東方邪霊蛇   作:悪霊さん

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多少遅れてでも一月に一話くらいは更新できるようにしたいもんです。
一応療養中の身なので酷く時間がかかりますが。

6/28追記
上記の事も含めて活動報告にお知らせがあります。目を通していただけると幸いです。




「縄張り争い?」

 

茶を飲みながら狭間が訝しげに声を上げた。

旅の途中で立ち寄った村で、すぐ近くで妖怪が縄張り争いをしているという噂を聞いたのだ。放っておいては村にも被害が広がるかもしれないからと退治を依頼されているのが、今の私達である。村長の家に招かれ詳しい事を聞くと、彼はこう言っていた。

 

「ええ、といってもそのうち一体は特に興味を示していないそうなのですが……他の二匹が部下を使って盛んに争いを仕掛けていまして。三体が三体とも同等程度の力を持っている為に、互いが互いを牽制している状態なのです。興味を示していない……ちょうど、貴方と同じような緑髪の妖怪なのですが、それ以外の二体を退治していただけないかと。勿論お礼は致します、どうか……」

 

「オレぁ構わないが……」

 

「困っているなら助けるのが道理かしら。私も構わないわよ」

 

「僕は戦わないから意見はないよ」

 

満場一致で受ける事になった。緑髪か、そういえばいつぞやのあの幽霊の少女も緑髪だったわね。

まずは情報を集める為に、三人で村の人に話を聞いて回る事にした。

事前に相手の事を知ると知らないとじゃあ、勝手が大きく違うからね。

暫く聞いて回っていると、この村に滞在している退治屋のグループが居たので件の妖怪達について聞いてみた。

 

「アンタ達、悪い事は言わないからあいつらに挑むのはやめときな。命を無駄にするようなもんだ」

 

「俺達だってなぁ、都じゃちょっとは名の知れた一団なんだぜ?それが全く歯が立たなかったんだ、逃げ帰るので精一杯だった。一人も欠けずに帰って来れたのは奇跡だぜ……」

 

「え?連中の特徴?そうだなぁ……まず、緑髪の妖怪の前では、絶対に花を踏んだりするな。死ぬぞ。後、鏡には気をつけろ。死ぬぞ。数で押してきたら、まず逃げろ。一度にかかって来れる数が限られる場所なら、数の上の有利は殆ど無くなる。最後の一体については、俺達も分からないんだ。すまない」

 

「……いや、助かった。忠告感謝するよ」

 

退治屋の一団は八人程度だったが、そこまで力の差があったのだろうか。

とりあえず、数で押してきても私の結界術なら大きさ広さ自由自在だ。親玉一体だけを相手取ったり少しづつ片付けるのには都合がいい。

気になるのは、花を踏むと死ぬぞというところ。花を踏む事を引き金にした術でも使うのだろうか?生半可な威力なら私達には効果が薄いが。精神的な攻撃も基本的に耐性があるし。心配なのは霖之助だが、彼はこれでも運がいいからほっといても大丈夫かもしれない。でも一応結界で囲うくらいしてあげよう。

情報収集を終えた後は準備だ。無くても平気とはいえ、札は準備しておかなければ。術を咄嗟に使うのと予め札などに仕込んでおくのでは、仕込みを入れた方がいざという時にラグがないし、ちょっと手を加えれば触らなくても発動するようにできる。仮に私が動けなくなったとしても、札の何枚かを狭間と霖之助にも渡しておけばいいのだ。拘束された時の対策に、瞬間的に霊力の衝撃で近くにいる相手などを吹き飛ばすいわゆる霊擊札が役立つ。

おっと、考え事をしていたらもう宿に着いたようだ。準備を始めよう。

 

 

 

次の日、私達はまず緑髪の妖怪が住んでいるという花畑へと赴く事にした。

その妖怪の存在が他の二者を牽制しているということは、協力が得られれば戦力になるだろう。縄張り争いに興味がない、という時点でその可能性は薄いが。とりあえず花は踏まないようにしよう。

半刻程歩くと、件の花畑が見えてきた。しかし――

 

「……なぁ二人共、オレはここに花畑があると聞いてきたんだが」

 

「奇遇ね、私もよ」

 

「僕もだ。だが、これは一体どういう事だ?花が潰されていて、実に無惨だ」

 

