東方邪霊蛇   作:悪霊さん

6 / 11
まだ9月なのでセー……お待たせしました。
また月1ペースに戻していきたいところです。




ぽたりと血が滴った。徐々に勢いを増したそれは畳を赤く彩り、狭間の足元を濡らした。

 

「……え」

 

「……」

 

その赤は、狭間から出たものではない。その証拠に彼の身体には傷一つ無い。

では誰のものか。それは論ずるまでもなく目の前の蜘蛛の妖女の身体から流れ出た血液であることは明らかだった。

ちょうど腹の真ん中辺りに、決して小さくはない穴がいくつか空いていた。女郎蜘蛛はそれをぽかんと眺めていた。目の前の獲物は十重二十重に糸を絡ませ、動きは完璧に封じた。仲間だって花妖怪とおまけの半妖は眷属に足止めさせているし、あのメリーとかいう娘もあの付喪神が捕らえている筈。ならば、誰が自分にこんな傷を負わせたのだ?

ゆっくりと後ろに目を向けると、そこには狭間が立っていた。

待て、コイツは糸で動きを封じていた筈。なら後ろにいるのは?目の前のコイツは?

段々と遅くなっていく思考を巡らせていると、後ろの狭間が鎖を飛ばし、糸に絡め取られている方の狭間を助け出した。小気味良い音を立てて糸が切断されるのを見ながら、妖女は呆然と呟いた。

 

「な、んで……」

 

「お前、鏡とやらに信用されてなかったらしいな。ま、お前の方も信用してなかったんだろう?お相子だな」

 

「それ、が」

 

「言ってたよなァ、強い力を持つ人間を食べて云々って。テメェ、オレが人間だと思ったのか」

 

「……まさ、か」

 

「オレ様は人間じゃねぇ、怨みを核とする悪霊様だよ」

 

メリーの記憶のほんの一部を読み取った鏡の付喪神は、わざと“狭間は人間だ”という嘘を吐いていた。そうすれば蜘蛛は狭間を侮り、狙うだろうと考え。妖怪である彼女は人間を獲物としか見ていなかった。今まで何人もの退治屋も喰らってきた、だから人間程度に遅れを取る筈がない、そういう思い上がりがあった。蜘蛛が狭間を始末できたならよし、狭間が勝ってもそれはそれでよし。狙い通りに女郎蜘蛛は狭間に倒され、自分はゆっくりと餌に集中できる。蜘蛛にとってはまさに手の上で踊らされていたのだ。

しかし、悪霊だからといって二人いるのはおかしいのではないか。理屈に合わない。そう思いながら蜘蛛はゆっくりと倒れこんだ。

 

「生憎とオレは冥土に逝く予定はないんでな、代わりに土産持ってけ。オレの核は、この怨念全てだ。人の形をしてるだけでこれは怨念がそういう形になってるってだけだ。オレに決まった形なんてねェ、ついでに言やァどんな形にでもなれるし武器の形だって変幻自在!必要とあればこんなふうに何人もいるように見せられる。砂を一粒消しただけで砂漠が消える事はねェ。オレを消したきゃ怨念を一挙に消し飛ばす方法でも考えてこい。分かったか?」

 

そこまで言って溜息を吐き、酷薄な笑みを浮かべて狭間は言った。

 

「テメェの目論見は最初っから最期まで無駄だったんだよ、バーカ」

 

それを最期に、蜘蛛の妖女の意識は闇に溶けた。

 

 

「オレ様は沢山であるが故に、なんてな」

 

女郎蜘蛛の死体を大蛇状にしたウロボロスで喰らい、ゴキゴキと首を鳴らしながら狭間は部屋を出た。霖之助はあれで中々に運がいいから大丈夫だとして、紫を手早く探さなければならない。適当に周囲を見回し、当たりを付けて進んでいった。

暫く進んでいると轟音が、次いで鏡の割れる音が聞こえた。鏡の割れる音ということは少なくとも敵ではないだろう。そう思って音の方に走り出した。

 

「……あら、狭間じゃない」

 

