スタンドの村   作:野々村あこう

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どこかで小さな灯りが消えた。

小さく儚い最後だった。

 

どこかで小さな花びらが散った。

哀れで淋しげな最後だった。

 

どこかで一人の老人が息を引き取った。

唐突で、そして巨大だった。

 

 

 

とある国の、とある小さな村での出来事だった。

その日、その村を裏から支え支配していた闇世界の主、ギャングのボスが息を引き取った。

それを、彼の隣に立つ側近がただ眺め、一人で手厚く葬った。

村はとても小さく、彼らはその村の長として、長い間支えてきた。

 

ボスは野望を持ち、安泰を望み、平和のために戦い続けた。

彼の元には少数の仲間がいて、顔は知らずともみなボスに従いついてきた。

 

そして彼は最後の最後まで、素顔を見せることなく亡くなった。

常に彼の隣で戦ってきた側近だけが、唯一彼の存在を全て知っていた。

 

 

この村はとても小さい。そして弱かった。

伝統を守るのも平和を維持するのも不可能に近いほど、近隣から圧迫を受けてきた。

そんな村を支えるため、ギャングが生まれた。

裏社会から手を回し、平和を求めて日々血を流した。

 

ギャングといえば聞こえが悪いが、彼らの求めた役柄は自警官のようなものだった。

事件が起きれば駆けつけて、災害があればすぐに向かい、非条理な政治にはとことん戦ってきた。

そんなボスに従い、仲間が生まれた。

それがこのギャングの始まり。

 

そしてこの村のギャングには一つ大きな共通点がある。

それは、一般人には気づかれない方法を使って事件を解決し、手を触れることなく敵を倒すということ。

すなわち、みんながスタンドを持っているという事だ。

 

スタンドとは漢字で書いて「幽波紋」。人はそれを「生命エネルギーの造り出すパワーある(ヴィジョン)」と呼んだ。

その強さは精神力に依存し、人によって姿かたちや能力は千差万別。

しかし、そんなスタンドにも共通点はある。

 

一般人には見えず、スタンド使いにはそれが見えること。

スタンドが傷つけば本体である人間も傷つくという事。

一人につき一体のスタンドしかいないということ。

 

その最低限のルールの中、スタンド使い達は自分の能力の弱点を補い、戦ってきた。

村のために。ボスのために。

 

 

そして、今日。

そのボスは天に散った。

 

 

 

そして、彼は亡くなる寸前、仲間宛の手紙を書いた。

 

彼の愛したこの村と、ギャングの仲間たちとの別れ際に。

 

最後の大きなゲームを作り上げた。

 

 

彼が何を考え、何を企み、何のためにその手紙を書いたのか、誰にもわからない。

ただ一つ言えることは、その手紙こそが、村の安泰を脅かすパンドラだということだ。

 

 

ボスは、自分の作ったゲームの開幕を見ることなく目を閉じた。

その隣で、側近が密かに笑う。

 

「さぁ、最後のゲームだ。」

 

 

選ばれたギャングの個別部屋に手紙を置き、そっとドアを閉める。

 

 

手紙の横に、赤と青の指輪を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

その日、中学二年の覇理了(ハリリョウ)は正しく運が悪かったと言えるだろう。

 

彼は成績優秀で、日常的に問題を避け、先生からの評判は常に上々な模範生だった。

その点好奇心旺盛で、わからないことには前向きに挑戦しようとする。こんな生徒を嫌がる教師など、ほんのひと握りもいなかった。

 

あの日までは。

 

 

あの日、彼はなんとなく普段は行くことのない細い路地を通り、普段行くことのない村の奥へ入っていった。

 

そこは近所でも評判が悪く、噂ではこの村を裏で支配しているギャングの巣だとも言われている。

彼も普段なら、そんな所に行こうなんて思わなかったはずだ。

 

あの旅行客を見るまでは。

 

 

この村は、村と呼ばれている割には面積が広い。自然は豊かで、土地もいい。そのせいかよく他県の不動産会社等が土地の買収に来るのだが、断固として村人はそこを明け渡そうとはしなかった。

 

ようは、他人づきあいの悪い村なのだ。

もちろん観光なんかに来る人もほとんどいない。

 

