八重山列島から北東へ数km離れた海域を、空母ヲ級flagshipは仲間2隻と共に進んでいた。
石垣島で戦う仲間を助けるためではなく、撤退をするためだ。
事前に援護の指示を受けて、南方から北上してきた彼女たちは、5隻の随伴艦と共に平久保半島付近に配置されていた。
一帯を警戒中に、半島の東の海域とは違って少数で向かって来る艦娘たちをヲ級は発見。敵の動き方を見るに、あの艦娘たちは石垣島に展開していた艦隊の長を奇襲して、討ち取るつもりだったのだろう。
自分の艦隊戦力に自信を持っていたヲ級は、艦娘たちに数の不利を取られながら戦闘に突入。しかし思っていた以上に、敵の艦娘たちはヲ級たちと拮抗した実力を見せた。
艦隊の弱い部分を突かれて、一気に劣勢となってしまい、残る味方はタ級flagshipとリ級の改良型だけになってしまった。ヲ級自身の艦載機も、今は戦闘機を数機飛ばすことで精一杯な有様だ。
「ヲッ……」
自分たちが敗走を始めた直後、長の危機に気付いた一部の味方が反転したのを、ヲ級も見ていた。同時に、艦娘の主力艦隊が一気に動き出したことも。
遠目に見た限りだが敵の戦力は、相当なものだろう。数も石垣島の艦隊と同程度揃えていたし、武器の性能もかなり高いと見える。
あの戦闘で初めて艦娘というものを見たヲ級は、初めこそ大したことは無いと侮っていたが、今では殲滅されてしまうのも時間の問題だ。
自分たちとどこか似た武装を持っていた彼女たちを、泊地棲姫は“艦娘”と呼んでいた。だから自分もそう呼んでいるに過ぎないのだが、あの少女たちはいったい何者なのだろうかとヲ級は思う。リ級が近くで戦った時、“自分たちに近い匂いがする”と言ったこととも何か関係があるのだろうか。
「ヲヲッ……」
ヲ級は後ろにいるリ級に尋ねてみるが、リ級は分からないと首を振る。
分からないのなら仕方が無いと、ヲ級は再び前を向いた。
兎に角今は、一刻でも早く補給を済ませて、石垣島に戻らなければならない。行ったところで劣勢になっているのは目に見えていたが、それでも放棄するわけにはいかない。
艦娘を擁するあの国は、人間たちの反撃をより拡大させてしまう芽になりかねない。
今回派遣されてきたのは、彼らの手が南方にまで及ぶかどうかの判断を下すためでもあった。
そして艦娘と接敵したことで、彼女たちは危険だとヲ級は判断した。
どうにかこの局面を乗り切り、南方の味方の増援を待つしかない。島を死守出来なければ、いよいよ自分たちが負け続ける運命になるかもしれないのだから。
補給場所への航路を取り続けていると、リ級が何かを見つけ、警戒を促してきた。
ヲ級も同時に発見し、自前の目の良さを活かして遠くの影を注視する。
スピードを僅かに落として、徐々に接近していくと、それが何なのかがはっきりとしてきた。
半袖に膝上の丈のスカートで、長い黒髪。銀色に輝く小型の連装砲を右手に持ち、背中に主機、足に舵と思しき艤装を身に着けている。腰には、連装魚雷発射管を装備している。右肩から左の腰にかけて小銃のようなものを下げているが、それは対空か近接戦闘用のどちらかなのだろう。
背はヲ級よりも低く、平久保半島の海で見た駆逐艦娘よりやや高い程度。
これらの特徴から、ヲ級は敵艦娘の駆逐艦と判断した。数は1隻で、周りに他の敵影は見られない。
「ヲッ!!」
ヲ級は味方に警告を出し、臨戦態勢へ移行する。装備は厳しい状態だが、短期決戦ならば倒せるだろうと踏む。念のため逃走経路を想定しつつ、徐々に敵へ近づいていく。
やがてタ級の砲撃が必中範囲にまで近づくが、敵の艦娘は一向に動く様子が無い。
顔を俯かせ、直立不動のままだ。
タ級とリ級はヲ級の横を抜け、前に出て攻撃準備に入る。
「…………」
攻撃準備態勢のまま、ヲ級たちは海上に佇む艦娘を睨み続ける。
ヲ級がすぐに砲撃指示を出さなかったのは、目の前の艦娘がどこか異様な雰囲気を持っていたからだった。立ち姿にも全く隙は無いことから、この駆逐艦は相当な手練れなのかもしれないと警戒する。