「よう紫、無事だったか」

 

「気分は頗る悪いけどね」

 

予想通り、そちらにいたのは紫だった。いかにも機嫌悪そうに顔を顰めている。そういえば鏡がどうとかあの女郎蜘蛛も言っていたし、何か見られたくないものでも見られたのだろう。そう思って聞かない事にした。

 

「こっちは女郎蜘蛛一匹潰したがそっちはどうだったよ」

 

「鏡の付喪神がいたわ。きっちり粉砕しておいたわ」

 

「そりゃ何より」

 

「そっちは何ともなかったの?」

 

「あ?あー、問題ねぇな。ちょっと糸に捕まった程度だし」

 

「……それって問題ないって言うのかしら」

 

「いざとなりゃ目に見えない程度には細かくできんだ、物理的拘束なんて無駄無駄」

 

あまり調子に乗ってるとそのうち痛い目見るわよ、と紫はため息を吐いた。

調子は乗るものだと返し、二人は仲間と合流する為に歩き出した。

 

 

 

「……という訳で、とりあえず親玉はどっちも潰したわよ」

 

「相変わらずというかなんというか……まぁ、無事で何よりだよ」

 

合流した一行は、いつまでも長居は無用ということで花畑まで戻ってきた。

残された雑魚は親玉を失った事で動揺していることだろう。数にさえ気をつければ村に滞在していた退治屋の一行で十分に殲滅できるはずだ。依頼は達成した。

グチャグチャに荒らされた花畑を見て悲しげに溜息を吐いた後、幽香は狭間達に向き直った。

 

「さて、約束通り何故あなた達がこの子達を潰した犯人じゃないと分かったか、その理由を教えてあげるわ」

 

そう言って彼女がまだマシな辺りに手をかざし、妖力を放射するとみるみるうちに花たちが美しく咲き誇っていった。いくつかの花はそれでも全く反応せず、完全に死んでしまった事を伺わせる。

 

「私は花の妖怪。植物の声を聞く事は私にとって、人間が息を吸い、妖怪が人を襲うのと同じ位当たり前の事。この子達が、仲間を殺した犯人はあいつらだと教えてくれたのよ」

 

「植物の声……成程、言ってしまえば被害者から聞いただけ、ということだね」

 

「まぁ、そういうものよ。さて、これで満足かしら?」

 

「ああ、満足したぜ」

 

そういって狭間は幽香に背を向けて歩き出そうとした。

が、ポンと肩に手を置かれて立ち止まる。

 

「あなた達これから報酬を貰いに行くのでしょう?」

 

「まァ、そのつもりだが」

 

「なら、あなた達に手を貸した私にも報酬を頂く権利はあるわね?私がいなければ連中の住処も分からなかったのだから」

 

「……」

 

ニッコリと微笑みを浮かべての台詞だが、肩を掴まれている狭間にはそれは悪鬼の笑みにしか見えなかった。

あー、と目を泳がせた後、肩をすくめる。

 

「ま、いいか。手を貸してもらったのは事実だ。で、何欲しいんだ」

 

「そう怯えなくてもいいのに、そうねぇ……」

 

怯えてねェ、と喉から出かかったが、一々反論していればキリがないと思って閉口した。揚げ足を取られるのは目に見えているし、幽香もそれを楽しむタイプだ。突っかかってもいいことはない。

それにしても、幽香の笑顔はなんというか、本能的な恐怖を呼び起こす類の笑みなのだがわざとなのか素なのか。

そんな思いを含んだ視線を三方向から向けられても彼女は素知らぬ顔をしたまま、顎に手を当てて暫く考え、そうだわと声を上げた。

 

「それ」

 

「それ?」

 

それ、と幽香が指し示したのは。

 

「……え?」

 

霖之助だった。

 

「ちょっと待て」

 

「何か?」

 

「何か?じゃねェだろ」

 

「予想の斜め上な要求ね」

 