花畑が荒らされていたのだ。本来ならば美しく咲き誇っているであろう多種多様な花達の殆どが。見るも無惨に踏みにじられている。

一体誰がこんな事を、などと考えるまでもなく犯人は限られている。他の二者が、ここの主を怒らせる為にやったのだ。

しかし、これはマズイ。非常にマズイ。何がマズイかって、辺りに私たち以外の誰も居ない事がマズイ。

 

「ねぇ、ここに留まってると――」

 

犯人と間違えられて襲われるんじゃないか、そう続けようとした時、背後に誰かの気配がした。

振り返らなくとも分かる程の怒気。間違いなく、ここの主だろう。

ヤバイ。これでも私は大妖怪と呼ばれる者達に匹敵する程度の力はあると自負しているのだが、背後の存在はその大妖怪と言われる中でもかなり上位の存在なのだろうか、そう感じる程凄まじい怒気だった。どうにかして誤解を解ければ……

観念して三人同時に振り返ると、そこにいたのは一人の女性だった。

聞いた通りの緑髪を肩まで伸ばし、日傘を差して私達を眺めている。その瞳で射られただけで、霖之助は顔を引きつらせている。かくいう私も気を抜けば膝が笑いそうなくらいだ。どうにか表面上は平静を保っているが、狭間もよく見れば顔が強張っている。

成る程、花を踏んだら死ぬとはこういうことか。

 

「え、ええと、これは」

 

「黙りなさい」

 

霖之助が弁明しようとするも、最後まで言わせてすらもらえない。説得は無理なのだろうか。

どうにか人差し指と中指を揃え、いつでも結界を張れるように整えられた。これで一撃くらいは防げるだろう。

内心未だかつてないくらいに警戒しながら構えていると、彼女はこう呟いた。

 

「成る程ねぇ……全く、アイツらも巫山戯た真似してくれるじゃないの。流石にここまでされて黙ってはいられないわね」

 

「……?」

 

怪訝な顔を浮かべる私達を無視して、彼女は元々は美しい花の咲き誇っていたであろう道を歩き出す。

当然私達は困惑する。犯人と思われるのは避けられないだろうと思っていたのだ、こうもスルーされては誰だって不審に思うだろう。

訝しんでいると、霖之助が声をかけた。自分達について何も言わないのか、と。

 

「……?」

 

「いや、そこで首を傾げられても」

 

「荒らしたのは貴方達じゃあないんでしょう?だったらどうだっていいわよ」

 

サラッと言うが、あの状況でまず私達を怪しみもせずに犯人ではないと断定できるのは何故かしら。いやまぁ、私としてはこのまま去ってもらった方が有難いのだが。

 

「参考までに何故それを知ったか尋ねてもいいかな?」

 

霖之助、なんで貴方そんな引き止めるの。

 

「そうねぇ……貴方達、ここに来たって事は連中の退治でも依頼されたのかしら?」

 

質問に質問で返すと国語のテストは0点らしい。いや、それはどうでもいい。

目の前の彼女は対象外のはずだし、話してもいいかしら?そう思って狭間に目配せすると、軽く頷いた。

彼女の質問に肯定の意を示すと、前に向き直りながらこう言った。

 

「なら、付いてきなさい。あの邪魔な連中を殺すのに一役買うなら、その答えをあげるわ」

 

「……狭間、決めるのは君だ。僕はどちらにしろ君の後ろに隠れるだけだからね」

 

「いっそ霖之助はスキマに放り込んじゃおうかしら……私も狭間の決定に従うわよ?」

 

「あー……まぁ、利害の一致ってヤツか?なら、よろしく頼むぜ。あーっと」

 

「風見幽香。それが私の名前よ」

 

前を向いたまま、彼女――風見幽香は、そう名乗った。

 

 

 

暫く歩くと、小さな山小屋があるのが見えた。

どうやら幽香はそこを目指しているようだ。

 

「あの山小屋にいるのか?」

 

「断定はできないけれども。少なくとも既に奴らの住処の近くよ」

 

そう言いながら、幽香は平然と小屋へ入っていった。

罠の可能性とか考慮しないんだろうか。それともよっぽど自分の力に自信があるのか?

