東方邪霊蛇   作:悪霊さん

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「アレが噂の人食い死体か?」

 

木の陰から腐肉色をした不気味なモノを見据えた狭間は、傍にいた里の自警団の若者に尋ねた。今回の仕事は、里の人間だけでなく一部の妖怪も同行していた。

小さく頷きを返した若者は、少し震えているようだった。4メートルはあろうかという人食いの化物がすぐ近くにいるのだから仕方ないのだが。

確認を取った狭間は若者の後ろに控えていた赤い長髪の女性に目を向けた。髪の横から二本ずつ角が生えている辺り、人間ではないと見て取れる。

 

「シンギョク、後詰は任せたぞ」

 

「ええ、といっても私の仕事なんて結界張るぐらいしかないでしょうけどね」

 

シンギョクと呼ばれた女性は、狭間の暴れっぷりを知っているだけに苦笑した。狭間と一緒に行くと、たまに”もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな”なんて思ってしまうぐらいなのだ。狭間が苦戦したり負けた所など見たことがない。目標が何か術を使おうとしても、狭間の場合はゴリ押してしまう。多少の攻撃ではダメージが入らない身体故にそんな真似ができるのだが、そもそもこの辺りにそれ程の力を持つ人妖がいないのだ。

 

「こちらで集めた情報によると、奴は人間だった頃にも人を喰っていたようです。飢えに耐えかねてなのか、それとも別の要因があるのかは不明ですが……喰った人間の中には、奴の子供もいたそうです。ああなってからも、子供や女性を狙って襲っているとか」

 

「言葉通りの”腐れ外道”ってワケか。だったら思い切りやっても後腐れねぇな。よし、準備できたか?」

 

「ええ、バッチリよ」

 

「周辺の警戒は我々が。狭間さんは、奴を仕留めるのに集中してください」

 

「分かってる。んじゃ、行くぜ!」

 

そう言って狭間は一人駆け出した。流石に音を立てて接近すれば、あの”腐れ外道”も気づいたようだ。即座にシンギョクが死体の前方を除いた全方位を結界で覆う。僅かに空いた穴から狭間が入り込み、蛇を象った鎖を伸ばした。

 

「ウロボロス!」

 

ウロボロス、狭間がそう名付けた鎖は人食いのボロボロの左腕を容易く断ち切った。言葉にならない呻き声をあげる死体に、狭間は容赦しなかった。右腕から突き出た骨に向かって思い切り蹴りを放って叩き折り、死体が口から胃液のようなものを吐き出せば距離を取った後に再びウロボロスで攻撃する。戦いはほぼ一方的に進んでいった。

 

「ヘッ、人食いって言っても所詮は雑魚か、張り合いねぇなァ!」

 

狭間がそう挑発した瞬間、人食いは自分の頭を掴み、そのまま投げつけてきた。流石に驚いた狭間が跳躍して避けると、巨体に似合わぬ速度で狭間を追うように飛び跳ねた。

そのまま狭間を僅かに残っている右腕で掴むと、醜悪な音を立てて大口を開けた。

それを見たシンギョク達は――

 

 

「あら、そろそろ終わりそうね」

 

全く慌てても心配してもいなかった。

今にも狭間を食おうとしている人食いは、ふと首を傾げて自分の右手を見た。

 

「汚ねぇ手で触んな!」

 

右手は、いつの間にか狭間のウロボロスで肉片と化していた。驚いた死体はバランスを崩し、そのまま地面へと落下していった。

その醜く膨らんだ腹に踵を落とし、轟音を立てて人食い死体を叩き落とした狭間は、掴まれた部分をパンパンと払いながら、悠々と地に降り立った。

 

「さて、そろそろ片付けるか……大蛇斬頭烈封餓」

 

そう言って狭間は手元にナイフ状のウロボロスを造り、死体の足元に撃ち込んだ。

撃ち込まれたウロボロスが死体に絡みつき、動きを封じた。ジタバタと暴れるものの、強固な拘束の前には虚しい抵抗だった。

身を屈めた狭間の背後から何百ものの蛇を象った怨念が死体に食らいつく。数秒ほど蛇達に喰らいつかれ、体の殆どが消し飛んでいた。

しかし狭間は手を緩めなかった。手に長刀を生み出し、全力で斬りつける。

身体の大半を消滅させられたうえに残った部分も両断されては、流石のリビングデッドもどうしようもなかった。狭間が結界から出ると同時に、人食い死体はシンギョクによって完全に消滅させられた。

