『スタンドゲームへようこそ。
人気のない茶屋で団子を口にしながら、青谷芳樹は首を捻った。
「ゲーム?何の話だこれは。新しい指令なのか?今までと文章が違うような」
それは心で呟いた言葉だったのだが、どうやら口から溢れ出ていたのだろう。茶屋を一人で切り盛りしている娘が心配そうな表情を浮かべながら団子の皿を片付けた。
「青谷さん、どうかなさいましたか?お仕事でしょうか?」
彼女は平日の昼間からそこで飲み食いしている男が気になっただけだったのだが、青谷は唐突に話しかけられ戸惑いを隠すことができなかった。
「あ、いえ!なんでもないんです!独り言です!」
その男は小学生でもわかるような動揺の仕方で必死に笑顔を繕おうと両手を上下に揺さぶった。
「いやぁ!この紅茶美味しいですね!みたらし団子とこのお茶、おかわりお願いします!あはは」
見ていて痛々しいそのごまかし方に、何かを察した表情で娘は頷いた。
「かしこまりました。これを食べたら、仕事に行かれた方がいいですよ?それと、紅茶ではなく昆布茶ですので」
そう言い彼女は雅に笑い、一つ小さなお辞儀をした。
青谷は乾いた笑いをなんとか作って、ギャングから支給されている特殊端末に再び目を移した。
「それにしても、なんだこの文字は……俺が次期ボス候補?一体上は何を考えているんだ」
自分が口に出している事に、全く気づくことなくこれから起こる出来事を想像しては、ただ悶々としていた。
それから運ばれてきた団子を平らげ、熱い熱いと笑いながらお茶を啜った。夜の九時まで青谷は動けない。彼は時間にはルーズな性格なのだが、今回ばかりは文章から漂う異様な雰囲気に足を動かせずにいた。
普段なら、『○○を消せ』や、『○○と名乗る男を守れ』とか、短文をそれとなく送ってくるというのに、今回に限りこれだけの長文を。それも『次期ボス候補に選ばれました』などという到底信じられないような言葉まで添えられて。
しかし、彼が怯えていたのは組織に何かあったのではないかといった思いからではなく、「これはドッキリなんじゃないだろうか。どこかにカメラが設置されてて、顔も知らない組織の仲間がそれ見ながら笑っているんじゃないかな」といった、少しばかり的はずれな恐怖心であった。
時計の針を常に気にして、8時40分にようやく青谷は重たい腰を持ち上げた。
「では、西園寺さん。こんな時間まですみませんでした。仕事行ってきます」
「はい、頑張ってきてくださいね」
閉店時間を過ぎているというのに店の娘は一向に気にしていないようで微笑んだ。その笑顔を見て青谷はひとりにやけ顔を隠すのに奮闘しつつ、その店をあとにした。目指すはこの村中心に備えられたギャングのアジトだ。
暗い街のあえて光の少ない道を選び、目的地へと足を忍ばせる。
その目は先程までの頼りない男のものではなかった。
恐怖の色が見え隠れしているが、紛れもなく彼は殺し屋の目をしていた。
それから10分もしないうちにアジト入口に彼はたどり着いた。門のパスワードを入力し、地下に続く階段を降りる。
人の気配はしなかったが、それでも注意を怠る事はない。
ギャング内の暗黙の了解で、お互いに存在は隠しているからだ。誰かがもしいればその者の気配が消えるまで待ち、また逆に自分は誰にも見つからないように歩く。泥棒になった気分だ。
この肩身の狭い仕事が青谷はどうしても嫌だった。なんてもちろん誰にも言えず、彼はただボスからの指令に従い自らのスタンドを行使し続けていた。
普段はギャングから支給されるこの特殊端末を使いやり取りをするため、同じ組織の仲間を接触することはないのだ。この特殊はボスのパソコンを一度経由するために会話は筒抜けになる。もし裏切るような発言があれば刺客が一気に押し寄せてくる。また、組織内の人間はみんなコードネームで呼び合っているため個人情報がわからない。
基本はグループチャット、個人チャット、ボスからの指令が届くメール以外使うことはない。というか、他のアプリだとかソフトだとかを入れることができないのだ。
そのため、組織の上層部以外の人間は誰がギャングなのか全くわかっていない。
ところが今回のようにアジトに入るとなると上に述べたように個人情報が保護されるとは限らない。このアジトにいる時点で、侵入者かメンバーかのどちらかになってしまうからだ。
仲間なのだから別にいいではないかと言われるかもしれないが、そうではない。これは誰がボスなのか分からないようにするための方法でもあり、また下っ端の命を守るための作でもあるからだ。
もしメンバー内に裏切り者がいて、メンバー間で個人情報が流出していれば、一人ひとり洗い出すようにして芋蔓式に虐殺されかねない。