それなのに、あの日。了が学校の帰りに珍しく旅行者を発見してしまったのだ。

黒く糊の貼られた卸したてのスーツを身にまとう男性が、アタッシュケースを片手にあの物騒な裏路地に入っていくところを、本当に偶然目撃してしまった。

 

旅行者が来ること自体がありえない。そしてあの路地に入ることがまたありえない。さらにこんな村であんなに綺麗なスーツを着ていることがますますありえない。

旅行者だとわかった理由は単純だ。この村に存在しないタクシーから降りてきたのだ。

もしかしたら出稼ぎなどから帰っただけかもしれないが、その緑色の髪をした男は、物珍しそうにあたりを眺めるように歩いている。やはり旅行客なのだろう。

 

 

好奇心の塊である了は、壁から落ちる雫を避けるように制服のシャツを握り締め、恐る恐る跡をつけて行った。

 

 

この行動が、後にこの村を左右する大事件に巻き込まれた要因だということに、彼はまだ気づかなかった。

 

 

 

 

細い路地を抜け、黒い看板のかかる店へ、そのサラリーマン風の男は入っていった。

看板の文字を確認しようと顔を上げるが、そこに書かれた文字は最早文字とは言い難く、それはまるで子供の書いた落書きのようにも見えた。

 

窓ガラスからこっそりと中を覗くと、そのスーツを着た男は自らのアタッシュケースの中から片手サイズの小さな袋を取り出し、向かいに座る初老の男性に手渡すのが見て伺えた。

初老の男性はその中を確認し、頬を緩ませながら向かいに座る男に札束を手渡していた。

 

なんだかわからないが不味い。見てはいけないものを見てしまった。

了はこの裏路地の噂が本物だったのだと気づき、その場を立ち去ろうと焦った。

そして、その行動がまた間違いだった。

 

 

慌てて後ろに下がろうとしたために、腰が浮き背負っていた鞄が頭の方にズレ下がった。そのまま鞄は窓ガラスに激突し、鈍い音を立ててしまったのだ。

 

もちろんすぐに見つかってしまった。

 

先程まで穏やかに笑っていた初老の男性も、表情を変え慌てるように了を指差し何かを叫んだ。それに合わせるようにスーツの男が立ち上がる。

 

なりふり構ってなんかいられない。

スポーツだけは苦手なのだが、それでも彼は振り返る事なく全力で走った。

無我夢中で走り、逃げ切った。

 

はずだった。

 

 

重力に違和感を感じ、少年が恐る恐る目を開けたとき、彼の目に真っ先に飛び込んできたのは、逆さまになってしまった町並みだった。

 

「な、なんだこれ」

 

拍子抜けたように声を出す彼を、スーツ姿の男が頭上から微かに笑った。

 

「君は今、宙ぶらりんなんだよ」

 

嫌味の篭った声で、彼は少年を見上げる。

見ると了の足は、見えない何かに捕まって空中に釣り上げられていた。

 

 

「な、なんだよ!離せよ!」

 

了にとって叫ぶこと以外成す術のない状況だった。それを見てスーツの男性は不敵に微笑み、背後からゆっくりと歩いてくる老人に何か合図をした。

 

「ふぉっふぉ。この少年もかね。生きるかねぇ」

 

その手首を切るような動作を見て、老人は楽しそうに懐から矢を取り出した。

誰もが見て分かる、典型的な矢だ。

少し黒ずんでいるが、それでも刃先は光を怪しく反射している。

 

柄の部分はボロボロで、すぐに折れてしまいそうだった。

 

 

「は、離せええええ!離せえええええええ!」

 

今から何をされてしまうのか悟った少年は、必死にもがき反抗しようとする。しかしその行動は二人のテンションを上げてしまうだけで、むしろ逆効果だった。

 

スーツ姿の男性はメガネをかけ直し鼻息荒くそれを眺め、初老の男性はこれ以上開かないだろうと思うほどに口を横に開け、黄ばんだ歯をまじまじと見せつける。

 

 

覇理了は、助からないのだろうと気づき、叫ぶのを辞めてただ涙を流すだけとなった。しかし、二人の興奮は収まることを知らず、黒く大きな拳サイズの矢は、音を立てることなく了の額に突き刺さったのだった。

