とっくに日の暮れた広大なグラウンドに、周囲の照明器具によって照らされている敵の軍勢が際立って見える。
遠すぎて顔の表情はよく見えない。さらに近づくべきか、それともここで待機すべきか、美鈴は考えあぐねていた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんのスタンドはこの距離から届かないでしょう?もう少し近づかないと。青葉さんとの作戦が」
隣に控える少女、ミシェルがそっと美鈴の背中を押した。
いつだってこの少女は道を示してくれる。年齢は自分の半分くらいにしか見えないほど幼いのに、彼女の精神年齢は圧倒的に大人びていた。
「わ、分かった」
10歳と少しくらいの少女に、いい顔をしたくて余裕の笑みを浮かべてみた。その顔は緊張と初めての戦闘に対する恐怖で歪んでいるが、ミシェルは別段それに触れることは無く、ただ笑顔を返して前を向く。
目の前には腰かけやすそうな緩やかな芝生の坂が広がり、そこを最後まで降り切った辺りから赤土でできたグラウンドが広がっている。芝生の間には一定の間隔で階段が並んでおり、そこを照らすように街灯が立っている。その地形がぐるりと一周、円を描くように続いているのだ。
作戦では、美鈴たちのいる反対側から青葉が攻め立て、美鈴のグループが奇襲をかけることになっている。
「影山ってあの人よね?」
小声で隣に構えるミシェルに訊ねる。青葉の作戦は漠然としていたので正直どうすべきか未だに迷っているが、そんなことも言っていられないのが現状である。
青葉から伝えられた
「たぶんそう」
ミシェルも肯定の意を込めてうなずいた。細身で身長の高いロック歌手のような服を着ている人は、一人しか見つからなかった。
「この距離から届くかな」
射程距離ギリギリだろうか。グラウンドの中央とはよく考えたものだ。この広場が別段広いわけではないのだが、その代り隠れられる場所が少ない。
敵は数か所に注意を払うだけで済むのだろう。
美鈴とミシェルの役割はただ一つ、敵を一人裏切らせることだ。美鈴のスタンド『ラブ&トゥルース』は、デコレーションの施された桃色のコルト銃だ。そこから放たれる弾丸の殺傷力はほぼ無いに等しい。当たっても切り傷か、ひどい場合痛いだけということもあり得る。しかし、その銃弾に当たった人間は5分間美鈴の命令を聞かなくてはならなくなる。どんな命令でも、本人がやりたいと思ってしまうようになる。その後5分間の記憶は消滅するので、本人ですら自分が何をやったのか理解できていないという状況を作り出せるのだ。とはいえ、操った対象に自殺をさせることができないのが難点なのだが。
「ギリギリ当たるかも」
その銃先を、地面に伏せた体制で影山に向ける。あとは青葉が彼らに襲い掛かるのを待つだけであった。
シンプルに今回の作戦を思い出す。
まず青葉が青の王に向かって攻撃を仕掛ける。その間に捕虜である神霊を確認、可能なら救助をすることになっているが、不可能ならランダムに一人を操るようにとのことだ。
誰を操ればいいのか分からない美鈴に、青葉は「それなら、戦闘員の影山を撃ってはどうだ」と提案した。優柔不断な美鈴は、ただそれに従うことにしたのだ。
「神霊くんはどこかしら?」
ミシェルの発言で捕虜の位置を確認することを思い出し、その姿を探す。案外すぐに見つかった。鎖のようなものに縛られ、
「どっち撃ったらいいかな?」
神霊煉を拘束している人物はすぐに分かった。体から鎖のようなものを出して神霊を拘束しながら、うつ伏せになったままの彼の動きを気にしている女性がいたからだ。
影山蛭谷より確実にその女性の方が打ちやすい距離にいる。
そんなことを考えた瞬間だった。
神霊を捉えていた女性は、それと同じ鎖を地表に這わせて周囲に隠れているかもしれない赤のチームを探し始めた。つまり、美鈴たちの隠れる場所へゆっくりと鎖が伸びてきたのだ。
「どうしよう!」
慌てふためき、つい声を出してしまう。美鈴はハッと口をふさいだが、どうやら遅かったらしい。影山蛭谷がじっと彼女のところを見つめていた。「そこにいたか」と言いたげな表情でフッと笑う。
