暗い部屋、ノイズの走るホログラム、耳元で木霊する誰かの加工ボイス、そして右手に握っているのは血の赤よりも強く輝く深紅の指輪。
荒川美鈴は、自らを秘書だと名乗ったボスの席に座るホログラムを見つめ、静かに呼吸した。
ボスが死んだ?ボスが?なんで?
彼女はここに集められたスタンド使いの中で最もボスを敬愛し尊敬し、従順に従っていた。しかしそれは戦闘員などではなく、情報工作員としてのデスクワークを主体とした下働きに近いような事ばかりだった。
ボスのように強くもない。カリスマ性もない。権力もなければ実力すらない。
そんな自分の下に、ボスからの置きみあげがあるのだから。
嬉しくもあり、そして辛いとも感じた。
ボスに信頼されていたことはこの指輪が証明してくれた。しかし、美鈴は恐らくボスを満足させてあげることはできない。期待に応える事はできない。
華奢なその肉体で、一体どうやって人を倒せというのか。小柄なその体格で、どうやって仲間を従えろというのか。
もちろん彼女が苦悶の表情を浮かべていることなど、この会議室の誰も知ることはない。
誰が指輪を所持しているかなんて、本人とボスにしか分からない。
「もうご存知かと思われますが、ここに集められた方々は、ボスが選んだ人間、私が可能性を認めた人間のみとなっております」
秘書の発言は、定められた文章をただ淡々と読んでいるような雰囲気であった。
「おい!ボスさんやてめえはこの新入りにもボスの資格があるとか思ってんのか?頭湧いてんじゃねえの?」
そう声を荒げたのは会議でいつも真っ先に仕事を引き受けているホロだった。
どんな険しい仕事でも真っ先に手を上げる男か女かも分からぬその人には、よく感心したものだ。彼が選ばれたのには納得がいく。
しかし、そんな彼だからこそ、実績のないルーキーにボスとなる権限を渡されるのが納得いかなかったのだろう。
「ここにいる奴はお呼ばれされれば文句も言わず武器片手に戦ってるような奴ばっかだ!今回こんなにも空席があることさえ納得できねえのに、そこに新入りだ?許せん!」
「それだけ才能があるってことですよ」
そんな反発心、屁とも思わぬように秘書は返した。
まぁ、この会議に呼ばれる時点でそれなりに才能があるとお見受けされている事は確かだ。さらに、ボスの権限を譲渡するゲームの参加資格を得られなかった常連もいる中で、この新入りが呼ばれたのだから。才能だけは確かなのだろう。
「あ、言い忘れておりましたね。確かに空席が目立ちますが、それは資格がないから呼ばれなかったのではなく、スタンドを持たない人だったからです。つまり、この場に集められた人々は皆スタンド使いとなっております。要するに指輪を受け取った人はほかのスタンド使いを従えるなり、倒すなりする必要があるというわけです。ギャングのスタンド使いは皆指輪を得る刺客を持っているのです」
機械音のように変換された秘書の声は、ただの説明のように聞こえて、さりげなくその場に集まるスタンド使いの警戒心を高めた。
「では、頑張ってください。いいですか?指輪を得たものは、初代ボスのスタンド能力によってどんな願いでも叶える事ができるのですよ」
そしてなにより一番恐ろしいことは、この指輪をめがけて争いが起こるということだ。秘書の挑発的な発言が、会議室に集まったスタンド使いをその気にさせたことはサルでもわかる事実。
今は誰が指輪を持つかなどとバレていなくとも、いずれそれも気づかれる。そして、戦闘未経験の下っ端美鈴は、猛者に囲まれボスの期待に応えることなく死に絶えるのだ。
「なんて、悠長に構えてられないわ。」
そんな現実、メールを受け取った時から想像していた。
彼女は目に闘士をたぎらせ、生まれて初めての殺気を纏いて、マイクに口を近づけた。
考えていることは一つしかなかった。
『ボスの作ったこの組織を、ボスの思いを、捻じ曲げることなく後世に続けてやる』
「皆さん今晩は。ボスのご冥福、実に嘆かわしく思います。そして、ボスが残したという指輪を巡るバトルロワイヤル。ボスが何を思い最後にこのような大きな舞台をこしらえたのか、もちろんボスしか分かりませんが、私はこう思っています。『組織のためにその命を燃やし、利益のために敵を切り捨てられる人こそが中央の席に相応しい。だから味方同士で取り合いをさせた』のだと」
それから彼女はひと呼吸を置いて続けた。
「私はボス候補の一人、赤の指輪を持つスタンド使い!今この場に集まる皆に告げる。私は村にある酒場でみんなを待つことにした。無駄な争いは極力避けたい!だから募集をかける!」
突然喋りだしたホログラムに、誰もが驚きを隠せなかった。しかし、偽装された声や姿から伝わってくる強烈な意思に押され、誰もが口を閉じた。
「私はこのボスが立ち上げた組織の伝統を守り、何も変わらぬ日常のために『戦い続ける』!この村を守るための『矛』となる!賛同する者は、酒場に来い!そしてイカスミスパゲッティを頼め!」
そこまで言うと、勢いに任せ彼女は通話を切った。
