了は、ただ目の前で忙しなく繰り広げられる言葉を眺めることしかできなかった。
誰かが誰かに声を荒らげ、誰かは聞いたことのない組織の話を始める。
聞いてはならないこの村の裏事情を、たった一日にして全て知ってしまったのだ。
それでなお、突然謎の力を押し付けられ、突然村を支えるギャングのボス候補と呼ばれ、突然二つしかない指輪を巡る争いに参加させられたのだ。
赤の指輪を持つと名乗ったホログラムは、伝統を重んじるだとか、戦わねばならぬだとか。更に集合場所を酒場だなんて言った。
伝統以前に、組織の存在しすら知らなかった了は、大変困惑し、場違いさを痛感していた。そんな新入りの自分が、赤に賛同することは到底できなかった。
話を聞く限り、誰かが指輪を奪いボスになろうなどと考えている様子はなかった。おそらくそれは、前のボスが決めた二人にこそ権利があるものだと暗黙の了解が交わされているからだろう。そのため、今の会議はどちらのボスに付くかという話に変わっていた。赤のように、伝統を重んじ力を行使し守るために槍を携える、了からしたら危険思想としか思えない赤の発言は、やはり了にとって足を踏み入れることのできない敷地であった。それに何より、酒場に未成年は入れない。
そんな覇理了の意を救ったかのように、颯爽と青の指輪の所持者が現れた。
彼は赤とは全く逆の意見を持ち出し、その場を黙らせた。
了はただただ彼が格好よく、騎士のように見えた。
村のことも掟も知らない了だが、争いが苦を呼ぶことはわかっているつもりだった。つまり、非戦を訴えた青の指輪こそ、了が付くべき仲間だ。
その日の晩、了は広場にいた。
目的はただ一つ。青の王の下に付くためだ。
どうやらルール上、了やほかの人たちにもボスになる権限はあるらしい。強いて言うなら、この戦いに参加すらしていないただのサラリーマンが、疲れて足元を見ながら帰宅路を歩いているとき、偶然的にふたつの指輪を拾ってしまったとしたら、そのサラリーマンが次世代のギャングボスということになるのだ。
要するに、この会議に呼ばれた人間はルールを知った上で戦う用意されたゲーム板のコマ。やろうと思えば、ゲームの外からいくらでもコマを持ってきてもいいという大将棋だ。
目的はただ一つしかない。赤と青、どちらかの大将を討ち、指輪を揃える。ただそれだけだ。
しかし、普通の将棋とは違い、このゲームの王はコロコロと変得ることが出来る。指輪を持つ者が王であるからだ。
よって、了は戦う気がなかったとしてもある日突然「お前は俺の指輪を奪おうとしているな!」などと言われ殺される可能性もあるわけだ。
それなのに了は迷うことなく広場へ向かった。
青の王が仕掛けた罠かもしれないなんて疑いの目は全く持つことがなかった。
ただ単純に信じていたのだ。そして、自分に与えられたスタンド能力を少し過信していた。危険だと思えば逃げられると思っていたのだ。
「あの人かな……?」
了が広場にたどり着くと、この場に似つかわしくない青年がノリの効いたスーツを身につけたまま芝生の上に横になり、微かな寝息をたてているではないか。
もしこの光景を学校帰りに見たのなら、会社や家庭でなにか辛いことでもあったサラリーマンだなと勝手に憶測し、自分と重ねて可哀想がっていたことだろう。
しかし、先程行われた会議のために、どうしてもそのホームレスサラリーマンは只者には見えなかった。
了は恐る恐る彼に近づき、そっと顔を覗き見た。
20代前半ほどの、色白の優男といったところだろうか。淡い茶色の細い髪が、短く揃えられており、薄い唇と涼しげな表情は、どこかの映画から抜け出してきたようで一瞬ドキッとした。
男から見ても分かるほどの美形男子であった。
「あ、あの……」
なんと話しかけていいのかわからなかった。なぜこんなところで寝ているのだろう。先程命をかけた争いの話をしたばかりだというのに。それになぜか漂う殺気のようなものを先程から感じているのだが、一体何なのだろうか。この寝ている青年は本当に青の指輪の所持者なのだろうか。人間違いだと恥かしいでは済まないだろう。
了はわけもなくあたりを見渡した。誰かに見られているような気がしたのだ。
どうも背中を細長い針でつつかれている様な安心できない気分に包まれる。それなのにこの青年は物静かな風でただ寝ているのだ。
なんだか人を間違えた気がしてきて、了はもう一度辺りを見渡した。
「……?」
何かが光ったような気がした。一瞬、何かがきらりと光って…
了は暗がりの中必死に目を凝らそうとした。その瞬間体に異変を感じた。
「な!?足が!」
見ると了の足から鎖のようなものが出て、地面と固定しているではないか。
「ななななな!?なんだこれはァ!」
慌てざるを得なかった。