名指しで報酬に要求された霖之助は顔を引きつらせ、滝のように冷や汗を流し始めた。

一体どういう意図なのか、まさか機嫌を損ねたからとぐしゃっとやられてしまうんだろうか。ああ、短い人生だったな、と霖之助が遠い目になった頃、呆れたように幽香は言った。

 

「……私をどういう目で見ているかは分かったわ。殺したりはしないから安心してちょうだいな。別に機嫌を損ねたとかそういうのでもないわよ」

 

どちらかというと気に入った、そう言って幽香は薄く微笑んだ。

霖之助は卒倒しそうだった。

 

「ただのもやしかと思ってたけど、中々根性もあるようだし。自分の身くらい守れるようになるまで鍛えてあげるのも一興かと思ってね。暇つぶしくらいにはなるでしょう?」

 

どうせ妖怪の寿命は長い、ただいたずらに無為な時間を重ねるよりはそういった暇つぶしがある方が精神的にもいい。どうせ霖之助も半妖、時間はたっぷりあるのだし戯れに鍛えてみるのも面白いかもしれない。幽香が言うにはそういうことだった。

そこまで聞いて、ようやく霖之助の冷や汗が止まった。

 

「な……成程、確かに僕は弱い。ハッキリ言って狭間達に着いていくには足でまといだろうね。僕の能力が活躍する機会も少ないし、いずれは一人でも旅ができる程度にはならないといけない。そう考えると理にかなっていると言えるよ、うん」

 

「そう思うんだったらその膝が笑ってるのどうにかしなさいよ」

 

兎に角、当事者含め全員が納得、承諾をした。

これから霖之助は風見幽香の下で、その嗜虐心を満足させるまで修行にかこつけた何かでどんな目にあうのだろうか。先行きが不安だが、霖之助本人が承諾したのだからしょうがない。しょうがないったらしょうがない。

 

「という訳で二人共、ここでお別れということになる」

 

「あれから2……300年か?長いような短いような付き合いだったが、まぁ出会いがあれば別れもあらァな。どうせ殺しても死ななそうな奴だし、そのうちまた会う事もあるだろ」

 

「相変わらずの物言いだね……ま、この数百年で君がそういう言い方しか出来ないのはわかっているが」

 

「うるせェ」

 

扇子で口元を隠した紫が、ツンデレと小さく呟いた。

耳ざとく聞きつけた狭間はじとーっとした眼を向ける。

それを見て霖之助が声を上げて笑い、脛を蹴られる。

そのやり取りを眺めていた幽香は、思わずといった様子で楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「……ふふっ、仲がいいのね。今時珍しいわね、あなた達みたいなの」

 

「……」

 

「何よ、三人揃って変な顔して」

 

「いや、普通に笑えるんだなと」

 

「ていっ」

 

思った事をストレートに言った狭間の頭があった場所を、唸りを上げて傘が通っていった。

ぐしゃっという音がしたが、数秒後には何事もなかったかのように元通りになっていた。

肩をすくめ、今度こそ狭間は村に向かって歩き出した。

 

「んじゃな、霖之助。縁があったらまたな」

 

「さよなら、またいつか」

 

「ああ、またいつか。その時には君達の望みが叶っている事を祈るよ」

 

そうして、狭間と紫は依頼を受けた村に戻っていった。

霖之助はあれで中々芯が強い。きっといつかは見違えるような事になっているだろう、そう話しながら。

 

「さて、それじゃあまずは私の攻撃を耐え切ってみせなさい」

 

「え、ちょっと待ってくれまだ準備というものが」

 

この後彼がどうなったかは、想像に任せよう。

 

 

 

 

 

そしてそれからまた幾らかの時間が過ぎ。

狭間と紫は、鬼が棲むという山にやって来た。

鬼は妖怪の中でもトップクラスに有名であり、尚且つ強力である。伝承などで鬼退治が偉業と認識されていることからもそれは読み取れるだろう。鬼一匹の首は数千数万の兵や妖怪のそれと同価値に見られる事もあるという。それ程までに強いのだ。