「お姉ちゃん捕まって!」
ミシェルはできるだけ声を殺してそう叫び、羽の生えたハムスターのようなスタンドで宙を浮く。美鈴も慌ててそれに捕まった。
恐らく重量オーバーなのだろう。ミシェルのスタンドは飛ぶのに必死そうで、美鈴の体は地表擦れ擦れだ。そのちょうど真下を、鎖が蛇のようにクネクネと通って行った。
「もう、撃つしかないよね」
美鈴の言葉で、ミシェルは力を振り絞り自分より大きな美鈴の体を抱えた。
美鈴は苦手な射撃を、さらに辛い体制で行わなくてはならない。鎖を這わせる女性はまだこちらに気づいていないが、影山は確実に宙を浮く少女二人に気が付いていた。いつこちらに攻撃してくるか分からない。
「影山を殺る!」
美鈴は心を決め、引き金を引いた。しかしその弾丸は全く関係のないところへ飛んでいく。と同時に影山の大声が発砲音を覆うように響き渡り、彼のスタンドが爆風を放って弾丸を遠くへ飛ばした。危うく青葉に当たりかけたが、彼は優雅にワイヤーを駆使してそれをかわす。
まだほかの敵に美鈴たちが隠れていると気づかれた様子はなく、ミノムシのように街灯にぶら下がったままの青葉と敵の王が会話を始めた。
「チャンスだ!」
もう一発放つ。今度はしっかりと狙いを定め、先ほどのような焦りはできるだけない状態で撃ち込んだ。その弾丸は影山の方へ飛んでいくのだが。しかしそれも済んでのところでかわされ、爆風にあおられて弾丸は青葉の方へ向かっていく。確実に影山の動きは弾丸を待ち構えているものだった。
青葉はその爆風内にワイヤーを投げ入れる。よく見ると下から襲い掛かる茨の鞭を避けながらだ。その動きはかなり器用で、同じ人間には見えなかった。周囲の攻撃をかわしながら、風にあおられ勢いを失った弾丸をワイヤーで弾き、そしてその弾丸を鎖を操る女性に命中させたのだから。
美鈴は命令が可能となった。それと同時に青葉が地面に落ちる。ミシェルに抱えられ低空飛行をしたまま鎖を操る女性の下へ向かい、叫んだ。
「今すぐ鎖を解除しろ!」
その直後、青の王が地に落ちた青葉に猛攻撃を仕掛けた。空を切り裂く槍の音が耳を突く。しかし、既に戦況は逆転している。
青葉悠は、神霊煉のスタンドによって完全に守られていた。
「次はこちらのターンですね」
青葉の声が、そっと聞こえてきた。
青の王は状況を理解していないようで、確実に硬直していた。それをチャンスと受け取り、美鈴は命令する。
「青の王を拘束しろ!」
鎖を操っていた女性は、マネキンのように表情を固定したまま鎖を伸ばす。そして青の王を確実に捕まえた。
「な!?何をしているんですか逢坂さん!」
「無駄ですよ青谷さん。彼女は今、私たちの味方ですから」
青谷と呼ばれた青の王は、青葉の発言を耳元で聞き、愕然とした表情を浮かべて鎖を操った逢坂を見つめる。
青の王と鎖の女性は戦闘不能、残るはあと3人だ。影山蛭谷と茨の鞭を使った女性、そして何もしていない少年。美鈴の陣営には鎖の女性が加わり、神霊煉と青葉悠もいる。勝利は確信できた。
「ラブ・ファントム!」
残った女性が少年をかばうようにしてスタンドをがむしゃらに打ち込もうとするが、焦っていたのだろう。青葉のワイヤーがそれを全て弾いた。影山は慌ててその女性の下へ駆け出す。戦意喪失が目に見えて分かった。
そしてもちろん、その隙を神霊煉が見逃すはずもなかった。
「キラーテンパランス!喰え!」
胸元くらいの大きさのスライムが、恐怖に固まる少年を飲み込もうとする。
「やめろォォォォォォォォォォォォォォッ!」
青谷の声が夜空に響いた。
【ラブ・ファントム】
破壊力B スピードD 射程距離C(20メートル) 持続力B 精密性B 成長性C
容姿は体中に花を咲かせた緑の妖精を思わせるスタンド。そのスラリとした女性のようなフォルムは妖艶で、本体の西園寺に引けを取らない美しさを誇っている。
しかし、美しい花には棘がつきもの。その身には似合わず破壊力の高いバラのムチで攻撃する。その腕からは植物の種を出すことができ、殴ることで敵に種を植え付け、スタンド能力により急成長させることができる。
主な攻撃はムチで叩いたり縛ったりすること基本的なトゲトゲパンチラッシュ