その姿を見てか、呆れたように暗闇から女性がふらりと現れた。
ちょうど了が気になって仕方のなかった場所だ。
「無駄よ。その鎖はちぎれないわ……」
それだけ言うと、彼女はまじまじと了を観察し、大きくため息をついた。
「なんだ。ただの餓鬼じゃない。争いのない世界とか言うから期待してみたら、ただのヘタれの小僧の戯言だったのね。がっかり」
小馬鹿にしたように肩をすくめ、そして手のひらを了に向けて「指輪を渡しなさい。あなたの願いは私が引き継ぐから」そう言った。
「い、いや。ぼ、僕は指輪とか持っていないんで」
自由の利く両手で慌てて否定を示し、誤解を解こうとしたが、恐怖で声が震えて、はっきりした言葉が全く出てこなかった。
一方それを見た女性は、嘘をついていると思ったのか嫌そうな表情で了を睨めつけ鎖を解いた。
「あのね、遊びじゃないのよ。命かかってるの。さっさとその指輪渡して。」
「だから、だから僕は持ってないんだって!」
なぜだろう、なんだか泣けてきた。
それを見てただただ女性は悲しそうな顔を見せて鎖を消し、腰に手を当てため息をついた。しかしその行動も攻撃だと思った了は慌てて数歩下がり、そして足元で寝ていたサラリーマンの指を踏みつけてしまった。
「いてっ!……はっ!寝ていた!やっぱ48時間労働からの会議はしんどいって…ふぅ」
青年はゆっくりと起き上がり、了と女性をまじまじと眺め、嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がった。
「おお!来てくれたんですね!嬉しいです。実のところ僕もあんな危険思想を会議の場で言えば反感をかうこと知っていたんですが、まさか賛成してくれる方が来てくださるとは!もう既に救われた心地ですよ!」
青年は、それはそれは嬉しそうに飛び跳ね、頭を下げて綺麗な笑顔を見せた。
女性は、口をあんぐりとこじ開けて、了と青年を何度も何度も交互に見て、そしてようやく自分の勘違いに気がついたのか、小さくごめんといった。
「はじめましてだね。僕の名前は青谷芳樹。青の指輪を受け取った者です。君たちは?」
青年、青谷は顔色を変えないままただ嬉しそうにそう名乗った。
了はいい人だと確信しながら自分の名前を述べ、突然呼ばれた新入りだということも少し大げさに言って聞かせた。しかし、女性はただ黙って青谷の顔を睨めつけ、つまらなそうに口を開いた。
「逢坂紬(おうさかつむぎ)よ。あんた、ボス候補でしかも指輪持ちなのになんで堂々と寝てるの?死ぬわよ?」
その言葉に青谷は少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、はははと笑った。
その姿はとても爽やかで、自然な動きだった。それなのに何故だかただものじゃないような、スキのない動きに見えた。
逢坂はさもつまらなそうに立っていたが、しばらくしてゆっくりと腰を地につけた。
「いいわ。私の選んだボスが、ただの馬鹿なのかそうじゃないのか確かめてあげる。あなたがボスになった時に何をするのか、話して。」
その言葉に、青谷は嬉しそうに頷いてから地面に腰を下ろして夢を語り始めた。
いままで青谷はボスのためにと村の外で危険思想を殺す仕事をしていたこと。それが原因で、また新たな敵が生まれたこと。それを止めるためにチームを作りまた殺しに向かったこと。それを危険視した敵勢力が更に危険になっていったこと。争いの悪循環について、青谷は自己の経験をもとに熱く語って聞かせた。
了にとって、全てがファンタジーのごとくありえない話ばかりで、現実味もなかった。
体液を浴びせた対象がお菓子になる能力や、ガラスを操る能力、ライオンを召喚する能力など、物語で聞けばとても愉快で興奮するものばかりだった。それなのに、青谷の物語にはどこか重みがあった。それが実話であることを裏付けているように了は感じた。
しかし、了は今まで平穏に、あくびをしながら日常を生きてきた。その平和が全て、彼らの活動するギャングによってなし得てきたものだなんて、そう簡単に信じられるものではなかった。
しかし青年はいたって真面目に全てを話し、今後について言葉を漏らした。
もうこれ以上戦いたくない。仲間が死ぬのも、敵が悲しむ姿も見たくないと。
彼曰く、武器を持たない国を襲う国はあるはずがないとのことだった。こちらから刃を向けなければ、絶対に敵は襲ってこない。それは了にとって納得のいく内容では無かったが、青谷は平和をただ訴えた。
彼は、平和は簡単に作り出せるものだとも言った。狼は人を襲うから絶滅に追いやられたが、鹿は人を襲わないから観光名所にもなる。
ハチは人を刺すから巣を奪われるが、蝶はただ飛び回るだけだから住処を奪われることはない。だいたいそういう主張だった。