 

「お疲れ様、相手を舐めすぎよ。というか手を抜きすぎ」

 

「ハイハイ、仕留めたからいいじゃあねぇか。それよか俺はさっさと帰って一杯やりたいんだよ」

 

暴れた後は酒に限る、と言いながら首をゴキゴキと鳴らす。結局、あの”腐れ外道”も狭間を追い詰めることすらできなかった。その事に狭間は若干落胆していた。

いつもこうだ。暴れている間は、力を思う存分奮っている間は気分も高揚する。だが、終わってしまえば”楽勝だったな”という思いが広がる。それが狭間には残念でならない。

折角強い力を持ったのだから、もっと闘りあい甲斐のある相手はいないものか、いつもそう考えていた。

勿論メリー改め八雲紫を護るのが最優先ではあるのだが。

 

(そろそろまた旅をするべきか……)

 

「まったく……それじゃあ、後で霖之助の家に報酬持っていくわね」

 

「おう、頼むわ」

 

 

 

という話を、帰ってきた狭間はしていた。

いや、狭間が戦うの好きなのは知ってるけれど、強い相手がいないのが悩みっていうのもねぇ。

しかし、今の私なら……”境界を操る力”を手に入れた八雲紫なら、彼の欲を満たせるんじゃあないかという密かな自信はある。それを言うと、彼はまた笑って『お前と戦う気なんざねぇよ』なんて言うのだろうけれど。

勿論、それは私だって同じだ。誰が好き好んで数少ない友人を倒そうなんて考えるものか。

術の基礎はシンギョクに学んだのだけれど、ほんの半年もしないうちに呆れられた。

才がないのではなく、むしろ逆だと言っていた。才が有り過ぎる、と。そのたった半年の時間で、教授してくれたシンギョクを大きく上回る程度の力量となってしまったのだから、呆れたくもなるだろう。

その時に自分の化物加減が恐ろしくなったけど、それはまた別の話。その件についてはもう落ち着いたし、受け止めた。

 

「それで、君達はここへ来た時と同じように旅に出るのかい?」

 

霖之助が問う。狭間が盃片手に頷いた。

また今回も当てのない旅になるのだろうか?

あれから200年、この辺りでずっと神隠しや時間渡航について手がかりがないか調べ続けてきたものの、収穫は全くと言っていいほどなかった。この辺りには私達が求める情報はないと考えるのが妥当だろう。

それを聞いた霖之助が、眼鏡をくいっと上げながら言った。

 

「それじゃあ僕も準備をしなくてはね」

 

「「ちょっと待て」」

 

「なんだい?」

 

いや、なんだい?じゃないわよ。

 

「お前まさか、付いてくるつもりかよ?」

 

「?君こそ何を言ってるんだ、当たり前だろう」

 

この半妖は何を言っているんだ。

そりゃあ私達だって霖之助の家に居候させてもらってるんだから、彼が世界の色んなものを見てみたい、と思うのを理解できないワケじゃあない。これでも彼の性分は分かっているつもりだ。

ただ、それにしたって唐突すぎるし、そもそも何を当たり前のように付いてくると言っているんだ。

 

「僕は確かに半妖だが、戦う力なんて微塵もないからね。ならば一人で出るよりも、強い君達にくっついていった方が安全というものじゃあないか。何を不思議がっている?」

 

「ああ、そうだったな……そういやお前そういう性格だったよな」

 

げんなりした顔で狭間が肩をすくめる。

確かにそっちの方が安全ではあろうが。それにしたって突然ではないだろうか。

 

「突然すぎるって?当然さ、今初めて言ったんだからね」

 

「「……」」

 

……やれやれだ。

 

「狭間、いるかい?報酬持ってきたよ」

 

「おお、シンギョクか。いるぜ」

 