他の二体と同程度という話だったが、彼女はどれくらい強いんだろうか。

気にはなったものの、それを知るのは後でもいいと思い幽香の後へ続いた。

 

「これは……」

 

「あー……なるほどなー。そういう手法かぁ。」

 

小屋の中は、外観からは想像できないくらいには広かった。具体的には、ちょっとした屋敷程度だ。というか内観が完全に屋敷だ。少なくとも私が人間時代、もとい学生時代に暮らしていた所よりは大きい。

幻術か何かだろうか?こういう空間に手を加えて見かけより大きくするというのは、大体が幻でそういう風に見せかけているだけのハリボテである。中にはその幻を使って迷路に仕立て上げるだけだったりもするが。

兎も角、既に敵の腹の中と見ても間違いないだろう。細心の注意を払わなければ。

私はそう思ったのだが、幽香は構わずズンズンと突き進む。待てい。

 

「ちょっと幽香、一人で勝手に進まないでよ」

 

「モタモタしてるのが悪いのよ」

 

「いや、紫の言うとおりだ。確実に相手を仕留める為にははぐれないようにするべきだろう。君は自分の強さに自信があるようだが、相手が何をしてくるか分かったもんじゃあない」

 

「そうね……じゃあ、しばらくは付き添ってあげるけど、勝手に野垂れ死んでても放っておくからね。二人共そこは頭に入れておきなさい」

 

なんというか。ニッコリと笑ってそう言った彼女に対し、私は肩をすくめる他なかった。

大層な自信に加えて、この口ぶり。強者はだいたい笑顔であるというのが通説だが、目の前の妖怪もご多分に漏れずそういう気質であるようだ。

因みに私は笑う時は大体扇子で口元を隠している。ミステリアスな雰囲気を出したいのだ。と言うと、狭間は腹を抱えて笑いそうだが。想像したらイラっときた。ちょっと背伸びしたい年頃なのだ。誰だ、今そんな年じゃないだろって笑ったのは。

その狭間は、私とは逆に思い切り笑う。私がイメージを出したいのと同じで……いや、ベクトルが違うかしら?兎も角、狭間の笑い方は世紀末モヒカンよろしくヒャッハーな感じだ。火炎放射器でも持たせたら言ってくれないものかしら。

と、そんな事を考えていた私は気づいていなかったのだ。幽香の言葉に引っかかる部分があることに。

 

「二人……まぁ、狭間は放っておいても大丈夫だろうがね」

 

「ところで、その狭間は何処かしら?」

 

「「……え?」」

 

バッ、と慌てて振り返るものの、彼のトレードマークである黒コートは影も形もない。特徴的な緑髪も日頃愛用しているナイフも、彼がそこにいたことを示すものは何もなかった。

完璧にはぐれた。この小屋に入って僅か数分の間に、もうはぐれてしまったのか?

というか気づけ私。すぐ後ろにいただろうが。そう自分を責めても事態は好転しないだろう。彼ならきっと大丈夫だ、そう考えて前に向き直った。

 

「迂闊だったわ。まさかもう仕掛けてくるなんて……幽香、霖之助。急いで狭間を探しましょう」

 

「気付かなかった私にも問題があるわね……分断されたなら直接術者を潰してからの方が速いわ。ここで闇雲に探し回るよりも先に片付けた方が楽」

 

「僕には何とも言えないな。ただ、一つ言わせてもらうなら、術者は案外近くにいるんじゃあないか?」

 

その可能性はある。

狭間だけを狙って分断させるなら、近くに潜むか、或いは私のスキマのように何かを使ってこちらを見るはず。前者の可能性は捨てきれないだろう。

幽香も私と同じ考えに至ったようで、頷くと辺りの魔力を探知する為に手をかざした。私も幽香が調べているのと反対側をサーチする。

程なくして幽香が何か見つけたのか、無言で手招きして静かに歩き出した。

 

 

 

紫達が狭間と分断された瞬間。狭間からは、紫達の姿が突然掻き消えたように見えた。

軽く驚いたものの、まぁ幽香がいるなら紫は大丈夫だろう、霖之助もいざとなったら自分でどうにかできるはず。そう思い直し、自分は自分で探索する事にした。

歩いていると、ところどころ蜘蛛の巣が張っているのが見える。顔をしかめて、進むのに邪魔になるものだけ払い落として先に進んでいった。

 

「ったく、アイツらどこに行ったんだ?世話が焼けるぜまったく」

 