無論、単純な強さならば同じ位のものだって探せば出てくる。自分や紫だって雑鬼にゃ負けないという自信はある。

では、何が鬼を鬼たらしめているのか。狭間はそう考える。

 

「死ねオラァ!」

 

悪態と共に丸太のような腕で殴りかかってきた鬼を逆に蹴りで吹き飛ばす。吹き飛ばされた鬼は周囲の鬼や木々を巻き込んで地面を転がった。

それを見た周囲の鬼が笑い声を立て、指笛をピィピィ鳴らし、盛んに騒ぎ立てる。

最初に鬼と遭遇してからずっとこの調子だ。どうやら彼らは喧嘩としてこの騒ぎを楽しんでいるらしい。誰かがやられれば、次は自分だと言わんばかりに飛びかかってくる。応戦しなければやられるだろうからと蹴りで吹き飛ばしてはいるものの、どうにもそれ込みで楽しんでいるようだ。

いつも悪意を持った敵を悪意を以て倒してきた狭間にとって、それは非常にやりづらい。向こうは悪意など欠片もなく、ただ純粋に楽しもうと、勝負をしようと襲って来るのだ。どうにもペースを狂わされる。

大勢でかかってくることはないのだが、倒された者も少しすると起き上がって今度は狭間の方を応援しだすのだ。やりづらいことこの上ない。

 

「次はどいつだァ!」

 

「俺だ!」

 

「いや俺が行く!」

 

「僕だ!」

 

紫はそれを少し後ろで眺めていた。

邪険にしながらもしっかり相手をする辺りに狭間の性格が出ているなぁ、と思いながら。

そうしてまた何人も薙ぎ倒しながら進んでいると、流石に数も減ってきた。

狭間は少し精神的に疲れているようだが、自分はまだまだ余力が余っている。いざとなったらすぐにでも撤退できるだけの準備は整えてある。

と、考えていると突然鬼の何匹かが騒ぎ出した。

 

「おい、姐さん達来るぞ!道空けろ!」

 

「テメェらどけどけ、姐さん達のお通りだー!」

 

鬼をかき分けながら姿を現したのは、額から一本の赤い角を生やした女性の鬼、そして頭の横から二本の角を生やした小さな鬼だった。

一本角が近寄ってくると、親しげに片手を上げて声をかけてきた。

 

「いよぅ!アンタらが鬼退治をしようって命知らずかい?」

 

「あァ?オレ様は鬼退治なんざするつもりねェよ。ただ鬼がどの程度のモンか見に来ただけだ」

 

「そうかいそうかい、どうだいコイツらは。戦ってみてどんな感じだ?」

 

姐さんと呼ばれていた一本角も、他の鬼と同じように悪意もなく純粋な好奇心で聞いてきたようだ。

若干脱力しながらも素直な感想を返す。

 

「どんなもなにも、なんつーか真っ直ぐすぎんだろ。オレが戦ってきた他の妖怪やらはもっと悪意や殺意に満ちてたぜ」

 

「そこらの雑魚と鬼を一緒にしちゃあいけねぇ。喧嘩は楽しむもんさ。殴り殴られ、それが終わったら一緒に酒や美味いもんをかっ食らう。後に遺恨を残したりしないで、喧嘩をしたなら友。そういうものだろう?少なくとも私ら鬼はその生き様を誇りにしてる」

 

「……なんだかなぁ、オレ様にゃ眩しすぎるぜ、その生き方」

 

「ハッハ!まぁ細かいことは抜きにして、いっちょ私とも闘ってみようじゃあないか!」

 

「ちょっと勇儀、そりゃズルいよ!私だってコイツと戦うの楽しみにしてたんだよ!?」

 

「早い者勝ちだろ、私の方が早かった」

 

「……先にお前をぶっ飛ばしてやろうか?」

 

「おー、上等だ来いよ!」

 

「おおっ、今度は姐さん達の喧嘩見られるぞ!」

 

「いいぞ、やれやれー!」

 

「行くぞ萃香ァ!」

 

「来いよオラァ!」

 