表情は見えない。こちらを認識しているのか、あるいはしていないのかは定かではないが、先に見た駆逐艦娘よりも白い肌が、不気味さをより一層際立たせていた。
口元が動き、何事かを呟いているのが分かる。しかしその声は小さすぎて、ヲ級には聞き取ることが出来なかった。
警戒を続けながら、ヲ級は残り少ない戦闘機を発艦させ、上空で待機を命じる。すぐにでも応戦出来るようにするためだ。
睨み合ったまま、時間が刻一刻と過ぎていく。
石垣島周辺の敵の追撃も十分に考えられるため、ヲ級としてはあまりこの場に長居はしたくなかった。だが、それを許さない空気が、この場に流れている。
ふと、相対している艦娘の声が、ヲ級たちにもはっきりと聞こえてきた。
「アロー……
聞こえてきたのは、幼さを残した少女の声。しかし、どこか機械的で生気が無い声だ。
ヲ級は薄ら寒さを覚えて、警戒を強める。
この艦娘は、間違いなく只者では無いと直感した。
その直後だった。
突然、鈍い爆発音と共にヲ級の左前方にいたタ級flagshipの頭部が吹き飛んだ。
ヲ級は何が起きたのか分からず、倒れていくタ級の胴体を呆然と見つめる。
「ヲ……」
呆気に取られたまま、ヲ級は前方にいる筈の敵を確認しようとし――――。そこに、敵の姿が欠片も無いことに気が付いた。
「ヲッ!?」
それだけで事態の異常に気が付いたヲ級は、掻き消えた敵の姿を探す。
前方はもちろん、左右、後方を見るが、姿は無い。そして上空を見上げたとき、ヲ級は目を見開いた。
さっきまで海上にいた筈の少女が空高く跳躍し、銀色の連装砲を直下にいるヲ級たちに向けていたのだ。逆光で顔はよく見えなかったが、明確な殺意をヲ級たちに向けているのが分かった。
ヲ級が咄嗟に全力で後退すると、直後に目の前で大きな水柱が上がる。あの艦娘が、砲を撃ったのだ。
水柱がヲ級の身長ほどの高さまで上がったことから、威力はかなりあると思われる。それをくらっていたら、ヲ級は間違いなくタ級と同じ運命を辿っていただろう。
即座に戦闘機へ指示を出し、上空から落下してくる敵へ向かわせる。必中距離まで接近させ、合図を送って戦闘機の機銃による攻撃が開始された。
その瞬間、敵が背負っているランドセル型の艤装の両側が展開し、内側から幾つかの漏斗状の物が露出。それが火を噴き、艦娘の落下軌道が強引に変更された。
戦闘機の機銃攻撃を掻い潜り、漏斗状の物体――スラスターを片方ずつこまめに切り替えて噴かしながら、落下。更に足を海面に向けるとスラスターを全開で噴かせ、落下の衝撃を和らげながら難なくと着水を完了する。
ヲ級たちとの距離を詰めたその艦娘が頭をもたげると、初めて表情が垣間見えた。
「う……ぁ……」
意味の無い声を出すその艦娘に瞳は、虚ろだった。
その目には凡そ“人間らしさ”が宿っておらず、どこまでも暗く深い闇そのものだ。焦点は定まっているが、その艦娘に映っているのは目の前にいる2隻の深海棲艦のみ。
ヲ級とリ級を視界に収めた艦娘は、ぽつり、と今度は意味のある言葉をつぶやいた。
「目標……殲滅……開始……スル――――!!」
突如として艦娘の顔が怒気を孕み、明確な殺意を持った視線がヲ級たちに向けられる。
艦娘は砲を前方に構えると、ヲ級へ向けて発砲する。そこにリ級が割って入り、右腕の装甲の硬い部分でヲ級を庇った。
「ヲッ!」
大丈夫か、と答えを掛けるとリ級は問題ないとアイコンタクトで答える。しかし装甲は大きくはないものの抉られて、黒い血が流れ出していた。
駆逐艦の砲撃で、重巡の装甲を抉ってしまうほどの威力を出したことに、ヲ級は衝撃を覚える。人間たちはいつの間にこんな物を作っていたのかと、悪態を吐きたい気分だ。
ヲ級は戦闘機に機銃を撃たせて艦娘を遠ざけ、リ級が体勢を立て直す時間を稼ぐ。