悪態を吐きながらも警戒は怠らない。黒いコートを翻しながら颯爽と歩き続ける。向こうからすればどこかへ行ったのは彼の方なのだが。

いつでもウロボロスを放てる状態を保ったまま、狭間は一人探索を続けていた。

 

「しっかし、蜘蛛が多いわ無駄に鏡が設置されてるわ、そのくせ何かが住んでるような生活感はさっぱりない。ここの連中は一体何考えてやがんだ?」

 

首をかしげながら歩き続けていると、カタリと小さく物音がした。

ともすれば聞き間違いかと思う程度の音だったが、狭間は聞き逃さなかった。

物音のした部屋の襖をガラリと乱暴に開け放つと、そこにいたのは。

 

「――あら。お客様でしたか」

 

「……」

 

黒い髪を丁寧に束ねた女性が佇んでいた。

当然狭間は怪しんだ。妖どもの巣窟であろうこの場所にいる時点で、まっとうな人間とは考えづらい。獲物が攫われて来た、というならもっと怯えたりしているだろう。

女を睨みつけたまま、狭間は懐からナイフを取り出した。

 

「あらあら、物騒な御方。そんな危ない物は捨てて、わちきとお話でもしませんか?」

 

「うるせぇ、お前がここの主か。オレ様の連れは何処だ」

 

威圧するように言っても、女は動じない。目の前の存在が目当ての妖怪なのであろうことは確定的である。

 

「まぁまぁ、そう仰らず。わちき、こう見えても」

 

「あんまりバカ言ってると食い殺すぞ」

 

「おお、怖い怖い。そうですねぇ、ではこんな話でもいかがです?」

 

「あァ?」

 

「あるところに女の子がおりました。女の子は普通の人間とは違う力を持っていて、そのせいで周りの人間に馴染めずにいました……」

 

「女の子はとても寂しい思いをしていました。自分のことを分かってくれる人はだぁれもいません。彼女の両親でさえも、彼女の力を理解できませんでした」

 

「……テメェ」

 

睨みつける狭間に構わず、その女は歌でも歌うように語り続ける。

 

「ある時女の子は、自分と同じように他人に理解されない力を持った人と出会いました。二人はとても喜び、直ぐに親友となりました」

 

「でも、運命は残酷なものです。折角出会えた友達とも、彼女は引き離されてしまいましたぁ」

 

「けれども彼女は、一度出会えたお友達を諦められません。もう一度会おう、絶対に再会しようと頑張ります」

 

狭間の表情がみるみる険しくなっていく。

女は目を閉じたまま、愉しげに話し続ける。

 

「けれど彼女の努力は決して報われません。何故なら彼女は既に――」

 

「……黙れよ、いい加減に」

 

「――人間ではなかったのだから」

 

「テメェッ!」

 

とうとう我慢の限界に達した狭間が、手に持ったナイフで斬りかかろうとするものの、腕に何かが絡みついて動かない。

目を向けると、そこには蜘蛛の糸が幾重にも絡みつき、狭間を捕らえていた。よく見ると既に脚や身体などあちこちに蜘蛛の糸が絡みつき、狭間の動きを封じていた。

 

「さてさて、ここで問題。女の子は友達に会えません、それでは彼女はどうやってその孤独を癒せばいいのでしょうか?」

 

「答えは」

 

「理解してくれなかった人間を食べて、自分と一つになってしまえばいいのよ。そうすればみぃんないっしょ、寂しくないわ。ずうっと一緒にいられるでしょう?皆幸せになれるわ」

 

「ケッ、そこらの小学生以下の回答だなァ、お粗末なもんだ」

 

酷薄な笑みを浮かべる妖女に対し、狭間はそう吐き捨てた。

いつだったか、カニバリズムは愛情表現だとメリーから聞いた。

その時から彼はこう思っていた。

 

「そんなもん、愛でもなんでもねェ。ただの自己満足だ」

 

「……」

 

ここで初めて妖女が押し黙った。

狭間の言葉が癇に障ったのだろうか、そう考えたのも束の間、また直ぐに喋りだした。

 

「ええ、ええ。確かに貴方からすれば自己満足かもしれませんわ。でも、きっとあの子も本当はこう思ってるはずよぉ?あのメリーって子だって」

 

「人間を食べたいなぁって」

 