玄関をあけて入ってきたのは、神社の神主か何かのような格好をした男。

シンギョクである。

彼について説明しておこう。(この先の旅でまた会う事があるのかは分からないが)

シンギョクというものは、男の姿、女の姿、そして陰陽玉のような何かの姿をとっている妖怪だ。

それぞれの形態で人格があり、得意な事も違う。私が術を教わったり、狭間が仕事を手伝わせたりしているのはその中の女性形態。知らない人が見たら何事かと思う、けれど慣れとは恐ろしいもので、最初は驚いたその事実も今ではそういうものとして受け入れている。だって、本当に”そういうもの”なのだから仕方ない。狭間の事だって、私の事だってそうだ。”そういうもの”として受け入れざるをえない。それがこの世界だ。

 

「で、そろそろ旅に出るんだって?」

 

「……お前、さては陰で聞いてたな」

 

「いいや、聞いてたのは僕じゃあなく私さ」

 

「……まぁいいか。んじゃ全部聞いてたな?」

 

「勿論」

 

プライバシーとはなんだったのか。

 

「じゃそういう事だ。明日には発つぞ」

 

「ええ、分かったわ」

 

「思い立ったが吉日、か。額面通りに受け取るなら今日のうちに出るのがいいが」

 

「オレ酒呑んでんだけど」

 

……まぁ、今日ぐらいは私も晩酌に付き合ってあげよう。

 

 

 

次の日、自警団の人達やシンギョク達妖怪に見送られながら、私達は里を出た。

当面は人里を巡って、適当に路銀を稼ぎながら情報を探す事になる。

時間がある、というのはいいのだがそれも無為に長いと気が狂ってしまいそうになる。そう感じる辺り、私はまだ人間の感性なんだろうか。幸いにして私にはその永い時間を共有する友がいるのだが。

ところで、実は霖之助には私達が未来から云々という話はしていない。

理由は簡単、恐らく信じてもらえない事。それに加え、伝えても大した変化がないということ。信じてもらえない、というのは流石に彼を侮りすぎかもしれないが、伝えても変化がないというのもそうだろうか?

情報は受け取ったモノに何かをもたらす。その変化が良いものか悪いものなのかは、さて。

閑話休題、とりあえずあの剣鬼と戦った時のあの村を見に行ってみる事にした。

墓がどうなってるのか気になった、というのは言い訳だ。あの神社に何か見落としているものがないか、それを調べるのが目的だ。

数日かけて村にたどり着くと、あんな惨劇があったとは思えない程に賑わっていた。改めて人間の逞しさを思い知らされる。

 

「さて、どうするの?」

 

「オレと紫は力を隠せばいいし、霖之助も人間と大差ないからそうそう問題もないだろう。よし、解散。自由行動にする」

 

「投げやりだね。兎も角、各々の用事が終わったら門の前へ集合、それでいいかい?」

 

「異議なし」

 

「同じく」

 

そうして、私はスキマを使って単独で神社を調べに、狭間は村中での情報収集、そして霖之助は店などを回って珍しいアイテムなんかを探しに行った。

……霖之助、私達に同行する必要あったのかしら?

 

 

 

「団子3本、それと緑茶」

 

情報収集を一時中断した狭間は、茶屋で暢気に休憩していた。

この辺りの危険な妖怪などはあらかじめ討伐しているから問題ないといえばないのだが、悪霊だという自覚はあるのだろうか。確かに今は怨念を隠しているし、その特徴的な緑髪以外は人間と変わらない。それにしたって気を抜きすぎじゃあないか、彼を知る者がここにいたらそういうだろう。

運ばれてきた団子を受け取り、無造作に口に運ぶ。と、すぐ近くから視線を感じた。

顔を横に向けると、細道から白い布を三角巾のように頭に付けた少女がこっちを見ていた。

 

「……食うか?」

 

こくり。

頷いて少女はすとんと狭間の隣に座った。

そして団子を一本手に取ると呟いた。

 

「あなたは私が見えるの?」

 

「そりゃオレだってそうだからな」

 

「ふーん」

 

もぐもぐと団子を頬張ると、少女の緑髪が揺れた。

狭間も黙って団子を頬張る。二人は暫し無言で団子を咀嚼していた。

 

