、ね。癪だけどそれは疑いようがないわね。ええ、行きましょう。ありがとう、黒羽」
立ち上がり、ポンポンとスカートの埃を払い落とす。照れくさげに頬を掻く彼女を見ると、幾分か安心できるような気がする。心に余裕が出来てきたのだろう。
狭間も立ち上がり、ゴキゴキと肩を回した。さっき黒羽がぶつかった頭は大丈夫なのだろうか。そう思ったら狭間がジロリとこちらを見た。貴方別に心が読めたりはしないでしょうに、なんでそういうのだけ勘がいいのよ。って、別に悪い意味で言った……もとい思った訳じゃないから別にいいのか。
そう考えていると、黒羽も立ち上がり、大きく伸びをした。片方だけの羽はどこか痛々しく、されど美しく映えて見えた。
「では、ここらでお別れかの。またこの辺りに立ち寄った時は顔を見せてくれると嬉しいんだがのぅ」
「ええ、いつか。それがいつかになるかは分からないけど、いつかまた会いましょう。もう一度、またここで」
「そん時までにゃ帰る方法が見つかってりゃあいいんだがな。っつか、そういう事言うんなら次会うまでに死んでんじゃぁねェぞ?」
縁起でもない。でも、これは彼なりのジョーク、或いは気遣いなのかもしれない。どこが、と言われると少し困るけれども。言葉も態度も荒いが、無理するな、と言っていると見ていいんじゃないかしら。
思わず苦笑すると、狭間がハッとしたような表情になってガリガリと頭を掻き毟った。
「ったくよォ、こういうのはどうも苦手だ……まぁいいや、また会うっつったら会うんだからな、覚えとけよ!後オレ様の頭に落ちてきた事はぜってぇ忘れねぇ」
「アレは嫌な事件じゃったの」
すました顔であしらう黒羽。なんだか二人の会話を見ているだけでも結構楽しい。
「ほら、行くぜメリー!」
「ぷっ、はいはい。じゃあ、またね、黒羽」
「うむ、暫しの別れじゃ。さらば、狭間、めりー」
そう言葉を交わし、私達は互いに背を向けて歩き出した。
何日ぐらいかかるのだろうか――そう考えた私に、狭間はこう言った。
「メリーはこういう徒歩での長距離移動は大変だろうから無理すんなよ」
と。
自慢じゃないが私は同年代の人々に比べて体力がある方だと自負している。しょっちゅう蓮子と共に交通網がほぼないような場所まで行ったり、それでなくとも夢の中であちこち逃げ回ったりしているのだ、自然と体力も付いた。勿論、私よりも狭間の方が体力があるのかもしれない。でも、私もさっき気づいたのだが、身体能力が上がっているのだ。妖怪に成った事で身体にも変異が生じたのだろうか、いずれにせよ私はただの人間の時よりも遥かに体力も力もある。そこまで心配せずとも良いのに、狭間は意外と心配性なようだ。
なので、大丈夫だという事を示す為に私は軽く駆け出した。
「あっ、おい!」
「そんなに心配しなくても大丈夫よー、私は……あら?」
走っている最中、地面に金色の何かが落ちているのが見えた。
否、落ちているという表現は正しくない。
正確には”蹲っていた”だ。
「ねぇ狭間、これ……」
「お前な、急に走りだすんじゃ……あん?」
狭間に呼びかけると、彼は眉を潜めながら金色の何かに近づいた。
「狐だな、罠にかかってら」
金色の何かは、一匹の子狐だった。愛くるしい瞳は諦めたように伏せられ、その尻尾も元気がない。
「なんとかできないの?」
「このトラバサミ壊しゃあいいだけだぜ。丁度いい練習だ、メリーがやってみろ」
「私が?」
やってみろ、と言われてもどうしたものか。
ええと、どうすればいいんだろう。子狐は脚を挟まれているのだから、その挟まれている部分をどうにかすれば……
ええい、分からない。こうなれば行き当たりばったりだ、右手の人差し指と中指を揃えて軽く線を引くように、後から思えば子狐と罠の”境界”線を引くように、動かした。