「……違う」

 

「違わなぁい」

 

「違うッ!身体が妖怪でも、アイツの心は人間だッ!」

 

「心が人間でも、身体は正直なもの。欲望には逆らえませんわ」

 

「欲がなんだ、そんなもんはどうだっていい!オレはッ」

 

「はいはい、騒がしくしないの。あの子が起きちゃうでしょぉ?」

 

「テメェやっぱり――アイツに手ェ出しやがったな!?」

 

激昂し叫ぶ狭間とは対照的に、妖女はどこまでも冷静だった。

ゆるゆると首を振り、のんびりと告げる。

 

「出してないわぁ。わちきは貴方を獲物に決めたんだもの」

 

「代わりにあっちの三人はわちきの眷属とあの鏡がもらう事になってるけどねぇ?」

 

「そうそう、冥土の土産に教えてあげる」

 

小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、妖女は愉しげに囁いた。

あまりの憎たらしさに今にもぶん殴ってやりたくなるが、絡みつく糸がそれを許さない。

動けば動くほどに絡みつき、動きが封じられていく。

 

「あの花妖怪、前からずっと目障りだったのよねぇ。あの鏡も同じ事考えてたみたいで、どうせだったら先に始末しちゃおう?ってね。花畑を荒らせば簡単に誘いに乗るし、こうやって分断してゆっくりいただけばいいものねぇ。貴方達は罠にハマったってワケ」

 

「……ケッ、どうせそんなこったろうと思ってたぜ、くだんねェ」

 

「まぁ、これが終わったらあの鏡も叩き割ってやるつもりだけどね。そのためにも」

 

そこで言葉を区切り、狭間の耳元に顔を寄せる。

嫌悪感を顕に顔をしかめる狭間を尻目に、目の前の妖怪は囁いた。

 

「強い力を持つ人間を食べて、力を付けようかなぁって。あの鏡ちゃんが力を奪うには時間がかかるからねぇ。フフッ、わざわざ鏡の世界に取り込んでから魂を奪わないとダメなんて、回りくどいと思わなぁい?」

 

「……その鏡とやらが、アイツの魂奪える程強いたぁ思えないがな」

 

「ウフフ……どうなったかは、ゆっくりと眺めてなさい。私の中でね」

 

首元にゆっくりと顔を近づけ、鋭い歯を剥き出しにして妖女は哂った。

食事が楽しみで仕方ないとでもいうかのように、興奮した面持ちで狭間の顎を抑える。

狭間はそれを冷たい目で見下していた。妖女がペロリと舌舐りをした。

数秒後、畳は真っ赤な血で彩られていた。

 

 

 

 

ガヤガヤと都会らしい喧騒の中、私は一人佇んでいた。目の眩むようなビルが建ち並ぶ中、僅かに残っている自然と言えなくもないような公園のベンチに座って、一人星を眺めていた。

先程まで何をしていたのだろう。さっぱり思い出せない。アルコールが入っていた訳ではないと思う。鞄の中を探ってみる。ガムがあった。眠気覚ましにはちょうどいいだろう。

ミントのガムを一つ口に放り込みながら、ふらふらと立ち上がる。

……私は、何故ここにいるのだろう。

 

「何か、忘れてる気がする」

 

 

朝の日差しはいつの世も眩しい。

眠い目をこすりながら、大学へ行くために電車へ乗る。

ガタンゴトンと、暫く揺られながら微睡む。

夢の中で、蛇に睨まれた。白蛇なら吉兆と思えたのだが、毒々しい緑色の蛇はどうなのだろう。

授業への集中も欠き、ぼーっとしながら学内を歩く。何かを忘れているような喪失感が拭えない。

 

「年取って物忘れが激しくなったんじゃあないかしら?なーんてね」

 

「流石にそこまで年寄りになった覚えはないけどね。何百年生きたってまだ心は若者よ」

 

蓮子のからかいについつい口を突いて出てしまったけれど、私はまだ大学生だ。そんな何百年も生きているような人外じゃあないはず。私は人間だ。

とはいえ、人間と言えるような能力ではないけれど。

 

「ねぇメリー、今夜星を見に行ってみない?」

 

「ええ、いいわよ。場所は?」

 

そのまま星見の予定を立て、私は帰路へと着いた。

家に帰ると、机の上に扇子が置いてあった。

誰のだろうか、少なくとも見覚えは……

……いや、違う。この扇子は私のだ。いつも笑う時に使っていたじゃあないか。ミステリアスな雰囲気を出したいから、と。

まぁ、それはあまり知られたくないんだけど。だって腹を抱えて笑われそうだから……

……誰に?