「ごちそうさま」

 

「おう」

 

団子を食べ終わった少女がそう言って手を合わせた。

 

「嬢ちゃん、名前は?」

 

「覚えてないの」

 

「そうか、奇遇だな。オレ様も本当の名前は覚えてないんだ」

 

「じゃあ、本当じゃない名前があるの?」

 

「おう、狭間って名前だ。付けたのはオレの親友」

 

「親友、かぁ。ねぇ、私にもお友達できるかな」

 

少女が不安げに言うと、狭間はその頭をくしゃくしゃとぶっきらぼうに撫でた。

目を向けると、狭間は目を閉じたまま口角を上げていた。

 

「できるさ、きっと。このオレ様にも出来たぐらいだからな」

 

「ふーん……じゃあお兄さん」

 

「なんだ?」

 

「死んでくれる?」

 

「ハッ、間違っても生者にそれ言うんじゃあねぇぞ?」

 

狭間が冗談めかして言うと、少女も口を綻ばせた。

 

「わかってる」

 

「で、嬢ちゃんはなんでだ」

 

「さぁ?それも覚えてない」

 

「そうか。因みにオレ転落死な」

 

「カッコ悪い」

 

「人間、死ぬ時なんて存外呆気ないもんだ」

 

「そうだね……多分私の時もそうだったもの」

 

そう言って少女は溜息を吐いた。

狭間は正直、生に未練がない。怨みだけで存在しているようなものだから、未練がなくても問題はないのだが。少女はどうなのだろう。気になった狭間は尋ねてみた。

 

「んー……未練がないか、って言われても生きてた頃の事なんて覚えてないもん。気がついたらこの姿でここにいて、誰に話しかけても見えないみたいだし。私を見てくれたのなんて、あなたと陰陽師の人ぐらいだもん」

 

「……へぇ」

 

思わず腕に力が篭るのを自覚した。陰陽師、という言葉についつい反応してしまった。

これも慣れなきゃあな、と思いつつ、茶を啜った。

 

「あいつら、私が幽霊だからって追い掛け回してくるのよ。もう嫌になるぐらい」

 

「それで済んでるうちに、ああいう連中がいないとこに行った方がいいぜ。先輩からの忠告だ」

 

「そう言われたって外は妖怪が出るでしょう?」

 

「ならその妖怪に負けないぐらい強くなりゃあいい。現にこのオレはこの辺りの強い妖怪は大体倒しちまったし」

 

「こんなか弱い女の子がどうやって戦うってのよ」

 

「カッ、懐かしいなぁ。オレ様の親友も最初はそうぼやいたもんだ。強さってのは何も物理的な力の事だけじゃあないんだぜ?」

 

茶を飲み干すと同時に、何か騒がしい連中が来るのを感じた。

顔を顰めると、少女がビクッと身体を震わせた。

目を向けると僅かに青ざめながら震えていた。それを見た狭間は軽く舌打ちをした。

音の方に目を向けると、いかにもな格好をした陰陽師、或いは退魔師の集団がこちらへ向かって歩いてきた。

少女が狭間に隠れるようにして服の裾を掴んだ。最後の団子を手に取ると、口に運びながら少女の頭を撫でた。

ほどなくして目の前までやってきて立ち止まった。

 

「先程この辺りで邪気を感じた。近くにあの霊がいるはずだ、探せ」

 

そう頭領格の男が言うと同時に、集団はバラけた。

それを眺めながら狭間はもぐもぐと団子を頬張っている。

 

「そこな男よ、緑の髪の少女を見なかったか?」

 

「さぁ、私はずっとここで団子を食べてましたが子供は一人も見てませんね。ましてや私みたいに緑髪の子供なんて。それが何か?」

 

目を細め、いかにも自分は無害ですというような体を取りながら狭間は首を傾げた。いつもの毒々しい声を軽い感じの、人懐っこいと感じるような声に変え、丁寧な口調で喋りながら。

陰陽師の頭領はその狭間の後ろに隠れたりしていないか確かめながら、こう言った。

 

「うむ……その少女なのだが、どうにも人を恨んで、或いは酷く恐怖しながら死んでいった霊のようでな。できるならば、あまり苦しまないようにあるべきところへ送ってやりたくてな」