今度は一本角と子鬼が喧嘩を始めようと怒鳴りあっている。わかってはいたが、この二人も中身は他の鬼とあまり変わらないのかもしれない。少なくとも一本角は姐さんと呼ばれ、明らかにそこらの鬼とは別格な扱いだったのだが。それと対等にしている萃香と呼ばれた子鬼も同格程度はある筈なのだが、はて。

溜息を吐きたくなるのを堪え、狭間は呆れた声で叫んだ。

 

「面ッ倒くせェな、テメェら二人とも纏めてかかって来やがれ!」

 

「……へぇ?」

 

「……言うじゃないか、大口叩くだけの腕はあるんだろうね?」

 

今にも殴りあおうとしていた二人が、ピタリと動きを止めた。

ゆっくりと狭間の方に向き直り、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

なるほど、鬼達に姐さんと呼ばれ慕われるだけのことはある。そう思わせるようなプレッシャーだった。

 

「そこまで言われちゃあ仕方ない、二人一緒に行かせてもらうかね!」

 

「今更冗談でしたは無しだよ!」

 

「ケッ、いいからさっさと来いやァ!」

 

両手を広げて挑発すると、言葉通り一本角と子鬼が同時に突進してきた。

フェイントを混じえる気もないのではと思うくらいまっすぐ突っ込んできた二人は、これまた同時にその豪腕で殴りかかってきた。

バックステップでそれを避け、蛇状のウロボロスを出して食らいつかせようとする。鬼がそれを腕で防ぐと同時に、狭間は左腕を突き出す。一本角にそれが当たると同時にウロボロスで打ち上げ、即座に地面に叩きつけた。

 

「蛇顎!更に……大蛇(おろち)ッ!」

 

僅かに地面で跳ねた一本角に対し、捻りを加えた強烈な踵を落とすと、そのままの勢いで何度か踏みつけた後、ウロボロスを纏った上に回転を加えた蹴りで大きく吹き飛ばした。

 

武錬殲(ぶれんせん)ッ!ヒャッハァ、どうだッ!」

 

勢いよく吹き飛ばされた鬼は、見物していた鬼も巻き込み、大木にぶつかってようやく止まった。今まで戦ってきた鬼ならばこの程度で沈んだが、一本角はすぐに起き上がった。やはりそこらの鬼とは一線を画す存在のようだ。

 

「ハッハァ!流石にやるねェ、今のは中々効いたよ!」

 

「私を忘れるなよ!?」

 

雄叫びをあげながら子鬼がその腕に絡めた鎖を伸ばしてきた。それをパシリと掴んで引き寄せようとすると、子鬼がニヤリと笑ったのが見えた。

直感的にマズイと感じ、鎖を手放そうとする。だが、それは一手遅かった。

鎖に力が吸われている。明らかに何か術を使われている。

 

「隙有りィ!」

 

力が緩んだ隙に子鬼が鉄拳を叩き込もうと飛び込んできた。

今からでは回避は間に合わないだろう。それこそスキマのような特別な回避手段がない限り。

 

「もらッ……あれっ!?」

 

「当たらねェよ!」

 

子鬼の拳は、狭間の腹を突き抜けていた。ただしその手応えは無く、狭間へのダメージもない。隙を突いた攻撃は完全に空振りとなっていた。

驚く子鬼に狭間が反撃を仕掛けた。下からすくい上げるようにナイフ状のウロボロスで斬りかかる。

 

「蛇縛……!?」

 

「危なッ」

 

子鬼もその反撃を回避した。身体を霧状にする事によって。

狭間が先程の拳を回避したのも同じようなやり方だ。貫かれるであろう腹部のみを、非常に細かい粒子状の怨念にする事で拳を突き抜けさせたのだ。

 

「驚いたなぁ……私と似たような事できるんだね、アンタ」

 

「……霧になるとか反則だろ」

 

「お前が言うな」

 

ブーメランだ。紫はそう思ったが、口には出さなかった。水を差すのも悪いだろう。

 

「ってか今の今まで気づかなかったけど、もしかして二人共人間じゃないの?」

 

