スタンドの村   作:野々村あこう

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捕虜

青葉が茶屋近くに到着した時には、既に二人のスタンド使いの戦闘が始まっていた。

青葉は神霊が敵の密告である可能性も踏まえ、飛び出した彼に気づかれぬよう跡をつけていたのだ。結果的に到着したのは西園寺の茶屋であり、そして既に二体のスタンドがにらみ合っていた。

 

一方は黄金色の光沢をもつ人型のスタンドで、両腕を巻く楽譜が解け空中に飛び散っていた。その楽譜から飛び出した音符がスタンドの前で弾け飛び、衝撃波となって打ち出される。

そしてそれを受け耐えているのは橙色の肉片。スライム状のスタンドだった。襲い掛かる衝撃波を、半液状のそれが受け止め、グニャグニャと踊るように威力を殺していた。

 

「戦闘を開始しましたか。どうやら神霊君は信じても大丈夫のようですね」

 

誰に言ったのでもなく、ただぽつりと青葉悠は呟いた。

仲間を信じていなかったわけではないが、自己紹介の際に神霊が無理をしているように感じたのだ。

笑顔を無理して作り、いい子であると見せようとしているように。

 

「どうやらただの猫かぶりだったのですね」

 

その口元は笑っていた。

身内に敵が混ざっていなかったことに対する安堵と、無駄に心配してしまった自分に対する感情が、その表情から見て取れる。

 

 

青葉悠が戦闘を覗き見ていることなど知らない神霊は、本性を現し戦闘を心から喜んでいた。

 

「むしゃむしゃ、さてと。こっちはもう、余裕だぜ」

 

神霊の口元から緑色の粘着液が零れる。最後まで啜り飲んだカブトムシの角を放り捨てる。衝撃波を受けて痩せ始めていたゲル状のスタンド、キラーテンパランスも、神霊が食べたカブトムシの分だけ少し厚くなる。それでもほんの少しだ。だがその少しの厚さが勝敗を大きく分けることは、影山にもよく分かっていた。

 

「き、きたねえなぁ。カブトムシ食う必要ねえだろう。おにぎりでいいじゃねえか」

 

「タンパク質が必要だって言っただろ~?」

 

「肉まんでいいじゃねえか!」

 

影山は知っている。わざとそれを食べていることを。

なんと言うべきなのだろうか。神霊煉は根っからの異常者なのだ。

人の嫌がる行動をして、それを見て体を震わせる存在を嘲笑うような、そんな人間なのだ。

 

影山とは、正反対の戦闘スタイル。

とてもよく知っているのに、何が起こるのかお互い分かっていない。

 

「影山くん~。呼吸しないと楽譜が足りないんじゃないかな~?」

 

見ると確かに楽譜の量が残りわずかとなっていた。

神霊がカブトムシを取り出したのを合図に衝撃波の量を減らしたが、ただの時間稼ぎにしかならない。

いや、神霊が少しずつだが近づいてくる様子を見ると、逆効果なのが見て取れる。

 

肉が厚くなるということは防御力が高まったことを示す。それに合わせて攻撃力を減らしたら、神霊煉が前進しやすくなるのは当然のことであった。

 

「影山くん~。弱いよぉ~?」

 

顔をゆがめて嘲笑う少年に、影山は一歩後退する。それを見て少年はさらに一歩、また一歩。

二人の距離は少しずつ縮まっていく。影山の後ろには壁が広がる。

押される形で彼の背中が壁についたとき、何かを懇願するような表情を浮かべて神霊の後ろ見た。

 

その影山の行動を見て、神霊はすっかり忘れていた気配を思い出した。

店の入り口からは室内にある壁とテーブルに遮られてみることのできない角度に隠れていたであろう人物。その存在を完全に忘れていた。

気が付けばその人物を背後にしていた。

それに気が付いた瞬間、背筋を舐めるように冷や汗が流れた。

 

「しまった」

 

慌てて振り返る神霊。

 

そして目が合ったのは、神霊と同年代くらいの男の子だった。

彼は毒々しい人型スタンドに目で何かを訴えてながら、体制を低くし、洞穴に隠れるウサギのように首をすぼめている最中だった。

その余りにも頼りない姿に、思わず唖然とする。

それが大きな隙となった。

神霊のすぐ横で呼吸する音が聞こえ、慌てて振り返ると強烈な衝撃波が襲った。

 

「覇理くん!ナイスです!」

 

覇理と呼ばれた少年は訳が分からないといった表情で頷く。

しかし神霊には少年の困惑した表情が自分を嘲笑いおちょくっているように見えて仕方がなかった。

完全に神霊煉の頭の中から戦闘という言葉が消え、集中力が分散されてしまった。

キラーテンパランスの表面を衝撃波が引きちぎり、橙色の肉片が辺りに飛び散る。

表面より少し濃いゲルが露わとなり、そこに衝撃波が当たる度に本体の手足に切り傷が生まれる。

 

「神霊くん、君は確かに強いけど、集中力が足りないんだよねぇ」

 

影山の嫌味な言葉も、鼻で笑う表情も、一切神霊には入ってこなかった。ただ、挟み撃ちにされたことが悔しくて、敵が二人いたことを忘れていた自分が恥ずかしくて、追い詰められている現状を認めたくなくて、目の前が真っ白になり始めていた。