 

 

 

「助けてぇ!!!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

終わりを覚悟し、額に矢を当てられた時、その痛みで了は大声を上げ、そして眠りから目を覚ました。

 

「どうした覇理。今は授業中だぞ。静かにしろ」

 

教卓に立つ英語教師が呆れたようにため息を付いた。

幾人かの生徒が密かに笑い声をあげる。

 

初めての居眠りに赤面させながら、一言謝罪を述べて慌てて椅子に腰を降ろす。

 

「どうしたんだよ。お前が居眠りなんて珍しいじゃん」

 

隣の席の山田が上機嫌で尋ねるが、了にとってそれどころではなかった。

初めての居眠りというよりも、初めて見た鮮明な夢に驚いているのだ。

不気味に笑う二人の男、頭蓋骨を割り、軋むように中へ入ってくる矢の先。痛み。恐怖。それらが目覚めた今も土砂降りのように押し寄せ、大量の冷や汗となって外へ滲み出るのだ。

 

「おい、覇理大丈夫か?本当に顔色悪いぞ」

 

能天気な山田でさえ気がつくほどだ。よっぽどのことだったのだろう。

どこかしら息も上がっているように感じる。

なんだか、視界に紫色の煙が立ち上るようにも見えてきた。

 

「おい!覇理!しっかりしろ!おい!!!」

 

遠くから山田の声が聞こえてくる。

視界はグラグラと回り、紫が次第に広がり、少し嗚咽がこみ上げてくる。

 

「山田!覇理を保健室に連れていけ!」

 

珍しく英語教師の慌てる声も聞こえてきた。

これも夢なのだろうかと、一人頭の中で考えているうちに、覇理はゆっくりと気を失った。

 

 

 

「夢か」

 

次に覇理の意識は、真っ暗な空間にいた。無意識にそこが夢の中だと気がつき、一人ぼそりと呟く。しかし、それに対して背後から返事が来るとは思いもしていなかった。

 

「いかにも、ここは君の夢の中だ」

 

慌てて振り返るとそこには、紫色の細身の男が立っていた。

だがそれは人と呼べるものではなく、機械とも言い難い出で立ちをしていた。

抽象画家が現代の若者にウケようと工夫して描いたヒーローのような生命体だった。

それは複雑な形をしており、巨大な水ぶくれのようなカプセルが左腕に埋め込まれている。

 

「そして君は昨日死んだ」

 

どこが口なのか、この真っ暗闇の中では確認できない。

いや、それよりも今聞き捨てならない言葉を耳にした気が。

 

「死んだ?どう言う意味だ」

 

了は夢の中だと知っているからか、特に慌てる様子もなく冷淡にただ質問だけをした。

 

「そのままの意味だ。君は昨日、あの場で矢に刺さり死んだ。そして矢に選ばれて生き返ったのだ」

 

「何が言いたいのかわからない」

 

「そのままの意味だ。君は昨日一度死に、そして生命エネルギーを覚醒させてスタンドを手に入れた。そういうことだ」

 

首をかしげ、眉を寄せながら口を開く。

 

「スタンドってなんだ?俺が死んだなら今はなんだ?」

 

「スタンドとは私のことだ。お前は死んだ。そして生きるために力を欲した。だから私が生まれた。私はお前のスタンド」

 

「意味がわからない!」

 

「私の名前はディープ・パープル。覇理了、お前は私の主人だ。私はお前のスタンドだ。しかしお前から意志を感じない。私はお前から生まれたが、お前をまだ認めない」

 

そこまで言うと、もうディープ・パープルは満足したと言いたげに胸を張り、なにも話そうとはせずに闇の奥底へ沈んでいった。

 

その間了は、ただ必死に疑問を浮かべ、見えなくなるスタンドの背中にそれを投げかけ続けていた。

 

 

「ディープ・パープル……」

 

そして目覚めた時、目の前には今まで見たことのない真っ白な天井が広がっていた。

 

 

 

「……知らない天井だ。」

 

これが、彼の。いや、彼らの物語の、本の最初の覚醒だった。

 




覇理了(ハリリョウ):14歳163cm。クラスでは地味だが、成績は悪くなく、できるだけ凡人であろうとするところがある。
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