石田小鳥が野獣の如く吼え、大きく振りかざした拳でチンピラを一人殴り飛ばし、二人三人と皆が宙を飛んでアスファルトに転げ落ちた。秀虎も小鳥の背中を守りながら相手の側頭部や頬をピンポイントで蹴りつけてやはり地面に転がした。
最早金城の兵隊は十人も満たない程に減り、金城は人質である筈の絢瀬絵里にも手を出す事が出来ずにいた。…理由はQP…石田小鳥の言葉が脅しでない事を本能的に理解してしまっているからだ。既に小鳥は骨の髄まで怒りを浸透させており、最早容赦がない。後ろを向いた相手すら捕まえて持ち上げては地面に叩きつけていた。…“歯止めが効かなくなっているのである”。チンピラ達も自分が今“何”を相手にしてしまっているのかをやっと理解した様だが、時既に遅し…“QP”は一人とて逃がす気はない。足下に仰向けに倒れたチンピラの腹を思い切り踏んづけて上目遣いに睨んで周囲を威圧し、その視線を金城に向けた。その眼孔は正に“鬼”、少なくとも金城にはそう見えた。彼の目に映る石田小鳥は最早伝説の不良…“QP”などではなく、地獄から来た鬼そのものであった。そして其処で彼の敗北は決まり金城は戦意を失って絵里から手を離し、彼の舎弟達も既に逃げ腰で頭(かしら)である金城の様子を見て皆その手を下ろした。…しかし、小鳥は一歩二歩と金城に向かって歩き出しその鬼の眼孔に金城を映し出して唸り声を上げた。
「きいいいんじょおおおおうう……!!」
口を開け覗いた歯には牙が生えているかと錯覚する程に地の底から響いたかの声には絵里も体を竦ませる。そして思った。…此以上彼が人を傷つける姿は見たくないと…。
「ダメ、もうやめて小鳥さん…!?」
絵里は彼に呼びかけるが小鳥の右手が伸びて足をガタガタと震わせて腰が砕けそうになっている金城の胸倉を鷲掴みにした。
「やめ、助けて…!?」
事の発端を作ったにしては余りに情けない声を絞り出し、金城は命乞いをするが、金城の胸倉を掴んだ腕が彼を宙吊りにして持ち上げた。絵里は青醒めて小鳥に向けて声を張り上げた。
「小鳥さん、私は無事だからあっ!
その人を離してあげて、もう誰も貴方と喧嘩なんてしたくないから、小鳥さん!?」
絵里の必死の言葉に小鳥は金城を絞めつける手の力を弛ませる…かと思いきや、もう片方の手を金城の首に持っていきやはり胸倉を掴み取り、自分の頭の上まで吊り上げた。その行為に金城は悲鳴を上げて失禁、爪先から小便を垂らしながらだらしなく泣き声を上げて更に許しを乞うた。
「許して、許して~、もうしないから、もうかかわらないから、もうこのまちからでていくからゆるしてあああっ!!!!」
最早立場もソッチ退けにして泣き叫ぶ金城だが小鳥は突然左右に大きく振り回し出し金城の悲鳴が更に広がり、倒れ伏していた者や立ち尽くしていた者達はその金切り声に恐怖した。絵里はその暴威を止めようとするが秀虎に止められて引き離された。
「はっ、離して下さい!
もうイヤ、小鳥さんが誰かを傷つけるのを見たくない!!」
「絵里ちゃん、気持ちは解るが…、近付いたら巻き込まれる!