美鈴にとって、死など恐れるものではなかった。ボスのためならいつでも死ぬことができる。誰よりもこのギャングを愛しているのだ。
今最も恐ろしいことは、ボスの託したこの指輪をみすみす奪われること。ボスの意志の一欠片も継ぐことができないという未来。伝統を重んじる。そしてみんなそう願っているはずだ。
確固たる自信と覚悟は、彼女を戦わせる引き金になった。
少女がホログラムに向かって「あのバカ・・・」と眉をひそませた事など、誰も知る由はなかった。
赤の指輪を持つと明言したホログラムが消え、会議室には沈黙の波が押し寄せた。
誰かが「嵐が過ぎた」と呟くまで、誰も口を開く事ができなかった。
「さて、赤はボスの保守派のようですが、それも過激な。青のボスは募集をかけないのですかね?」
中央に座る秘書のホロが、ざわつき始めた会議室をなだめる様に声を漏らす。
「募集と言われても、メンドイのは嫌だしなぁ」
思わず反射的に返事をしてしまった青谷芳樹は慌てて口を塞ぐが、遅かった。
ホログラムの見えない視線が一斉に集まったような気分がする。
「い、いやぁ、ボスになるのがメンドイんじゃないですよ?ただ、今の組織は村を守るためにかなり刺が立っているし、たくさんの犠牲も出ている。俺はもっとのんびり幸せに暮らしたいというか」
普段から組織のために人を殺している人間が何を言い出すのか。
自分を貶しても意味はないし後戻りはできないことはハッキリしているので、青谷は意見発表会のごとく優しい口調を心がけた。
(うちの組織が個人情報保護に本気出しててよかった)
小心者の彼がひっそりと深呼吸を繰り返していたのはナイショのはなしである。
「まぁ、彼女が伝統を守り続ける矛を目指しているのなら、僕は柔軟に変化する盾とでも言いましょうか。正直もう命を賭けた争いごとはうんざりなんですよね」
ボスがいないからって何を言っているんだ。青谷は自分を呪った。
でもそれ以上にスッキリしている自分がいた。
「僕は今まで戦闘員としてたくさんの人を殺してきましたが、もし叶うなら安全で平和に暮らせる村を作りたいです。もし攻めて来るなら、必死に守るだけの、そんな盾を。伝統を重んじて刺を張って危険を取り払うという大義名分で殺しをするより全然いいと思うんですけど。どうですかね」
青谷はそこまで言い切ってからしまったと口を抑えた。
これでは丸っきしギャングへの反発だ。
ボスから指輪を受け取っておきながらなんて反逆的な事を口にしてしまったのだろう。
赤の指輪の人までとは言わないが、ここには絶対保守派の人がいる。伝統を重んじている人がいる。そんな人々の前で時代を変えようだとか、刺を抜こうだとか、真逆のことを訴えても勝てるはずがない。
赤の指輪にみんな流れてしまう。そして青谷の素性は少しずつ判明され、最終的には一斉攻撃を受けて倒されるだろう。
もう将来の姿が見えてしまった。想像以上に早いエンディングだったなぁ。
そんな風に考えながら通話を切ろうとした時だった。
先ほど新入りに対し激怒したホログラムが怒鳴った。
「俺はお前の言いたいことがなんとなく分かる!だが、今の組織がいいんで賛同はできん!」
そう言い放ち、ホロが消えた。どうやら酒場に向かったらしい。
「面白いですけど、私も失礼します」
今までの会議で一度も喋ったことを見たことのないホロが、初めて口を開いた後に去っていった。
やってしまった。この二人が青谷の失策を表現してくれた。
会議に残ったのは自分を含めて五人。次第に減っていくのだろう。
死にたくないなぁなんて考えていた時だった。
「それで、青の指輪の人にはどうやったら会えるんですか?」
そう訪ねてきたのは例の新入りだった。
何も知らない彼は厳しい伝統、知らない掟よりも楽そうな青谷を選んだのだろうか。
「私も知りたい」
「お、俺も……」
合わない方がいいと助言しようとした矢先に、二人のホロが同時に名を挙げた。
「私も、こんなに争う必要はないと思う」
「お、俺も……」
青谷は嬉しさで飛び上がりそうだった。
自分を含めたこの会議に参加した8人中、自分を含めて4人が青側についたのだ!
「で、では!村の運動広場で集合しましょう!」
この時の青谷の頭の中に、裏切りという言葉は一つも浮かばなかった。
絶対に安全だと思い込んでしまった。
それが吉と出るか凶と出るか、まだ誰にもわからない。
ただ、残された5つのホログラムの一つが、青谷の発言を最後まで聞いてから一言も発さずに消えたことに気がついた者は誰ひとりいなかった。
村(正確な名称は不明)
日本のどこかにあると思われる。
本来統一されるまではギャング(その頃の名称は不明)が村を支配し、統治していた。
表向きの王や村長のようなものはなく、村民は自由気ままに生きており、ただ少しの人間のみが組織の存在を知っていた。
隣の村や盗賊などから村民を守ると同時に、特殊能力によって村の繁栄にも貢献していた。
当時から組織の構成員間でのやりとりはなく、個人情報は守られていた。