少なくとも蓮子はそういう笑い方はしないはず。明るく、いつも楽しげな笑い方をしている。

ヒャッハーとか、そんな変な笑い方をする知り合いなんて……

……。

 

 

「どうしたの、メリー」

 

「……なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ」

 

星を眺めていると、蓮子に不思議そうに声をかけられた。

何を考えていたんだったか、すっかり頭から抜け落ちた。

ゴロンと草原に寝転がりながら、空に手を向ける。丸くて美しい、けれどどこか空虚な満月が見える。そっと、月を握りこむかのように手を閉じる。あの満月が手中に収まったかのような征服感と、それと同じぐらいの虚しさを感じた。

 

「ねぇ、蓮子」

 

「なぁに、メリー」

 

「今何時かしら?」

 

「え?えーっと……あはは、時計ないから分かんないや」

 

ざわり、と肌が粟立った気がする。

おかしい、そう叫ぶ私と、このままでいいんだ、と叫ぶナニカの声がする。

おかしい、これでいい、違う、何もおかしくなんてない、違う、違う、おかしい、おかしくない、違う、違う、違う――

 

「……ねぇ、一ついいかしら?」

 

「ん?」

 

「どうしても思い出せないんだけど。私、竹林で何を拾ったんだったかしら」

 

「何って、筍でしょう?」

 

「ええ、そうだったわね」

 

一度抱いた疑念は、ふつふつと消える事なく湧き上がる。

かすれる声で、目の前の誰かに問う。

 

「実は相談したい事があるのよ」

 

「なぁに?」

 

「夢を見たのよ」

 

「へぇ、どんな夢?」

 

ざわり。

 

「蛇に睨まれる夢」

 

「なぁにそれ。白蛇?」

 

「いいえ、毒々しい緑でまるで――」

 

まるで――私を呼ぶかのような、そんな目をしていた。

 

「ふぅん……」

 

――ざわり。

 

「気にしなくていいんじゃないかしら?夢なんて所詮ただの夢よ」

 

――。

 

「もうひとついいかしら。これは誰の言葉だったかしら?」

 

「え?」

 

「”夢は現実に変わるもの。夢の世界を現実に変えるのよ”」

 

「……」

 

いつの間にか手に持っていた扇子を畳みながら、私は言った。

 

「答えは、私の無二の親友宇佐見蓮子。言わなくても分かりきっているけれど、あえて言わせてもらうわ」

 

「め……メリー?なんでそんな怖い顔してるのよ、そんなの持ってたら危ないよ」

 

 

「――貴方は、蓮子じゃない!正体を表しなさい、偽物ッ!」

 

言葉と共に、扇子を横薙ぎに振るう。

同時に距離の境界に干渉して”近い”と”遠い”を曖昧にする。離れた所に立っていた偽物が吹き飛ぶ。ああ、もう。私の親友の姿でそんな醜態を晒すな。

苛立ちのままに、力を振るう。鏡が砕ける音がした。人形が持っていた鏡を落としたようだ。

 

「オノレ……もう少しでその魂の全てを暴けたというのに……口惜しや……」

 

気味の悪い青い人形が抱えていた鏡から、そう声が聞こえた。

鏡はひび割れが入り、装飾の殆どが力任せに壊したかのような有様になっている。

こいつが、私の親友の姿を騙って、あまつさえ決して踏み込んではいけない所までも我が物にしようとしたのか。

近くには霖之助も幽香も、そしてこの時代に来て出会った一番の親友である狭間の姿もない。ああ、狭間がいないという事は私の怒りを抑えるのもいないってことね?