「オレ様悪霊、アイツ妖怪」

 

「はー……成程ねぇ。ああいや、別に人間じゃないからって文句を言うつもりもないし、アンタらの関係にもとやかく言うつもりもないからね?」

 

何か勘違いされているのは気のせいだろうか。紫はそう感じたが、狭間は特に気にしていないようだ。しかし、鬼退治は人間じゃなくてもいいのだろうか。要は鬼を打倒できるくらい強い相手と楽しめれば良いのだろう。

 

「さって、続きと行こうじゃないか。まだまだ余裕だろ?」

 

「たりめーだ。そっちこそへたばってる訳じゃあねェだろ?」

 

「当然!勇儀、さっさと戻ってきなよ」

 

「ああ、言われなくても。おっと、そういや名前も聞いてなかったね。鬼退治に挑む悪霊よ、名はなんと?」

 

「退治なんざしねェっつってんだろ……オレ様は狭間だ。っつか人に名前聞くならまず自分達から名乗りやがれよ」

 

「あちゃ、そうだったね。悪かったよ。私は伊吹萃香。こっちのデカイのが星熊勇儀さ」

 

子鬼は萃香と名乗り、一本角は勇儀という名前らしい。

伊吹という姓と星熊という姓を聞いて、紫は僅かに記憶に引っかかりを感じた。はっきりとは思い出せないがひょっとしたら現代でも名が残るような強い鬼達なのかもしれない。

どちらにしてもこれは侮れないだろう、そう思って前に歩み出る。

 

「おい紫、下がってろよ。オレ一人で充分だ」

 

「念のためよ。貴方に何かあったら私も困るのよ」

 

なに食わぬ顔でそう嘯くと、萃香の前に立つ。

 

「ここからは私がお相手致しますわ、伊吹萃香さん」

 

「えー……まぁいいか。挑戦してきたのはそっちなんだから、冗談では済まされないからね?で、アンタはなんて言うのさ」

 

「八雲紫よ。お手柔らかにね、子鬼さん」

 

そう言って紫は妖力を込めた弾丸を無数に打ち出した。

一つ一つは大したことがなくとも、雨のように浴びてしまえばかなりのダメージを負うだろう。そう判断した萃香は、再び身体を霧にして逃れようとした。

が。

 

「……?うわわっ!?」

 

能力を行使することができなかった。霧になって避けるという手が取れない以上、どうにか防ぎきるなり体を動かして回避するしかない。

鎖を弾幕にぶつけて相殺したり、口から炎を吐いて散らしたり。果ては弾幕を萃める事で、萃香はその弾幕を凌ぎきった。

 

「あらまぁ、流石にこんなお遊びでは失礼だったかしら」

 

「びっくりしたぁ……何をやったんだい?」

 

「それは後のお楽しみですわ」

 

「それもそうか。今度はこっちから!」

 

そういって拳大の火球を投げる様を見ながら、狭間は勇儀に声をかけた。

 

「向こうは勝手に始めちまったし、こっちもそろそろ始めようぜ。今のところオレ様が一歩リードだがな」

 

「ああ、ちょいと待ってくれ。オイ、手空きの奴ちょっと来い!」

 

勇儀は片手を軽く上げ、見物している鬼を何匹か呼び寄せた。

数匹集まると、勇儀は酒の用意をするように言った。戦っている間に部下に宴会の準備をさせようというのだろう。

 

「上等な酒はあんだろうな?」

 

「任せな、取って置きのを出してやるよ。喧嘩が終わったら酒呑みでも勝負といこうじゃあないか」

 

「ヘッ、蟒蛇(うわばみ)舐めるなよ?」

 

「そっちこそ、鬼を舐めるんじゃないよ。……さて、やるか!」

 

宣言し、鬼は両の拳を打ち合わせ首を軽く回した。それに倣って狭間も同じ動作を取る。

そして、狭間の蹴りと勇儀の拳がぶつかりあった。

底知れない怨念で作られた狭間の肉体は鬼が相手だろうと一歩もひかぬ強度を持っていた。それこそ鬼に殴られても簡単に折れる事が無い程度には。

だが、それは決して狭間が楽に勝てるというわけではない。

鬼は強者だからこそ鬼なのだ。

 