 

「……成る程成る程、お勤めご苦労様です。生憎と力にはなれませんでしたね、引き止めてしまって申し訳ない」

 

「いや、構わない。もしそなたが霊を見る事ができたなら、伝えてくれると有難いが……こちらこそ、食事を邪魔して申し訳ない。では、御免」

 

そう言って頭領はどこかへと歩いて行った。

それを暫く眺めていた狭間は、ぽつりとこう言った。

 

「今日のオレは紳士的だ、運が良かったな。もし問答無用で滅する的な事言ってたら今頃この辺りは血の海だったろうよ」

 

吐き捨てた後、団子の代金を椅子に置いて狭間は立ち上がった。

首をゴキゴキと鳴らしながら、門の方に歩いて行った。

門の前で立ち止まると、小さく呟いた。

 

「悪いな」

 

「このぐらいなら大したことじゃないわ」

 

スキマを開けて紫が出てきた。先程の少女の幽霊を伴って。

紫のスキマは、紫の能力で空間に入口を開く事で入れる、いわば”紫の世界”だ。

どれだけ離れていようと、どんな場所だろうとスキマを介せば紫は侵入できる。それと同時に、スキマの中は何者にも侵入されない安全地帯、即ち何かを守るにはうってつけの空間である。

紫がやったのは、少女の幽霊が存在に気づかれる前にスキマにこっそり引きずり込んだ、ただそれだけである。当然少女は驚いただろうが、様子を見る限り少なくとも今は落ち着いているようだ。

 

「オレがぶっ殺したいタイプの連中じゃあなかったからほっといたが、嬢ちゃんどうする?」

 

「ちょっと待って、今サラッと危ない事言ったわね、里中で暴れたりしないでよ?」

 

「大丈夫だ、自重する……多分」

 

「……どうしようかな。もう暫く、この里で考えてみようと思う」

 

「ん。そうか」

 

少女の答えに満足そうに頷いた狭間は、里の通りの方に目を向けた。

霖之助はまだ時間がかかりそうだ。暫くはこの少女と会話していても問題ないだろうし、また出歩いてもいいかもしれない。

 

「紫、ちょっと見てきたい所がある」

 

「あら、それじゃあ私も行くわ。貴女はどうする?」

 

「私も行く」

 

そう答えた二人が狭間の横に並ぶ。

楽しいところじゃあねぇぞ、と呟いて歩き出した。

 

 

 

 

神社では、収穫と言える収穫は無かった。

分かった事と言えば、あの神社には中々強力な封印が施されていた事。

中は荒れ果て、壺などはもう風化してしまっていたものさえある。

他に変化と言えば、何かの日記のようなものがあった程度。中身はとても読めたものじゃあなかったが。

封印の事だが、あの神社自体が何かを封じるいわば楔の役目を果たしていたようだ。

戸にその封印術の紋様が描かれていたのだが……それは破られていた。というか、多分破ったのは私だ。

 

(まさか、あの時に破ってしまってるなんてねぇ……ってことは、あの時には既に妖怪化していたのね)

 

そう、破ったのは初めて神社に入った時、つまり狭間と会った時だ。

それを思えば、狭間の封印されていた壺を割れたのもそのおかげなのかもしれない。

あの紋様は内部の封印も強固にしていたようだし、関係ないわけではないだろう。

 

複雑な思いで歩いていると、ふと狭間が立ち止まった。どうやら目的の場所に着いたようなのだが……

 

「……ここって」

 

「今は墓場か、丁度いいっちゃいいんだろうがな」

 

「……」

 

墓場、だった。

何故わざわざこんな場所に来たんだろう、と思ったが、すぐにピンときた。

 

「ここに、あの時の人たちを埋葬してたのね?」

 

「ああ、そうだ。あのおっさんに殺された連中のな」

 

やはり、と感じた。

この墓場は、元々あの剣鬼に殺された人々を狭間が埋葬した場所だったのだ。

しかし、何の為にわざわざこれを見に来たのだろうか。

 

「え?いや、なんとなく」

 

「特に思惑なかったのね」

 

「……ねぇ」

 