 

「馬鹿ね。あの程度で蓮子を気取るなんて、愚かしいにも程があるわ。少し記憶を盗み見たくらいで得意げになって、滑稽ね」

 

「ヌヌ……だが、お前の仲間の緑髪のヤツは既にあの女郎蜘蛛が手中に収めているハズ。少し順番が狂ったが、問題はな」

 

最早声を聞くのも煩わしくなった。

最後まで聞くことなく、つかつかと近寄って、踏み抜いた。

耳障りな音を立てて、鏡が砕け散る。念入りにグリグリと、煙草の火を消すように踏み潰す。

人形も倒れ伏している。鏡が本体のようだから、これだけ念入りに砕けばいいだろう。

面倒な手を取った割には、あっけない最期ね。そう吐き捨てて、友人達を探すべく歩き出した。

 

 

その頃の霖之助と幽香はというと。

 

「全く、数ばかりそろえてきて鬱陶しい事この上ないわね」

 

「その数が僕にとっては驚異なんだがね」

 

鏡の妖の下僕であろう付喪神と思しき妖怪や、狭間を狙っていた女郎蜘蛛の眷属であろう蟲妖怪の群れに囲まれていた。

傘を振るって有象無象をなぎ倒しているものの、一向に数が減らない。

雑魚の攻撃で幽香が致命傷になることは早々ないのだろうが、霖之助は完璧に足でまといであった。そもそも戦わないのに何故付いてきた、と思わずにはいられない。

 

「いつの間にか紫もいないし。この分だとどこかで喰われてそうね」

 

「それはない、と断言させてもらうよ」

 

「あら、自信ありげだけどそれは虚勢かしら?」

 

「いいや、これは信頼というものだよ。一人でいる君には分からないかもしれないが」

 

もっとも、彼らに頼りきりで何もしていない僕が言っても空虚にしか聞こえないだろうね、と自嘲しながら。

会話を交わしながらも着実に敵を仕留める幽香。霖之助はそれを眺めているだけだった。自分の実力で混ざっても、余計に邪魔になるだろうと思って。

傘を振る。付喪神と思しき妖怪が粉砕される。妖力弾を放つ。蟲の四肢が千切飛ぶ。ひたすらにその繰り返しだった。

とはいえ、敵が前方からしか来ないのが幸いだった。背後の霖之助を気にしなくてもいい、そう幽香は考えていた。簡単に言えば、油断だろうか。

背後から、刃物を携えた人形が飛びかかっていった。丁度傘を振り切った所だった幽香は、一瞬遅れて気づいたものの首に突き立ててやろうと向けられる刃を躱せる状態ではなかった。

多少の怪我くらいは我慢するしかないと割り切って、せめて追撃を受けないようにと前に目を向けようとした。霖之助が狙われなかったのが幸いだと自分に言い聞かせながら。

 

しかし、いつまで経っても痛みは来ない。すぐさま振り切った傘を構え直して牽制しながら振り向くと、霖之助が顔をしかめて人形を掴んでいた。自らの腕を盾にして幽香を庇いながら。

呆気にとられていると、霖之助は顔をしかめたままこう言った。

 

「余裕ができたのならこれをどうにかしてくれないか。僕は肉体労働向きじゃあないんだ」

 

そう言われてハッと我に返り、霖之助の腕に刃物を突き立てたままの人形をたたきつぶした。

傷も深くはなく、適切な処置をすれば簡単に治る程度だった。一度前方の敵の群れから距離を取って、彼の腕を治療しながら幽香はぽつりと呟いた。

 

「やればできるじゃないの」

 

「何か言ったかい?」

 

「いいえ、何も」

 

手早く処置を済ませて妖怪の群れに向き直ると、蟲どもの動きが妙だと感じた。

向かってくるでもなく、ウロウロと右往左往しているのだ。他の者にぶつかって転んでいる奴さえいる。

一瞬訝しげに眉を顰めたが、ああ、と頷いた。

 

「どっちが殺ったのかは分からないけれど、蟲の親玉が死んだみたいね」

 

「成る程、妙に混乱していると思ったら司令塔が無くなって狼狽えているというわけか。月並みだがこれは好機じゃあないか?」

 

「ええ。これを逃す手はないわ」

 

蟲が邪魔になって付喪神連中も攻め倦ねている。今なら一網打尽にすることも容易いはず。

幽香は傘を畳むと、その先端を敵集団に真っ直ぐに向けた。みるみるうちにその先端に、彼女の妖力が集束していく。

やがてその集束が収まると、風見幽香はぽつりと呟いた。

 

「マスタースパーク」

 

陽光のような輝きを持った妖力の奔流が妖怪達を包み込んだ。

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