「今度はそう簡単にはいかないよ!」

 

「クク、そうかよ!来な……!」

 

そう言って狭間は手元でナイフと鎖をクルクルと弄びながら、ゆっくりと勇儀に向かって歩いていった。罠かと警戒した勇儀だが、それならそれで押し通るのみと気合を入れた。

タイミングを見計らい、狭間が踏み出す為に片足を上げた瞬間、雄叫びを上げながら思い切り殴りかかった。

捉えた、そう思った瞬間、狭間の身体がふわりと浮き上がり、自分を飛び越えた。いや、飛び越えただけではなく、同時にナイフとウロボロスでザックリと切りつけられている。

 

皇蛇懺牢牙(おうじゃざんろうが)……」

 

「グゥッ……やるねェ、やっぱ強いな!」

 

「テメェの腕もな、オレ様相手にここまでやるとは褒めてやる!だがコイツはどうだァ!?」

 

言葉と同時に、狭間は勇儀の懐へ飛び込んだ。咄嗟に両腕で急所である頭部と胸部を守る姿勢を取る勇儀。

だが、狭間の狙いはそこではない。僅かに身をかがめた狭間の周囲の地面から、鎖状のウロボロスが数本飛び出し、勇儀を空へと打ち上げる。

 

「なッ……」

 

「千魂冥烙……!」

 

更に地面から蛇を象った怨念が飛び出て、空中の勇儀に食らいついた。

痛みに一瞬顔を顰め、直ぐに蛇の縛めを振りほどく。

その時にはもう遅い。

 

「人世に千の死を齎す冥府の蛇よ、その顎で全ての敵を喰らい尽くせ!!」

 

狭間から立ち上った、一際大きな大蛇が、その巨大な顎を持って鬼に食らいついた。

少量の血液が、狭間の足元に垂れてきた。上を見ると、なんと勇儀は閉じようとしている大蛇の大口を無理矢理に押さえつけている。牙が食い込んで多少出血してはいるものの、狭間が狙ったような大打撃は与えられていない。

 

「チッ、流石は鬼ってところか……まさかこんな力技で防がれるとはな」

 

言いながらも力は緩めない。大蛇の顎と勇儀の両腕は拮抗している。どちらかが一瞬でも力を緩めた瞬間、大蛇の牙は勇儀の臓腑を貫き、勇儀の両腕は大蛇を引裂くだろう。

だが、この耐久勝負は狭間に分がある。大蛇を破られても狭間に大したダメージはないが、勇儀はそうもいかない。勇儀はこの耐久勝負に負けたら、それがそのまま自身の負けになる。

両者ともそれを分かっている為、力は緩めない。周囲の鬼が大声で二人を応援するのも聞こえないくらい集中している。

その拮抗を破ったのは、狭間と勇儀のどちらでもなかった。

 

「ほらほら、コイツはどうだい!?」

 

「その程度の妖力弾なら、容易く防御できますわ」

 

萃香が投げつけた妖力の塊が、紫の展開した結界に弾かれた。

弾かれた弾の一部が辺りに飛び散る。それは勿論、それなりに近くで戦っていた狭間達の方にも。

妖力弾の欠片が、狭間が顕現させた怨念の結集体である大蛇にガツンとぶつかった。実際にはそんな音はしなかったが、そんな勢いでぶつかったのだ。

大蛇は狭間の肉体から立ち上っている。言い換えれば大蛇は狭間の肉体の延長線上ということになる。

拮抗した力比べをしているところに何かがぶつかればどうなるか。などと考えるまでもなく、均衡は容易く崩れた。

バランスを崩した大蛇はそのまま勇儀の豪腕を以て縦に引き裂かれた。そのまま勇儀も、地に落下する。

舌打ちをして、構えを取る狭間。

それに対して、勇儀は倒れ伏したままプラプラと手を振った。

 