すると、挟まれていた脚がスポリと抜けた。私も子狐もきょとんとしてそれを見つめた。
よく見ると、子狐が囚われていた部分に、隙間が開いている。思わず覗き込んで絶句した。
大量の目玉のようなモノが、こちらを見ている。いや、見ていないのかもしれない。その目玉達以外には何もなく、殺風景を通り越して普通の人間が見たら正気度をチェックするハメになりそうな空間が広がっていた。
でも、私はその空間を見て、とても心が落ち着いているのを感じた。例えるなら、満員電車に揺られた後に自宅の私室に居る時間、そんな感じ。理由は分からないが、どうやらこの空間は私にとって非常に落ち着くものらしい。
「おい、大丈夫か?」
「うぇっ!?あ、え、ええ、大丈夫よ。ちょっとビックリしただけ……ほら、もう大丈夫よ。良かったわね。……さ、行きましょ」
「……おう」
じっと見つめてくる子狐を置いて、私は足早に歩き出した。あのまま居たら、この子も連れていこうなどと言い出す所だ。
私達は自分の事で手一杯、どころか手が足りていないのだ。だというのに、明らかに野生な小動物を庇う余裕はない。それが分かっていたから、私はこうして立ち去った。
「……良かったな、今度は罠に気をつけろよ。オレらはもう行かなくちゃあならないんだ、じゃあな」
狭間はそう言って子狐の頭を撫で、私を追いかけ始めた。
去りゆく私達の背中を、子狐はいつまでも見つめていた――。
ここまでが、大体200年程前の話。
そして今。
「何か考えごとかい?」
「ええ、ちょっとね」
「随分と長い間そうしていたが。どうかしたのかい?」
「ただ昔を懐かしんでいただけよ。レディの考えを詮索するなんて失礼よ?霖之助」
「はは、それもそうだ。悪かったよ」
そう悪びれもせずに言う目の前の白い髪の少年、森近霖之助は人と妖怪の間に産まれた、いわゆる半妖である。あの時黒羽に教えられた里、彼はそこの住人の一人だ。
私達が今居るのもその里だ。この200年の間私達はここで情報を集め、腕を磨き、能力を使いこなせるよう練習したり……まぁ、早い話がこの時代、或いは私達の置かれた状況に慣れようとしたのだ。霖之助とはそんな生活を始めた頃に出会ったのだ。
見た目はまだ子供なのだが、これでも300年は生きているらしい。半分だけとはいえ、妖怪の血筋の影響はそれなりに大きいようだ。
他の人妖と比べるとなんとなく話しかけやすい事もあって、今では狭間が出かけている時の一番の話し相手になっている。
「そういえば彼、今日は何の仕事だって?」
「確か死体が人を襲うから原因突き止めてどうにかしてくれって依頼だったわね」
そう言うと、霖之助はやれやれと肩を竦めた。
「狭間の強さは知っているが、最近働きすぎじゃあないかい?」
「本人は身体の動かし方の勉強みたいなもんだから、とか言ってましたわ。本人がいいんならいいんじゃないかしら」
200年も一緒に居るだけあって、もはや狭間の事は我がことのように分かる。
例えば、チンピラみたいな見た目だけど子供には優しかったり。
身体の動かし方の勉強というのが正確には暴れて身体を慣らす為のサンドバッグを求めての事だったり。
まぁ兎も角、私達はこうして元の時代に戻る方法を探しながら、まずは自分を鍛えるのに集中しているわけだ。今のところ収穫は0に等しいが、こうして積み重ねた日々は決して無駄じゃないと思いたい。いや、決して無駄になんてするものか。
そして、もう一つ変わった事が一つ。
「そうそう、こないだ言っていた本を貰ったんだが読んでみるかい?紫」
「……ええ、是非」
八雲紫。それが、スキマ妖怪たる私の名だ。