もしもそんな誰にも迷惑をかけず、どこかの国に対して利益を与えるような国であるなら、各国から助けられることはあっても襲われることはあるはずがない。
了は彼の夢物語を心のどこかで疑問視しながらも、心の底から尊敬した。
「ちなみに、これが僕のスタンドだよ」
青谷は自分の目的や過去を話終えた後、楽しそうにスタンドを召喚した。
そこには巨大で頑丈そうな、夜の闇に映える真っ黒い鎧をまとったスタンドだった。その手には槍と盾を持ち、重々しいオーラを放っていた。
「ブラックランスって言うんだ。かっこいいでしょ?」
青谷はただ自慢そうにスタンドを見せたが、その能力やできることを話さない辺り、あまり人には言えないことをしてきたのだろう。この巨大な槍を使って。
「お、俺のスタンドはこれだ。名前はディープ・パープルってんだ」
了も彼に習って自分のスタンドを見せようとした。
「あれ?ディープ・パープル?」
しかし彼のスタンドは何故か姿を表さなかった。
「ディープ・パープル?どうしたの?」
出し方を知らない了は、ただただテンパったまま困り果てていた。それを見て、何かを悟ったように青谷は頷き、一言「僕は君を信じるよ」と言った。
了はその言葉の意味を薄々ながら感じ取っていた。怪しまれない方がおかしいのだ。彼らにとって、了はもしかしたら赤が送り出したスパイかもしれないのだから。しかし、青谷は心から信じてくれているようだった。
争いのない未来を目指す彼は、それだけの覚悟をしていたのだろう。了はほんの少しだけ気が楽になり、それ以上に青谷のために働こうと心に決めた。
大人というものは言い訳をするな。誠意を見せろ。そんなことばかり口にして、結果だけを追い求める生き物だと思っていた。だからこそ、青谷のようにもの優しげで、信じ理解しようとしてくれる人が居るなんて思ってすらいなかった。
青を選んで良かった。
了は改めてそう思った。
逢坂紬は、そんな青谷の様子を見て、了を怪しむ仕草を見せながらもスタンドを見せた。
それは青谷のブラックランスとは対照的で、白の目立つ女性型の、スラリとした美しいスタンドだった。そのスタンドは清いミニドレスを着こなし、その上から鎖を巻きつけ、両目を覆う眼帯をつけた姿をしていた。
白く美しいのに、どこか寂しさを交えたような、そんな姿をしていた。
「チェインガールよ」
相変わらず彼女はつまらなそうに口を開いた。
だが、その言葉にはもうトゲがなく、少し三人の距離が縮まったような気がした。
了の気が緩んだからだろうか。突然了の背後から湧き上がるようにしてディープ・パープルが現れた。
逢坂は慌てて身構えたが、青谷は態度を変えることなくただ嬉しそうに笑った。
「お!ディープ・パープル!やっと出てくれたか。紹介します。最近身につけたんですが、コイツが俺のスタンドです」
「なるほど、どうやら未だに使いこなせてなかったんですね」
青谷は納得した様子で頷き、毒々しい姿をしたディープ・パープルを眺めて微笑みかけた。
了のスタンドは恥ずかしいのか一向に背中から動こうとはしない。いや、スタンドって自我を持っているものなのか?
「コイツの能力がめんどくさくって、上手く使いこなせてないんですけどね」
「まぁ、初めて使えるようになった頃ってうまく使いこなせないよね~。それで、どんな能力なの?」
青谷は興味津々にディープ・パープルを眺め、逢坂は警戒を解いたのか、物静かな表情で了を見つめていた。
「それがですね、コイツの能力のせいで学校も大変で。ディープ・パープルの能力は体からガスを出して……」
そう了が解説を始めたちょうどその時、ディープ・パープルも自分の能力を説明しようとしたのか、体から黙々と紫色の煙を出し始めた。
「あ、やばい!皆さんこの煙は!」
「うんうん、なんだい?」
了は慌てて二人に呼吸をやめるよう指示しようとしたが、ちょうどその瞬間に眠気が襲ってきた。
意識が朦朧とする中、必死に目を凝らすと、煙を試しに吸ってみる青谷と、警戒しつつも逃げようとしない逢坂が見えた。
ものの数秒で三人が夢の世界に旅たったのは、説明しなくても誰もがわかることだろう。
「・・・・・・お姉ちゃん、危ないよ」
その光景を、お面をつけた少女が物陰から眺めていた。
信頼関係を築き、円満なチームとなった青を見て、先に赤のチームを見た少女は危機感を感じていた。
少女はまた、誰にも気づかれることなく、酒場へと飛んでいった。
気難しい性格だが、面倒見はよく、困っている人は放っておけないタイプ。
ギャングでは戦闘員として配属されているが、戦闘よりも情報管理や教育のほうが得意。
争いはあまり好きではなく、青谷の演説に同感し広場へやって来た。
しかし、殺し合いのルールなため警戒だけは怠らない。
石橋は叩いて渡る。