リ級が十分だと頷くと、ヲ級は戦闘機を一旦離脱させる。直後に、リ級は持ち前の速さを活かして、敵艦娘へと急速接近して行った。
両者の中距離戦が始まったことを確認すると、ヲ級はやや後退しつつ、戦闘機に援護へ向かわせた。
リ級が正確無比な攻撃と高い機動性で攻め立て、上空から戦闘機が機銃掃射で進路を妨害する。しかし艦娘はスラスターを駆使して弾の間をすり抜けて、一方的にリ級へ砲撃を当て続けていた。
段々とリ級の砲照準が合わせられない程に速度を上げ、変則的な進路を取りながら、艦娘は砲撃をする。リ級も回避行動を取っているのだが、一度外せば次弾は確実に当て、また外せばその次も当てることの繰り返しだ。駆逐艦というだけあって装填も早く、リ級が1発撃つ間に艦娘は2,3発のペースで弾を撃っていた。
当然リ級は装甲を削られ、反撃もままならないまま戦い続けていた。
空からの援護も意味を成さず、時折艦娘が空に向けて撃つ小銃の弾幕で中々接近することが出来ない。
一発の被弾もすることなく艦娘は動き続け、ヲ級とリ級を攻め立てる。1隻たりとも逃がさんとする迫力から、ヲ級は恐怖を覚え始めていた。
目の前の獣は、飢えた狼の如き勢いを見せている。このままでは、一撃を与えることすら敵わず全滅してしまう。
そう思い始めたとき、リ級が顔を半分だけ向けて、メッセージを発した。
――――逃げろ。
「ヲッ!?」
何をするつもりだ、とヲ級は問いかける。
リ級は、ここは自分が囮になるからお前だけでも逃げろと、懇願するような眼を向けていた。
その目を見て、危うく感情的になりかけていたヲ級は頭を振り、冷静に状況を分析する。
敵の数は1体。補給場所に着けば、艦載機を補充してこの場にいる敵を倒し、石垣島への援護に行くことは比較的容易になる。しかしそのためには、一度リ級を見捨てなければならない。
仲間を大事にすることが心情のヲ級は、その選択肢を拒否したかった。しかしここで散ってしまっては、仲間の想いが無駄になってしまう。
人間、そして艦娘を倒すことが、至上の使命だ。それを果たすには、自分が生き残らなければならない。今後も、大きな戦力として期待をされている自分が。
「ヲ…………ッ!」
結論を出したヲ級は、リ級に謝りつつ全速力で戦闘海域からの離脱を始める。僅かな戦闘機を直援に残し、ヲ級は事前に想定していた逃走経路を辿り始めた。
離脱していく途中で振り返った瞬間、あの艦娘が再びスラスターを点火して跳躍し、リ級を蹴り飛ばして海面に叩き付け、組み伏している様子が目に入った。思わず引き返しそうになるが、リ級が向けてきた視線がそれを許さなかった。
――――お前には、戦いは似合わない。優しい奴だ。だから、どこか遠くで、花を見つめて…………。
リ級の言葉の直後、彼女の頭を押さえつけていた艦娘が左腕を持ち上げ、捻り始める。少女らしからぬ剛力を発揮して、艦娘はリ級の左腕をいとも容易く捩じ切ってしまった。
「アアアァァァァァァァァァァ!!」
聞いたことも無いような苦渋に満ちた悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。
青い涙を流して、リ級は必死に逃げようともがく。
――――嫌だ! やめろ! 死にたくない!
そんな声がヲ級の頭の中に響く。
艦娘が敵を逃がす筈も無く、馬乗りの体勢で押さえつけたまま右手の砲をリ級の大腿部に向け、何の躊躇いも無く引き金を引いた。
右脚は根元から吹き飛ばされ、宙を舞う。主を失った右脚は海に落ちると、そのまま沈んで消えていった。
「アアアアッ! アアッ! アアッ!」
これ以上ない程の悲鳴を上げて、リ級は身体を引き裂かれた痛みにのた打ち回る。
そんなリ級に対して、無機質でいて殺意だけは宿した目を向ける艦娘は彼女の髪を左手で掴んで頭を持ち上げると、海面に激しく叩き付けた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――――!