「なんだ?」

 

不意に少女が口を開いた。

その顔は髪に隠れて、こちらからは伺う事ができない。

 

「私は、お兄さんが言う”おっさん”に殺されたのかな……?」

 

背筋を冷たいものが走るのを感じた。

薄々感づいてはいたが、間違いない。彼女は狭間と同じ。

――悪霊だ。

彼女から発せられる殺意と怨みの力を狭間も感じ取ったのだろう、目が細められた。

いつの間にか少女は手に包丁を持っていた。鈍色の光を放つそれを握り締め、彼女は俯いたまま問いかけた。

それに対し狭間は。

 

 

「それはない、そう断言できる」

 

「……本当に?」

 

「おうとも、わざわざ夜通し一人で埋葬したんだぜ?顔が分かる奴なら一人一人覚えてるからな。髪色だったら当てにならないが、それは確信を持って言える」

 

「……そう」

 

言葉と共に、殺意の波動は収まった。

顔を上げた少女は悲しげな顔で呟いた。

 

「私は一体どこの誰で、何を思ってたのかな」

 

「さぁな。オレには分からない。それは嬢ちゃんが自分で調べて、それで受け止めろ」

 

くしゃくしゃと粗雑に、しかし不器用な暖かさを感じる手つきで狭間が少女の頭を撫でた。

暫くされるがままに撫でられていたが、やがてぽつりと呟いた。

 

「ごめんね」

 

「気にすんな、ガキは感情豊かな方がいいぜ」

 

「もう、子供扱いしないでよ」

 

「ハハハ、そいつは悪かったな」

 

「お姉さんもごめんね、怖がらせちゃったかな」

 

「私は彼と200年ぐらいは連れ添ってますから平気ですわ。狭間じゃあないけど、怒りたい時は怒って、泣きたい時は泣いた方がいいと思うわ」

 

「……うん」

 

幽霊というのは、生者よりも感情豊かなのだろうか。

少なくとも、負の方向には振れ幅がかなり大きいだろう、そう感じた。

暫く狭間が少女を撫でていると、彼女はポツリと呟いた。

 

「何でだろう。なんか、お兄さんの近くにいると落ち着く」

 

「へぇ、何でだろうな?」

 

狭間の近くにいると落ち着く、か。

分からないでもないけれど。でも、彼女の言うそれは私が感じるのとは少し違うようで。

まぁ、こっちに来てからは不思議なことも結構あったし、どんな理由でも驚き……はするかもしれないが、ありえないという事はないのだろう。

”ありえないなんて事はありえない”という言葉があるように、この世界を知ってしまった私には絶対などと否定する事はできない。

思考がズレたが、まぁいいか。そろそろ霖之助も戻ってくるだろうし、待ち合わせ場所に戻ろう。

二人にもそう伝え、門まで戻ると霖之助もちょうど戻ってきたところだった。

 

「やあ、お待たせ。何か見つかったかい?」

 

「めぼしいものは特に。そっちはどうだったかしら?」

 

「上々、といったところか。それなりに楽しめたよ。ところで狭間」

 

「なんだ?」

 

「君は妹か或いは娘でも……おっと冗談だ、ウロボロスなんかで攻撃されたら僕はひとたまりもないんだ、勘弁してくれ。で、その女の子はどうしたんだい?」

 

斯く斯く然然。

 

「成る程、霊か……名前がないのかい?」

 

「うん。私も狭間と同じで覚えてないのよ」

 

「ふむ……何かいい名前でも思いつけばいいんだがね。そうだな、み……いや、まがいいかな……ふーむ」

 

「そういうのいいから。必要だったら自分で付けるわよ」

 

少女が溜息混じりに言う。まぁ、見える者が少なければ名前を必要とする事もないのだろうか。しかし名前は個を指し示す重要なものであるからにはおいそれと付けるワケにはいかないのだ。名は体を表すというが、大体名前自体にも言霊は宿るのであって云々。

因みに私の名前もちゃんと意味があるのだ。

 

「いやいや、名前というのを疎かにしてはいけないよ。僕は物を見ただけで名前が分かるという能力があるんだが、それもあってか名前に関してはちょっと五月蝿くてね」

 

