なんかもう明かされた一つの真実を丸呑みにしてしまう程のグダグダっぷりです。
それは希と絵里がまだ高坂穂乃果達を知らない高校二年生の夏…。東條希は一人の青年と出会っていた。
「ええええっ、それ本当なの、希っ!?!?」
音乃木坂学園の三年生の教室で絢瀬絵里は普段では考えられない甲高い声で驚きを示していた。教室内のクラスメイトは意外な人物の悲鳴に驚き、絵里に注目している。
「こらこら、エリチ声大きいよ。
…もう一度言うけど、“ウチ付き合ってる人がおるの”。」
絵里は只々驚くしかなかった。
「いっ、“いつ”から付き合っているの…?」
「去年の夏頃からだからもう一年過ぎとるね。」
「きっ…、気付かなかったわ…。」
かなりショックだったのか…、絵里は椅子の背もたれに背を預け、少し表情を曇らせた。それに気付いた希も珍しく寂しげな表情となり絵里に弁解をする。
「あっ、あのねエリチ、別に隠してた訳やないんよ。
…その…なかなか言い出せないままμ'sに参加したから…言うの忘れてた…だけなの。」
希は両の人差し指の先っちょをツンツンと合わせながら顎を引いて上目遣いで絵里の様子を窺う。これもまた普段は見せない希のしおらしさに絵里は“クスッ”と笑みを零した。
「そんな顔しないでよ希、私は別に怒ってないから。
まぁ、この一年間で親友の変化に気付かず…希の何を見ていたのかな…って、自分に対して凹みそうだったけどね。」
普段飄々として掴み所のない希だが、初めて出来た親友の絵里や…この学校の廃校危機を一緒になって頑張り回避したμ'sの皆をとても大事に想ってくれている。それを誰よりも理解しているつもりの絵里だったが、希が言わずとも彼氏がいる事実に全く気が付けなかった自分を少し不甲斐なく思ってしまった。
「そんな、深く考える事ないよ、エリチ。μ'sに入ってスクールアイドルを始めてから色々あったんだもん。私自身、“秀君”ほったらかしにした時期あったしね。」
「あっはっはっ、そうなんだ。…秀君って言うんだ、その人。」
「うん、理解ある人じゃなかったら別れられてたかも?」
…と云った感じでカレカノ話で盛り上がっていた時、絵里はある存在を思い出した。
「…でもこの話、部室では…しない方がいいわね。」
「そうやね、μ'sには厳しい御人がおるからね。」
そう、音乃木坂学園アイドル研究部にはアイドルに詳しく、アイドルをこよなく愛し、アイドルに禁忌とされる恋愛スキャンダルを強く嫌うメンバーが一人いた。
「“花陽”には…秘密にしないと…」
「“私”に秘密とは……、それは一体どんなお話なのでしょうかねぇ~ぇえ?」
突然、二人の間に妙な凄みを効かせた可愛い声が割り込み、絵里と希はギョッとして声の主に振り向いた。
「はっ、花陽!?」
「あははは…、どうして、花陽ちゃんが此処におるのかな~!?」
「そんな事はどーでもいいのです!」
『いや、どーでもよくないからっ!』
表情を険しく歪ませ、小泉花陽は希を見下ろす。二人は“此処は三年生の教室よ!”と心の中でもハモってみたが、花陽は何の目的で此処へ来たのかを一切言わず、二人にとんでもない事を言い出した。
「本日はレッスンを中止にして全メンバーによる“交際”…ならぬ、“断・際・裁・判”……っを、やります!!」
またもや突然花陽は大声で爆弾発言を教室内に轟かせ、希はあたふたと慌ててしまう。
「花陽ちゃん、もうその辺で…学園中にバレちゃうわよ~!?」
「そうです、此処で我々μ'sがスキャンダルによる“危機”を回避するには裁判をするしかないのです!」
何処かズレた二人の会話を聴きながら絵里はまた一難降って来たのだと確信していた。
「“一難去ってまた一難”…なのかしら…?」
最近の歌の歌詞では一難去ってまた一難ではなく、“一難去ってまた一興”と歌ってはいるが、出来るなら拗れる事なく…“一興”となって欲しいものだと…絵里は思った。
そして放課後、アイドル研究部部室では何時になく重い空気で…東條希の“断際裁判”が始められた。裁判長は矢澤にこ、原告~及び検察官は小泉花陽。被告は東條希で弁護人は絢瀬絵里となった。にこは右手に用意していたピコピコハンマーを握り締め、メンバーを自分に注目させる為に“ピコピコ”と机を叩いた。
「コホン、それでは此より…音乃木坂学園アイドル研究部μ'sメンバーによる断・際・裁・判…を、始めます!」
もう自分が一番とでも言いたげにドヤ顔をするにこを絵里と希は冷たい視線を送る。
「どうしてそんなに普段見せない威厳を惜しみなく出せるのかしら…?」
「ホンマやね…、スゴくイタいよ、にこちゃん。」
次の瞬間、絵里と希の頭を“ピコンッ!ピコンッ!”と身を乗り出したにこが素早く叩き伏せた。
「裁判長に逆らったら死刑確定よっ!」
何だかよく解らない権力と書いた妄想を振り回し出したにこを絵里と希は眉間を寄せて睨んだ。
“後で縛るっ!!”