執拗なまでにリ級の頭を叩き付ける艦娘からは、憎しみというべき感情が溢れ出していた。
やがて、抵抗する力を失ってしまったリ級は、艦娘にされるがまま頭を持ち上げられる。艦娘は右手の砲をリ級の頭に据え、引き金を引いた。
主砲から撃たれた弾でリ級の頭は、黒い血を撒きながら四散する。
つい先刻まで敵を苦しめていた青いリ級の最後は、凄惨で呆気の無いものだった。
「ヲッ!」
次は自分だと悟ったヲ級は、全力で離脱を続ける。
敵の上空にいた戦闘機を差し向けて時間を稼ごうとするが、霧散し始めたリ級の亡骸に跨る艦娘の小銃による迎撃で一瞬にして全機が撃墜されてしまう。
そして黒い返り血を浴びた艦娘は揺ら揺らと立ち上がったかと思うと、いきなりスラスターを全開にして、一気にヲ級との距離を詰め始めた。
「ヲ!?」
あまりの速さにヲ級は目を白黒させながら、尚も逃げ続ける。本当ならば迎え撃って敵を討ちたいところだが、今は丸腰同然の状態だ。捕まってしまえば、自分も同じような殺され方をしてしまう。そんなことは嫌だと、ヲ級は必死で前へと進んで行く。
しかし向こうは、ヲ級も逃がさまいと追いかけて来る。
全開で火を噴くスラスターが水しぶきを上げ、少女の身体を前へと押していく。主機も全開で回しているのか、予想を上回る速さでヲ級との距離が縮まる。
「捕ま……え……タ」
背後で氷のように冷たい声が聞こえてヲ級が振り向くと、目と鼻の先に艦娘が迫っていた。
艦娘は獲物に食らい付くように、主砲を無表情で構える。
「ヲヲヲッ!!」
まだ諦めるわけにはいかないと、ヲ級は全力で艦娘から遠ざかろうと後退する。
「死……ネ……」
少女は、呟くと同時に弾を放つ。
連装砲から吐き出された弾は、ヲ級の頭を捉えて突き進む。それをヲ級は何とか回避しようと姿勢を変えて、一発を回避することに成功した。しかしもう一発は回避に失敗し、彼女の左目に突き刺さる。
着弾した弾は内部で爆発を起こし、ヲ級の左目を大きく抉った。
「ガ……ッ」
ヲ級はたった今失った左目を抑えつつ、頭部に装備された副砲に弾を装填。後退を続けながらも、差し違える覚悟で艦娘に照準を合わせた。
艦娘も止めだと言わんばかりにヲ級に接近。主砲を前に突き出す。
これで終わりだ、と自らの死を覚悟して目を閉じ――――。
「ヲ……?」
何も起こらないことに疑問を覚え、ヲ級は恐る恐る目を開ける。
そこには、ヲ級の眼前で砲を突き出した格好のまま動かなくなった艦娘の姿があった。
視線は固定されたまま動かなくなっており、ヲ級を追い続けている様子は無い。腕の一本から足に至るまで微動だにせず、硬直してしまったかのようだった。
急に動きを止めてしまった敵を見て、ヲ級は暫し戸惑いを見せるが、すぐに逃走を再開する。
理由は分からないが、攻撃を仕掛けて来なくなった敵に背を向け、これ幸いと艦娘から遠ざかる。背中をがら空きにするようなことはせず、時折振り返って敵の様子を確かめながら、ヲ級は撤退行動に徹した。
その間、艦娘は1ミリたりとも動くことは無かった。
ヲ級はその後も無我夢中で逃げ続け、気が付けば日もかなり傾いていた。
喉は焼けるように熱く、連戦に逃亡と短時間に全力で身体を酷使したためか疲労がたまり、息も上がっている。
ヲ級は徐々に減速し、やがて停止すると、周りに敵影が無いか首を振って確かめる。
追って来る敵はいないようだと安堵すると、ヲ級はその場に崩れるように尻もちをついて、内股で座り込む。
「ヲ……ヲヲ……」
未だに痛む左目にはもう、かつて感じていた光は無い。あの艦娘の砲撃で、失ってしまったのだ。
引き連れていた筈の仲間も皆海に消え、今は自分が残っているだけ。その所為だろうか。心の何処かに、ぽっかりと穴が開いているような気がした。
――――これは恐怖? 悲しみ? 分からない……。
だが、この心に穴を穿ったのは、間違いなくあの艦娘だろう。
あの青いリ級は、ヲ級が初めて南方で目覚めてからの同僚……いや、友だった。
自分たちに備わった本能をより高めるために戦闘訓練を重ね、敵である人間たちの島々を襲撃し、苦楽を共にしてきた。
やがて自分たちが奪い取った島一つの防衛を任されるようになり、そこで彼女との日々を過ごした。
無人となったその島には、人間たちがかつて住んでいた集落があった。木造ばかりであったため、どの家も空襲と艦砲射撃で焼けてしまっていた。
木や人や動物が焼けた臭いが混じり合い、強烈な死臭が漂う廃墟。ある日、その島に上陸したヲ級はリ級と共に、悪臭に鼻を曲げながら集落を中心に視察を行っていた。