「あー、もうだめだ、力入らん。さっきの力比べで全力出しすぎたよ……降参だ」

 

「……おー、そうか」

 

それを聞いた狭間も、ドッと地面に倒れ込む。

勇儀は比較的やりやすいタイプだったから良かったものの、これが萃香だったらどうなっていたか。そう考えると、萃香の相手を引き受けた紫の判断は良いものだったと思う。狭間と萃香は相性最悪だ。狭間も紫も萃香達の能力までは知らないが、汎用性に溢れた紫なら一方的に倒される事はないと思ったのだろう。

 

「くっそぅ、悔しいなぁ!鬼以外に喧嘩で負けたのは久々だよ。死んだ身でよくやるもんだ」

 

「死んでるってのはつまり生きてねェからな。死ぬかもなんて余計な心配しなくていいから気楽だぜェ?」

 

おどけた様子でそう言い放つと、勇儀は豪快に笑った。

 

「生憎私ゃ死んだ事なんてないから分からないね。兎も角、今日の喧嘩はアンタの勝ちだ」

 

「おう……ん?今日の?」

 

「ああ、明日もやろうや」

 

「ぜってぇヤダ、明日にゃ山降りてやる」

 

朗らかな笑みを浮かべての言葉に渋面を作ると、萃香と紫の方に目を向ける。

と、その萃香が狭間に向かって飛んでくるのが見えた。危ねぇなァ、と呟きながら身体を倒して避けようとする。

が、萃香は長い二本の角が頭の横から生えている。身体を倒した狭間の上を飛んでいく際に角がザックリと狭間に突き刺さり、吹き飛ばされる勢いのまま狭間を巻き込んで転がっていった。

その様子を見て勇儀はまた豪快に笑い、狭間と萃香は仲良くゴロゴロと転がっていった。

 

「あらー……狭間も運がないわね」

 

「テメェ紫、こっちに飛ばすんじゃねぇっ!」

 

怒鳴りながら狭間が戻ってくる。手に萃香を荷物のように持ちながら。

角を握ったまま歩いているので、反対側の角が地面をゴリゴリと抉っている。やはり鬼は角の先までも頑丈なようだ。

 

「ふふっ、まぁいいじゃない。そっちも勝ったんでしょ?」

 

「まぁな……って、アイツが体力使い切ってなかったら危うく流れ弾で負ける所だったんだが」

 

「気にしない気にしない、勝ったからいいじゃない」

 

「まぁいいがな……」

 

ぼやきながらポイッと萃香をその辺に投げ捨て座り込む。

ぞんざいな扱いをされた萃香が口を尖らせながら抗議する。子供をあやすかのように適当に相手をしていると、突然勇儀が飛び起きた。

 

「よっし、回復した!」

 

「はえーよ」

 

「鬼って強いだけじゃなく回復力も凄いのねぇ……」

 

「まぁ、最初にアンタらにやられた奴らもすぐ起き上がってたろ?いつまでも倒れてちゃやってられないしな」

 

「ごもっとも」

 

そう談笑していると、鬼の何匹かが酒樽を担いで運んできた。

随分と大きなものが大量に運ばれているのを見るに、鬼というのは随分な大酒呑みなのだろう。

狭間も蟒蛇を自称する程度には酒を嗜むが、これは流石に酔いつぶれるのではないだろうか。そんな事を考えていると、大きな盃が四人の中心に置かれた。

 

「これは?」

 

「私の盃。注がれた酒を上等なものにする盃さ。宴の前にこれで一杯やろうじゃないか。鬼に打ち勝ったお二人さんを称えて、さ」

 

トクトクと酒を盃に注ぎながら勇儀は言う。英雄への賞賛だと。

 

「間接……」

 

「あれ、紫何か言った?」

 

「いいえ、何も。そういうことなら頂きましょうか。ね、狭間」

 

「ン、そうだな。じゃあ……オレ様達と鬼共の闘いに……」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

盃に映る月は、四人の心情を移したかのように美しかった。

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