そして原告と検察の立場に立つ花陽が何時の間にか用意していた訴訟文章なるものを読み始める。
「では、三年生で元副会長…そして今はμ'sのメンバーの一人である東條希ちゃんは、スクールアイドルと云う立場でありながら彼氏を持ち、未だ交際中と云う大スキャンダルを起こしました!」
力説する花陽に希は呆れがちにちょっと話を割る。
「大袈裟よ~、花陽ちゃん。」
「しゃーらっぷっ!」
花陽はそのふっくらした頬を更に膨らませて希を威嚇する。そんなお多福顔を見た凛は急に立ち上がり、花陽に抱きついた。
「カヨチンその顔カワイイニャーッ♪♪」
「ちょっ、凛ちゃん離して~!?」
やはり小泉花陽、どんなに凄んでも締まらないものは締まらないものである。しかしながら希が一年以上付き合っている彼氏の存在は少なからず穂乃果達メンバーの好奇心をくすぐっていた。穂乃果はジッと向かい壁を見つめたまま…ボソリと呟いた。
「希ちゃんの彼氏…見てみたい気がする…。」
此に反応したのは海未と真姫であった。
「やっぱり希の彼氏って事は…、“こと…”っ、石田さんと違って…イケメン!?」
「いえ、絵里が“こと…っ”、石田さんと付き合っている事を考えれば意外にブサメンの可能性も…」
「ちょっと待ちなさい海未、イツ私が“こと…っ”、石田さんと付き合い出したのよ!?」
「あれ、絵里ちゃん“こと…っ”、石田さんとはまだ付き合ってないニャン?」
「まだって何よまだって…?」
「そうだ絵里ちゃんもまた、“こと…っ”、石田さんとスキャンダラス状態でした!」
「何なのよスキャンダラス状態ってのはっ!?」
「そうよね~、今絵里と“こと…っ”、石田さん良い感じやものね~♪」
「希…、貴女は私の事より自分の言い訳を考えなさい!」
皆の注目は希から絵里に集まる中、希の彼氏の顔を想像していた穂乃果が静かだったことりの異変に気付いた。ワナワナと震える肩にグググ…ッと強く握られた拳、俯いた顔に影が落ちて表情が読み取れないが…口元はこれでもかと云う程に“への字”を刻んでいた。
「マズい、“ことり山”が噴火するっ!!」
そして次の瞬間、勢い良く南ことりが立ち上がり両拳で長机に“ドスンッ”と叩きつけ、今まで聴いた事のない怒声で叫んだ。
「コトコトコトコトッ、ホンドボーーーッ!!!!」
まるで休火山が突然爆発したかの様な衝撃なのだが、何故…“ホンドボー”なのかが理解出来なかった。皆が口を半開きに言葉を失った中で海未は両拳を机に付けたまま固まることりに優しく…そしてあくまで素朴な質問を投げかけた。
「ことり、…そこは…、ホンドボーではなくて…“フォン・ド・ボー”の間違いではないでしょうか?」
それを聞いたことりに激しい羞恥心が頭を殴りつけるウォーハンマーの如く襲いかかった。彼女は怒った…つもりだったのだ。
“コトコトコトコトッ、本当にウルサいのおっ!!!!”
そう言いたかったのだ。…なのに何故か“本当に”が“ホンドボー”になってしまったのだ。別にカレーを作りたい訳でもなければ、食べたい訳でもない。なのにホンドボー…しかも“フォン・ド・ボー”とも間違えたと勘違いされるなど…屈辱であった。視界が涙でぼやけ、ことりはあまりの悔しさに駆け出し部室から逃げ出そうとするが、“ビダンッ”と思いっ切り引き戸にぶつかり、“ビギャッ”と悲鳴を上げた後に彼女は“コト”切れた…。
『こっ、ことりいいいいっ!!!?!?』
その日はことりの奇天烈怪奇な行動のお陰で其れ以上話は進まなかったのだった。