そこで唯一焼け出されずに済み、鉢植えの中に咲く綺麗な一輪の花を見つけた。青い花びらを輝かせるそれはとても大切に育てられていたようで、健やかに日の光を浴びている。この辺りでは見かけるような花では無いから、人間が持ち込んだものなのだろう。
人間は、深海棲艦にとって憎むべき存在だ。しかしヲ級は、そんな人間が育てた花を見て酷く心惹かれていた。
それからヲ級は、任務の合間を縫ってはその花の面倒を見るようになった。
元々管理していた人間は花に関する手記を残しており、その中に青い花もあった。様々な花の絵が描かれていたことから、相当に花好きな人間であったのだろう。字こそ読むことは出来ないが、その人間が花に注いでいた愛情は本物であったのはヲ級にもよく分かった。
その手記には青い花の育て方も絵で分かりやすく解説しており、ヲ級はそれを見ながら青い花の世話をした。
花は手を掛ければ掛けるほど育てる者に答え、安らぎを与えてくれる。やがて青い花は子孫を残してその命を枯らすと、ヲ級は強い悲しみを覚えた。
悔しかったのでも無い。嫌だったのでも無い。寂しかったのでも無い。
――――よく、生きてくれた。
それは、感謝からの涙だった。
そんなヲ級を、リ級は何を言うでもなくただ見守ってくれていた。
ヲ級はそこから、命というものを学んだ。
命は、己が出来得る限りのことを精一杯成し遂げて、子孫に後を託し、一生を終えていく。だから人間は、自分の生存を脅かしてくる我々を恐れ、攻撃してくるのだと理解するのに時間は掛からなかった。
しかし、それとこれとは別だ。
我々だって、この海で生きるために戦っている。自分たちに牙を剥いてくる敵は、容赦なく倒す。
そういう認識の元、ヲ級は尚も戦い続けた。
一方で、変化も現れていた。
攻撃対象はあくまでも自分たちを攻撃する人間だけで、逃げ惑う無辜の民には一切の攻撃をしなくなった。
リ級もそんな彼女の変化に気付いて、上手く立ち回ってくれていた。
“我々”は、人間を例外無く屠らなければならない。そんな暗黙の了解にも近い掟を密かに破ってでもだ。
――――ああ、これは罰なのか。
海面に仰向けに倒れたヲ級は、どこまでも透き通る青空を見上げる。
人間を無差別に沢山殺しておいて、今度は力の無い人間を見逃すようになった、中途半端な自分は、罰を受けたのだ。
だから成す術も無く、あの艦娘一人に仲間を殺された。
あの艦娘は、自分たちを憎んでいた。悍ましい程に暗くて深く、沈んだ目の少女。自分は彼女を知らないから、同胞があの子やその仲間を酷い目に合わせてしまったのだろう。
見逃されたのは、最後のチャンスが与えられたからのか、それとも時を待たずしてこの身に次の罰が下されるからなのか。それは分からない。
でも、もし次があるのなら。この身に許しの機会があるのなら。
「タイセツナ、ダレカ。マモリ……タイ……」
次の瞬間、ヲ級の視界が青く染まる。それが何なのか認識出来ないまま、彼女は静かに意識を手放した。
時間はやや遡り、ヲ級たちと艦娘の戦闘が繰り広げられていた海域。
ヲ級たちを襲った艦娘は、突如停止したときの状態のまま海上に佇んでいた。
ザザ、と音が聞こえて、艦娘の耳に何処からともなく無線通信による音声が入力される。
《アロー
その音声と同時に停止していた主機が唸りを上げ、人形のように固まっていた艦娘は砲を構えた姿勢から直立へ体勢を変える。
「戦果、報告。戦艦、タ級……flagship……撃沈。仮称……リ級改……flagship……撃沈。ヲ級flagship……左目、喪失……確認。攻撃範囲外へ……逃亡……。自動強制停止プログラムにより……追撃中止……。以後の消息……不明……」
少女は戦闘時とは変わって焦点の定まらない目のまま、淡々とたどたどしい口調で報告をしていく。
無線の向こうの相手はそれを受け取り、機械に命じるように声を吹き込む。
《戦果報告を受領した。評価ランクはA。試験兵装のデータ収集も終了。これにて、作戦を終了する。アロー1は指定座標までの移動後、回収する。以上だ》
「アロー1、了解……。事前指定座標への移動……開始……」
少女は無機質さを感じる声で答えると反転し、どこかへと向かって進み始めた。
白い航跡が尾を引き、少女は何処かへと姿を消したのだった。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
登場した謎の艦娘は、作者のオリジナルです。出番は今のところ今回で終わりですが、またいつか出て来ることになるかと思います。
その正体は、果たして……。