メンバーがメンバーを知らないからこそ組織の信頼性は保たれ、皆が仕事をしてくれているのだ。
そうこう考えているうちに青谷芳樹のコードネームが刻まれた部屋の前に到着していた。このようにアジト内には個人の部屋がまるでネカフェのように無数に存在している。もちろん部屋の位置や入口などは工夫されており、隣の部屋の人間とたとえ同時に外に出たとしても顔を合わさずに済むように作られている。
彼はさらに自分の扉の前で指紋を認証し、部屋の中に入った。
理由は簡単だ。ここで、会議を行うからだ。
青谷芳樹はそれから、ホログラムの付いた巨大電話機を起動した。
エヴァンゲリ○ンの会議室のように、ホログラムの組織シンボルが机を取り囲むように投影される。
この机の中心にいるのが、ボスだ。
会議の始まる時間が天井に表示された。あと3分。
次々とホログラムが投影されていく。
この光景を見るのは何年ぶりだろうか。青谷はそんなことをぼんやりと考えていた。
初めてギャングに入ることになって、それからすぐのことだった。ボスの妻が身ごもった子をどうするかといった、正直どうでもいいような話だったのを覚えている。
その時は、その子をギャングの一員として迎え入れたはずだ。という事は今回、この会議に彼女は参加するのだろうか。
それから、呼ばれたギャングたちのホログラムが全て集まり、時計が9時を示した。
一体今度は、何の話をするのだろうか。
そんなことをのんびりと考えながら、彼は椅子の背もたれに体重を預け、中心にいるボスの第一声を待った。
ボスのライトが点滅し、声が流れる。そして今回の会議の第一声が届けられた。
「みなさん、お集まりいただき誠にありがとうございます。私はボスの秘書でございます。本日皆様にお集まりいただいた理由は三つあります。心して聞いてください。」
隣のホログラムから唾液を飲み込む音が聞こえてきた。
釣られて青谷も緊張が走る。
「ボスは先日、病気のために亡くなりました」
自らを秘書と名乗った男(性別がわからないので以後秘書とする)は、突然想像だにしない言葉を口にした。
周りのホログラムが点滅し、ざわつく音がする。
青谷自身、理解ができなかった。ボスが死んだ?今までそんな素振りも情報も入ってこなかった。一体いくつだったのかも分からない。幹部による個人情報の完全保護の恐ろしいところは、下の者に伝わる事柄はいつも唐突で突拍子もないことばかりだということだ。
頭の中をかき混ぜられた気分で隣のホロとなぜなにを言い合っているとこで、ふと向かいに浮かんでいたホロが口を開いた。
「あの、みんな何の話をしているんですか。ボスって誰ですか。なんでみんなの顔も声も同じなんですか」
その言葉から、新入りだということがわかる。青谷も初めてギャングに入ったときは同じように挙動不審な態度を取り、周りの人々の話の腰を折ったものだ。
そう考えているとなぜか少し微笑ましく思ってしまうから不思議だ。今はボスの死を驚き悲しむべきはずの時間だというのに。
それにしても、青谷が初めてメンバーに迎え入れたときは真っ先に紹介されたものだが。
「察してください。皆様紹介します。新メンバーの者です。もちろん個人情報は言えませんが、後ほど彼に個人チャット等で掟を教えてあげてください」
話す順番が逆だと思うが、青谷の時と同様な紹介だった。察してなんて言われても無理だと思うが、新入りはそれから口を閉じて押し黙った。
「ありがとうございます。では、3つめ、この会議の本題に入ります。皆さんには、とあるゲームをしてもらいます。それは、亡くなったボスの代わりにボスを作るというゲームです。今、ボス候補と認定された二人の人間の机に、指輪が置かれているはずです」
確かにあった。青色の宝石のついた指輪が。
「あなたがたがすることは、その指輪を二つ集めることです。つまり奪い合ってください。ボスにふさわしい人間の手伝いをしたり、ふさわしくない人間から奪い取ったりするのです。指輪を持っていない人は、下に着くなり奪い取るなり。自由です」
「ちょっと待ってください、ボスになれと言われても、なりたくない人はどうしたら?」
「ボスになりたくなると思いますよ。その石はこの組織の初代ボスのスタンドで、二つを揃えるとなんでも一つだけ願いが叶うのですから」
ざわつく外野の中心で、秘書が不敵に笑うのが分かった。
そうして、青谷たちのバトルロワイヤルは幕を開けたのだった。
青谷芳樹(あおたによしき)19歳、165cm
最も安全に生きたい性格で、そのためギャングとして何度も戦場に駆り出されるが、ほぼ無傷で帰ってくる。
西園寺の開いている茶屋の常連で、密かに西園寺に恋心を抱いている。