音が遠くで聞こえる。目の前で演奏している金楽器がぼやけて白くなる。自分のスタンドが飛び散り分散して小さくなる。それなのに、後ろで座っている覇理と呼ばれた少年の鼻息が耳元まで聞こえてくる。少年がスタンドに話しかけている内容が頭の中をガンガンと打ち付ける。「頼むからガスを出してくれ」と言っているが、何の話だろうか。

そう思った瞬間に集中力が途切れ別のところに感覚が研ぎ澄まされる。和風の文様が施された椅子から、細く伸びるいくつかの影、ほかの建物に囲まれているこの店に、反射して入ってくる太陽光。揺れる電線。

いや、これは電線ではない。太陽光を受けてかすかに青く光る窓ガラスの向こう側、室内の湯飲みやメニュー表が映り込む窓ガラスの向こう側に、何かゆらゆらと震える細いものが見えた。

眼鏡をかけた細身の、男が、ただ冷静な表情を浮かべてこちらを見ている。

電線に見えたのは彼のスタンドだ。

そこに立つのは青葉悠だった。赤の王の元で自己紹介を受けた、毒を持っていそうな男だ。

 

神霊煉の集中力が帰ってきた。どこかへ遊びに行ってしまった魂が、ガラスの砕ける音を聞いて体の中へ戻ってきた。

窓ガラスを突き破って入り込んだのは、普段そんなことは絶対にしなさそうな、真面目な男の姿だった。

 

「一人で飛び込むのはいいですが、もう少し上手くやりなさい」

 

青葉が室内に飛び込むと同時に、空を切る音がして周りの椅子が倒れた。

細いワイヤーが鋭い音を立てながら青葉の周りを踊る。

 

「あまり足は引っ張らないでいただきたいですよ」

 

青葉の言葉に自我を取り戻した神霊は、声を張り上げる。

 

「はっ!救助なんて必要ねえさ。たとえ拷問を受けたって、うちの情報を漏らすわけがないだろう。ボスの居場所がこの街の魚屋の」

 

そこまで言いかけて青葉に後ろから首根っこをつかまれた。

 

「あなたのそういう口を滑らせるところが心配なんですよ」

 

そう言われ神霊はグゥと唸りながら肩をすぼめた。

 

「さてと、二対二ですよね。これで」

 

全てを見透かしたように青葉は笑う。

影山の表情は青ざめたように硬くなった。

覇理了が戦えないことを青葉は見透かしていたのだ。

 

神霊煉の言葉から、影山と深い仲であることは推測できていた。事実、戦闘において両者は相手の弱点を突くように、自分の弱点が突かれぬように動いていた。そして最後、神霊煉の明らかに集中力を欠いた様子からある程度推測はできた。

 

「神霊くんにプレッシャーを与え、集中力を欠く。それが作戦だったのでしょう。どうやら彼は一人相手には強いようですが、二人以上を同時に見ることはできないようですね。まぁ子供ですから当然でしょう。そしてあなたは最初からそれを知っていた。だからもう一人をそこに置いた。おそらく神霊くんが一人で乗り込んでくることも分かっていたのでしょう。よほど深い関係だったとお見受けできます」

 

「覇理くんが戦えないなんてどうしてわかるんだい」

 

「もし戦えるのでしたら、挟み撃ちにした時点でスタンドを出していたはずですからね。そうでしょう?」

 

青葉はそう言い終えるや否な、覇理了の首元にワイヤーを突きつける。

 

「これで一人、戦闘不能ですね」

 

そのまま覇理了に近寄り髪の毛を鷲掴みにする。ワイヤーが首に刺さらないようにしているのは、情報を絞り出すためだろうか。

影山は動けない。すでに神霊との戦闘を再開していたからだ。顔見知りの二人は、口角を微かに吊り上げながら対峙している。

 

「さて、青の王の居場所を吐いてもらいましょうか」

 

青葉が笑った瞬間だった。この時を待っていたかのように、タイミングを合わせたかのように、ディープパープルが鳴いた。

 

「ブシャァァァアァァァァッ」

 

同時に湧き上がる紫色の煙。慌てて登山家用の酸素ボンベを口にする影山蛭谷。

それを見て青葉は慌てた。

 

この煙は広場で青の一味を眠らせたガスだ。

一瞬のうちに煙が室内に充満するのが分かる。そして無力に思えた覇理了のスタンドが、青葉のワイヤーを握りしめる。罠だと悟った青葉はワイヤーを切り捨て、割れた窓ガラスから独り身で撤収した。

 

煙は黙々と湧き続ける。

青葉には、紫色の煙と、中で人の動く音しか聞こえない。

 

煙が亡くなったとき、既に太陽は沈みかけていた。

店に人の気配はなく、代わりに残されたのは一通の置手紙であった。

 

 

『捕虜は預かった。明日、午後8時、広場にて待つ』

 




青葉悠(アオバユウ)

26歳、176㎝の細身の男。普段からきちんとした格好を心がけているのか、戦闘ができそうには見えない。
美鈴はその清楚な姿の裏に眠る毒々しい表情を感じ取り、アカネグサの男と比喩した。

頭は切れるらしく、口論を得意とし、情報管理もお手の物。スパイ活動をしていたと自己紹介した。ボスの命令を受ける前に一人で行動する傾向がある。
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