それに…、何で小鳥があんなに怒っているのか…、言わなくても解るだろ?」
秀虎の言う事に絵里は言い返せなかった。彼があれ程に怒っている理由など一つしかないからだ。
絵里は嘗てない程に胸が苦しかった。大切なものを傷つけた相手が許せないから…、大切な人達を危険に晒した自分が許せないから…、石田小鳥は怒り狂っているのだ。絵里は暴れ金城を振り回す小鳥を涙を溜めた目で見続けた。そして金城の体が宙を舞って地面に落ちるとチンピラ達は落胆したかの様に肩を落とし、倒れた仲間をおぶったり肩を貸したりして車に乗せその場を去って行った。…金城だけを置き去りにして…。
その光景を小鳥は憑き物が取れたかの様な…しかし寂しげな表情で残され倒れたままの金城を見つめ、絵里に沈んだ顔で振り返る。…自分の凶暴な面を見せるつもりはなかった。しかし、何時の間にか憤怒に気持ちが支配され…体を止める事が出来なかった。いや、止めようなどとは考えもしなかった。小鳥は目を伏せ、絵里と視線を合わせずに横を通り過ぎ、秀虎に声をかける。
「秀虎さん、後…頼みます…。」
「おい頼むって…、お前帰りは…?」
小鳥は振り返るが、背を向けたままなので表情が見えなかった。
「少し…頭冷やしたいんです。…すみません。」
そう言って小鳥もその場を歩いて去り、秀虎と絵里だけが置いて行かれたかの様に立ち尽くす。
絵里は彼を呼び止める事が出来ず…顔を両手で隠すと、その場で屈み込み泣き崩れてしまった…。
あの事件から一週間程が経ち、絵里達はいつもの日常へと戻っていた。チンピラ達が逃げ、小鳥がいなくなった後直ぐに警察が駆けつけて金城はその場で逮捕され、秀虎は事情聴取に絵里は保護される事となった。絵里と亜里沙は高坂家から自宅へ戻り、入院していた希も数日程で退院出来た。絵里が無事だと分かった時には彼女に号泣しながら抱きついてアナコンダの如く絞めつけ、絵里を気絶させると云う元気さも見せつけてくれた。地区予選も一週間を切り、μ'sのメンバーもレッスンに気合いが入っていた。
全体を通して踊りながら歌い、曲が終わる瞬間に決めポーズを取って練習を終了する。出来は上々で自信や手応えも皆が感じていた。
そして部活を終えた絵里は希との帰宅途中に穂乃果に呼び止められた。
「あら穂乃果、生徒会の方はいいの?」
「にゃはは、ソッチは海未ちゃんことりちゃんに頼んじゃった…。
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…ねぇ絵里ちゃん、ちょっと二人だけで話をしたいん…だけど…?」
穂乃果は後頭部を掻きながら苦笑いを見せた。絵里は彼女の様子がぎこちないので希に一言謝り、穂乃果と近くの公園へ足を向けた。
二人は自動販売機で温かい午後teaを買ってベンチに座り、先ずは石田小鳥の話から始まった。
「絵里ちゃん、あれから小鳥さんとは会ってないの?」
「ううん、二回程…顔を見てるんだけどね。
彼…、挨拶すると返事返すだけで直ぐに逃げちゃうのよね…。」
あの日から絵里はマトモに小鳥と話をしていなかった。小鳥は金城の起こした事件で警察に関係者として出頭し、本来ならば両手に手錠がかけられてもおかしくないのだが、同じ立場の上田秀虎…高坂夫婦に絢瀬亜里沙、何より被害者である彼女…絢瀬絵里の証言で彼等の正当防衛とし、厳重注意で事なきを得た。裏で担当官がかなり動いてくれた温情と云う事である。しかし何故だか絵里を避けている様で帰りに出会す事もあまりなく、バッタリ会ってもぎこちない挨拶だけ交わしてそそくさと逃げてしまうのであった。
「多分…、気まずいのかも知れない。
あの時の小鳥さん、本当に怖かったから…。」
絵里の話に穂乃果は少し表情を曇らせた。石田小鳥は連れ去られた絢瀬絵里を助ける為に相手に暴力を振るわなければならなかったのではないのかと…、そんな心情が彼女の頭に浮かぶ。…だが、絵里は自嘲気味に微笑むと穂乃果の目を見て言った。
「小鳥さんは本当に怖かった…、小鳥さんが人を傷付ける光景が恐ろしかった。
…けど思い返すとね…、格好良かったのよ。大切なものの為にアレだけ怒れる彼を…拳を振るえる彼を本当に格好良いと思ってしまった。
随分と調子の良いと自分で罵ってしまうけど、自分に其処までされる価値があるのかと思ってしまうけど、私はあの人の想いがとても嬉しいと感じた。…だからね、今ならハッキリと彼の前で言える気がするの。
…好きです…って。」
絵里に小鳥への気持ちが固まっているのを聞くと穂乃果は寂しげに俯いた。絵里はそんな彼女を見、今まで感じていた疑問を口にした。
「穂乃果…、もしかして貴女……小鳥さんの事……?」
穂乃果は直ぐには答えなかった。絵里の顔を見ず、紅茶を含んで舌を湿らせると宙を仰いだ。
「絵里ちゃん、もう…無理だって分かっちゃってるんだけどね。
私、やっぱり伝えたい。…だからチャンスを、小鳥さんに好きだって言う機会を私にちょうだい!」
二人で話していて今初めて絵里の目を見つめる穂乃果。絵里は困惑しか出来ず、茫然した表情で穂乃果の決意した顔と向き合っていた。
「私は……、何も言えないよ穂乃果…。
チャンスをあげるなんて、言える立場じゃないし、…言いたくもないよ…。」
「ごめんね、絵里ちゃん。だけど私、あの人にどうしても好きだって…言いたいの!」
大きな事件が解決したばかりであり、ラブライブ地区予選が目の前まで迫っていたその日…絵里と穂乃果との間に再び溝が出来ようとしているのであった。
穂乃果「zzzzzz………えへへ~♪」
※申し訳御座いません。只今穂乃果さんが布団の中で爆睡中ですので予告が出来ません…。