「オイオイ、薀蓄披露は程程にしてくれよ」

 

「うーむ、やはりみから始めるのがいいか……おっとすまない」

 

「それはさておき、そろそろ行くぞ。この辺の凶暴な奴は軒並み蹴散らしてあるから、夜に歩いてもそこまで危険はないだろう」

 

そう言って狭間が外へ向けて歩を進める。私達もそれに追従する。

門を出た辺りで少女が立ち止まった。少し残念そうに微笑んで、口を開いた。

 

「……また、会えるかな」

 

「当然。生きていなくても、また会えるだろうさ。嬢ちゃんも、また会いたいならそうそう消えるなよ?」

 

「まったく、どうしてそう棘のある言い方しかできないんだ君は。確証がある訳ではないが、また会えればいいとは思うよ」

 

「そういう霖之助もなんでそういう言い方が多いのかしらね?また会えるかな、というよりはまた会いましょう、ね」

 

「……うん」

 

幽霊の少女に見送られながら、私達は里を出た。

名残惜しそうに手を振りながら、少女は微笑んでいた。

彼女の持つ怨みのエネルギーがどことなく減ったように感じるのは気のせいではないのだろう。表情からは陰が薄れ、年相応の笑顔を浮かべていた。

しかし、狭間の傍にいると落ち着く、というのはどういうことだろう。確かに私も彼の傍にいると心が落ち着く、というか精神的に安定するのは否めない。

まず考えられるのは、彼の個有の能力によるもの。例を挙げるならば、霖之助の物を見るだけで名前と用途を知る力、私の境界を操る力、それに……蓮子の、星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる眼もそうだ。意外とこういった個有の能力を持っている者は多い。無論それが開花するかどうかは本人次第ではあるのだが。

狭間の能力について、私は”怨念を操る程度の能力”と認識していた。簡単に言うならば、自他の怨念を力としたり武器としたり、そんな力。

でも、もしかしたらそれは間違いなのかもしれない。先程私は、”怨念を操る”と考えた。

こう考えたらどうだろうか。即ち、”怨念を含んだ負の感情を取り込んで力とする程度の能力”と。

これならば色々と説明がつく。

怨みのエネルギーを強く持った少女が、狭間にそのエネルギーを持って行かれたことで安定し、それを落ち着くと感じたこと。

自分が妖怪であることを知った時、初めて凄惨な殺人に出くわしても正気を保っていられた事、自分が規格外の化物であることを知った時……数え上げればキリがないほどに精神的に多大な負荷がかかりかけた私から、その絶望、恐怖、或いは狂気――

そういった負の感情を、意識的……いや、無意識だろう。狭間が取り込んでいたおかげで、こうして自我を、人間としての意識を、そして八雲紫となる以前に、マエリベリー・ハーンという一人の人間を保っていられたのかもしれない。

その貪欲なまでの取り込みが、私を救ってくれているとしたら、私は一生彼に頭が上がらないだろう。いや、正直今もそうではあるのだが。彼自身はあの封印から脱せられたから私に頭が上がらない、なんて思っていそうだけどね。

兎も角、これはあくまで私の想像でしかない。実際のところどうか、なんて私には分からないもの。これが違っていたとしても、私が彼の傍に居て落ち着くと思うのは事実なのだから。能力なんて関係なく、私は彼と共に歩みたいとも思うしね。

なんて考えると、ちょっと気恥しい。そう思う程度には心にも余裕がある。

大丈夫、私はちゃんと自分の頭で考えられるし、彼の背中を守れるぐらいの力は身につけた。もう何も怖くない……訳じゃあないけど。

まぁ、少なくとも狭間が一緒なら何が相手でも行ける気がする。誰かにこう感じるなんて、蓮子以来だ。あの子と一緒の時も、どこまでも行ける、そんな感覚があった。過ごした時間は狭間の方が圧倒的に長いだろうに、蓮子は私の中で大きなウェイトを占めている。まぁ、それも当然かしら?だって、私があの時代に戻る一番の目的が彼女に会う為だもの。

今日も明日も明後日も、私は歩き続ける。もう一度蓮子に会う、その日まで。

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