モニカの父はとても厳しい人だった。
それは娘のモニカに対してでもあったし、それ以上に自分自身に対しての態度でもあった。
まだ夜の帳も明けていないうちにベッドからでて、鍬を担いで圃場へ向かっていくのが彼の日課だ。雨であろうが嵐であろうが、時には体調を崩した時でさえそれは変わらない。
父が身支度をする物音でモニカは毎朝起こされた。彼女がずっと幼い頃は身体を揺すられて起きたものだが、歳も5つを数えるようになると、少しでも寝床が恋しい様子を見せれば頬を叩かれた。
成長期のまっただ中、いくら寝ても寝足りない彼女にとってはとても辛かったが、ぐずればもっと酷く叱られることが分かっていたので我慢して農場へ向かう父に着いていった。母は、父と共に出かけていく娘を心配そうに見つめながらも笑顔で送り出してくれた。
モニカ達の家は村の集落から離れた森の中にあった。もともと父と母はこの村の出身ではなく別の所から移り住んできたのだと彼女は聞いていた。
村の中心部でなくとも少し離れた場所に家を建てればいいのにとモニカは母に言ったが、ヨソモノには何処でも厳しいのだと言われた。そのため父はわざわざ森を切り開いて畑を少しずつ拡大していったそうだ。
収穫した作物を村の買付け所まで持っていくのはモニカの仕事だったので、彼女としてはそこから遠く離れた立地に不満があったが口には出さなかった。父は怠け者が嫌いなのだ。
農場で一日の手伝いを終えて家に戻っても、モニカが父から開放されることはない。
日中使い果たしたエネルギーを補給するための夕食を摂った後は、疲れた身体を休めることも無く、蝋燭の頼りない灯りのもとで父の授業が始まる。
授業の内容は簡単な謎解きや基本的な識字に始まり、モニカの歳が10を数える頃には数学、天文、物理、化学、生物学等の幅広い分野に渡った。思い返せば、それらはこのハルキゲニアには"未だ"存在しないか未確立の学問であったが、当時のモニカは父と母が世界の全て。村のおじさん達と比べて多少もの知りだとしか思っていなかった。
これらに加え各種農法や気象についての知識を実践を伴いながら日中に叩き込まれる毎日。
普通であれば小児の域を脱していない子供には到底こなすことの出来ない内容であったはずである。
しかしモニカは殊勉学においては類稀なる適性をみせた。それは強い好奇心のなせるわざであったのかもしれない。
モニカが幼児の年齢を脱すると、父は農閑期に行われる狩猟にも彼女を連れ出すようになる。
獣道の見つけ方や罠の仕掛け方、そして自然への溶け込み方など、父は持てるノウハウの殆どを彼女に教えた。彼女はこの、狩りという行為が堪らなく好きだった。木に登って地形を読み、地面に伏せては大型の動物が放つ振動を感じ取り、叢に入っては獲物のさざめきに耳を澄ます。矮小な自分がまるで大地と一体化したようなこの感覚に、モニカは虜になった。狩猟に没頭するうちに彼女は自然から五感以上の感覚を得るようになる。それは、今思えばこの時の経験が土を司るメイジとして大切な感覚を培ったということになるのだろう。全身から得られる感覚が幼い彼女の感性を育むと同時に、モニカは父の教える自然科学により傾倒するようになった。
幼い彼女の語彙では言い尽くせない自然の理を、父は理論立てて説明し、どんな疑問にも答えてくれた。父は魔法を使えなかったが、モニカがメイジとして成長するために大切なことを授けた。母は魔法を使えたので、実技と感覚的な部分は母から、理論的な部分は父が教師となった。
母と同様、土系統に才を発揮したモニカは魔法を習得してからは自ら地形を読み、獲物の活動の痕跡を辿るようになる。身体的な能力や武器の扱いは父に全く及ばないものの、狩りにおいては積極的なサポートを、農場においては土の手入れに精をだし、父も彼女の扱う魔法には信頼を置くようになった。厳しくも頼りがいのある父の役に立てることが、モニカは嬉しかった。
両親以外の人間に会う機会は、作物やジビエを卸しに集落へ向かうとき以外は滅多にない。世間から隔絶された森の中での、厳格な父と優しい母と過ごす三人だけのひっそりとした生活。不便や不満は多くともモニカはそれが嫌いではなかった。ずっとこのまま、三人の生活が続けばいい。そう彼女は願っていた。
今更更新。